014 黒い力
フレニーが急かすので、何となくケツを叩かれた感じのオウスは、ざっと荷物をまとめて出発の準備も早かった。原隊の仲間が通りすがりに合流してくれるというので、“此処”を脱出するのが早まったのである。
フレニーの居ないオウスは、手の付けられない暴れん坊と言うよりも、後始末の出来ない子供に近いものがあり、荒削りなエースを熟知している部隊では、彼女が負傷して療養している間だけでもと、教導隊であるマイレアのところに放り込んでいたのだった。
厄介払い、とも言う。ただし、悪意は無い。
「ほんとにいいのか?」
気を遣ったつもりの何度目かのセリフが、彼女に溜息をつかせた。
「あなたはどうなの、オウス。ここは退屈なんでしょ?」
いい加減、腰に手を当てて多少の威圧も加えたくなるものである。
「そうなんだけどさ……」
何を躊躇しているのか、その言いよどみが逆にオウスを鈍らせたのかと不安になった。そこで、気合の入る名前を口にして見る。
「ロンワイに、いまこれから合流して顔を合わせるのよ。マイレア艦長に―――」
案の定、途端にオウスのアドレナリンが沸騰した。
通常のランド・キャリーよりは小型で艦載機も少ないハンガー、二人のコントが響いていた。
摂り合えず“サイド・ワインダー”によじ登ると、お泊りセットを機内に放り込み、機器チェックをいつも通りに行う。教導隊だけあって、メンテナンスは完璧に近い。
稼動せずとも内燃機関には最低限の火は点いている。
「シャシー・エンジンから上体へ、バイパスオープン……エネルギーをリロードする。内圧正常。“タイヤ”のモーターの唸りもいい。出艦できる」
オウスの気合いに、オペレーターが応えた。
『了解。下部デッキを開放する。―――幸運を』
岩盤の上に幾つものアームを伸ばして設置しているランドキャリーから、二機の重バイクが勢いよく飛び出した。
彼の搭乗する“サイド・ワインダー”の機体の一部が、チカチカと光って挨拶をする。
瞬く間に遠景の一部と化してしまったが、砂煙がベージュ色の世界に二人の航跡を示していた。
日差しは容赦なく真上から垂直に、針のように突き刺さる。
「乗り心地はどうだ? “ローズ・ブラスト”」
『慣れるしかないわ。入院中に機体が変わるなんて前代未聞のことだもの』
「オレは入院なんてしないぞ」
『自分がスーパーマンだなんて言い方はやめて』
悉くオウスの軽口を窘めているのは、何も縁起が悪いとか上から目線なわけではない。単に油断が生まれては困るからだ。
「―――寝てる間に変な機械を組み込まれたことはあるけどな」
否定的な物言いをされても、意欲低下が見られないのがこのコンビの特徴である。
「ところで、ロンワイとの合流はどれくらいだ」
『予定では二時間後……トリポリで合流したらカサブランカで一時待機』
「飛んだほうが早くなかったか?」
『“ここで”?』
「……冗談だ。確かに“静かな激戦地”だからな……」
エネルギーの消耗も避けたいところだ。やがて平地に出ると、二機はリビア砂漠を西へと向かう。
“静かな激戦地”が代名詞になっている「G.B.N.(グレート・ブルー・ネット)」は、ウォクトワイス統一政府の主導で行われ、アラビア半島とエジプト地区沿岸に展開されているサハラ計画の主な事業である。
人工の川を掘って海から水を引く内陸への逆流河川で、水が下流に流れないよう河川の途中にポンプ基地を設けているのだが、塩分除去も兼ねているこの基地、実はかなり故障が多い。
故障の原因は他ならぬ“塩分”なのであるが、それでも何が不都合なのか、濾過せずともポンプは止まること無く「海水」を汲み上げ続けるため、河川沿いは塩害が出ている。
この辺が数ある疑惑の中で最も明確な問題点だ。
但し、限定的な意味合いで緑化の成功している地域もあるために、「無用の長物」と批判するのも躊躇われるし、それこそ「長い目」も必要なのも確かである。
イタリア半島から西、点在的ながらも勢力内に収めてジブラルタル海峡を塞いでいるハーレイ・クラファは、間隙を縫ってG.B.N.(グレート・ブルー・ネット)に小競り合いを起こす。
少し昔になるが一度、スエズ運河も土砂で埋めたことはある。しかし出口を紅海に頼っているウォクトワイスはすぐに復旧してしまった。
そしてそのあまりの不便さに耐えかねたのか、「陸を往く船」ランド・キャリーが開発されたもこの頃である。
「この辺に“蟻地獄”は無かったか?」
同じような風景が続く中、注意判断力は鈍る。頻繁な交信も避けたいが、これが唯一の暇潰しとなれば分かりきった事も聞きたくなるだろう。
オウスの質問に、フレニーはキーを叩いた。
モニターには予めインプットされた“蟻地獄”のデータが映し出される。
「……“ローズ・ブラスト”の最新データでは、見当たらないけど……」
フレニーの機体の一部が光った。オウスの機体も同期を取って点滅する。
「ん、受信した。確かにないな……ランド・キャリードックもそうそう掘れないのか」
何も無い過酷な環境の砂漠では、ランド・キャリーの簡易基地を砂は砂の中に、岩場には岩の中や影に造る。特に砂の場合砂を被るだけで済むので、凝ったカモフラージュが不要であり、自然と一体化したそのぶん、敵には驚異となる。“蟻地獄”は、そこからついた仇名だった。
「警戒スキャンには反応も無いわ」
緊張感を失わない声で返事が来る。
―――何の反応も無いけど……
鍛えられた感覚がチリチリと額に電気信号を起こす。
―――もう少し、もう少し何か―――
砂上に風紋が気まぐれに作られているのを眺めながら、自然に手がコントロールパネルに伸びていった。
『飛行形態に切替えられるようにして』
押さえたような声で、オウスに言う。
―――嵐の前の静けさ。
これは嵐の前の静寂を指すのではない。喧騒の中で感覚を研ぎ澄ますと、自然に雑音や雑念が取り払われる、鋭敏な神経を言うのだ。
返事はしなかったが、オウスも敏感に嗅ぎ付けたのか、上体が少し動いた。
「直進コースを外れるぞ。合流はもう少しだな」
予め設定していた迂回路に入ろうと、車体が傾いた時だった。
………………!
てっきり耳元を掠めたかと間違うくらいの至近距離を、衝撃が脇を通り過ぎた。同時に、今これから通ろうとしていた岩場がドカっと激しく砕ける。
「なんだ!」
“タイヤ”のモーターが唸りをあげて減速回避する。砂埃を上げて二機は止まらざるを得なかった。オウスが反射的に索敵用チップを放出してばら撒く。
「四時の方向! エネルギー弾!」
『止まるか! 逃げるか!』
「岩場の影に入って動かないで! 捕捉出来てない!」
『推定でも発射元は射程外攻撃だぞ!?』
「分かってる。でも二発目までの間がありすぎない?」
『姿を現すのを待つのか?』
キレ気味のオウスの叫びを聞きながら、フレニーはレーダーに映った影を見逃さなかった。直ちに大きさや接近するスピード、先ほどの着弾から推定される攻撃力を算出する。
「私たちよりも大きい機種! 急にスピードが上がったから、“飛んだ”かもしれない」
『了解だ!』
自然の障害物となって守ってくれるだろう岩場で、彼らは息を潜めた。
外部集音センサーが、機械的な音を増幅させて物体の接近を告げる。
(……いったい、どういうやつなんだ)
レーダーが完全に捕捉も出来なかった距離での攻撃は驚異だ。それだけウォクトワイスは性能を向上させたマシンを投入していると言うことだ。
(―――マシンだけか……?)
ふと、自分の身にも起こっているのを思い起こして、パイロットの“性能”についても考える。だが、それ以上深く思考するには時間が無さ過ぎた。
「来た!!」
互いがほぼ同時に叫ぶ。
岩山の影から黒い機体が浮揚して越えてきたのだ。
太陽を背にして来襲してきたから、陰になっているせいかと思ったが、機体は全般に黒塗りで明らかにオウスたちの重バイクよりも大きく、そして従来の重バイクよりも優れた飛行能力を備えたのが一瞥して分かる。
「新しいぞ!」
『データは取る!』
生き残るための鼓舞ではない。プロだからだ。
ただ、やはり圧倒される。
手加減無しにいきなりロケットを打ち込んできた。
「どういうことだ! 普通は威嚇の機銃掃射から始めるんじゃないのか!」
軽口を叩きながら、なんとか身をかわす。黒い機体は、無言で大鎌を振り回す死神のようである。
(ひょっとして……シロウトか? それとも、最初から狙っての事か?)
岩石が細かく飛び散る中を縫うように走る。石が車体やキャノピーに降り注ぎ、カンカンと軽い音を立てた。
「建て直しはッ!」
“ローズ・ブラスト”に案を問う。
「覚悟を決めて!」
つまり、戦力分散、どちらかが囮になると言うことだ。
「足りるのか! 俺たちで!」
「傍受してたら間に合ってくれるはず!」
旅の予定は変更され、瞬時にオウスとフレニーは二手に分かれた。
黒い死神が一瞬迷ったのを見て取り、彼はそのパイロットがシロウトであるのを看破した。
「データは取れそうだな」そして自ら尻を振って誘い出す。「フレニー、射程内で頼むぞ」