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018   人の死と望み

 ランドキャリー・イバロに帰投して少し一息つくと、シャトレイサのヴォロスが取っていた戦闘データの解析を始めた。時間は既に夜である。

 あまり空間に余裕の無い艦内、ブリーフィング・ルームは解析と一緒になっているので、作戦後会議(デブリーフィング)もそこそこに皆がモニターに飛びついた。

「……この機影だけでも“サイドワインダー”ってのが分かるな」

「暫く見てないとの話は聞いてたが、少し改造が加わってる気がする」

「――判断に迷うほど変わってもいない」

「すると、相棒の機体は“ローズ・ブラスト”で間違いないか?」

「十中八九そうだろう……ローズと思しき機体はまるっきり新しい。エンジンの出力向上に力を注いだと見えて、飛行形態の時間が長い」

 周りのオトナたちが、趣味が特化したようにお馴染みさんの話をしてるのを、シャトレイサは興味も無さそうに聞いていた。そういう意味でも彼女は蚊帳の外なのだ。

 どちらかと言うといま関心あるのは、ネルが分析している自分のデータである。

 解析にはルンスが同席しているが、これが終わればネルとも頭を突きつけてヴォロスと私について対処を話し合うのだろう。

 そう思ったら、妙に眠気が襲ってきた。暑さは得意ではない。

 最新鋭の機体に搭乗して、どれほど冷房の効いた快適コクピットに座ってても、空間の完全なる隔離は出来ないのだ。

 灼熱の大地で、戦闘中にも随分と水や塩分は補給したけれど、

(体が……苦しいって……苦しいよ)

 激しい温度差に自律神経が参っていそうである。思ったよりもストレスが掛かっている。

「大きさが大きさだけに、ヴォロスの機動性は“ローズ”に劣るようにも見えるが」

「――それはなんとも言えん。機体だけ見れば恐らくはどちらも投入(デビュー)は同じ時期の素人だろう……パイロットは向こうがプロだが、こっちは仕様が特殊だからな」

 どうやら比較には難がある模様だ。難しいことは分からない。

 オウスが操るサイドワインダーの、現在と過去の機影をグラフィック化して重ねると、殆ど形態は変わらず銃火器の強化をしただけの跡が見受けられた。

 相棒の“ローズ”が新品になったらしい事から、ハーレイ・クラファの主力兵器が更新の時期であるのも窺える。

「ヴォロスの投入も本格化しましたから、レンロウ辺りなんかが重点的に供給しているんじゃない?」

 カップを片手に壁に寄りかかってたレジーヌが、後ろから声をかけてきた。

「共食いの懸念が?」

 コンソールから手を離して、オペレーターのロッソが振り返る。

「と、言う可能性も考えたのだけど」

「ハーレイでも自主開発していると聞いてるんだが」

「タイミングが良すぎるって、勘ぐりすぎだと思う?」

「……何かしら情報はダダ漏れってのはいつもの事だぞ」

 フレッチャー艦長が腕組みをし、チラリとシャトレイサを横目で見やるも、意見が出そうに思われなかった。なんと言うか、敵を倒したのは彼女なのではあるが。

 そこへインカムの呼び出し音が鳴ったので、近くにいたレジーヌが取ると、小声でシャトレイサを呼んだ。

 ぼうっと熱から冷めたように頷くと、彼女からインカムの受話器を右手に応答する。

『できれば今すぐ貴女の顔が見たいのですが、医務室まで来れますね?』

 いまの所、シャトレイサの主治医であるネルからである。

『ルンス中尉と』

「一緒に?」

『その方がいいでしょう』

「わかりました」

 そっとインカムを元に戻すと、ルンスに耳打ちしてブリーフィング・ルームのドアを開いた。

「――それにしても、こいつらが“マッドヘッズ”って仇名ってのを忘れてるぞ」

「よくやったよな」

 後ろから追うように、今日、戦った相手の名が聞こえる。

 ただし、シャトレイサには相変わらず意識外の事態のようであった。ジョールが同じ部屋に居た息苦しさもあって、なるべく早く離れるように歩く。

 ブリーフィング・ルームを出て左に行くと、突き当りのT字をまた左に曲がり、その並びにある部屋の前に立つ。

「解析中だったんですが……緊急なんです?」

 医務室に顔を突っ込みながら中のネルに尋ねた。

 ルンスもすぐにやってきて、ドアが閉まる前に体を滑り込ませる。

「あなたの主治医としては、今すぐあなたの健康を確認する必要がありましてね。それにここでも解析は可能です」

 訝しげに二人はネルの前に座った。

 彼の前にあるモニターには、戦闘データの他に、別の波状のデータが映し出されていた。

 シャトレイサの心理状態を解析していたのだろう。

 白衣の前ボタンを外して、椅子に深く座りなおした。チーム・ヴォロスの秘密会議である。

「……また、何か?」

 胃でも痛めていそうなルンスの心配顔をよそに、ネルが眉をしかめて言う。

「あなたよりも先に、アフリカに配属されていたパイロットがいるのですが、知ってますよね?」

「マニングさんと……チボーさんだったと思います」

 何しろ十一人しかいない同級生“第五世代”である。それくらいは記憶している。

「ええ、その」少しだけ躊躇った。

「……非情に残念な事ですが、マニングが自殺したと連絡が入ったのです。ですから」

 唐突な情報に、シャトレイサの口からは「え……」と言う唇から空気が漏れたような言い方しか出来なかった。

 ルンスが傍らで不安な視線を向けている。

 シャトレイサもルンスを見、それからネルに視界を戻し、眉根を寄せた。

「……ホントですか」

「本当です。三十分くらい前にパルテノン研究所から」

「でも、そんな風には」

「見えない人でしたけれど」

 ギシと音を立てて椅子を動かすと、ネルがようやく溜息を吐けるとばかりに顎に手を当てる。

「三十代の一番体力と精神力が安定している、そういう男性が何故死を選んだのかは分かりませんが―――」

 何が災いしたのか、シャトレイサには彼女なりに具申したい事がある。グッと拳を握り締めて、少し勇気を出して、何とか言葉に載せて。

「それは、第五世代だからじゃないんですか」

 普段から気に食わないんだって。

「ですが、戦場ではよくあることです。少なくとも日常ではない異常な世界ですから、死ぬか生きるかの狭間で狂気に侵されるとは、そういうことだと」

 ネルは仕事をしている。

 第五世代としてどのような反応を示し、どのような精神状態にあるか観察せなばならない。それに、この研究に携わっているのであれば考えないはずが無い。

 ゴシップが趣味の人間と学術研究者はつくづく似ていると思うのだ。

 奇異の眼と探究心は紙一重である。瞳を大きく見開き、厭らしい視線で人の聖域を舐めるように覗き込む。

 それは普通に嫌悪感をもたらすし、免疫の無いシャトレイサはそれを振り払うのに、精一杯の抵抗をしていた。

PACS(パックス)の他に理由が?」

「――ですから、戦場と言う特殊なフィールドであることも勘案せねばと」

「私が死にたいかどうか、確認したいんじゃないのですか。あと、よく聞く……軍人としての教育とか成ってないとか」

 この辺は艦内での陰口から得た情報であった。自分自身もよくは分かっていないが、周りのオトナたちが問題にしているからには、気にもなる。

「シャトレイサ……」

 ルンスが彼女の肩を右手で押さえたので、シャトレイサは自分が身を乗り出していたのに気がつく。

「まぁ……、第四世代までが純粋な軍人であるのに対して、確かに第五世代が特異な存在であるのには変わりは無いんですが……大体、軍人ではありませんよ」

 彼女がどう出てくるかを見極め、ネルもタイミングを図っていたようだ。

 腕組みをして足を踏ん張るように心持ち踵を広げると、じっとシャトレイサを見据えて言った。

「幻聴や幻視に悩んでいたようです。アフリカに配属されてから抗鬱剤が処方されていたようなので、こういう過酷な気候も相まっての結果だとも判断できるのですけれどね」

「ヒトの頭ン中いじくってですか?」

 その食いつく顔にはPACSがどれだけ嫌いかが判りやすく表れていた。

 例えば半覚醒状態において何かしら暗示を掛け、マインドコントロールする方法は古くからある。

 しかしPACSの場合は完全な覚醒状態の中で常に『自分の意思ではない』干渉が入るのだから、どれほど邪魔で、どれほど害悪なのかは当の本人が分かっている。

 おまけに極度の緊張にある戦場でやられるから、相性が悪ければ堪ったものではないだろう。

「ごちゃごちゃと人の頭で喋られたら、かえって迷って危険じゃないですか」

「敵を倒すのが戦場でのルールです」

 ネルは厭らしくも別方向から突いてきた。

「軍隊の教育を受けていても、PACSを使っていても、やることが決まっているのは知っているでしょう、シャトレイサ」

 彼の黒い瞳が探りを入れてくる。

「それで判断を誤れば死に直結するし、そう判断してしまうのは自分自身」

 自己責任を問うて追い詰めるような物言いは嫌だった。それを何故、他人に責められなくてはならないのかと。

 ――いつもじゃない……いつも、そう、自己認識が甘いんだって……

 そうやって反論を封じ、なけなしの自己防衛力を剥ごうとし、上から押さえつけようとする忍耐力の試験みたいな圧力。

「――適正な判断を下すべくあるものなのに、自分を殺してしまっては何にもならないのに……」

 まんまと策にはまって、吐き出したいものを飲み込んでしまった。

 自分の置かれている立場を急に思い出したのである。

 こんなにも人の死に触れていて、自分も今日、敵と言う人間を手に掛けたばかりなのだ。


 そうだ……――

 私は、人を殺したんだ……

 血も、死体も、何も見てないのに……


 そうして罪悪感らしきものに萎んでしまうのである。

 ルンスがその背中に手を置いて、恐らくはネルの代わりに聞いて来た。

「シャトレイサは、そう言うふうに考えた事は無いのか」

 死を考えた事があるのかと、遠まわしに。

「……それは無いです、ルンス中尉」

 機嫌が悪くなる事があっても、けしてPACSのせいではない。何しろ彼女は今日のようにイヤになればかなぐり捨ててしまうからだ。

「……まぁ、違う意味で相性は悪いですしね。摂り合えず、貴女の精神状態が無事で良かったです。このモニターでもね、脳波とか見てても貴女は粘りがありますから」

 自分がイバロ内で孤立している事は分かっていた。

 だからと言って周囲に無理に迎合しようとは思ってないし、それができないのもまた彼女なのだ。

 ただ、いまにして思うならば、もう少し組織に馴染めるような、軍人としての平均的な教育や躾をしても良かったんじゃないかと、多少の不満もある。

「……自分で、何とかしなきゃいけないなんて……」

 他力本願は、それ自体がけして好ましいものではないが、シャトレイサにはより許されていないことのように感じた。

 家にいるときも、家を飛び出したときも、一人でもがくのが自身であることの理由なのだと薄々理解はしているのだが、それなのに自己探求にも熱が入りやすい年頃、他人に触れられるのを嫌うくせに、自分の事を知るのに他人の力を借りているのだ。

 だから、研究所やネルの存在は否定できない。

 しかし、人は我儘である。

「今日は……」

 中空を見つめたような表情で呟くので、ネルとルンスは耳を澄ました。

「見たんです……黒焦げの……」

 ブルー・ネットのポンプ基地で、保安隊の隊員と思われる黒く煤けた体の一部を。コクピットから見下ろして、物陰から投げ出されるように見えた脚の一部。

 アレは、モノだった。

 二度と動くことは無い肉の塊。

「……いつか、直接この手で人を殺すことがあるんでしょう?」

 血がたくさん流れて、その胸に手を突っ込み、腹を引っ掻き回す。相手はきっと憤怒の形相で私を睨み、凄まじい念を残して憤死する。

 その激しい感情を正面から受止められるのだろうか。

「―――でもたぶん」

 己のことすら憶測でしかないが、来てしまった自分の道は後悔することを諦めていたから、妙な強さもあったのだろう。

「私はマニングさんみたいに、自殺することは無いはずです。PACSが無ければもっと良いのですが」

 自信は無い。

 自信を持つ事を恐れているから、他人に向かって断言したのではない。

 自分に確認したのである。

「OK。当面は大丈夫ですね。ありがとうシャトレイサ」

 両手で自分の膝を打つと、ネルはホッとしたように彼女を見つめた。

「でも、“当面“って……」

 ルンスが不満そうに眉をしかめた。


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