017 沙漠の日は落ちて
「少し甘やかしすぎだと思いますか?」
誰かに先に言われないような素振りで、ルンスが遠慮がちに聞いてきた。
問われた彼女は腰に両手を当てたまま、
「軍としてならば、練習生の時点で既に意義すら間違ってると、個人的には考えます」
と、率直に言った。
「……そうですか……そうですよね」
自信なさげにルンスは視線を下げる。
ブリッジで、握り締めたままだったインカムの存在を思い出し、元の場所に収めた。
「でもそれが第五世代なのでしょう? 同じ艦にいても別働隊だと思っているし、皆にもそう言い聞かせてるから、支障はなるべく回避できるようにはしてる」
「―――気をつけます」
恐らくはシャトレイサの代わり、反省しきりである。
「それより、気になるのはあのコの戦果なんだけれど」
まだ数えるほどしか出撃回数の無い素人が、ハーレィ・クラファのアタックバイクを一機潰した事に興味があった。
「素直にスゴイ、と言うべきかしらね」
「どうでしょう……実験段階の域は出てませんから……あの最新の機体と、あのシステムがあるお陰とも?」
後ろにまとめている髪の束を氣にしながら、レジーヌはルンスにちらりと視線を送った。
「さて……機械と人間のパワーバランスが悪ければ、大抵は一方の暴走で自滅すると相場は決まっている―――とすると、案外、彼女は相性良く力を発揮できるんじゃないかしら」
広範囲レーダーの画面に、シャトレイサらしき機影が映りこんだのを見ながら、期待を隠さずに言う。
「但し、あなた達が、研究と戦果のどちらを重視しているかは知りませんけど」
他人行儀にチクリとは刺した。
G.B.N.のポンプ一基に襲撃、と言う応援要請の一報のためランドキャリー・イバロが向かったのだが、ポンプ基地の被害は微々たるもので、その代わりに保安隊が黒焦げになって全滅していたのである。
その現場にルンス中尉やシャトレイサも出ていた。
数機で赴き、二人ほどが検証のために機上から降りている間に、シャトレイサが忽然と居なくなってしまったのだ。
忽然と、と言っても爆音を立てて、なのだが、慌ててルンスが追うもののピカピカの最新鋭機種には敵わなかった。
ランドキャリー・イバロに一機しかない大型のアタックバイクと、一人しか居ない第五世代が行方不明になってしまったのである。
幸い寛容(と言うか、大雑把)なフレッチャー艦長の計らいで、『シャトレイサが戻ってくるまでは』大ごとにしないとなったが、彼女を信じるしかないルンスとしては、砂漠の炎天下で僅かな日陰に身を寄せるくらい肩身が狭い思いをする事になった。
ひとまずイバロに同乗する第五世代の監察医ネルと、協議して対策は立てた。
「……ヘッドセットかどちらかを付けろと言ったのに、全く!」
大きい溜息にレジーヌは少しだけ同情した。
「困ったコね。それにしても彼女がそれを装着してないと、データがオンラインにならないのも、どんなものかしら」
「そうなんです……機体とヘッドセットの両方に装備するべきだったんです。が、P.A.C.S.だけに集中してしまった弊害ですよ」
「P.A.C.S.?」
「あ、システム‐1の正式名称になるらしい名前ですよ。Psychology Adjustment(心理調整) Contactless System(非接触型システム)の略です」
ふーん、とレジーヌは聞いていたが、
「心理調整ってヘンな造語ね。むしろ彼女にはEmotional Control(情緒管理)システムにすべきなのに」
思春期を脱して間もない人間は、未だ不安定な精神状態であるには変わりない、そんな意見のようだった。
「そういうセンスは、ライナル博士に仰ってくださいよ」
後ろから声がしたので振り返ると、ネルがブリッジに上がってきたところだった。
「意外とナンセンスな方?」
「さぁー。機械と生物の区別くらいはついてると思うんですが、Contactless(非接触型)ってのも、実は『脳味噌に直接電極を差し込んでないから』って意味らしいですし」
膝までの白衣の裾を払いながら、シャトレイサ問題についてあまり困ってない顔をする。
「ルンス中尉のお話では、いま完全に非接触状態のようですけれど」
「うん、ああ、仕方ありません。強要すると帰ってこないかもしれませんから」
ネルはもっと他人行儀だった。
「他に第五世代が投入されている部隊はどうなの?」
「横の連絡が取れてないので、なんとも。何しろ四ヶ月しか経っておりませんから、蓄積されたデータ量も少なくて」
今度こそ本気で呆れたものである。
「ここは一つ、艦長に一喝していただきたいところね」
「…できれば、艦長の直轄にしていただきたいのですが……」
シャトレイサは、イバロに居候してるに近い状態である。
ややこしい事情により直接シャトレイサに命令できるのは、イバロ内ではルンスだけであり、非常に扱いがたいパイロットであるが、しかし今後どうするかという展望すら出てないのが、おそらくは第五世代全体の現状である。
しかも、ルンスですら「正式な上官ではない」と言うのだから。
「ウォクトワイスでは、このいい加減な現状をどうお考え?」
「ウォクトワイスと言いますが……我々は政府軍ではありませんから、研究所次第です」
「じゃあ、責任者に方針固めてもらわないと」
「今の責任者は……井上氏だったかな? たぶん、彼の指示で動いてると思いますよ」
「―――ハァ。なんだか第五世代ってキメラのバケモノって感じだわ」
嫌悪感を滲ませて、レジーヌも溜息を吐く。
ネルは肩をすくめた。
ルンスは無言だった。
お荷物、と言えば確かにお荷物ではあるが、今のところ存在感が薄いためか、精神的負担は軽めに済んでいる。
イバロで浮いているシャトレイサを毛嫌いしている者はいるものの、当面は大ごとが起きない限りは此処を去ることは無いだろう。
「おまけに、普通に何を考えているか、良く分からない子だし」
フレッチャーが艦長を務めるこの艦に配属されて、四ヶ月は経った。
誰かと仲良くしようと言う気も無いのか、いつも独りでいるのは見かける。
だからと言って、ここは学校や何かのサークルではないから、笑みを浮かべて「仲良くしましょうね」なんていう友達の輪を広げるところではない。
しかし戦闘がスポーツで言うところの試合なのであれば、個人戦はともかく団体戦もあるし、そこそこのコミュニケーションは必要なのだが、いつもシミュレーターによる訓練では妙に飛びぬけた成績を出しては独り抜けしてしまうため、他のパイロットとは話にもならない部分もあったのである。
作戦会議は出る。
意見も、異見も出した事はない。
(もう少し、がっつくような貪欲さとか、血の気の多さとか)
同僚も、シャトレイサの様子を見て言う。
(敵は倒さなくてはならん。敵、ならばな)
敵を倒す、というのは、自らの存亡を賭けたものであるのに。
(―――自分で『生きてる』とか『生きたい』とかそんな欲求みたいな、確たる意識が希薄なのだろうか)
辛うじてレジーヌが、彼女に着いて感じ取れた事である。
「立ち位置くらいは、ハッキリして欲しいのよね」
ルンスもそれには頷いた。
結局のところ、そういう結論で収まりそうだった。
「……ごもっともではありますが……」
ネルは腕を組んで口を開いた。
「もともと、人選からして異常だとも思うのですけれどね。いや、半分冗談で」
意味深な物言いにレジーヌが眉をひそめた。
「どういう事?」
視線としては、どうにもレジーヌには負ける身長で見上げて、ここは一つオフレコでねと前置きをする。
「―――実は、彼女ら第五世代はゲームで選ばれました」
「ゲーム?」
「ゲームって」
二人は同時に聞き返す。
「……ゲームは、ゲームですよ。TVゲーム。遊んだ事はあるでしょう?」
「そりゃ今でも嫌いじゃないけど、それは本当の話?」
「ウソじゃありません。大体、ゲームっていうと幼稚なレベルだと偏見で判断しがちですが、しかしシミュレータと同じですよ? 現に艦内で皆さんやってる」
それでやっと合点がいった。
シャトレイサのシミュレータ訓練の点数が異常に良かった理由についてである。
「……あくまで偏見で物申せば、随分な非常識じゃなくて?」
「それですよ、その偏見を払拭して思い切った手段を用いたのが、ゲームつまりシミュレータによる試験だったんです。あ、入隊試験みたいな、ですね」
ネルは少しだけ言い直した。それから、
「幾つかのシミューレーション・ゲームをやってもらって、試験突破したのが、彼ら第五世代と言うワケです」
仮想戦争を幾つか行わせた。
特に重要、と言うか手っ取り早く結果を出せたのはシューティングであり、兵站や戦略については後々の適性により選抜または教育すれば良いのだから、初期合格者の多さに着いては想像に難くない。
一番の問題は仮想と現実の世界の接続である。
ゲーム内で敵を確実に倒せても、実際に銃を構えたり、乗り物に搭乗して狙いを定めれるような適応能力が無くては意味が無い。
簡単な白兵戦やドックファイトなどの模擬戦を行って、生存率の少ない者は振るい落とされた。
ここでかなりの人数が消える。
その後に幾つかの宿題を与え、戦略のセンスの有無も確認し、体質と性格のチェックを経て、シャトレイサやソトー、そしてミレイヤなどの軍隊には似つかわしくない面々が残って、「第五世代」になった、と言うことらしい。
最大の関門は、P.A.C.S.と言うサイバネ技術運用試験を兼ねていた、体質チェックではあったが。
「―――つまり、この勝手な行動と、唐突な戦勝は、そのお陰と言う事になるのね……違うか、じゃなくてそんな異端を認めなくてはならない状況にあるんじゃない、私たち」
特異な性質で構成された「ヴォロス・チーム」は、今こうして実戦投入はされている。
「実際、戦争ゲームを第五世代と現役とで競わせたら、第五世代のほうが成績良いですから」
「それは重々感じてるところ」
ネルのように研究に携わっている立場の人間でさえ、改めて口にするとますます奇異に思えてくるし、これからシャトレイサたちが、どういう方向へ成長するのかそら恐ろしくさえ感じるのだった。
「―――シャトレイサ、間も無く着艦します」
オペレータの声と共に、ブリッジの大型パネルにシャトレイサ機が拡大して映しだされた。
“蟻地獄“の丸い口が大きく開いて、脇からザーッと厄介な砂が流れ込んでくる。
アタックバイクの損傷した底部をハッキリと見せ付けながら、跳ねるようにその開口部から入ってきて、ノズルを下に垂直に向けるとゆっくりと降下してきた。
「……あーあ、新鋭機が……」
頭でも抱えそうにルンスが呟く。
「あれは前輪と、後輪の前のほうね? あれだけで済んだ、と褒めるべきかしら」
「あとでデータ解析しますから、そしたら敵の正体とレベルが判明するでしょう」
「とんでもない相手が出てこないのを祈るわね。もしかしたらシャトレイサの方が、とんでもない敵であったのかもしれないけれど」
“蟻地獄“は、シャトレイサが入って直ぐに口を閉じようと動きを元に戻し始め、いつまで経っても雲ひとつ浮かばない砂漠の夕焼け空を遮断する。
しばらくは地熱で温かいだろうが、あっと言う間に凍えそうなほど冷え込むだろう。
温度変化と体調の管理は、砂漠では容易なことではない。
地上よりは寒暖の差は激しくない“蟻地獄“と呼ばれる簡易ドック内でも、自然と暖かい飲み物には手が伸びる。
そんな時間帯なのね、とレジーヌはふと気がついた。
鮮やかな腕前、とまでは行かないでも、見た目にはかなり安定した操縦振りで、ランドキャリー・イバロの上部デッキに無事着艦するのが、三人の眼下に見えた。