第21話 ドラゴンさん、伯爵を知る
呼びかけられた魔族は、突きつけられた剣先を気にしつつも、リシェラを抱える私にちらりと視線をむけた。
「ずいぶん変な格好をしている人間だが……人工魔石を回収して回っていたというのはあんた達か。余計なことをしてくれたな」
低い声音に混じったあきれの色に、思わず顔が赤くなる。
衣装の認識阻害のおかげか、私の正体には気づいてないみたいだけど、変な格好って言わないで欲しいな、すごい恥ずかしくなるから!
するとリグリラの周囲の温度が一度二度下がった気がした。
「このコーディネートの良さがわからないなんて哀れなことですわ。というより、質問しているのはわたくしのほうでしてよ」
「そ、そうだよ。君、本物の伯爵はどうしたんだい? 姿だけをまねているようには見えないけど」
絶対零度のまなざしでにらみあげるリグリラに私が言葉を重ねれば、伯爵の姿をした魔族はぐっと眉間にしわを寄せた。
「意識を眠らせて乗っ取っている。この人間は今、俺の入れ物だ。……さあ答えただろう。勝手に侵入してきて仁義を欠いているのはお前のほうだ、その娘を置いてとっとと去れ」
「あら、わたくしに制圧されておいて、厚かましい口の聞き方ですこと。そういうわけには参りませんのよ。ねえラーワ」
嫣然とほほえんだリグリラが私のほうを見れば、自然と魔族もこちらをみる。
ちょっとたじろぎかけたけれども、私はリシェラをそっと床に寝かせ直して立ち上がった。
「人工魔石を作ってヘザットにばらまいたのは君だろう。このあたりの魔物の増加やレイラインの不均衡はそれを作っているせいとしか思えないし、原材料に使われている魔核についても、君の所行は見逃すわけにはいかないんだ」
「レイラインと魔核について知っていると……ただの人じゃないのか」
いぶかしげな魔族に、傍まで来ていた私は、迷った末に仮面をはずしてみる。
すると、彼の顔が驚きと怯えに彩られた。
「聞いた、ことがある。人界に介入することをいとわない、人型になる酔狂な竜。ということは、あんたは黒熔竜で、そっちの魔族は翅海月か。はは……よりにもよって要の竜に目を付けられたか」
よほど衝撃だったらしく乾いた笑みを漏らす魔族に、リグリラは剣をつきつけたまま、手に魔術を編み始めた。
「このまま話す気がないのでしたら、無理矢理吐かせますけど、どちらを選びます?」
「だめだよリグリラ、それはリシェラのお願いを破ることになるから」
「別にばれやいたしませんわよ。そのためにリシェラの意識を刈り取りましたし。わたくしに襲い掛かってきた参加者たちにも眠っていただきましたわ」
薄々気づいていたけど、やっぱりリグリラの仕業だったか。
ちょっぴりリグリラに非難の目を向けてから、私は顔をこわばらせる魔族に訊ねた。
すでにほぼ確信しているというか、それしかない。
「リシェラの契約者である君が、どうして自分の魔核を砕いてばらまくような事をしているんだい」
魔族は唇をかみしめて顔を背けたけど、沈黙は肯定にしかとれなかった。
推測は簡単だ。
今この場に倒れている参加者達から漂う魔力は人工魔石が発生源で、さらにいえばそこからする気配は目の前にいるこの魔族と同じだ。
リシェラは父であるアヴァール伯爵の前で契約印がうずくのを感じ、そのアヴァール伯爵が魔族だったのだから、リシェラの契約主=アヴァール伯爵と考えるのが自然だった。
同じ魔族であれば、魔族を狩ることはできない事ではないし、レイラインを操る知識もあるだろう。
人族がやったというよりは説得力があるが、それでも驚きと疑問は山のようだ。
確かに魔族は、己の魔核が完全に粉状にすりつぶされるとかしない限りは、自分の存在を保っていられる。
けれど、自分の身を削っているようなものだから、自分から好き好んでやるものではないし、そもそもやる価値がない。
しかも、この場にある人工魔石全てからこの魔族と同じ気配がするのだから、一度奪った魔核を取り込んで、同化させてから自分の魔核を削るという手順を踏んでいることになる。
言葉は嫌だけど、奪った魔核をそのまま砕いてしまえばわざわざ不快な思いをする必要がないのに、それをこの魔族はやっているのだ。
リグリラから聞いたことがあるけど、魔核を削るのは痛くはないが、とても不快な事らしい。
だから私は、この魔族の自分で自分を傷つける行為が理解できなかった。
じっと見つめれば、魔族は視線をそらしながらもぼそりと答えた。
「……別に。ただ契約を果たすために必要だっただけだ」
「ふうん、ずいぶんへたくそな契約の仕方ですわね。己を削らなくては果たせない約定を結ぶなんて」
あきれ声に黙り込む魔族に、リグリラは追いつめるように言葉を重ねる。
「わたくしがリシェラのそばにいるのを見た瞬間、あなた自分の魔石を通じて参加者を操ろうといたしましたわね。おおかた拘束しようとしたのでしょうけど、精神操作はわたくしの得意分野ですの。対処の仕方も、奪い方も熟知しておりますわ」
たぶん、二人が顔を合わせた瞬間、この魔族が結界を張った上で参加者を操り、リグリラ達に襲い掛かったのだろう。
ただ、私がいくつか魔核を回収していたから、何人かの参加者がパニックに陥り、それをまるっと治めるために、リグリラが魔術で眠らせたという所だろうか。
地に伏した魔族が、嫉妬と羨望の入り交じった眼差しでリグリラを見上げた。
「俺はお前のような力が欲しかった。俺はこいつ一人支配するのがやっとだからな」
こいつ、というのはきっとアヴァール伯爵を指しているのだろう。
羨ましい、という中に切実さが含まれている気がして、私はますます疑問が浮かぶ。
「君は自分の魔核を溶かした魔石を使って、この貴族達を掌握するつもりだったのかい? でも、なんで」
すると、魔族は顔を巡らせた。
視線の先には健やかな顔で眠るリシェラが居て、ぽつりと言った。
「そいつが、望んだんだ。『声が届く人が欲しい』って。俺が操っておけば、誰もそいつの声を無視しねえだろ」
「君は……」
「俺は壊すのは得意だが、作ることも治すこともできねえ。人族のことなんざめんどくさすぎてわかりゃしねえ。わかんねえんなら、支配するのが一番楽だ」
言いにくそうな魔族の視線ににじむ柔らかさとその言葉に息をのんで、まさかと思った。
「アヴァール伯爵を乗っ取って、同じ魔族の魔核を奪って、人工魔石をつくってばらまいて、こうして場を整えたのも、全部リシェラのためだったのかい?」
「ちげえよ。うまい魔力のためだ」
心外そうに否定した魔族は、むっすりとしながらも早口で続けた。
「そいつはめちゃくちゃ弱いんだ。ただ魔力が多いだけで死にかける。せっかくうまい魔力をしてんだから、魔力を十分に蓄えてから死んでもらわなきゃ契約した意味がねえ」
「それほど大事なら、さっさと魔核を植え込んで眷属にして囲い込んでしまえばよかったでしょうに」
リグリラがせせら笑うのに、魔族は苦渋に顔をゆがめた。
「そんなことしたら、こいつは耐えらんねえよ」
悔し気に声を絞り出した魔族に、リグリラは珍しく言葉を失っていた。
魔族は、自分の魔核のかけらを別の生物に分け与えることで、己の意思に従う使い魔のようなものにできる。
それを眷属と呼んでいるのだが、命令には絶対服従させられるとはいえ、わずかな欠片でも弱いものに分けるなんて耐えられない、という魔族が多いからあまりやることはないのだが。
分け与えられた生物は疑似魔族と呼べるくらい身体能力が向上し、その魔族が消滅するまで、同じ時を生きることになる。
そうして生みだした眷属を、ひそかに「伴侶」と呼ぶこともあるくらいだ。
だけど、それほど急激な変化があるのなら、リスクも当然あって、眷属になるために必要な魔核を受け入れられる器が無ければ、死んでしまうこともある。いや、その方が多い。
適正に魔術が使えるかどうかは関係ないのだが、自分の魔力量を受け入れきれないリシェラでは、恐らく無理だ。
「だから、人の中に居させるしかないってのに、人の社会は馬鹿みたいに面倒だ。こいつも目を離したすきに死にかけて油断ならねえし、守ってやんなきゃいけねえんだよ。でなかったら、誰がやるかこんな面倒な事」
何か文句があるかとでも言いたげな魔族は、気づいているのだろうか。
その言葉に行動に含まれた想いの深さに。
精神操作系の魔術はそれだけ使うのは難しい。才能が必要で、使い手も限られる。
彼が自分で言った通り、本来ならば苦手な精神操作を、自分の魔核まで使って、無理やり術式を創り上げているのだ。
私が回収した魔核がすべて彼の中にあれば、きっと、魔力だけはリグリラに匹敵しただろう。
でも今の彼から感じるのは、中位魔族ほどの魔力だ。
魔核を削ることは自分を弱くすること。
人の中に入れば、一度に使える魔力も制限される。
すべてが魔族にはありえない弱くなる行為なのに、彼はそれが当然とすら思っている。
そんな無茶を、自分のためではなく、自分より弱くて、エサだという女の子のためにやったのだ。
「……愚か、ですわ」
そうつぶやいたリグリラの表情は、ひどく切なげだった。
もしかしたら、少し自分と重ねているのかもしれない。
人と魔族は、生きる時間も、価値観も、存在のあり方も違う。
リグリラも、悩んで悩んで間違えて、生まれ変わる前の仙次郎を亡くしたのだという。
色んな奇跡のようなめぐりあわせで、リグリラは再び仙次郎と会えたけど、似たような道を通ってきたからこそ、この魔族の苦悩がよくわかるのだろう。
私もそのすれ違いに覚えがあるだけに、リグリラと同じ思いだ。
なんて愚かで悲しいのだろう。
彼の想いが純粋なだけになおさら。
リシェラの願いは、この魔族がいたことで叶っていたのに、わからなかったばかりに、彼は間違った方向へ暴走したのだ。
私達が沈黙していると、魔族はリグリラを険しい顔で睨み上げた。
「おい、同胞。それは俺のだ。手をだすなよ」
「……ふん。人のものに手を出さねばいけないほど、わたくしは飢えていませんわ」
いつのまにか、リグリラは魔族に剣を突きつけることを止めていて、とうとう脚をどかした。
不思議そうにしつつも起き上がった魔族は、私のほうを見た。
「俺をどうする、要の竜。罰するのなら早くした方がいいぞ」
諦観した言葉に、とっさにどう返して良いかわからなかった。
「俺が直接やった訳じゃないとはいえ、魔石の生成にかなり関わっているのは確かだ。同胞殺しと魔力循環への過干渉は見過ごせないだろ」
魔族の言う通りだった。
要の竜として、私は彼を無罪放免とするわけにはいかないし、なにより人工魔石の製造場所が、どこにあるかも教えてもらわなきゃいけない。
だが、彼の言葉に違和感を持つ。
「ちょっとまって、直接かかわった訳じゃないってどういう意味だい」
「それは……」
魔族が言いかけたとき、背後で魔力が膨れ上がった。
振り向きかけたら、ごう、と疾風が吹きすさぶ。
一瞬、人影が巨大な剣を振り抜くのが見え、次の瞬間、重い打撃音と共にリグリラが吹っ飛んだ。
細い体が木の葉のように舞い、そのまま轟音を響かせて壁に叩きつけられる。
「リグリラっ!!」
呆然とした私だったが、その大柄な人影がこちらへ身をひるがえしたのに、反射的に魔術を編む。
ぎりぎりで前面に障壁を構築したが、叩きつけられた大剣の一撃で砕け、その衝撃で何十メートルも吹き飛ばされた。
何とか体勢は崩さなかったものの、リグリラ並みに重い一撃で腕がしびれている。
物理攻撃だけじゃない、なにか別の力が乗っていた。
そのことに衝撃を受けながらも相手を確認しようとすれば、さらに広間の大扉から誰かが入ってくることに気づいた。
気軽な足取りで入ってきたのは、二十代くらいの青年だった。
ひとめで男性だとはわかるけど、全体的に線は細い。
だが学者というよりは、どこか芸術家や演奏家を思わせるような雰囲気で、事実彼は背中に何か楽器を背負っていた。
「さっすがバスタード、大ヒット!」
青年は参加者の全員が倒れているというのに全く気にしたふうもなく、気楽にひょいひょいとよけながら、鼻歌でも歌いそうな雰囲気で歩いてくる。
そうしてリグリラと私を吹っ飛ばした張本人である、豪壮な両手剣を持った男性の傍まで来たのだが、バスタードと呼ばれた男性は迷惑そうに言った。
「リュート、能天気すぎる。もう少し緊張感をもて」
「ええ、ひどいなあ。――まあでもびっくりしたよ」
警戒を解かない男性の言葉に、リュートと呼ばれた青年は応じたあと、呆然とする私を向いて笑みを浮かべた。
「なんで、こんなところにドラゴンがいるんだよ」
いっそ朗らかともいえるのに、その笑顔からしたたり落ちるのは、怒りと憎悪の感情だった。
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