輪舞曲(ロンド)の始まり
ここから話がやっと進みます。
宵闇に映る紅い影はコツコツと小気味良い足音を立てながら人の気配のない街を歩いている。
彼女の足音は波紋のように静かに広がっていてその美しさと異様さを表している。
丸いハットから伸び、ゆらゆらと揺れるダークブラウンの髪はまるで手招きして誘っているかの様な不気味さを感じさせる。
「あらあら、貴方は初めてかな?」
彼女は街灯に照らされた一人の男に闇の中から声をかける。
少しだけ照らされた彼女の口元は端が吊りあがていてその美しい顎のラインから目を背けたくなる感覚が湧き上がる。
男が声をかけられビクリと身体を強ばらせると彼女は面白そうにくつくつと笑った。
「さあ、悩みを聴かせてちょうだい。聞きたい答えを聞かせてあげる」
☆
春が過ぎ緑が目につくようになってきた。
もうすぐ迎える長期休暇を待ち遠しく思っているクラスメイト達が男女関係なく意気投合しているというのが言葉を交わさなくても伝わってきて俺は少し微笑ましいと感じ思わず頬が緩んでしまう。
ゆらりと、
机に影が差したので俺は頭を上げこちらをみる茶色のポニーテールが特徴的な奴の顔を見上げる。
「この俺を見下すという行為は理解し難いな。一体何を考えている?」
「……」
ミノアはじっとこちらを見つめると隣の席に腰掛けた。
そこはお前の席ではないだろうに。
「なーんかニヤニヤしてたから、何考えてんのかなぁって思っただけよ」
彼女は少し気だるそうにそう言って窓の外を少し眺めた後こちらを向いた。
「あんたは長期休暇に入るのに全然嬉しそうじゃないのね」
別に嬉しくない訳ではないが、ただそこまで喜ぶものでもないだろうと考えながらミノアを一瞥すると他の者と違って少し寂しそうな表情が印象的で自然と頬が緩んだ。
「それはミノアもだろう。周りの者と違ってはしゃがないのだな」
俺がそういうと少し困ったようなに眉をひそめながら「まあね」と笑った。
その顔を見て少しからかってやろうと
「俺と会えないことが淋しいか?」
そう言うと、図星だったのか顔を真っ赤に染めてひそめていた眉を吊り上げた。
「違うから!馬鹿じゃないのこんなところでもナルシストな訳?」
そんな必死な言い訳をするミノアを傍観しながら頬を緩ませているとステラ先生が教室に入ってきた。
「お前ら、HRを始めるからさっさと座れ」
ミノアは絶対違うからと念を押してきたのでわかったわかったと少し苦笑いをした。
先程まで姦しかった教室がシンとなると先生が話を始め、退屈そうに話を聞く者や逆に真面目に聞いている者が目に止まる。
少し窓に目をやり高い空を見たときにそこに流れているだろう風が身体の真ん中を通り抜けていくような感覚を覚えた。
☆
「暑い……」
そんなことを呟いても問題の解決にはならないだろうが私は口を開けるとぽっと呟いた。
無意識だったのか言ってしまった後にハッとなって「そんなこと言ったら余計暑くなるよねぇ」とまたぽっと呟いたのだった。
先程狂ったようにボタンを連打したリモコンが近くにある。
もともと一人暮らしの為にお金は極力使わないようにしたため家具のほとんどが安物や中古品なのだが。
「エアコンだけはちゃんと選べばよかったなぁ……」
少しそのことを悔やみながらダラダラとしていると外から子供達の笑い声が聞こえてきた。
トントンというまだ弱いドリブルの音が聞こえ、不意に少し外へ出てみようと思った。
(失敗したなぁ……)
そう思った頃にはもう遅かった。
暑いというより熱い。
日焼け止めを塗って帽子も被ってお気に入りのTシャツとチノパンに身を包んでいざ外へ出たものの室内の暑さに多少の慣れはあったが外は中と全く別ものだった。
ジリジリと私を刺す日差しに頭がのぼせてぼんやりと街を徘徊していると前から女性と男性の二人組が歩いてくるのが見えた。
身長の高い女性は険しい表情で男性に話しかけているようだった。男性は女性の話に相槌を打ちながらまるで初めて街に来たように周りの景色や道を眺めながら歩いていた。
二人が私とすれ違う瞬間に少し会話が聞こえてきた。
「奇苺が紹介してくれた人物とはいえ、お前は私らアグノバードの前リーダーの位置に就かせるためには信用がたりないぜ」
「そうは言うが俺も特に行くあてがないし元の世界に帰れるっていうから彼女の言う通りにしただけでーーー」
(アグノバード?それってあのアグノバードかな)
私はすれ違った二人の方に振り向いた。そこには先程まで居なかった、いや、居たことに気づかなかったのかもしれないスーツを着込んで白い仮面を着けた男性が二人と対峙していた。
私は背筋にゾクリと寒気がしてぼーっとしていた頭も徐々に冴えていく感覚を覚えた。
私はその場からすぐに立ち去ろうと急ぎ足で近くの曲がり角を曲がった。
その場を離れた後、日が傾き橙色に染まる帰路を歩いているとコツコツと小気味いい足音が正面から聞こえてきた。
そこには全身が日の様に赤く、不気味に口を歪ませる女性がいた。
奇苺。
一目で理解し、足が止まった。
その不気味さに。
その美しさに。
身体が萎縮してしまった。
彼女はくつくつと笑うと私の横で立ち止まりふっと呟いた。
「アーフヴァイクに向かいなさい。あら、戸惑っている暇なんてないわ、まだこれは始まりにすぎないのだから」
それだけ言うと彼女は日に溶けるように去っていった。
私が振り向いた時には残った甘美な香り以外に何もなかった。
家に帰った後もまるで住み慣れていないような感覚に襲われていた。
身体が妙に緊張して落ち着かない、そこに居るのに見えない何かに見つめられているような嫌な感じが背中に張り付いて気持ち悪い。
私はとりあえず今日あったことを相談してみようと頭を振ると、とりあえずお風呂に入ろうと服を少し仰いだ。
次回も読んで頂けるとうれしいです(もう何も言うまい)