1.夢の世界に旅立とうよ!
「実はお二人に、折り入ってお話があります!」
夕食後の緩んだ時間、珍しく表情を引き締め、目に真剣な光を宿しながら――というより目をギラギラさせながら、七は幼なじみであり、ルームメイトでもある二人に切り出した。
「お、おう」
琴は少し飲まれ気味に返事をし、蘭も何事かと七を見ている。
七はそんな二人の顔をじっとうかがい、ゆっくりと息を吸って、
「一緒に、ファンタジックな世界を冒険しませんか!」
と言った。
「…………」
「…………」
七は二人に熱い視線を注いでいる。
二人は訳も分からずたじろいだ。
代表して蘭が口を開く。
「……えーっと、ごめん、よくわからない」
「うん、そうだよね!実はね、VRのハード付マンションがあちこちで出来ることになってね、入居受け入れの時期がちょうどここのマンションの更新期と重なるから、家賃は割り増しになるけどどうかなって!一緒にMMORPG!」
一息で言い切った。
普段はおっとりしている、というか動きの鈍い、七が。
VR。バーチャル・リアリティー。人工現実感。
ないものをあると錯覚させる技術。
一般には、時間、費用、場所などの問題により、現実で行うことが難しい訓練に多く導入されるようになったことを経て、だんだんと家庭用へ移り、ついには娯楽展開されるようになった技術だ。
ゲームにも流用させているが、五感を全て体感出来るゲームのハードは高く、専門のメンテナンスも必要なため、VRゲームで遊べる施設へ行くのが一般的である。
MMO。マッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン。大規模多人数型オンライン。
多人数がサーバーに同時アクセスできることを前提とした内容のもの。
オンラインゲームや動画サイト、ネット市場なども上げられる。
VRゲームではハードに通信端末を繋げて遊ぶ。
RPG。ロール・プレイング・ゲーム。役割を演じるゲーム。
世界観や設定を踏まえた上で、仮想の人物を演じながら楽しむゲーム。
有名どころでいえば『ドラゴン探求』『最後の幻想』『ポケットの怪物』だろうか。
「え……マジで?」
「マジですとも!」
ぽかんとした顔で零す琴に大きく頷いてみせる七。
「ハード付……?」
「ハード付ですとも!」
「……通信端末も?」
「ついてきますとも!」
「ということはVRゲームをしに外に……」
「出なくていいんだよ!」
「たっかい利用料金も……」
「払わなくていいんだよ!」
二人は熱く見つめ合った。
「マジか!」
「マジだ!」
いえー!と盛り上がる二人に置いてけぼりを喰らわされた蘭はぱたぱたと手を振る。
「七、七」
「なんだね蘭ちゃん!」
蘭はぱっと振り向いた、七に質問をぶつけた。
「ハードとか通信端末って部屋の設備なの?あれって割とコードとかごちゃごちゃしてるよね」
「ふっふっふー!さすが蘭ちゃん!いい質問だね!それじゃあ詳しい説明をします!」
えっへんと胸を張り、話始める。
「マンションの特色としてVRゲーム専用ハード、しかも五感フル体感の睡眠誘導式カプセル型が設備させています。さらに通信端末付!どちらも最新機種!」
おお、と感嘆の声が二人から漏れた。
うんうん、すごいよねぇと七も頷く。
「私のおすすめマンションを例に出すと、一フロアだいたい三、四人向けの部屋が九部屋で、フロア毎に四台設置。使用は早いもの順の予約制」
「予約制?」
蘭が小首を傾げる。
「うん。一回の予約で最大三時間遊べるの。予約は二週間前の午前零時からで、早い人順。日に二つ、最大六時間まで予約できます」
ふんふん、と二人が相槌を打つ。
「それから、基本早いもの順だけど、被った場合一つ目の予約が優先されますのでご注意を!」
ふんふん、とまた二人が頷いて、動きが止まる。
そして蘭が首を傾げ、
「どういうこと?」
琴が首を振る。
「わからん」
七は二人の顔を見て少し考えた。
「んとねー、午前零時に一番乗りで予約をしに行ったとするじゃん」
「おう」
「うん」
「朝の九時からと、夜の九時からで二つ予約が取れた」
「おう」
「うん」
「もし他の人が、一つ目の朝の九時から予約を取ろうとしても、早いもの順だから取れません」
「そうだな」
「だね」
「でも二つ目の九時予約の場合はね、取れちゃうの」
「へー」
「そうなの?」
七はうむ、と大仰に頷いてみせる。
「二つ目の予約は、この時間空いてたら遊べるっていう補助予約みたいなものだから、他の人が予約を入れてしまえばそちらが優先されます」
「あ、そうなのか」
「ほうほう」
七は上手く説明出来たな、と胸を張りなおす。
「なるほど。補助予約と補助予約なら早いもの順、ということか」
「そうそう!そゆこと!さすが蘭ちゃん!被らないように注意すれば、一人一枠は遊べるようになってるみたいだよ」
すごいねーと三人で頷き合う。
話を持ってきた七は鼻高々と得意そうだ。
「さて、話は分かった、七」
唐突に切り出した琴に、二人も居住まいを正した。
「あたしも、魅力的な話だと思う」
「私もだ」
蘭が頷く。
二人の言葉に喜色を隠し、――少しにやけているが――神妙に頷く七。
「だからこそ言わねばならないことがある」
「はい」
たっぷり間を取って琴は言った。
「――〝でも、お高いんでしょう?″」
それに、七はにやりと笑った。
「〝いいえ。いまの家賃の倍と言ったところです″」
「やっす!」
「安!」
二人の声が裏返った。
VRゲームで三時間遊ぶと一日三食外食出来るような値段になる。
さらに部屋が三、四人向けと、七、琴、蘭の三人には広めであったから三、四倍はすると踏んでいたのだ。
「今の部屋と比べても、劣るところはないよ。むしろ広くなるし、立地も良くなるくらい」
ふふん、と七は得意げに笑う。
「え、それ、競争率高くね?」
「高いだろうねー」
「大丈夫なの?」
俄然乗り気になった二人は不安げだ。
そんな二人に七はふふん、と笑う。
「おうともよ。さっき例にしたおすすめマンションね、知り合いが融通してくれるって言ってるのさ」
「マジか!」
「おお!」
七の言葉に二人が顔を明るくした。
それに満足気に七は続ける。
「倍っていうのもね、知り合いが値引きしてくれた結果の値段なの」
「え!」
「そうなのっ?」
「うん。かなーり安くしてくれたんだよ」
七は現実は厳しく優しいんだよーと適当なことを呟く。
「ほ、本当はいくらなの?」
それを無視して琴が恐る恐る聞くと、七はにっこりと笑顔をつくった。
しんと間が空く。
「御礼状とか書いた方がいいかな……」
琴がぽつりと呟いた。