005 帰還のあと
ランドキャリーと言うのは正式名称ではない、とはフレッチャーのささやかな主張である。
こと巨大な推進装置を搭載し、バイク型戦闘機を積み込む母艦には不似合いだというのだ。
水面航行やある程度の飛行能力など、空間の移動にあらゆる機動性を活かして、世界の流通業界を飛躍的に成長させた貨物機を総称して言ったものが、軍用にも転化されたものである。
そして、アフリカの前線に投入されたランド・キャリー“イバロ”も、非生産的な現場へ投入された新造艦であった。
「………またシャトレイサが?」
メナムは眉をしかめた。
「こまるなぁ…掃除、大変なんですよ」
よほど彼女に直接聞かせたいところだが、レジーヌの表情で続けるのをやめた。
「これも技術担当の仕事だと思って。悪いな、あれでも大事な戦力だから」
軽く振った手を頭に、髪をほぐしながらレジーヌは立ち去った。
「オレは掃除屋に転職か…」
半ばぼやきながら、脚立の上から“ヴォロス”のコクピットを覗き込んだ。
コクピット内の計器は被害を免れたが、床と左側の壁沿いに吐瀉物が一面に散らばっている。
「出撃のたびにゲロ吐くヤツなんているかよ」
現場を見る限り、彼にとってはその戦力は疑わしい限りだった。
その犯人は医務室に直行し、スーツを着たまま診察を受けていた。
「もっとこう、ラフに受け入れてもらえませんか?」
ネルが首をかしげる。
「反発しちゃいけませんよ――コントローラは貴方が戦闘に勝つためであり、貴方が生き残るための道具です。ラボではこんな反応無かったんですけどね……予想外ですよ。第五世代目で何故こんな現場で拒絶反応が起きて吐いてしまうのか、あなた自身を解析してもらうことになります」
疲労の濃い顔で、シャトレイサは深く嘆息した。
「気分が悪いんです。休憩を要求します。――それに、うがいがしたい」
ネルの返事より早く、シャトレイサは額の上のヘッドセットを外すと、医務室の隅で顔ごと洗いだす。
「安定剤を出しておきますから、服用を忘れないでください」
「私のデータ、どうするんですか?」
「ウォクトワイスなどの各研究所に送りますよ。原因究明次第あなたに合うシステムを組み立てるもらうしかないでしょう――やれやれ、ここまで判りにくいタイプもどうだか。催眠術にかかりにくいってのは、あなたのような人ですよ」
肩をそびやかすネルに、シャトレイサは無言でコントローラを投げた。
「多少の改良は試みますが脳への負担もありますので、あまり改造するわけにも行きませんしね」
カップを片手に、医務室を出る。
「初めて死体を見て吐かない人間がいるのか……? それと同じだろう…」
シャトレイサはまだその死体を見たことがない。シミュレーションでだって死体は出ないし、機械が壊れるだけだ。まだ数えるしか出たことのない実戦で、何をしたともいえないレベルである。
いい加減な気持ちでここに来てしまったのは否めないが、大儀も正義も理想も彼女には皆無で、良い事か悪い事かも判断する基準すらできていないのだ。
「大ッ嫌い……」
状況や、誰かに対して、というよりも取り合えず、こんな言葉で気分の表現をしてみた。
「シャトレイサはコントローラが嫌いなのか?」
小競り合いの戦闘が終了すると、真っ先に艦橋を飛び出したフレッチャーがリラクゼーションルームで新聞を読みながら、向かいに座ったルンス中尉に第一報を目ざとく尋ねた。
「コントローラが彼女を嫌いなのかもしれません。でもまだコクピットで外したことはないから、期待する余地はあると思います」
「隊から外すわけには」
「ネルの権限のほうがあなたより強いですよ。かばう訳ではありませんが、彼女は初戦を突破しました」
フレッチャーは不機嫌に新聞をシュレッダーに投げた。
そこにレジーヌが入ってくる。
「部隊指揮官が最初から不在だというのも、どうかしているとおもいません? ルンス中尉だっていつまでも代理してるわけにもいきませんし」
「レジーヌ…彼の評価を下げるような言い方はよさないか」
彼女の歯に絹を着せない物言いは承知の上だが、さすがにフレッチャーは嗜めた。
「個人を攻撃してるのではありません。このような異常事態を問いただしているのです。艦長」
「尤もであるが…戦争こそが異常事態の現象ではないかね」
「拡大解釈がすぎます。それに対応できる計画性を遂行するのが必要でしょう」
埒の明かない押し問答だった。
やや論旨がずれたため、存在感が薄れてしまったルンスが割って入る。
「あのアタック・バイクの指揮には特別な知識が必要です。私はたまたま知っていただけですが……専門的にセミナーを受けた訳ではないので。指揮官の配備は急いで欲しいですね。改めて要請できませんか?」
会議なのか雑談会なのか、デッキから上がってきていたジョールは通りすがりに耳にした。
話の流れから、また原因がシャトレイサと知って、ジョールは表情筋を歪めて冷笑する。
「……あんな非常識を実戦に使うからだよ…」
いかにも軽蔑している素振りだ。
第三世代パイロットのジョールには、癇に障る女なのだ。
シャトレイサは彼的に「ありがとう」の一言もいえず、屁理屈をこねているような人間だと見下されてしまっている。
「この実戦配備も、実はテストなのだとおっしゃれません? どちらにせよ、部隊の再編成はありそうですし」
レジーヌの声がひときわ高く、耳に届いた。