012 不自由な女神
思いのほか丸っこい機体が上手く着艦できたのを見て、オウスは他人事ながら満足していた。
「“ローズ・ブラスト”! 相変わらず滑らかな操縦だ」
スライドしたキャノピーから、パイロットが顔を覗かせて手を振る。
「フレニー、生きていたな」
ヘルメットを取ったその下から、長い髪をまとめ上げた女の顔が現れた。
「アア! オウス、懐かしいわ!」
はしごを使わず軽やかに機体を伝って、オウスが広げた両腕の中に飛び込む。
「待ち焦がれたよ、俺の女神」人目を憚らないのは、彼の悪くは無い性格を現している。「体はいいのか?」
「ちょっと骨を折っただけだわ。オウスこそ無理して迷惑を掛けてない?」
甲板にいたスタッフが、その二人を見て口笛を吹いた。
「出来てんです?」
「ん? ……そうとしか見えないことも無いが、とても信頼しあっているパートナーだ。だがお互いそれで恋人ができないのかもな」
下世話な話は、オウスとフレニーの耳には届いてない。
フレニーの肩を抱いて、オウスは駆け寄ったスタッフに、機体の格納を言いつけた。
「私が居ない間、誰にも迷惑をかけてない?」
「俺が働かないもんだから、追い出したがっているよ。――お前以外に使える奴もいない。新しいマシンはどうだ」
「まだ慣れてないから……でも大丈夫。性能もいいし期待していいわ」
女性だから気を遣ったのか、なるべく早く日陰にはいる。
艦橋からその様子を見ていたマイレアは、双眼鏡をカウンターに置くと、コーヒーのカップに手を伸ばした。
「あれがフレニー・トスパノレ中尉か?」
「は…オウスとはすこぶる相性のよいと噂で」
「ふん……」
特に興味もなさげにコーヒーを口に含んだ。
「二人で一つと言うが……ロンワイならば独りで戦えるというのだがな」
数分後に彼らはマイレアに挨拶に来た。
反抗精神旺盛そうなオウスに比べて、フレニーは優しく温和な印象を受ける。彼女がオウスの守り神、という話はまんざらでも無さそうだった。
「こちらに着艦許可いただきまして、ありがとうございます。フレニー・トスパノレといいます」
少女のように微笑んで、手を差し伸べた。それを握り返しながら、マイレアも自己紹介した。
「宜しく。私はマイレアだ。ここの艦長を務めている。――重傷を負ったと聞いてるが、良いのか?」
「骨折は重傷のうちに入れられますけど、接合すれば支障は無いものです、艦長。すぐにでも作戦に出られます」
「君はハーレイ・クラファのエースの一人だ。大事を取って英気を養ってもらわねば困るな」
「ですが、あまりゆっくりもしていられないので……三日ほどお時間いただければ調整済み次第、原隊に復帰したいと思っております」
マイレアはフレニーが戦場に戻りたいのではなく、オウスを早く連れ出したいのだと感じた。まるで母親のように、やんちゃな息子の扱い方を知っている。
「も少し休めないのか」
気遣ってオウスも言うが、フレニーの言うことには何でも聞きそうな雰囲気だ。
「体が鈍ってるの。オウスも鈍りそうでしょ。あと……“サイドワインダー”が寂しがってるわ」
そっと急かす空気は、やはりマイレアが読んだ。
「パイロットが心身鈍ってはいかんな。フレニー中尉が行けるというなら、尊重しよう。ここにある備品と人材は好きに使うがいい」
親心を知らない子の様な、オウスの何処かデリカシーに欠ける幼稚さが気にかかった。
年齢から人間を判断するには、危険が伴う。
(しかし充分なオトナじゃないか……)
「ローズ・ブラストは、まるっきり取り替えたのか?」
「取り替えたんじゃなくて、機体そのものが以前のローズ・ブラストじゃないのよ。サイドワインダーは改造を加えたのだけど……オウスが我儘を言うから…」
フレニーが搭乗する機体に手を掛けながら、オウスが不満げに踵を鳴らした。
「アレを使えって、あれじゃ俺の戦歴を否定されるものじゃないか。どれだけ敵を感知して防御できるったって、所詮は人が作った機械だろ。どこまで信用できるんだ? クスリも使うんだろ? 適応できるように?」
「より敵を倒すためなら仕方の無い事だとは思うの。ウォクトワイスは既に導入を進めていて、前線に配置済みと聞いてる。もし“万が一”の事があったら、あなたは負けを認める?」
言葉に詰まったのは認める。
だが体裁を整えて自分を奮起させるためには、これしかなかった。
「俺には、お前がいる」
フレニーを抱きしめて、オウスは自分のために呟いた。
彼女は、瞳に翳った不安の色を、巧みに隠した。
◇ ◇ ◇
イズメイがカティアと会ったのは、数ヶ月くらい前、としか覚えてなかったが、アクの強そうな部分を本能的に嫌ったのか、多少の印象が残っていたことで記憶に留まっていた。
「強情張れば、筋が通ると思ってる女だ……」
顔全面に我儘を貼り付けた判り易さは、面倒なことに、いつまでも鼻につく。
「ニューデリーからウォクトワイスへ何が何でも赴任したいと、意味のない異動をゴリ押ししたというじゃないか」
めんどくさそうにペンを投げた。
「そうですか? 仕事熱心で良いと思いますよ」
「俺は猜疑心の強い男だから、何でも物事を斜めに見るさ。人間なんて疑わなきゃならん動物だろう」
「悪い噂は聞いてますが、そんなに悪いもんですかね」
「増して、女だから、だ」
「はぁー……色々懲りたんですか?」
「うるさい。そんな話じゃないんだ」
「ですね。と、言うか…その女の特技ってなんです」
「技術系だ。技官ではなくて、民間出身で今や半分軍属もいいところだろ」
「でも技官扱いですよね」
「もう、どうでもいい」
イズメイは、もう一度ペンを放り投げた。
「あいつは悪女だぞ」との評は、いずれズレが生じる事になる。