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第22話 ドラゴンさんは精霊と邂逅す



 青年の、その激しさに私は思わずたじろいだ。

 彼と会うのは初めてだ。それなのに何でこんなに敵意を向けてくるのだろう。


 混乱しつつも、私は視線に険を込めて見つめかえした。


 私達を問答無用で吹き飛ばしたのは、明らかに敵意があるって事だ、油断しちゃいけない。


「こっちが聞きたいよ。何で君たち精霊がこんな人里に出てきてるんだい」


 このリュートもバスタードも、ずいぶん人間めいた雰囲気をしているけど精霊だった。


 それも、かなり高位の。


 本来精霊は、生まれた土地だったり事象だったりから離れることはまずない。

 ネクターが特殊なだけで、自己意識を確立している木精のおじいちゃんでも、本体である精霊樹からほとんど離れないのが典型例だ。

 思念話ではなく、西大陸語を話しているから、それなりに人族の文化になじんでいるということだろう。

 そこまでして何をしているのか。


 だけどリュートは肩をすくめた。


「べっつにいー。言う必要はないし、僕は忙しいんだ。後にしてね」

「なにをっ」


 私が気色ばみかけた直後、爆発的な魔力の高まりと共に、加速したリグリラがバスタードに襲いかかる。


「わたくしに不意打ちを食らわせるとは良い度胸ですわっ!」


 バスタードはその両手剣で応じたものの、怒りと闘争の昂揚に唇をつり上げたリグリラは、バスタードに猛攻を仕掛け始めた。

 手には鞭を、ほどけた髪を触手に変えたリグリラは、完全に相手をしとめることしか考えてなくて、ばかすか魔術を使い出す。


 気持ちは分かるけどちょっとまって、夜会の参加者がまだ転がっているんだよ!


 私が慌てて地に倒れ伏す人達に防護の結界をかけようとしたら、その前にアヴァール伯爵の身体から、影のようなものが飛び出した。

 獣のような、無機物のような奇怪な姿は彼の本性だろう。


 彼が走る先はリシェラで、折り悪くバスタードによって軌道をそらされた魔力の衝撃波が、倒れる彼女へ襲いかかった。


「リシェラっ!」


 呼びかけたのは、私の声だったか、それとも魔族のものだったか。


 防護の術式が展開する寸前、魔力光が散った。


 さっと青ざめた私だったけど、そこには背中を衝撃波でずたずたにしながらも、リシェラをしっかり抱きこむ魔族が居た。

 明らかに弱っている風だったが、それでも、リシェラを覗き込む魔族の表情は柔らかい。


 障壁を維持しつつ、私も抱きこまれたリシェラが無事でほっとしたが、そんなリシェラの胸元が淡く光を帯びているのに気が付いた。

 契約主である彼が名前を呼んだからかもしれないけど、魔族自身の魔核も共鳴するように光を放っている。通常の契約ではそんなことは、ないはず。


 もしかして……という可能性に囚われかけたが、まずは今もぽんぽん魔術を使うリグリラの頭を冷やすほうが先だ。


 行動しようとした矢先、リュートがやれやれといった雰囲気で、背負っていた楽器を前に構えた。


「全く、ちょっと黙っててくれないかな」


 その六弦の上をリュートの手が滑り、重音と共にぐんと魔力が動いた。


 魔術がくる、と対抗術式を編もうとした直後、私は目をむいた。

 もの悲しい旋律に聴きほれてしまった瞬間、全身が術式にからめとられて動かなくなったのだ。


 気づいていたのに、わかっていたのに、全く対処できなかった。

 魔力の流れすら止まり、結果的にすべての魔術が効力を失っている。 


 視界の端でもリグリラが鞭を振りかぶる途中で動きを止められ、剣を止めたバスタードをまさに射殺さんばかりに睨んでいた。


 私が必死になって抵抗している間に、リュートは魔族へ近づいていく。


「まさか、その子にまで自分の核を入れ込んでいるとは思わなかったよ。眷属にはしないんじゃなかったの」

「……魔力の発散がど下手くそな、こいつの魔力を手っ取り早く貰うには、これが一番だっただけだ」


 彼はそういうが、恐らくは違う。眷属に変質しないわずかな欠片を通して、彼女の不安定な魔力をコントロールしていたんだ。

 彼女が健やかである様に大事に、大事に。


「まあ、それは別にいいんだけどねえ」


 リシェラを隠すように抱き込む魔族を、リュートは少々呆れた目で見ていたが、ふいに空気が変わる。


「ねえ、旦那様。あなたがこの国を掌握するのに協力する代わりに、あの施設で作ったものは全部僕達のもの、一切手を出さないって約束だったよね」

「……ああ。俺が魔族(どうほう)達を誘い出して、あんた達が資材として狩るのを手伝った」

「そのとおり。だからあなたが人里でどうこうするのも手伝ってあげたし、こうしてちょっと魔石を流通させるのも見逃した。更には僕だってめんどくさい魔術師のふりをして協力してあげた。だけど」


 こわばった魔族をぐっとのぞき込んだリュートはにっこり笑う。


「君は勝手に施設を使った。約束を破ったね?」

「っ……!」

「“オブリエオビリオ”動いちゃダメだよ」


 咄嗟にリシェラを抱えて体をたわめた魔族――オブリエオビリオだったが、とたん、そのままの姿勢で硬直する。

 魔力を込めて真名を呼ばれたせいで、強制的に行動を制限されたのだ。

 いくら魔核を削って弱っていても、ただの精霊が魔族を上回る事なんてありえない。


 なのに、今現実にそこにある。


 オブリエの瞳に焦燥が浮かぶが、リュートの意をくんだバスタードがその剣を振りかぶった。 


「やめっ」


 止める暇もなかった。

 刃が届く寸前、オブリエは体を丸めたが、剣が体を薙ぎ、その体内から魔核の砕け散るはかない音が聞こえて。


 あっけなく、オブリエオビリオは霧散した。








 守っていた大きな影が消え、リシェラが力なく床へ投げ出されるのに、私は呆然とした。


「あーあ、もう計画が狂っちゃったよ。魔族ならましかなあと思ったけど、やっぱり僕らだけでやんなきゃだめだね。バスタード、その子もよろしく」


 飽き飽きとつぶやくリュートの声に、バスタードが再び剣を振りかぶるのを見て、私は全力で拘束を破った。


 技術もなにもない。圧倒的な魔力を叩きつけて無理矢理引きちぎったのだ。


 余波でバチバチはじける魔力光で痛みが走るが、かまわず加速して、彼らの前からリシェラの身体をさらった。


 彼女だけは、守らなきゃいけない。

 追って来ようとしたバスタードに、無詠唱で決闘級の魔術を連発したが、すべて切り払われた。


 それでも、距離を取れた私は、リシェラを抱える腕にぐっと力を込めて、彼らを――リュートを睨み付けた。

 怒りで目がくらむようだった。


「なんで、何で彼を壊したんだい!?」


 オブリエオビリオは最後までリシェラを守ろうとした。自分が先だってわかっていたのに。

 だがリュートは怒る私に、醒めた目を向けた。


「それは僕の邪魔をしたからだよ。注意深く使っていたのに、あいつが勝手に生成装置を使ったからレイラインのバランスが崩れた。魔石を生成するのは本来の使い方じゃないから、すっごく負担がかかるのにさあ。おかげでここも捨てなきゃいけない」


 良い迷惑だと肩をすくめるリュートに、私は膨れ上がる激情のまま叫んだ。


「でもだからって壊してしまうことはないし、彼女まで巻き込むことはないじゃないか!」

「竜の言い分とは思えないね。彼はいたずらにレイラインを傷つけて魔力の循環を乱したんだよ? 排除しなきゃだめじゃないか」


 全くの正論に思わず声を詰まらせると、呆れた風に続けられた。


「それに、その子にはオブリエの魔核があるんだ。残しておいたら彼を殺したことにならないし、彼女だって本体が消えた以上、魔核だけを残したって死ぬよ? それならひと思いに殺してあげたほうが親切じゃないか」

 何を言っているんだ、という表情で告げられた言葉が信じられなかった。


 魔力の制御を体内にある魔核に依存しているリシェラから、魔核を取り出すことはできなくとも、だからといって殺してあげる(・・・・・・)なんて論理は成り立たない。


「魔力の循環を乱しているというのは君たちだって同じだろう!? 魔核から人工魔石なんてものを作り出して、許すわけにはいかない!」

「だって僕たちには必要だったんだ。仕方のない犠牲だよ」


 あっけらかんと言い放つリュートに私は愕然とした。

 考え方が、価値観が、全然違う。

 同じ言葉をしゃべっているはずなのに、彼らの思考がまったく理解できなかった。


 でも、この精霊達を野放しにしちゃいけない。


 思い直した私はリシェラを抱えながらも、捕縛するための魔術を密かに編もうとした。





 刹那、ぞくりと、背筋が震える悪寒に襲われた。





 辺り一帯のレイラインが軋みをあげて、世界の震えが空間へ波及した。

 まるで悲鳴のようなそれが頭の中になだれ込んできて、私は思わずふらついた。


「なんだいこれ……!?」


 今までで感じたことがない常軌を逸した魔力のうねりにドラゴンの感覚が過敏に反応し、呑まれないだけで精一杯だ。


 こんなに異常を感じるのに、震源地はここじゃない(・・・・・)


「何ですの、この魔力の乱調はっ!」


 魔力が乱れたことで、リュートの魔術がほどけてリグリラも抜け出せたみたいだけど、私と同じように驚きと混乱に狼狽していた。


 不均衡な魔力に吐き気すら覚えながら、感覚をいくつか遮断することでなんとか自分を保った私は、視線を巡らせる。


 彼らも顔をこわばらせていたのだが、その様子は何かわからずうろたえるというよりも、恐れていたものが来てしまった、

とでもいうような焦燥に思えた。


「ちょっとまって、早すぎるだろう……!」

「これが何かわかるのかい!?」


 だから、私は一縷の望みをかけて問い掛けたのだが、すぐに戸惑うことになる。


「君は……」


 私の声に振り向いたリュートは、信じられないとでもいうように目を見開いた後、




「なあんにも、知らないんだね」




 ……――なぜか、落胆の表情を浮かべたのだ。




 そのあまりにも絶望に彩られた表情に、咄嗟に言葉が返せず、どういう意味か聞こうとした時には、すでにリュートは私の方を見ていなかった。


「バスタード、早く二人を迎えにいこう」

「ああ」

「待ちなさい、あなた達!」


 去っていこうとする彼らにリグリラが金の触手を解き放つが、バスタードが両手剣を振り回してすべてを両断した。

 そんなやり取りには目もくれず、リュートは深く深く息を吐くと、いっそ憐憫すらのぞかせながら楽器を構えた。


「やだよ。もう怒ってるのすらばからしくなったから。知りたいのなら自分で見に行ったらいい。せいぜいあがきなよ要の竜。でないと」


 弦が鳴り、もの悲しい音が響く。


「全部、消えちゃうよ?」

「まっ……!」


 リュートの指が滑り、楽器から旋律があふれ出した。


 低く、高く響きわたる音が声だとわかるのに数秒かかり、それが古代語であると気づくのにさらに数秒かかった。


『さあおいで 夜の迷い子 目覚めると良い。我を阻むものを退けておくれ』


 子守歌のような優しさを持った旋律だというのに、悲しみと慟哭が胸に突き刺さる。


 痛みさえ感じそうなその音色に鳥肌が立っていると、まるで流れる旋律に調律されるように、不安定なはずの魔力が渦巻き、倒れ伏す参加者達へ降り注ぐ。


 次の瞬間、ゆらりと人形のように無機質に立ち上がった参加者達は、一斉に私たちに向かって襲いかかってきた。

 素早い動きはたぶん、肉体のリミッターをはずされているか、操られているせいだ。


 なぜか、泣きそうになりながら、私は眠ったままのリシェラを抱えて貴婦人達の手から逃れた。


 だが、そのせいで、リュート達から距離を置くことになってしまう。


 魔力の渦巻く気配がしてはっとすれば、リュート達が空間転移の魔法陣に消えるところだった。






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