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013   ヴォロス・チーム



 誰にでも性に合わない人間は居る。

 初対面であるとか、第二印象が悪いとか、後々のトラブルでの本性が露わになったりとか、理由もタイミングも様々だが、第三世代サードのパイロットであるジョールは、最初からシャトレイサが気に食わなかった。

 理由は二つある。

 彼は通常の将兵と同様に訓練や教育を受け、そして最新兵器を駆るエリートとしてのプライドがある。だから、彼から見たら生半可に教育を受けた第五世代フィフスが鼻につくのだ。

 その上、そのヤワな連中が、ジョールたちの兵器とは明らかにポテンシャルの異なる体系のマシンを扱うとなれば、知らず嫉妬も湧いてくるというもの。

 二つ目はなんとなく根暗に見え、いじけたような性質が「ただ単に気に食わない」、いじめ的なもの。

「シャトレイサが居なくなってせいせいしたさ」

 ランドキャリー・イバロが格納されたドックで、ジョールは吐き出した。

「でも、戻ってくる可能性は高いのよ。除隊じゃないから」

 第二世代セカンドのレジーヌが釘を刺す。

「……チ…冗談じゃない」

「冗談で済んだら戦争は起きてないでしょ」

 年上の女性が言う事が、いちいち│(もっと)もでイライラが募る。

「コマンダー制の採用ってのも気に入りませんよ。だいたい、なんで彼ら第五世代だけでチームを組まないんです? 敢えて旧世代と混合する必要が?」

「特別扱いが気に入らないなら、適性検査受けてみる? 戦争はチームワークだし、そうした方がパイロットと一緒にマシンの経験値も上がると、そういうことだそうよ。体系的に同じのようでいて異なるから、第四世代までのデータはあまり組み込めなかったようね」

 結局はレジーヌの正論に打ちのめされて終わりそうだった。

 この戦争に勝つにも時間がかかりそうである。



 特殊な環境下での戦争は、それに特化した独特の兵器を生み出す。

 砂と礫のアフリカでは、砂に埋もれ砂と戦う羽目になる地上戦は困難であり、かといって航空戦闘機を常駐させるのも難しい。特にそれは主に爆撃であるので、ヒットアンドリターンが基本だ。機動性に富み、且つ重要な地点に待機できる機種が必要なのだ。

 そこへウォクトワイスがG.B.N.(グレート・ブルー・ネット)と言う人工の川と巨大なポンプ基地を作ったものだから、自然ハーレイ・クラファの標的になりやすく、軍を各地に常駐させなくてはならなくなった。

 そこで考え出されたのが“地上も、空も”という地空両用のものである。

 といっても、殆どが砂礫の移動を主に考え出された大型攻撃重バイクなのだが、脱出装置としての機能が、さして自由でもないのに「うっかり」空も飛べるものになってしまうのだ。

 これだけの機動力があれば、搭乗する方も尋常ならざる才能と技術を要する。

 そして数々の難関を突破し、晴れてのエリートになったのがジョールやレジーヌたち、│第一世代ファーストから第四世代フォウスのパイロットであった。

 しかし技術の進歩は目覚しい。

 エンジニアのあくなき探究心はそのゴッドハンドで、時に人間を超えるものを造り出してしまう。すると新たに対応できる人材が必要になり、計画と技術を一新させた「ヴォロス・チーム」が結成されたのである。

 一般に将兵はその教育上、沈着冷静な判断は勿論だが、だからといって攻撃欲求も失ってはならない。この相反するパワーをコントロールするには相当の人格が必要だ。

 恐れを失えばただの殺戮犯として人の道に外れる。

 攻めるを怠れば防御にもならない。

 感情を覚えれば己を殺す。

 無駄に追わず、無駄に殺さず、無駄に消費せず、冷徹な判断力で戦場を支配し、ただ敵を排除する、そのような「知力」を持ったパイロットが必要だった。

 そのような人材はどれほど居るものか?

 どれだけの雁首がんくびを揃えられるか?

 無理であるならば、“コントロールすれば良い”。

 それが「ヴォロス・チーム」の趣旨であった。

 ランドキャリー・イバロに乗艦する第五世代フィフスはシャトレイサ一人であったし、反吐が出るほどキライだからあまり近づいても見なかったのだが、シャトレイサはヴォロスに搭乗するとき、ジョールたちとは異なった形状のフルフェイス・ヘルメットを被る。あるいは簡易のヘッドセットを何故か装着する。

 そして彼女は「システム‐1(ワン)」と口にする。

「脳波をコントロールするのだそうよ」

 レジーヌが言ってたのを思い出した。

 と言うか、いつもレジーヌが解説をしてくれている気がするが、それは置いておこう。

「でも」レジーヌは続けた。「どうかしらね。あの子」

 女の勘だと言うのか。

 “ヴォロス”には特殊な機器を搭載している。それはイバロや研究所のハードに接続していて、あらゆるデータを取っているのだという。

 その機器は搭乗者の脳波の動きを監視し、その場その時に適した判断が出来るよう、特に前頭葉に集中して周波数を発し、脳に働きかける仕組みらしい。

(それがイヤだって、吐いてたじゃないか、ヤツ……薬まで飲みやがって)

 怪しいサイバネティクスの産物がシャトレイサだと思うと、ますます嫌いになりそうだった。

 コントローラが人を支配する―――?

 否、未だ実験段階であるものを、機器類が完璧であるとは言わない。山積する問題を解決したのはやはり人の手に依る。パイロットを精神的に戦術的にサポートする“コマンダー”がそれである。

 数人のパイロットを束ね指揮し、規模的には小隊クラスの編成だが、第四世代までの機動性をより上回る―――とされる。

 理論上は。

 一般的な上司と部下、上官と部下や師弟関係以上に、よりフィットした繊細なものを理想とし、それには硬直したような軍規による教育は弊害になると考えられた。

 だから、そういう観点ではシャトレイサを始めとする第五世代は、マシンとの融合性や感覚の鋭敏姓を重視したための「甘やかされた手抜き世代」なのだ。

 それはコマンダーにも求められる。

 戦場や指揮の経験豊かな人物でなくてはならないのは当然ながら、どうしてもそれは従来の無骨的軍人である部分が拭えない。より柔軟で、より繊細な、言葉を変えれば“戦場に不似合いな”共感性・感受性の高いタイプが最適なのである。そのコマンダーに選別され、適性検査を受けたのがクラインたちだ。

 始まったばかりの部隊は、そうして形成されつつあるが、井上が懸念したような“国家への忠誠”教育は彼らコマンダーの手に委ねられるという、何とも心許ない事態にもなっている。

 今のところ、シャトレイサは現場を混乱に陥れたことは無い。

 それどころか、ハーレイ・クラファの攻撃重バイクを一機潰している。

 ただし、イバロの指揮系統を勝手に離れた結果である。

 フレッチャーは、どちらかと言うと寛大な艦長だったから、すぐに指揮下に戻ったシャトレイサについて目をつぶった。それもこれもテスト・パイロットであるせいなのだが。トップダウンの組織として問題になるのは時間の問題とは言え、如何ともし難い。第五世代の「意図」が分からないうちは、触れないでおくのが得策と言うものであるからだ。

「何だか薄気味悪くってね」

 そう感じているのは、恐らく誰でも同じだろう。

 

 

   ◇     ◇     ◇   

 

 

「コマンダー無しに、シャトレイサたちが現場投入されたことについて、聞いてもいいですか?」

 ライナル博士は、フイに呼び止められて背後の少年を振り返った。

 『パルテノン研究所』は今日も快晴だった。さぞかし地中海も美しい海に色を醸し出している事だろう。

「―――それは……」ソトーだったので、彼は多少視線の仰角を下げる事になった。「誰が権限を持っているか、と言う話になるんだが、聞いて見るかね?」

 賢そうな少年はエメラルド・グリーンの瞳に険を差して、真っ直ぐに見つめ返す。

「だから貴方に聞いているんです」

「いや……、私はあくまで助言の立場にあって、オブザーバーも同然の……とか言ってみようと思ったんだが、さすが“ヴォロス”のパイロットだなぁ」

 のらりくらりとソトーを遣り過ごすように見受けられるが、実はコレでもライナルは真面目な返答をしている。常に研究の事で頭がいっぱいの人間は、時に周囲の人間との調和を忘れる。

「―――で、それはシャトレイサたちとの“仲間意識”から来ているのか?」

 自然、返す言葉が研究目的の探りになるから、ソトーも少しは勘に触ると言うものだ。

「あなたの一言が、シャトレイサをアフリカに投入することになったのは知ってますよ」

「君も出しても良かったんだが、彼女の方がクセがあったから、面白そうだと思った――じゃ、済まないか」

 腕組みをして少年の様子を観察した。

 “ヴォロス・チーム”の生徒達は感受性を重視しているために、その個々の感じ方を知るには重要なのである。

「“純粋培養”ってのは悪い事態に陥る事が多くてね」

「パイロットが、ですか」

「色々と、何もかもが初めてでね。地均(じなら)しは必要だろう」

 ライナルはあまり暇ではなかったから、その場はソトーに構ってやる時間は無さそうだった。ありとあらゆる理由を一言に詰め込んで、じゃ、と手を振るとその場を去る。

 経験豊かなオトナに対して、こねれる屁理屈の弾数が少ないソトーは、追いかけて肩を掴み、鋭く攻撃的な言葉を放つことが出来なかった。

 ついでに言えば、ライナルも「明確な答え」を持っていないのを感知してしまったせいもある。

「これ以上、無駄なことを聞くなと……知っちゃってる自分もどうなんだよ……」

 シャトレイサなら、一言も質問を口にする事は無いだろう。そして彼女は他人の命令より、自分の感性に忠実な方向へと向かう。結果として彼女が間違った事はほとんど無いがために、そのクセを知っていてアフリカに出したのだ。

「命がかかってんのに、そんなに面白いんだ……戦争」

 そういう意味で、先に戦場へと赴いたシャトレイサが心配だったし、何だか自分が置いていかれた不安もあった。

 研究棟を出て寮に戻ろうとした。

 そういえば、いつも付きまとってくるミレイヤは居ない。

 先日、ウォクトワイスの研究所に行きたいと言って、何故か強硬な反対をされたから喧嘩になってしまった。

「……いや…別にいいんだけど……」

 何だか色んなものに挟まって、身動きが取れない気がした。

 それから、月基地(ルナ・ベース)の様子が見れる建物へ行こうと思った。

 いつもシャトレイサが暇潰しに行ってたのもあるが、彼らとパイロット養成教育を受けてる間に、そちらへ引き抜かれた“同級生”もいたからだった。

 平和ボケしそうな昼下がり、ライナルにも適当にあしらわれて、何だか萎えてしまったのである。

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