7.蘭の一日目 中編
ゲーム開始地点は聖と魔、それぞれいくつかの街から選べる。
現在、六対四の魔が優勢。
劣勢の領地にいると成長率にボーナスがつくため、三人は境界線から少し離れた聖の街を選んだ。
蘭は広場に出て早々、ステータスをチェックする。
【 蘭 Lv.1】【〈生命力〉■1】【〈魔力〉■■■■■■■■■■■44】
【基本能力値 ◆筋力0 ◆素早さ3 ◆抵抗力0 ◆魔力22 ◆器用さ5 ◆業100】
【技能 まだありません 】
【称号 〈軟弱な体〉〈虚弱体質〉】△
生命力1、魔力44なんて我ながら極端である。筋力0……素早さ3、抵抗も0、魔力……。
「魔力22?」
数字を辿っていた目が止まる。確か12にしたはず。それに22なんて、初めに与えられたステータスポイントの20を超えている。
魔力以外は自分の決めた通りだ。
なにか法則があるのだろうかと首を捻りながら、問題の称号を見てみる。
【〈軟弱な体〉……初めのステータス設定で筋力を0にした者に贈られる。
[効果]一番高いステータスに+5。筋力が0である限り、レベルアップ毎に一番高いステータスに+1】
【〈虚弱体質〉……初めのステータス設定で抵抗力を0にした者に贈られる。
[効果]一番高いステータスに+5。抵抗力が0である限り、レベルアップ毎に一番高いステータスに+1】
名前に反して有用な称号だ。魔力の数値が上がっていたのはこれだったのか。デメリットが書かれてないのが気になるが……。
蘭はひとまず思考を切り上げて、定石どおり周囲のキャラクターに話しかけることにした。
都合が合わなかったため、蘭がこの次にプレイ出来るのは三日後。三人そろって遊ぶ日になる。それまでに七は四枠、琴は二枠プレイする予定なので出来るだけサクサク進めておきたい。
が、すぐに固まってしまった。
どれがNPCなのか判らない。(※プレイヤーが操作していないもの)
大体の場合NPCは一目で分かるようになっている。それも最初なら尚更だ。話しかけてくれと言わんばかりに突っ立ている。
しかしここにはそんなキャラクターがいない。ゲームでの、大まかな道を示してくれる存在が分からない。
ゲームの設定を思い出す。
蘭は渡り人だ。突然現れて、気まぐれに世界を大きく動かす。
一人でも大きな力を持つことから、聖と魔、対立している二つの勢力のどちらからも歓迎される。
七は、このゲームのリアルさが気に入ったと言っていた。
確立されたストーリーはなく、私達プレイヤーの行動で情勢が変わるようになっている、ということだろうか。
これはつまり、好きに動け、と?
最初から投げられても困る!
蘭は辺りを見渡した。
途切れることなく行き交う人々。立ち止まったり、ベンチに座って談笑している人達。少し硬く感じるが表情豊かだ。
ここは聖の領域。人間の街。
「初めに降り立つ場所って思ってた以上に大きいんじゃないか……」
この光景を見た後に人間の敵には回りづらい。
「おや」
途方に暮れていると、目の前を通りかかったお婆さんがこちらを見て立ち止まった。
「おまえさん、渡り人だね」
暗い色のゆったりとしたローブを纏い、フードを浅く被っていて、裾からはカラフルな石の装飾品が覗く。
杖を突いているが背筋はしゃんとしたもので、肩に黒猫を乗せている。
如何にも魔法使いっぽいお婆さんだ。
「おまえさんには高い魔法適性があるよ」
そこまで言われてハッとする。チュートリアルが始まったのか。
蘭はほっとした。
さすがに最初から丸投げはなかったか。
「月の丘に行くといい。プー、行っといで」
プーと呼ばれた黒猫がお婆さんの肩から降りて、こちらをチラッと見ると人の間をすり抜けていった。
と、思うとぎりぎりこちらから見える所で止まり、蘭の方を見ている。
「あの子が案内してくれるよ」
「あ、はい。ありがとうございます!」
ぼんやりしている内にもどんどんチュートリアルは進んでいく。
蘭はお婆さんに頭を下げると慌ただしく駆けてった。
ちなみに蘭は猫好きである。
「はぁ、はぁっ」
プーは時折こちらを確認しながらてってこ進んでいく。可愛いが、しんどい!
蘭の体は異様に重かった。猫の後に着いていくというファンタジーに浸る余裕もない。
別に走れない訳じゃない。が、後が続かなかった。
一歩毎に体が言うことを聞かなくなっていく。
確かに私は筋力ゼロだけれど!
そう考えると走れているだけすごいかもしれない。
プーはこちらが追いつくのにどれだけ時間をかけても待っていてくれるので、休み休み、しかし急いで着いていった。
しばらくの間猫を追いかけていると門が見えた。
外に出る人は必ず門番と何かやり取りしている。手続きがいるのだろうか。
「やあ、プー」
少し不安になりながら門に近づくと、こちらに気づいた門番の一人がプーに声を掛けた。
プーはちらりと門番を見て立ち止まる。
「おや、お仕事中だね」
「ニャー」
後ろに蘭を見止めて門番が言うと、プーが返事をするように鳴いた。可愛い。
「そっか。夕方までにちゃんと二人で帰っておいでよ」
門番はしゃがんでプーの頭を撫でながらこちらに笑いかける。
「お嬢さん、プーが許可証変わりだから一緒に戻って来てね」
そして、さっと立ち上がると蘭の耳元に口を寄せた。
「……こいつ、気に入らない奴は置き去りにするんだ」
困ったように言って、門番は持ち場に戻った。ばっちり聞こえたらしいプーは不機嫌そうにパタパタと片耳を振って、歩き出す。
「いってらっしゃい」
「いってきます……」
明るい門番の声に送られながら街の外に出た。またマラソンの始まりである。