出逢いまでの奏鳴曲(ソナタ)1
乙女よ大志を抱け
隣の芝は青く見えるとはよく言ったものだ。
私もミノアも彼の友人という点で何ら変わらないのに。幼馴染かそうでないかそれだけなのに。ミノアが彼にとって特別な存在であるように感じる。
(ああ、止めよう。嫉妬なんて見苦しいし、それに私の友達に嫉妬なんて本当に私は嫌な女だなぁ。)
私は自分にイラついて布団に顔を埋める。
(ああもう!やめやめ、自分のことを卑下すると彼の前で明日笑えなくなるかも知れない。)
「リク君…」
彼と出会った時のことを思い出して思わず名前を口にしてしまった。
「…もう!」
一人、部屋で彼の名前を口にして入ることに恥ずかしくなった私は布団を頭まで被った。
☆
受験なんて立派なものではない簡単なテストを受けるだけ。たったそれだけで私は受験勉強に勤しむこともなく入学出来る。
ああ、なんて素晴らしいのだろう!監視されるとは言えユークであることがこんなに素晴らしいとは思わなかったよ。
(ありがとう神様、私をユークにしてくれて本当にありがとう!)
私は心が躍るのを抑えられず軽い足取りでスキップなんてしながらクレスモント地区第3学校を後にしようとした。
「ふんふふ〜ん♪…あうっ!」
しかしあまりに浮かれ過ぎて前方に人が居たのに気が付かずぶつかってしまった。勢いよく後ろに尻餅をついたが何故か痛みも衝撃もなかった。
「何かと思えばただの少女か、しかしこの俺に気が付かずにぶつかるなど、相当浮かれていたのか」
私は痛む鼻をさすりながらいかにもナルシストな喋り方の男を見上げる。
顔は結構美形で何故かベージュのトレンチコートを着ているが袖に腕は通してはいないという奇抜な 格好をして、コートのボタンは留めず中に着ている紺色のセーターを着ているのが分かった。
「あの、すみませんでした」
私は立ち上がり彼に慌てて頭を下げた。
「ふむ、気にするな。凡人は誰しも小さな幸せに浮かれてしまうものだ。寛大な俺は君を許そう、それに少女を謝らせるなどという行為は俺の美学に泥を塗る行為だ」
「は、はあ」
私は彼の独特の雰囲気と喋り方にすっかりペースを崩され間抜けた相槌をしてしまった。
彼は頭を上げた私をじっと見つめるとふっ、と笑うように息を漏らした。
「先程は気づかなかったが、中々に可愛い少女ではないか。ふむ、セミロングの金髪がよく似合っている」
私は彼が急に褒め出したので「これはお世辞で褒め殺して私をナンパしているのだろう」と今までナンパなんかされたことのないのに勝手に尊大な解釈をして
「ナンパですか?私じゃなくて他の人でやって下さい。お世辞ならいいですから」
と彼をちょっと睨んだ。
しかし彼はまるで不思議そうな顔をして何か考え込むと再びふっと笑うように息を漏らした。
「何を言ったかと思えばお世辞だと?馬鹿馬鹿しいな、俺は天才だ特別だ。そんな俺が考えていることが間違っているわけがない。故に俺は俺の感情に嘘を吐く理由がない。正しいからな。テストで問題の解答を考えていたのと違う解答にする奴はいないだろう?」
そう、悪びれもなく、憤りも覚えさせないほどの自信を持って彼は答え
その回答に、
その解答に嘘はないとそう思えた。
「そういえば名乗っていなかったな…。俺の名はリク=アイネス。来年このクレスモント地区第三学校に入学する、覚えておくといい。と言っても忘れたくても忘れられないとは思うがな。さあ、次は君が名乗る番だぞ」
「私はレニー=オイコット。私も来年この学校に入学するの、よろしくねリク君」
それが彼との出会いだった。
☆
「どうしたの!?」
これが私が彼女に今日会って初めに言った言葉だけど。
いやいや、それは驚くでしょう?私の目の前の友人である彼女ーーーミノアは顔に湿布やら絆創膏やらをつけて現れたのだ。
「学校来ないし、寮にも戻ってないって聞いたから連絡したけど音沙汰ないと思ったら…まあ、とりあえず何があったのか教えてくれる?」
彼女はうん、と頷くと何があったのか語りだした。あの日のこと、その後何があったのかを。その時のミノアの目は力強く、何か私を心配しているような瞳をしていた。
(心配してるのはこっちの方だよ…)
きっとミノアは私にも同じことが起こらないようにと思っているんだろう。
私はちょっと優し過ぎる彼女の話を目を閉じてその言葉を頭の中で反復するように耳を傾けた。
「そうだったんだ…。ごめんね、部活で一緒に帰れなくて」
「ううん、いいの。元々私が起こした問題だし」
「いや、そもそも私が悪戯半分に決闘なんてやらせなきゃよなかったんだ」
私は短絡的思考で二人を危険にさらしてしまったことを悔やんだ。
悔やんだのは、もしかしたらそこには悪戯心もあったが決闘なんてことで二人の仲違いを起こさせようという嫉妬と嫌悪すべき心が入ってしまっていたのかもしれないという自負からかもしれない。
そんなお互いを思い合う張り詰めた雰囲気に緩い、けど自信を含んだ声がその空気を外の空気と混ざり合わせるように、風船に穴を開けるように飛び込んできた。
「む、ミノアとレニーじゃないか。この俺のクラスの前で何の話だ」
私は彼の方を向くと自然と頬が緩みいつもと変わらぬ安心感を感じた。
「あ、リク君おはよー」
私は口から出たその言葉に薄情だなぁ、と思った。
彼はいつもと変わらぬ私を見るとふっ、と笑い私に手を軽く上げた。
「レニーはいつもと変わらんな。元気で良いことだ」
「あんたが休み時間に教室に居ないなんて珍しいわね、どこ行ってたの?」
「ステラ先生に呼ばれてな。なに、くだらんことだ」
「ステラ先生にそんなに強気なのってリク君ぐらいだよね、私はあの先生は苦手かなぁ。ちょっと怖いんだもん…って二人ともどうかした?痛っ!」
話していて後ろに気がつかなかった私はバンッ!と大きな音を立てて後頭部をノートか教科書かで叩かれた。
後ろに目をやるとそこにはステラ先生が私を睨んでいた。
「レニー=オイコット。廊下で他人の陰口とは、感心しないな」
「す、すみませんでした…」
私はまさに蛇に睨まれたカエルのような状態で動けずにいて、その緊張からか嫌な汗が背中を伝った。
「もう授業が始まる。お前は自分のクラスに戻れ。クリフレインとアイネスも教室に入れ。始まってから準備をするのは許さんぞ」
私はその場から早く逃げたい一心でぐるりと方向転換し脱兎の如く自分の教室まで駆け抜けた。
後ろから「廊下は走るな!」という声が聞こえたがその足を止めることなく走った。
お待たせしました!
次は早めに頑張ります!