011 その眼差しと、戸惑いに
バタバタと駆け込んだ先は、使えるのか使えないんだか、様々なマシンのようなものが転がる異世界だった。
一瞬躊躇したが、勇気を出して踏み出す。
「ディトマ? ……ああ、あっちにいるよ」
つなぎを来た男に顎で指されて、恐る恐る声をかける。
「俺?」
素っ頓狂な応答に、いささか拍子抜けした。
「レジノ先生から…ことづけで……」
「あ~、そう。ありがとう」
そっけなくお礼を言うが、その風貌のせいか嫌味にならない。
「君、ラボに居た子?」
「あ…ギリシャ研究所からですけど」
「へぇ。『パルテノン』から来るなんて、珍しいな」
「アフリカから戻されて来たばっかりで…」
ふうん、とディトマはお使いの少女を見つめた。
「ッてことは、期待されてるパイロットなんだな。名前聞いていい?」
「シャトレイサです。作戦投入されたんですけど、コントローラと相性が悪くて…調整を受けてます」
「それは俺の分野じゃないなぁ。クロエがやってるトコのかな。あ、俺ね、『ヴォロス』のマシン製作に携わっているディトマ・カノーヤー。君…シャトレイサが第五世代なら、俺の愛がこもったマシンに乗ってるかも」
「その第五世代です。ごめんなさい。あまり上手に扱えてないみたいで…」
恐縮するシャトレイサに、ディトマは汚れたつなぎを着、乱れたままの髪で人懐っこい笑顔で、何の、と言った。
「誰だって完璧な奴はいないよ。敵も味方も必死で戦っているんだから、マシン一つで悩んでたら負けだ。生き残ることだけ考えろよ」
初対面で、マシンを組み立ててるだけのエンジニアぐらいにしか見てなかったから、シャトレイサには軽々しく言ってるように感じた。
個人の重大な感じ方が、適当な慰めにもならない言葉で決め付けられる――それは勘に触る。
(アタシは……まだ死体を見てない……)
おぞましくも受け入れなくてはならない、生々しい現実を知るには、それが手っ取り早い方法だと思っていた。
「それで、コントローラと、なぜ相性が悪いと思うんだい」
唐突に聞かれて反発心とは裏腹に、シャトレイサは答えていた。
「なぜ…って……あれは、私を頭から押さえつけて従属させようとするんです。従えば楽になって簡単に言われますけど、それは許されないことに思えて」
答えながらも、酷い言い訳をしているように思える。
「それって、我が強いって言うか、プライドが高いって奴だね。――裏を返せば防衛心が強く、または臆病…とも言うかな」
ストレートにディトマは言ってのける。
「否定はできませんけど…」
自分でも思い当たってることだが、他人の口から出るのは許せないところだった。
だからと言って反論の術も無いのが、シャトレイサである。
「………失礼します」
早々に退散を決め込んだ。
この人は嫌いじゃないけど、嫌い………。
断わりも無しに、自身の領域を踏みにじられた痛さを感じた。
もちろん、被害妄想もいいところだろう。
そんな小柄な少女の後姿を見送って、ディトマはちょっと溜息をついた。
「どうした? 何だそれ」
同じ格好のメカマンが、興味深そうに近づいてきた。
「あ、これか。レジノからのお土産だろ」
「旨いもんなら食わせろよ。あの子、パイロットかい?」
「そうらしい。……ああいう子も戦場に出るんだな」
「何か神経質そうじゃないか? ヴォロスのだろ?」
「第五世代だよ。ウォクトワイスの期待を背負う星さ」
「何を基準に彼らは選ばれたのかねえ」
他愛なく、他人事の会話ではあるが、ディトマは少しだけ引っかかった気がした。
(あの感じってのは……クラインみたいなヤツ……)
「でも、俺の弟も彼女と同じくらいの歳で、戦争に放り込まれてるからなぁ…」
「厳しい親父さんにか?」
「俺は“徴兵”を免れたけどな。あぁーまた俺、一言フォローにならない事言ったなぁ」
冗談の雰囲気に作って、軽く収めた。
――ただな、
親父が期待をかけてたのは、弟だったんだろうが――――。
嫌悪しながら、優しい眼差しを感じるのを背に置いて、シャトレイサは研究所の教室に戻りかけた。
(嫌な人に会った………)
自分に下手な言い訳をして、かすかな動揺を誤魔化した。
(忘れなさい。忘れるの。覚えてたら恥ずかしいことじゃない……!)
膝周りに纏いつく、赤い制服のタイトスカートが気になる。
脇の布地を一握り、掴んで裾を持ち上げると大またで爪先を出した。
彼女の歩く癖は、他人の視線を気にしたような歩き方をする。
誰にも声を掛けられないように、なるだけ忙しいように、真っ直ぐ前だけを見るのだ。そうすると周りの人間は遠慮して素通りしていた。
増してここは以前居たギリシャじゃないから、ソトーやミレイヤも居ない。
(いやだな……どうして歩いてるんだろ…)
早く自分の場所に戻りたかった。
カート・プールに丁度、一台入ってきたので逃げ込むように、車内に体を滑らせる。
狭い車内は、時に居心地が良い。
闇雲に走りたくなった。
このカートでは研究所から出られないが、『パルテノン』研究所より更に広大な敷地のため、乗り回すには充分である。
手の込んだ庭園内を走らせていると、シャトレイサがぶつかりそうになった二人の姿が見えた。
「のんきに歩いてる……」
もちろん、二人の事情など知らない。
さっきは慌ててよく見てなかった。
そのせいもあって、何となく凝視したのかもしれない。
………――風がよぎった。
「――――」
シャトレイサの乗る、カートが起した流れだったか――――。
一瞬にすぎない時間に、ダーク・ブラウンの髪色をした青年が振り返る。
互いの視線が、交差した。
(――誰かが……見ている――)
自分の居る空間だけが止まったように、体が硬直したみたいな錯角が彼女を襲う。
(……違う…?知っている………?)
自我を抑えたような、そんな│彩の瞳から、洩れ出た感情の揺らめき――。
(…知ってる――。この人は―――…あなたも知ってるでしょう……)
手を差し伸べれば、相手も差し出して捉えてくれそうな近さを感じていた。
何かが融合して、ゆっくりと融けていくような気だるい心地よさ。
ワタシハ、ココニイルカラ………
心惹かれる甘さに似た、ほんの二、三秒の時間で、スイ、とカートは彼の後ろ数メートルを通り抜けた。
不思議な感覚が取り巻く一陣の風になって、二人はすれ違った。