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第23話 ドラゴンさん、災厄を目の当たりにする

 



 まさか空間転移まで使える精霊だったのかと驚く暇もなく、私はリシェラを抱えて逃げ回りながら、リグリラの元へたどり着く。


「リグリラ、大丈夫かい!」

「ええ大したことありませんわ。あの大剣使い、よくもわたくしをこけにいたしましてっ。今度会ったら絶対しとめますの!」


 リグリラは襲いかかってくる正装のおっさんお兄さん達を、ばさばさと投げ飛ばしながら息巻いた。


 元気そうで何よりだけど、て、手加減してる、よね?


 その疑念は投げ飛ばされた紳士が、ゆっくり起きあがって再びこちらに向かってくることで解消されたけど、頭から血が出てるよ。やばいよ!


「くっこれではきりがありませんわっ。それにこの不快な感覚も気になりますし! どういたしますラーワ。……ラーワ?」


 いぶかしそうにするリグリラに私ははっと我に返る。


 そうだ、リュートに向けられた敵意とか、彼の落胆の理由とか。気になることはたくさんあるけど、今この状況を何とかする方が先だ。


 膨れ上がるもやもやを押し込めて私は状況を把握する。


 精神操作系の魔術だろうけど、意識を失っているとはいえ、これだけ強力に操るには何か媒介が必要になるはずだ。

 リシェラだけは意識を失ったまま操られていないって事は、操る媒介は人工魔石、なんだと思う。

 それなら、何とかなるはずだ。


 リシェラの願いを叶えるためにも、まだあきらめるのは早い。


「ラーワ、わたくしがやりまして?」

「いいや、私がやる。リシェラをお願い」


 私はリグリラにリシェラを渡して、リグリラごと結界で包み込む。


 リグリラは、その結界が完全に魔力や魔術を遮断するものだと気づいて戸惑ったようだけど、そのままでいてくれた。

 外にいる私はたちまち参加者達に囲まれて足や腕に巻き付かれるけど、かまわず両手を前へ差し出した。


 私の魔力を放出して一帯の魔力の流れを支配する。

 そうして見つけた、そのかすかな気配すべてに呼びかけた。



『おいで、“オブリエオビリオ”』


 リシェラの元に、戻っておいで。



 魔力を乗せた呼びかけに手ごたえを感じた瞬間、人工魔石から彼の魔核を含まれた魔力ごと引き寄せた。

 わずかなかけら達が、光の尾を引きながら空中へ集まってくる。


 人工魔石から光が失われたとたん、参加者達はばたばた倒れていくが、私はかまう暇がなかった。


 ちょっとでも取りこぼしがないように慎重に、だけど勢いをつけて空中で螺旋を描かせ、不純物を取り除く。


 そうして、渦の中心で結晶化して私の手に落ちてきたのは、小指の爪の先もない、小さな小さな魔核だった。

 オブリエオビリオと名乗っていた魔族のものだ。


 ここにある人工魔石はすべて彼の魔核を削って作っていたから、集めて練り上げればもしかしたら助けられるかもしれないと思ったのだ。

 人工魔石から魔核が取り出せることを知らなかったのか、リュートが見逃してくれたおかげで、こんなこともできた。


 だけど、こんなに小さな魔核では、再び目覚めるのは何百年後になるだろう。

 こみ上げる激情をこらえて、ぎゅっと魔核を握る。

 するとふうわりと甘い香りのような魔術が、辺り一帯に広がった。


「とりあえず転がっている輩は、記憶を混濁させておきましたわ」

「ありがとう、リグリラ」


 魔術を使ってくれたリグリラに礼を言いつつ、私はひとまず魔核を亜空間に大事にしまった。


「あいつ等を追おう。今なら魔力波で追えるはず」

「お願いしますわ」


 リグリラが肩に手を乗せるのを確認して、私は魔法陣を展開し始めたけど、一瞬だけ横たわるリシェラを振り返った。

 あふれる感情を全部飲み込む。


 ちゃんと約束は果たすから、いまは眠っていて。


 未練を断ち切った私は、残っている魔力波から魔法を繰った。

 そうして転移した瞬間、あのたまらない不快感が一気に襲いかかってくる。


 でも、それ以上に目の前の光景に絶句した。


「なに、これ……」


 場所からいえば、そこはメーリアスの上空だった。

 追ってくることを見越して、ブラフを入れられていたみたいだ。


 すぐに皮膜の翼を出して、体勢を整える。


 だけど眼下のメーリアスはどこもかしこも煌々と明かりがともっていて、魔物の襲来を示すサイレンがうなり、怒号と悲鳴をあげながら街の外へ外へと逃げ出す人々であふれかえっていたのだ。

 街は、大量の黒い魔物の群に襲われようとしていた。









 大きさからして三級から二級ぐらいの魔物が、迷宮のふもとにできた街から、メーリアスへ向けて侵攻していた。

 レイラインのほころびが生まれた時の、初期状態だ。


 緊急事態に息をのんだけれど、魔物の群れよりも目が釘付けになったのは、センドレ山脈からあふれ出そうとする白い霧だった。


 生理的嫌悪があるようなものでもない。夜も更けた時分でも、それ自体が光を帯びているようによく見える以外は、一見害のなさそうな煙のようだ。


 なのに私はそれを、ここに在ってはいけないもの、あるいはあること事態が異常なものだと感じて総毛だった。

 何かはわからないけど、この悪寒はあれが現れたことによるものだと理解する。


 たぶん同じような感覚を覚えているのだろう、隣のリグリラも白い霧を見てすっと血の気をなくしていた。


 とにかく、ひたすら、あの白い霧を消し去ってしまいたい衝動に駆られて、私はとっさにできる限り高威力の術式を選んで構築した。


烈火旋風ファイアウォールウィンドっ!』


 古代語を唱えた途端。魔力が定義され、灼熱の炎を含んだ烈風がセンドレ山脈を中心に渦巻き、深い霧を押し包んだ。

 戦略級そのままに使ったが、ネクター達ならきっと防げるからフルスロットルだ。


 白い霧が見えなくなって、ほっと息をつきかけた私だったが、がくりと炎の勢いが急に衰えたことに愕然とする。


「魔術が、ほどけてますの?」


 呆然としたリグリラのつぶやきの通り、白い霧に触れた端から、炎を構成する魔力と術式がほどけていくのだ。

 確かに、魔力の流れは不安定で、思った通りの威力はなかったが、それでも街一つくらいは壊滅させられる魔術だった。


 これだけの規模の魔術だと、同質量の魔術をぶつけたとしても相殺しきることはないはず。


 事実、相殺された時に起こるはずの魔力光はなく、まるですべてが幻だったみたいに炎が消え、後には何事もなかったかのように白い霧がたゆたっていた。


 ただただ衝撃を受けて白い霧を眺めるしかなかった私だったが、そこではっと気づく。


「ネク、ターは……?」


 あの山の中にあるセンドレ迷宮には今、ネクターはもちろん、カイルや仙次郎だっている。


 彼らならあれくらいの魔術なら防げると思って発動させたけど、センドレ迷宮はすっぽりとあの不気味な霧に包まれている。


 まさか、ネクターはあの霧の中にいる? 私の編んだ魔術が効かない霧の中に?


 谷底へ叩き落とされたような衝撃と不安に、目の前が真っ暗になった。


 だけど、なじみ深い魔力波を感じて振り向けば、雷光の後に雷鳴が轟き、魔物が数十単位で吹き飛ぶのが見えた。


 雷光に照らされるなか、逃げ遅れた人を抱えて後退していく人影は、仙次郎だ。


 それが終わるか否かのところで、また大きな魔力の動きを感じた。


 起点にネクターがいるのが見えて、私は矢も立てもたまらずに皮膜の翼を広げて飛び出した。


「ラーワっ」


 リグリラが後を追ってくるのを背中に感じながら加速すれば、メーリアスと迷宮の街の中間に立っていたネクターは杖を掲げた。


 とたん、魔力が定義され、街と山脈を隔てるように障壁が立ち上がり、魔物の群が押しとどめられる。


 あれは確か、私とリグリラが対戦したときにギルドが試験していた障壁じゃないか。


 やっぱり概要どころじゃなく構造を把握しきっていたんじゃないか!


 なんだかこみ上げるおかしさと安堵に笑いをかみ殺しつつ、私はこちらを振り向いて表情を明るくするネクターに飛びついた。


「ネクター、無事だったかい!」

「ラーワこそっ」


 さっきの炎が見えていたのだろう、ネクターに驚いた様子はなくて、さらにぎゅっと背中にまわった腕に力を込めてくれて、心の底からほっとした。


「ええ、なんとか。ですが、なぜこちらに。思念話が全く通じなくて案じていたのですよ。夜会はどうなったのですか?」

「話さなきゃいけないことはたくさんあるんだけど、それよりもなにが起こっているんだい。あの霧は一体どこから、それに魔術が全然きかなくて」

「それは……」


 ほんのすこしネクターから体を離して矢継ぎ早に問いかければ、仙次郎と共にカイルが降り立つのが見えた。


「俺から話そう」


 その表情が、厳しく引き締められているのを見て戸惑う。


「ベルガが精霊になっていた」


 告げられた短い言葉に、私とリグリラは息をのんだ。





 

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