019 この手に触れるもの
気をつけていたし、ベテランでもあったはずなのだが、慎重が裏目に出たかもしれない。
バチッっと火花を飛ばしそうになり、それでもプライドから声は小さめにした。
「う……っ」
工具を素早く手放すと、それは台の上にゴンと音を立てて転がる。
「ちくしょう……」
工具をぞんざいな取り扱いをしてしまった事にも腹を立てながら、カバーを外して両手を突っ込み、そっと中から修理の利かない塊を引き出す。
マシン・ヴォロスの『タイヤ』に内蔵されていた、原型をとどめていないモーターの一部である。
シャトレイサが戦闘中に被弾して吹っ飛ばされた所だ。
緊張で汗だくになったまま、レーザーで焼き切り分割したモーターの破片を工具の隣に置くと、今度は台の下から端末を取り出して電源を入れた。
「こいつの修理は、コクピットの掃除より難解だな」
タオルで首をぬぐったところで、階段の下から声が掛かる。
「邪魔はしないわ。いいかしら、メナム?」
「いいですよ、どうせ見たいんでしょ」
「まるでスパイでもする感じだけど、チーフ・パイロットとしては把握も必要だし」
言い訳じゃないわよ、と言いながら上がってきたのはレジーヌである。
「それと、興味本位ってのは否定しないから」
「それは構わないんですけどね……これの修理を一般のメカニックに任せるのもどうかと言う話ですよ。専任が欲しいです」
「……それは……パイロットの方も、と言うのも含まれていて?」
メナムと同じデッキに乗り込んだレジーヌは、分解されたヴォロスの足周りを一瞥してから返事をした。
「―――私たちのと、どう違うの?」
「PACSのブラックボックスもそうですが、この『タイヤ』の規格はデリケートすぎて、砂漠に投入しないほうがいいと思いますね」
脇を差した指の先に、取扱い厳重注意のコンテナが幾つも横並びに積まれていた。
「これ? いつだったかに別便で搬入した荷物?」
「それです。ヴォロスの特注消耗品で、しかもレンロウじゃないルートで入ってたシロモノ」
「珍しいわね。いつもなら何が何でもレンロウのマークが入るはずなのに」
グレーの冷たく鈍い光で、威圧的な存在感を示すコンテナである。
メナムはそれに手も触れたくない風に、端末の画面に並ぶ文字をまるで異文明の文字を解読するように睨んだ。
「……開けても構わない?」
「爆発はしないそうです。……あ! それ、部品使うのでそれを開けますよ。鍵まで特殊なんで」
専用の鍵があると言うので、メナムの首に掛かっているクレジットカード程の大きさのカードキーを指にとる。
カードには、親指が当たる部分にチップが埋め込んであるため、それに指紋部分を押し付けたままスロットに差し込まなければならない。
チチチとかすかな音で、約二メートルほど四方のコンテナに、黒い筋が縦に横に走った。みっちりと密閉されていた箱の継ぎ目に隙間が開いた証拠だ。
そこでメナムは再び端末を覗き込む。
「ええと……コレです。これこれ」
中に指が三本ほど入る小さな窪みが幾つか現れたので、コンテナの下部を引き出しのように、見た目よりも軽くするりとスライドさせた。
中には仰々しく過保護に収められた精密機械の塊。
「これはなに」
手袋まで履き替えて取り出す様に、レジーヌが訝しげに眉をひそめる。
「モーターですよ」
「モーター」
「ヴォロスの“タイヤ“に組み込まれている、自分のようなメカニックが触れるものとしては最小のユニットです。これを一個づつタイヤの中にある溝…プラットホームに入れるんですが、これもPACS同様物凄いブラックボックスなんだそうで、これ弄る講習受けさせられましたよ」
「一個づつ?」
「いや……一個じゃなくて、これを幾つも並べていくと円になるじゃないですか。連結動力」
「……ああ! これが単独で動力になってるって事?」
「そういう話ですね……プラットホームを構成しているフレームまで超特注品ですよ。おーい! ちょっと手伝え!」
四、五十センチ四方はあるモーターを取り付けるため、ジャッキを隅から引っ張ってくるついで、下に居た別のスタッフを呼びつけた。
「どうせなら“タイヤ”のユニットごと交換してくれるシロモノにしてくれると簡単でありがたいんですがね」
「なるほど」
レジーヌはそっと金属の塊を撫でてみる。
ひんやりと冷たい無言が指先に返ってきた。
そこには光の加減で見え隠れするほど薄い刻印が入っていた。
(ああ、これは―――)
(……あの自治区か……)
彼女には至極納得の行く刻印である。
ランドキャリー(陸を往く船)を発展させた極東の海洋国家だ。
ガコン、とモーターがプラットフォームに嵌め込まれる音が背後で響く。
(レンロウにすら触れさせない精密機械と言えば)
自分に身長よりも大きな“タイヤ”が、ヴォロスの車体の下で圧倒的な存在感を放った。
「おい! あとでプラットフォームごと回すからな! 巻き込まれないようにしろ」
「パイロットは呼ばなくていいんですか?」
「端末にプログラムが入ってるから要らんよ!」
黒々と光る生まれたばかりの兵器に、パイロットもメカマンも四苦八苦しているのだろう。
機体も人も素人なのである。
「ところで不思議よね」
流線型の黒い塊を舐めるように見回すと、レジーヌは腰に手を当てた。
「何が、すか」
「改めて考えると、ゴテゴテと武器をつけ過ぎな機体なんだけど、ホントどうしたいか良く分からないシロモノなんだわ」
「ああー、それはありますね。新機種なんだけど特色がなくて何なんだって言う」
「マルチロール型と言うことで片付けてもいいのだけど」
「通常の戦闘機でも、そういう傾向は出たことはありますしね」
「どちらにせよ、我々のような“通常のパイロット”とは違う設計思想で造っているから、そのうちにパイロット次第で特化させていく改造をしていくのかも」
「ハーレイでは新型に切り替え中だと言いますよ」
「……まぁ、レンロウのマークも入れられないような日本製なら、負けないでしょうよ」
下を見下ろすと、別のスタッフがモーターの残骸も専用コンテナに入れているのが視界に入った。
返品、と言うにはおかしな表現ではあるが、余さず漏らさず回収できるものは研究の対象になるのだろう。まして、途上の機種である。
ありがと、と言うと、メナムの背中を軽く叩いてその場を離れた。
得体のしれないものには、こちらまでが素人なのだ。
「それでは困るんだわ……」
自らが搭乗する機械を他人任せにするには、使用目的上よろしくない事ではある。
おせっかいとは思うが、いまこの現場に本人も立ち会って素手で触れてもらいたいものだ。
「本人も立ち会うべきですよ?」
ルンス中尉が唐突に言うので、何のことか自分には分からなかった。
「……何が、ですか」
シャトレイサは怪訝な表情を隠さない。
「ヴォロスは貴方の搭乗機でしょう」
「……」
「今、修理中です」
シャトレイサは、やっと理解した。
「そばに居て撫でていればいいんですか」
「そうは言ってません。アレは使い捨てする物ではないし、長きにわたって使うものなら理解が必要かと思いますよ」
「分かってます」
「気に食わないのは分かりますが、敵も倒すだけではなく、自身を護る物でもあるし」
口答えをする気にはならなかった。
「生き物でなくとも、触らないと応えてくれない事もあるんです」
ルンスはオフの時、上からの物言いはしない。それがまたシャトレイサの疎外感を助長させる。
機械的に、言われるままヴォロスのある下部デッキへと向かおうとして、ドアに手をかけた。
「修理が終わったら一緒にウォクトワイスに戻るのだから、仲直りして下さい」
彼女の背に投げかけられたルンスの言は、今のところ虚しさのようにしか感じなかった。