第19話 精霊達は邂逅す
広々とした通路に整然と並ぶものは、奇怪な形をしていた。
一応、手があり足があり、胴体に頭部らしき丸いものがついている。
だが、足は四つ足、さらに両腕はどちらも草刈り鎌のような鋭い刃物になっていた。
その生物と相容れぬ造形は紛れもなく魔物の証だったが、一様に同じ姿をしていることがかえって不気味だった。
奇妙な魔物は、頭部の目玉のようなものを赤く光らせた途端、三人に鎌を振りかぶって襲いかかってきた。
そのずんぐりとした体形に反して、並みの人族では反応が出来ぬほど素早い。
だが、それよりも狼人の仙次郎が早かった。
一足飛びに自ら距離を詰めた仙次郎は、先頭の魔物に肉迫した。
「破ッ」
瞬間、裂帛の気合いと共に槍が振り抜かれ、爆発的に魔力が放出される。
直撃した奇妙な魔物は、周囲の魔物を巻き込んで吹き飛んだ。
「おおっ仙次郎さんそれはっ」
「対妖魔用の技にござる。体内の気を練り上げ放出する事で、魔物へ打撃を通すのだが……」
「ネクターそれは後で聞け!」
新たな魔術に瞳を輝かせるネクターを一喝したカイルは、自身の魔術を用意しつつ吹っ飛んでいった魔物を見る。
仙次郎の一撃を食らった魔物はすでに霧散しており、そこから転がり出てきたのは、先程培養槽で見た透明な魔石だ。
同じものを確認したネクターは、だが急激な魔力の高まりを感じ、高速で術式を編みあげた。
『守護!』
また魔力の弾丸が空間を貫き、先行していた仙次郎に迫る。
だが、ネクターの対魔術防御の結界が間に合い、魔力光が晴れた時に仙次郎は無傷だった。
「助かりもうした!」
「いえ、援護はお任せを!」
その攻撃にもひるまず、刺突で魔物をまた一体を霧散させた仙次郎に、そう返したネクターだったが、自分の術式結界が一度きりで破られたことに密かに驚いていた。
魔力の弾丸は通路の奥から飛んでくる。
まずはその原因をつぶさねばとネクターが考えた矢先、カイルがつっこんでいくのが見えた。
雷鳴を身にまとったカイルは、魔物が反応できない速度で一気に駆け抜ける。
傍ら、その魔弾の撃ち手を無力化すべく、高速で魔力を練り上げ術式を構築した。
『流電っ』
人影に肉迫すると同時に、カイルはまとわせた雷ごと杖を叩きつけた。
守護者ですら一蹴する必殺の一撃だ。
だが、その小柄な人影は紙一重のところで回避した。
すかさず飛んでくる魔弾を、カイルは無理な体勢でよけたが、すれ違う刹那目を疑った。
人影が持っていたのは無骨でいながら優美な魔術銃で、追撃もできず思わず距離をとる。
通路が薄暗くとも、小柄な人物の全容は見て取れた。
冷えた表情が記憶と重ならずとも、その顔に覚えがありすぎたカイルとネクターは、極限まで目を見開いた。
距離をとったその娘は、麦穂色の髪を揺らして立ち上がると、髪と同色の醒めた目でカイルを睥睨する。
懐かしさに喜ぶことも、驚きに絶句することもできず、カイルは煮え立つ感情のままに声を絞り出した。
「なんで、何でお前がここにいる!? ベルガ!!」
その顔はカイルの副官であり、後には最愛の妻となりスラッガートと名を変えた、軍役魔術師時代のベルガとうり二つだった。
カイルに呼びかけられた銃使いは、眉一つ動かさず、冷徹な声音で言った。
「防衛術式は反応しなかったけど、探査魔術が使われたのは感じた。私たちの邪魔をするものは排除する」
「まて、ベルっ」
だが銃使いは、それ以上答えず無造作に引き金を引いた。
迫る魔弾を、カイルは杖を振り抜くことでなんとか防ぐ。
だがその隙に銃使いが腕を振るえば、今度は魔物たちが一斉に襲いかかってきた。
古代遺跡内で使われている建材は魔術や衝撃に驚くほど強いものの、狭い通路では大規模な魔術は使いづらい上、単体なら相手取れる魔物でも、数で迫られればかなり手こずる。
支援魔術を用意していたネクターは、仙次郎と両断されたことでやむなく切り替え、魔物の群れをさばくことに手一杯となった。
時折混じる重い打撃音で、仙次郎が奮戦していることは伝わってくる。
カイルを先に倒すことに決めたらしい銃使いは、無言で銃を次々に発砲した。
一撃必殺の魔弾を必死で回避しながら、カイルはめまぐるしく頭を回転させる。
近年性能が上がった魔術銃だが、自分たちの時代の魔術銃は、詠唱破棄ができる杖の予備扱いだ。
彼女自身が銃にかなり手を加えていたとはいえ、生前のベルガの魔術銃にはこれほどの連射機能はなかったし、術式を連射できる魔力もなかった。
だが、目の前の銃使いはあれだけ引き金を引いても疲れもみせず迫ってくる上、体術面でもカイルと互角にやり合っている。
何より自分の顔を見ても、名を呼んでもいっさい反応しなかった。
別人か?
だが、カイルの感覚が否という。
この体術、この戦いの癖は馴染みがある。
何より、増大していようと、この魔力の気配はベルガとしか思えなかった。
ならばやることは一つだ。
カイルが覚悟を決めた矢先、ぐんと、背後で魔力の高まりを感じた。
「破ッ!!」
仙次郎の裂帛のかけ声とともに、通路を不可視の槍圧が両断した。
カイルと銃使いはとっさによけたが、槍筋の軌道上にいた魔物は吹き飛ばされ、一瞬だけ魔物の群れが左右に分かれた。
「ネクター殿、ご免!」
「仙じろっうううう!?」
直後、悲鳴と共にネクターが魔物によって分断されていた通路を飛んできた。
どうやら仙次郎に力ずくでぶん投げられたらしい。
精霊であるネクターは、体重をある程度調整できるとはいえ、仙次郎の膂力があってこその豪快な運搬方法である。
ぶん投げられたネクターは、銃使いすら飛び越えて、通路の向こう側にべちゃりと顔からつっこんだ。
さすがに呆気にとられていた銃使いだが、はっと我に返って銃口を向けるのを、カイルが杖を叩きつけることで妨害する。
寸前で身を翻した銃使いの魔弾を防ぎつつ、カイルは鼻を押さえながら身を起こしたネクターに叫んだ。
「ネクター先に行け、俺はこいつに用がある!」
「っ……わかりました!」
ネクターはカイルの決意のこもった表情に、この場を二人に任せることを決断した。
杖に乗り、全速力で通路の奥へ消えていくネクターへ、銃使いの命を受けた魔物が追従をかける。
だが壁を走り抜けた仙次郎が床を振動させて着地し、魔物の前に立ちふさがった。
そうして槍に魔力をまとわせる仙次郎へ、銃使いを相手取るカイルは言った。
「すまん、センジローそいつら頼む!」
「もとよりそのつもり! 妖魔まがいの者共よ、これより先は一歩も通さぬ!」
それで、魔物を相手取る仙次郎へ背を向けたカイルは、練り上げた魔力を杖に乗せて振るった。
一撃で魔物が消滅する威力を持たせた雷が走り、銃使いへ迫る。
直後、複数の魔弾が、弾ける雷電と重なり対消滅した。
「あんた、邪魔です」
魔力光が晴れた先の銃使いは案の定無傷で、麦穂色の瞳に剣呑な色を浮かべている。
見れば彼女の周りには、同じ魔術銃が複数虚空に浮いていた。
「おいおい、そんなことも出来るのかよ……」
さすがに顔をひきつらせたカイルだったが、それでも一瞬だった。
「聞かなきゃなんねえことは山ほどあるが、やり合うしかねえんだろ?」
にっと口角をあげるカイルに、殺意を宿す銃使いは、わずかに眉をひそめる。
だが反応はそれだけで、宙に浮かぶ銃口から、一斉に魔弾が掃射された。
それを、カイルは紫電をまとった杖で応じるのだった。
*
一気に魔物を振り切ったネクターは、探査魔術の反応を頼りに迷路のような地下通路をひたすら進んでいた。
ベルガと瓜二つの銃使いは気になるが、カイルに任せるべきだし、カイル自身も誰かに任せるつもりはないだろう。
今はとにもかくにも、施設の破壊が優先だと結論づけたネクターは、やがて探査魔術に引っかかった、一番魔力の濃い区域へたどり着いた。
扉にかかっていた魔術施錠も無理矢理破って侵入したが、内部を見て思わず立ち止まってしまった。
なぜなら、古代遺跡特有のなめらかな質感の建材によってつくられた通路は、左右はおろか、床天井に至るまで複雑な魔術式がびっしりと刻み込まれていたのだ。
半ば無意識にその術式を読みとったネクターは、執拗なまでに繰り返される遮断術式に唖然とした。
厳重な防護の術式群であるにもかかわらず、魔力の供給はなく術式は沈黙している。
その奇怪さに様々な推論が脳裏をよぎったが、それよりも何よりも遮断術式で埋め尽くされた通路の先が気になった。
だが、好奇心などではないことを冷静に分析する。
その暗がりからさわさわと漂ってくる異様な圧力に、鳥肌が立つ自分を感じていたからだ。
嫌悪と忌避を伴うそれに精霊としての感覚が悲鳴を上げているが、レイラインの気配はこの奥からする。
ならば行くしかない。
覚悟を決めたネクターは、不安を理性でねじ伏せて一歩踏みだした。
その前に、通路の暗がりから人影が現れた。
「それ以上の侵入は許可しない」
低く落ち着いた声音で淡々と言ったのは、長身の女だった。
身にまとう衣服は、色とりどりの絵の具で汚れていて、同じく様々な色に染まったで手には絵筆を持っている。
まるで絵を描いている最中に少し席を立ったという風情だったが、ネクターは彼女が自分と同じ精霊であることに気づいた。
先はあまりにもベルガと瓜二つな事に失念していたが、あの銃使いから感じた気配も、紛れもなく精霊だった。
自分のような特殊な事例でもない限り、精霊はその性質上自発的に動くものではないし、自我を確立した高位精霊でも同じだ。
それを知っているネクターは、彼女たちの意志を持った行動に違和感を覚えながら、十分警戒して問いかけていた。
「私はその先にあるレイラインに用があります。すでにこの地域周辺では多くの魔物が発生していますから、一刻も早く魔力の循環を正常な状態に戻さねばなりません。そこを通してください」
意外なことに、先ほどの銃使いとは違い、女は緩慢に瞬くと会話に応じた。
「魔力の供給を止めることは推奨しない。被害が拡大する」
「どういう意味ですか。人工的に魔物を作り上げ魔石を生産することが、その被害とやらを押さえるとでも? 混乱を
まき散らしているようにしか受け取れませんが」
「それは知らないし、興味もない。だが、リュートがどうしても必要だと言った」
「リュート……?」
ネクターの脳裏に、街ですれ違ったあの朗らかな青年の顔が浮かんだが、女がすっと腕を上げたことで現実に引き戻された。
「私はここの監視と防衛を頼まれている。障害となるのなら、私はお前を排除する」
敵意もなく淡々と言った女は、手に持った絵筆を振り抜く。
すると空間に艶やかな絵の具の線が走り、虚空へ一枚の扉が描かれたとたん、扉が質感を伴って現れたのだ。
詠唱もなく、それほどの事象を生み出すことは、魔術にはできない。
つまりこれは、この精霊特有の魔法だ。
そこまでわかってもとっさに反応できないネクターの目の前で、扉は独りでに開くと、奇怪な生き物がぞろぞろと這い出してきた。
魔力のいびつさを感じないことから、魔物ではない。
だが無機物と生物が入り混じったようなそれらは、確実にネクターを排除する意思を感じさせた。
対話は終わりだ。
扉から現れたその生物たちが一斉に襲いかかってくるのを、ネクターは厳しく表情を引き締めて迎え撃つのだった。