016 砂に散る
「殺気だった殺意」ではない、明確な「攻撃の意思」を全身から放出して、その機体はゆっくりと大きな図体を光弾の来た方向へ旋回させた。
どこか、異様な空気を醸し出している。
「……つまりなんだ、オレは無視か?」
五百メートル以上は離れているから、オウスはモニターに映る相手に叫んだ。
ロンワイたち二機は、ほぼ真っ直ぐに向かってきている。
『――どうした。新しいのが出たって言うから、せっかく飛んできたんだぞ』
「こちらのデータも取られてるって事を忘れないで」
これまでに取得した黒い機体のデータは全て転送してある。
この現場に到着するまで、彼らのバイクも少しはシミューレーションが組みあがっている事だろう。
「使える火器は全て臨戦態勢だ。アレは地上に降りそうに無いが、下から刺すか」
コクピットでオウスは、ガチガチと音を立てて装備を確認した。殆どが起動されているから、瞬時に照準合わせと発射を可能にするのである。
動力から振り分けられるエネルギーを計算しながら、モニターに映る敵機を睨みつつ、死角になりそうなところと、弱点になりそうなところを探った。
敵は、どこに格納していたかと思うような位置から、砲身を覗かせている。
その様子はまるで小さな動く要塞のようだった。
味方が近づく砂埃に向けられた砲口。
「ここは……平野だから散開するのも手だけれど……どう動くのか分からないなんて……」
素人を傍目にはらはらしながら見ているような感覚は、戦場にはどうかとは思うが、そんな気分にもなりたくなる敵であった。
「動いたぞっ!」
唐突に黒い物体は前進し始めた。
「ロンワイに真正面から行く気!」
慌てて照準を合わせるが、先ほどまでの愚鈍そうな動きは何処へやら、何の迷いも無く直進する光景は、まるで別の生き物に変わったかのようである。
少しは地表へ収まりを見せていた砂埃が、瞬く間に舞い戻った。
『……オイオイ、俺の正面に居るんだが大丈夫か?』
余裕をかましたようにロンワイが言う。
「飛べるか? コイツは飛行機の方が好きらしい」
『あと五キロで正面衝突だ。――左右に割れるから、お前らも回れ』
「こちらはエネルギーがギリギリだぞ」
『一機で一発目なら、最初のお尻ペンペンは大事なんだがな』
ほぼ同時に、それぞれが二手に分かれた。
互いが二つに割れ、その一方で別々にまた組むのである。
敵機はあまり時間を掛けずに狙いを定めたらしい。
左へと旋回し、オウスには目もくれず、ロンワイと組んでいたもう一機へと向かった。
すぐに三機も後ろから脇から追撃すると、そのまま三方向からマシンガンの雨を浴びせた。
しかし、流線型の黒光りする機体は、いとも軽やかに避けてみせる。
『両サイドつけ! 俺は上から行く!』
いつの間にかロンワイは、高度を取って敵の上に出ようとしていた。
「走りじゃヤツに追いつかねーんだ!」
エネルギー残を気にしながら、オウスも地面を離れた。
追跡しながらも照準は合わせているのに、何故かロックオンがずれる。
直前に何か感知してブレるようにしているのか。
『……? 何だ! 届かない? コイツは百目でも持っているのか?』
ロンワイの口から疑念が漏れる。
目前のターゲットを外さず、且つ背後の複数の敵を防御するには、いささか器用すぎるのだ。
ドウッっと黒い機体の砲口から火が吹く。
飛び出したものは実弾だった。
前を行くアタック・バイク目掛けて航跡を描くが、当たらずに地面を砕いて穿っただけに留まった。しかし攻撃目標にされたバイクは衝撃によろめいた。
「ヨルゴスが!」
『まだもっている!』
上から牽制しようと、ようやく追いついたロンワイだったが、急に黒いバイクが上昇をかけてきたので、珍しく驚いて機体を捩った。
『何でこんなに無謀なんだ!』
そして珍しく吼える。
「下から!」
フレニーが隙を逃さず、黒いバイクの“タイヤ”が格納されている周辺に狙いを定めた。
エネルギー弾を放つのと、敵が再度砲撃するのが、重なった。
蜃気楼を地平線の遠くに眺めながら、熱くて乾いた空気の中に金属片が飛び散るのが視界に入った。
「……っ……」
緊張でカラカラに乾いた喉に、声が引っかかる。
自分が攻撃し、敵機がダメージを受けたのは分かったが、視認で判断できる損傷の度合いよりも、随分と破片の量が多いと思ったのだ。
まさか、とは思うのだが。
『フレニー!』
オウスの声で、一瞬の酷いスローモーションを振り払った。
「ヨルゴスが!」
事態を理解する。
敵機が追っていたバイクが爆発して、飛散するところだったのだ。
『チクショウ! 手持ちの機銃では、あの装甲を破れないだと! ヨルゴスをやりやがって!』
ロンワイが何をしたいか、オウスは察知した。
「待て! これ以上のエネルギーロスは無駄だ。俺にやらせろ! ガス欠になるのは俺だけで充分だろう!」
『お前を牽引する備品は持ってきてないがな、俺を撃つなよ?』
「貴様でなくてもな!」
一機を撃破して、黒いバイクはその場を離脱しようとする素振りを見せた。
「ヨルゴスのよりは口径が小さいが……」
使用火器を絞ったので、機体システムの余計な部分は、シャットダウンさせた。
照準を絞ると、その部分が拡大された映像が出る。
相変わらず高度は十五から二十メートルの間で飛行しており、“タイヤ”部分をハウスごと損傷しているのが見て取れた。
これでは地上走行も出来ない。
「……このまま飛んで帰る算段なら…」
二度と地に足が着かないようにしてやろう。
斜め後ろを下から、ギリギリとエネルギーを集約させると、粒子ビームを傷口へお見舞いした。
一発目、敵は機体を斜めにしてかわそうとしたものの、損壊したところに再度被弾した。
二発目、底部の装甲が大きくめくれ上がって一部が吹き飛んだ。
「高度が下がってきた……ロンワイ! 上からはどうなんだ!」
『こちらもエネルギー弾だな!』
よりよく当たるようにと、ロンワイの機体が黒く艶びかりするバイクの背に近づく。
彼らのバイクよりも一回り大きい。標的はそうあるべくして目前にあるのだと思った。
―――と、そのバイク上体後部の半球体になっている部分が、ライン状に光が走ったかと思うと無数の光線を放射状に飛ばしてきた。
方向も角度も、そして数もランダムなために、光線の幾つかがロンワイとフレニーの機体を掠め、一部を貫いた。
「な!?」
「うわっ!」
さすがに、予期しない反撃で狼狽は隠せなかった。
「これ以上は!」
動揺から来る激しい反動の攻撃心理をセーブしなくてはならない。
状況を判断するに、これ以上の戦闘は互いの傷を深めるだけなのだ。
それでフレニーは叫んだのである。
「……分かってるなら……ここは引くべきなのよ」
三機はスピードを徐々にスピードを落とし、これから先も敵として自分達の前に立ちはだかるであろう、黒い機体を苦々しく見送った。
砂漠の太陽は相変わらず素知らぬ振りで、夕刻に近い傾きながらも涸れた世界に容赦ない日差しを投げつけていた。
ここの太陽は肌に痛い、と、早くも視界から消えようとしている敵機を眺めながら、フレニーは思った。
それから、自分が搭乗するバイクの方向を変えて、二人に言ったのだ。
「―――ヨルゴスを」
連れて帰りましょう、と。
◇ ◇ ◇
「……ぁああっ!」
声にもならないような喉の絞り方をして、ガシ、と鷲掴みにすると、頭に付けていた銀色のヘッドセットを脇に投げつけた。
「……気持ち悪い!」
さらに叫ぶと、シートの背もたれに体を投げ出して、だらしなく座り込んだ。
それから両手で顔を覆い「……こんな気持ち悪いの、いやだ……」と呟く。
肩までの黒い髪をボサボサにして、まるで誰かに遠慮したような物言いは、ストレスの発散があまり上手とはいえない様子である。
「……ドコが壊れたの……」
溜息をつき、イヤイヤながら管理システムで損傷箇所を確認する。
搭乗している機体の前輪がタイヤハウスごと、後輪前の機体底部の装甲が剥がれてしまっていた。
「こんなに壊れちゃって―――」
遮熱偏光グラスの薄暗いコクピット内で、濃いアメジスト色の瞳にモニターが発する光が映りこむ。
「だって、コレ、初めてなのに……」
本人的には精一杯の死力を尽くした今しがたの戦闘だったのだが、その言いようは何ともあっけない。
パイロット・スーツの手袋を脱いで、首もとのファスナーを少し下ろした。
「……こんなに反応が速いとは思わなかったな……システム‐1って、名前が……何だか」
どうやら機体に搭載されている機能について不満があるらしい。
帰投のルートをチェックしてから、初めて自分を呼び出すライトの点滅に気がついた。
音は、消していた。
「まずい……かもしれない……」
億劫そうに指先で応答開始をした。
『――ヴォロス、シャトレイサ!』
何度も呼びかけていたらしい形跡を含んで、簡潔にそのパイロットを呼ぶ。
「……こちらヴォロス、これから帰還します」
他に云う事もない。
『勝手に持ち場を離れるな! どこまで深追いしてるんだ! 死にたいか!』
「……はい……すみません……」
『第五世代だと思って、指揮下を離れるとは何事だ!』
「……はい……ルンス中尉」
普通に萎縮して怒鳴られるに任せてはいたが、それとコレは別だ。敵機撃破の報告は上げようとした。「あの……」
『何だ』
「ハーレイのアタック・バイクの部隊が居ました」
『わざわざ探しに行ったのか』
「いえ……気になった方向に……それで……合流しかけたところで、一機潰したのですが……」
なんとも頼りない報告の仕方ではあるが、通信の向こう側から眼を剥いたような形相の雰囲気が伝わってきた。
『どの部隊かは確認できたのか?』
「それはできませんでした……」
それ以上は言葉に出来なかった。
『……あとで話を聞こう。真っ直ぐ帰ってくるんだ。それから、ヘッドセットかヘルメットを被れ』
彼女の上官は、彼女についてよほど理解があるのか、その場は収めた。
通信終了後、シャトレイサは自動操縦と全方位自動索敵をセットし、拳を作って歯を当てたっきり、押し黙る。
ヘッドセットも、ヘルメットも、足元に転がしたまま手を着けようとしない。
低空飛行の風切音が、機体に振動として伝わってきていた。
先ほどの戦闘シーンが思い出される。
甚だしく不謹慎な話ではあるが、シャトレイサには「戦争をした」と言う認識が出来ていない。ゲームのシューティングそのままの感覚だったのだ。
興味本位に敵を追った。
近づいたり、遠のいたり、少しちょっかいを出してみたり、面白い玩具に乗って、しかし急な展開に驚いて……それで敵方の一機を墜としたのだから、その辺はたいしたものだと褒めればよいのだろうか。
もっと自分は、驚くべきだ、と思った。
それは敵を倒した事についてなのか、それとも人を一人殺したことについてなのか、己にすら定かではない。
当面の問題は、戻ってからルンスにどう怒られるかではあったが。