第20話 ※注意 ドラゴンさんは子持ちです
「掃除も食事も必要ありません。用があるのでしたらラーワに。誰もわたくしの部屋の扉を開けないでくださいまし」
そんな鶴の恩返しめいた言葉を残して部屋に引きこもったリグリラは、宣言通り3日でドレスを仕上げた。
「最近、複雑な構造のドレスがつまらないので、新しいデザインを考えていましたの。今回それを試しましたから、縫製にそれほど時間がかからなかったのですわ。良い実験になって助かりました」
リグリラはすました顔で言っていたけど、その合間にリシェラへ突貫の美女講座の講義までしていたのだ。
それなのに疲れた顔一つ見せないとか、リグリラには頭が上がらない。
なら私もやれることをしようと、目を付けていた人工魔石を扱う商会へ忍び込み、根こそぎ魔石を回収してきたり、カイル達と連絡を取り合い、大詰めに向けての準備をしたりしながら、迎えた当日。
そうして乗り込んだ夜会会場の離宮は、王室が管理しているだけあって壮麗だった。
広々というか、もうこれバレーボールとか出来るんじゃない? という高さの天井からは魔力で輝くシャンデリアがいくつもぶら下がり、壁面もそれにふさわしく優美な装飾で飾られていた。
そんな空間で、負けじと着飾った紳士や貴婦人が優雅にシャンパングラスを傾けている。
ほぼ全員が何かしらの形で身に着けているのは、透明な人工魔石だった。
まるで別世界の豪華さに、思わずほれぼれと見入ったものだ。
バロウで似たような舞踏会に出たことがあって良かったなあ。
なかったらきっと間抜け面さらしていたよ。まあ、さらしていたとしても大丈夫なんだけど。
へザットの主要な貴族がほとんど出席しているようで、もちろん貴族のご令嬢も貴婦人も大勢いた。
だけど、リシェラよりも輝いている子はいなかった。
リシェラはリグリラお手製の艶やかな夜会服に身を包んだ上、アクセサリーからヘアセットからメイクまですべてリグリラに仕立て上げられていた。
今のへザットの流行は、ふわふわとした砂糖菓子のようにかわいらしいデザインらしい。
だが、これは色こそ可愛い部類にはいるスモーキーピンクだったけど、フリルは全くなく、さらに濃いブラウンを差し色に使って全体がきりりと引き締められている。
「過剰なレースやフリルはなくした上で、たっぷり布を使ってドレープを出すことで、スカートの存在感を引き出してますの。少女から娘に変わる今だからこそ一番似合うデザインですわ」
満足げなリグリラの言葉は半分もわからなかったけど、リシェラが一番輝いていることだけはよくわかる。
お茶会では誰にも話しかけず、かけられず、ただ陰のようにたたずんでいた少女はもういない。
今夜の彼女は夜会の中心で、驚きと感嘆の視線を独り占めにし、人々の輪に囲まれていた。
どんな魔法を使ったのだろうと思う光景だけど、リグリラがアドバイスしたのはごく単純だった。
「胸を張りなさい。そうしてこの中で一番自分が美しいと念じなさいまし。わたくしの戦闘服を着たあなたは事実その通りなのですから。そして敵と目があったら、まず微笑むのです」
「微笑む……」
「満面の笑顔はかえって媚びる印象を与えますから、微笑みが良いのです。どうしても出来そうにないというのであれば、愛しいものを脳裏に思い浮かべなさいまし。奇襲に成功すれば、あとは相手が勝手に陥落いたしますわ」
なんか副音声が物騒な気がするけれど、リシェラはそれで緊張が解けたようにうなずき、婚約者だという公爵家の青年と目があった瞬間、笑みを浮かべた。
ほんのりとほころぶような淡いものだったけど、だからこそ匂い立つような可憐さに、青年が吸い寄せられるように近づいていったのだ。
婚約の噂はすでに参加者全員に知れ渡っていたようで、奇妙な緊張感があったのだけれど、公爵家の青年がリシェラに熱心に話しかける姿を前に、周囲の目の色も変わった。
話題の的だというのに影の薄い姫から、公爵家の謎めいた美しき婚約者へ。
公爵家の青年が離れた隙をねらって、様々な人間が話しかけに殺到するけど、リシェラは落ち着いた物腰で対応していた。
「無理に話そうとせずとも、聞く姿勢を見せるだけで相手は勝手にしゃべりますわ。相手が注意深く言葉を選んでいても情報はぼろぼろ手に入りましてよ。ついでに周囲の人間の反応を観察なさいまし、それだけで勢力図が把握できますわ」
リグリラにアドバイスされたとおりに、静かに相槌をうって相手の話を聞きつつ、周囲にいる貴婦人たちも目を配るリシェラは、もう心配いらなさそうだった。
口数は少ないけれど、お茶会を問題なく取り廻せるほど頭がよく、人の機微を察することに長けた子だ。
さっきまではリグリラが知り合った令嬢たちを紹介したりしていたけど、もうそれすらいらないようだった。
《存在感と、印象を作り出せれば、しばらくはどうとでもなりますわ。その間に茶会や訪問で人脈を作り上げられるかはあの娘次第ですけど。まあ、問題はなさそうですわね》
今回ばかりはリグリラも一歩譲る気らしい。
また公爵家の青年がリシェラをダンスに誘ったのを期に、人気のない場所へ下がったリグリラが口元を扇で隠しつつささやいてきた。
《残念ながら、魔術師はいないようですけど。それでラーワ、そちらはいかがですの? 会場にはそれなりの数の人工魔石がありますけど》
《ここにある以外の大きい魔石は全部回収し終わったよ。私の現在位置は屋根の上》
のんびりと思念で応じた私は、離宮の屋根の上で風に吹かれていたりした。
会場の様子は、リグリラの胸元を飾るブローチにかけた魔術越しに「目」を通しているのだ。
リグリラと話し合い、ちょうどネクター達も迷宮に怪しい場所を見つけた事もあって、アヴァール伯爵と会うこの日までに全部のけりを付けてしまう事にしたのだ。
リグリラはリシェラの付添人として会場内に潜入、外で待機している私はアヴァール伯爵の登場と同時に会場に乱入して、魔石を一気に回収していったん離脱。
そして混乱に乗じてリグリラはアヴァール伯爵に接触し、魔術師の居場所と人工魔石の製造場所を吐かせた上で調きょ……もとい説得してやめさせるという手はずだ。
アクシデントには臨機応変に対応みたいな感じで割とおおざっぱだけど、何てったって上位魔族のリグリラと私がいるのだ、なんとかなるだろう。
この夜会までに、私は首都や周辺の都市にある人工魔石を扱う商会から、魔核の回収をしたけど、とりあえず大丈夫だったし。
会場の淑女の多くは首飾りや指輪、ブローチなどに人工魔石をつけていて、紳士ですらカフスやボタンなどさりげなく石をつけているらしい。
どうやら人工魔石を身につけてくることっていうのが招待状の条件にあったらしくて、ほぼ全員がなにかしらの形で身につけているのだ。
リグリラも一応、私が魔核を抜いた人工魔石を持っていたりする。
まだこんなにあったことには驚いたけど、とりあえず一気に回収できるのはありがたい。
だけどなあ。
《リグリラー本当にこのかっこしなきゃだめ?》
おそるおそる聞いてみれば、リグリラが思念の向こうで笑う気配がした。
《あら、ほんの数日ですのに「魔石怪盗」はこの会場でもささやかれておりますのよ。それを身につけていなければ正体が気づかれてしまったに違いありませんわ》
《い、いや、ほんとこういう細かい術式苦手だから助かってるんだけど、仮面の形とか、そもそも顔だけでいいんなら一式身につける必要ないんじゃ……》
《あら、今度は薬師に意見を聞いてみます?》
《イエ、ナンデモアリマセン》
リグリラの愉快そうな思念に、私はすごすご黙り込むしかなかった。
けど、やっぱりこっぱずかしくて自分の格好を見下ろせば、ちょうど風が吹いて背中の派手なマントがはためいた。
今着ているのは、超ミニスカートな怪盗スタイルだったのだ。
極限まで派手で可愛いベストにふりっとしたブラウスで、それに合わせたふりっふりのスカートは太股の半分もなくて、生足だ。
極めつけに、頭には可愛く装飾されたシルクハットが乗っている。
派手な蝶の形をした目元だけを隠す仮面で、誰も私だと認識できないようにしているらしいんだが。
いくらこの服全部に認識阻害の術式がかけられているからって、仮面だけで良いと思うんだ。
そもそも子供もいるのにこんな格好恥ずかしいじゃないかっ。
主にスカートの丈が、丈が!
って、用意された初日にリグリラに抗議したら、笑いながら写真(念写)をとられて、アールに送られた。
そしたら「きゃー!かあさまかわいいっ!!」って目を輝かせているのが手に取るようにわかる手紙が来てね、作ってくれたリグリラの手前着ないともいえず……こうして袖を通して泥棒業に専念する事になったのだ。
まあね、私はまだ細かい術式を使い続けるのが苦手だし、意識操作みたいなのはリグリラの得意分野だからありがたいんだけども。
冷静になって考えてみればいつ用意していたんだ? と、ちょっぴり戦慄していたり。
「あなたを着飾らせられない代わりですわ」なんて言っていたけど、もしかしてこういうことがなくても着せるつもりだった……?
ああもう、アールが楽しくやっているようでよかったなー!(やけ)
くう、リグリラめ、こんな格好しているとネクターにばれたら、絶対撮影会されるとわかっていて持ち出すんだからたち悪い。
でも派手なこと以外は文句もないので、むっつりと派手マントを体に巻き付けて待機していれば、自然と引きつけられるのは魔力の流れだ。
ここ、ヘザットのレイラインは本当につかみづらい。
ネクターたちに思念話をするにも、今では私ですら場所を選んでやらないとうまくつながらないほど不安定になっていた。
今、迷宮の下層に潜っているはずのネクターたちの様子を見てみたいと思っても、ネクターが持っている鱗につながっているパスから生きているとわかる以外は感じられない。
この数百年、こんなにレイラインがつかめないことなんて数えるほどで、魔力の流れで読み取れる情報の少なさに、こう薄紙をかぶせられているみたいで何となく落ちつかない。
いや、たぶんそれだけじゃない。
地面を歩くたびに、魔力の流れを見るたびに、薄い板の下が空洞になっていたみたいな頼りなさを感じるのだ。
見えているものだけで、本当に全部なのか不安になるような。
「いやいや、考えすぎだって。魔力の流れはそんなに変な訳じゃないんだから」
今は目の前の魔核の回収を考えよう。
魔核が回収できるような大きさの人工魔石は、あとはこの夜会にあるものだけだ。
これが済めばようやくアールと春休みをすごせるのだから、注意力散漫になって失敗なんてしたくない。
ぐるぐると沈みかけた思考を降りはらうために、私は思いっきり首を横に振った。
と、その拍子に頭に乗っかっていたシルクハットがぽーん飛んでいく。
しまったかぶっていたのを忘れていたっ。
私は屋根の斜面をころころ転がっていくシルクハットを、慌てて追いかけた。
ドラゴンの身体能力なめるなよー!
足音を殺して屋根を駆け下りて、シルクハットが落ちる寸前にキャッチすることに成功し、ふうと息をつく。
危ない危ない、このまま下に落ちたらさすがに気づかれるところだった。
やれやれと立ち上がりかけたところで、リグリラからまた思念がつながれた。
作戦開始の合図かな、とのんびり応じた私だけど、伝わってきたのは張り詰めたリグリラの思念だった。
《ラーワ、面倒な事態になりまっ……!!》
そこで大量のノイズが混じって強制的に切れた。
「リグリラ!?」
直後、離宮の内部からどっと魔力があふれ出す。
方向は明らかに会場だった。
私は即座に屋根から飛び降りると、翼を広げて滑空する。
そうして会場の外面にある窓を割るつもりで体当りした。
が、固い衝撃と共に弾かれる。
これって、魔族が使う決闘用の結界? でもリグリラのじゃない。
驚いたけど、すぐ体勢を立て直して軽く離れ、今度は足に魔力を込めて再び突撃する。
「ドーラーゴーンースペシャアアァァアアル!!」
私は結界を維持する魔力を、上回る量の魔力をぶつけて強引に割り込んだ。
結界とガラスが砕け散るけたたましい音とともに、きらきらとガラスの舞い散る床に着地する。
そうして目に飛び込んできたのは、広間の中央でリグリラと着飾った紳士が凄まじい応酬を繰り広げる光景と、隅に横たわる出席者達だった。
しかもその紳士はリグリラを相手に持ちこたえていたのだ。
驚いたが、倒れる人々の中にリシェラの姿を見つけた私は、急いで駆け寄った。
抱き起こした彼女は、ただ気を失っているだけで安堵する。
刹那、爆発的な魔力の高まりにぎょっとすれば、リグリラを振り切って襲い掛かってきた。
その凄まじい形相に面食らい、思わずリシェラをかばって身構える。
だが、そんな大きな隙をリグリラが見逃すはずもなく、紳士は肉薄した彼女に蹴り飛ばされた。
経緯が読めなくて困惑したけど、それでもリシェラ以外の倒れている人たちは、何となく様子が違うことに気づいた。
彼らからは大きく分けて二つの魔術の気配がする。
それは、きっとリグリラが全部説明してくれるはずだ、と私は広間の中心を見た。
さっきの一撃が効いたのか、すでに勝敗は決していて、華麗にスカートをさばいたリグリラが紳士を片足で踏みつけて剣をつきつけていた。
厳格そうな顔がどことなくリシェラに似ていて、直感的にあれがアヴァール伯爵なのだと知った。
けれどその人型から感じる気配と魔力は、人族のものとは全く違う。
ふうと息をついたリグリラが、その人型に話しかけた。
「……驚きましたわよ。人に成り代わって一体なにをしていらっしゃるのかしら、同胞よ」
そう、アヴァール伯爵は魔族だったのだ。