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002   自分と言うこと


 “生まれてきてごめんなさい”とか、 “生きる資格は無い”などと言う考えとは無縁のはずだった。

 と言うよりも、もしかしたらそう思う年齢を過ぎてしまっていたのかもしれない。

 もはや子供でもなく、しかし大人でもない、彼女にとって微妙なそのバランスを保つという課題は、煩わしくも必然的に訪れていた。

 その息苦しさから享楽へ走る衝動も、情熱に生きる体力すら持たない、その否応の無い精神移行の道中にはただ、家族は離散したのだと言う事実が横たわっていた。

 長く生きた人々のまやかしが造りだす、理不尽な世界を感じるにつれて、結果の見えてる期待感を抱くのも諦めの原因であるのだろう。

 追いすがる罪悪感を振り切って、嫌悪に苛まされるのであった。

 時折、これほど人間が煩わしいと思うのは、自分だけだろうかと恣意の海に浮かんでみる、悪い癖が出来てしまっている。

 ――そんなまどろみの底から、ふいに現実に引き戻された。

「ねぇ、シャトレイサ」

 見慣れた少年の顔が目前にある。

「………あ…」彼の名を口にしようとして、声が喉の奥に引っかかった。

「ここにしか来るとこ、ホント無いんだなぁ」

 嫌味は含んではいない。

「他に行くところもないし…練習生は外出も管理厳しいし……」

 ぼそぼそと言い訳のように断った。

「そんなに宇宙へ行きたいならさ、ルナ・ベースに入れば良かったのに」

「無理だよ。家飛び出しちゃって、アタシ的にここしかないし。…ミレイヤはどうしたの」

「それこそ個人的な話だよ、シャトレイサ。僕だって一人で出歩くさ」

 シャトレイサは壁に寄りかかって小声で囁いた。

「ヴォロス・チームは戦争に出るんだよ」

 まるで自分に言い聞かせているようだ。

「楽観はしてないって」

 負けずソトーも返す。

 いつ死んでもいいのかもしれない。決して死というものを恐れていないわけでもないが、これも人間の特権なのではないかと思う。

 でも――――彼女は願う。

 価値ある死を望むのは悪くないことだ。大儀も正義もいらないけれど。

第五世代(フィフス)がどこに配置されるか知ってる?」

 話題を変えた。

「アフリカの北部ってくらいしか」

「G.B.N.(グレート・ブルー・ネット)を無駄に死守せよってことね」

「戦争の新人投入していいのかなぁ。曲がりなりにも最前線じゃない?」

「さぁ…どうせテスト部隊だとしか考えてないのかも」

「お金、かかっててもそうなんだ」

 生死がいかなるものかが、認識できない子供の会話のようである。

 二人はそこを引き上げて、自らの学び舎に戻ることにした。

 長い渡り廊下を抜ける途中で、広大な芝生の上に足を乗せる。

 いつもよりは澄んだ青空だった。

「ソトーは、ご両親に言った?」

「まさか。ここに入るのだって猛反対だったのに、戦場に行くって言ったら殺してでも()めさせられるよ」

「苦労は聞いたよ。でもクラファからウォクトワイスの保護を受けに、その…寝返ったなんて、その程度のこと言われた位で、ソトーが反発すること無い……」

「!…反発とかそんなんじゃないよ。親がそんな陰口たたかれてるの見たら、子供がこんな風になるってこと、どうして――」

「ソトーが栄誉ある戦績を残したりしたら、彼らはソトーの両親に言うんだよ。“立派な味方を育てた偉大な親だ”とか“これでウォクトワイスに恩を返したと思うな”とか、賛否両論の大きなお世話言いまくり。結局ソトーと言う独立した個人で評価はしてくれない。しかもそれぞれ人は嗜好があるから自分の目に付いた好き嫌いでしか判断しない」

「………でも僕は、親がそうだったからではなくて、親がそんな苦い立場にあって、子供が同じ苦味を味わってても、親が子供の前途を心配するほど悪い作用はしてないって、判ってほしいんだ」

「――いい子だよねソトー。私にそんな親の立場も考えた行動ができたら、ここには居なかったと思う……」

「戻る気もないくせに」

「…代弁、ありがとう。でも戻る道も分からないのが、正直な話」

 ソトーには、喋りやすい。

 感情はストレートに顔に出るくせに、言葉として発するには勇気のいるシャトレイサである。

 声を出して泣いたりとか、怒りにまかせて叫んだりとか、勢いで問いただしたりとかは、苦手だった。

 親からはそうした吠え方を習ってはいないし、もの静かなインテリジェンス的育ちをしたためだろう。

 こみ上げた感情は、涙も流さないように飲み込む癖がある。

 しかし人間のいる環境は自閉的な殻を許さない。

 絶え間ない人間関係で、過剰に反応したシャトレイサの防衛本能は、硬直したような合理的判断と、オブラートを剥いだ言葉で武装することに従事してしまった。

 見た目で判断しがちな世間一般の視線は、「大人しい子」「普通すぎて目立たない子」との評価を下し、秘めた感情を無反応と判断する。隠すことは許されないのだ。

 そして彼ら自身の判断が欺かれると、驚愕と警戒、好奇のエネルギーを注ぎ込んで、異端を排除しようとする。

 特に、自分たちより優れていた場合の嫉妬と、理解ができない場合に。

 そんな普遍的な模式図が、シャトレイサには我慢がならない。

(自分たちの知っていることが、全てだと思っている狭量に気が付かないなんて…)

 さしずめ狭義的に『無知の知』といったところであろう。

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