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ドラゴンさんは友達が欲しい  作者: 道草家守
魔石編

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第18話 精霊達は下層を行く




 夜更けのセンドレ迷宮内。


 その第一層は広大ではあるものの、発見から数年たった今ではとうに探索がしつくされており、探求者になりたての冒険者が、訓練のために潜る以外は素通りされる場所であった。


 ましてや日も暮れた時分では浅い階層を探索していた者も街へ引き返しており、人気はいっさいない。

 そんな、深閑とした第一層の通路を歩きながら、ネクターはひそやかにつぶやいた。


「まさか、上層だけではなく、下層まであるとは思いませんでした」

「センジローが気づかなきゃ、最上階まで攻略して時間を無駄にしていたな」


 応じたカイルが見るのは、先頭を歩く灰髪に狼耳をぴんと立たせた仙次郎だった。

 その視線を感じたのか、彼は灰色の髪を揺らして振り返る。


「いや、第一層(こちら)を歩いているときにな、壁や床に響きが違う箇所を見つけていたのでござるが、初めは起動しない落とし穴の類かと思っていたのでござるよ」


 きまり悪そうな表情をする仙次郎は、だがと続けた。


「あまりにもその範囲が広かったゆえ、ギルドで地図を確認させていただいて、もしやそうではないかと思ったのでござるが」


 まだ確信はござらぬ、と控え目に言う仙次郎にカイルは首を横に振った。


「五感が鋭い獣人のおまえさんが感じたことだ。他の冒険者が気づかなかった可能性もある。行ってみる価値はあるさ」


 そうして、途中遭遇した守護者は仙次郎とカイルによって瞬殺していき、第一層を歩きまわる。

 やがて仙次郎が止まったのは、通路の突き当たりの小部屋だった。

 室内はすでに探索し尽くされたか、そもそも何もなかったのか、殺風景な四角い空間だけが広がっている。


「この部屋が音の反響があった場所の一つでござる。ギルドの地図と山の面積の差異と間取りを考えると、なにかがある可能性が高いかと」

「では仙次郎さんの推測の正しさを証明するためにも、やってみましょうか」


 カイルと仙次郎を入り口まで下がらせたネクターは、部屋の中心に立つと、精霊樹の杖の先でこんと床を叩いた。

 その音が反響した途端、魔力の反応光が広がり、あたりを満たす。

 感覚を研ぎ澄ませるように目を閉じていたネクターだったが、すぐに開いた。


「どうやら当たりのようですよ。右手の壁に魔術の気配があります。術式で巧妙に隠蔽されていますから、普通の魔術師では気づかなかったようですね」

「壊すか」

「いえ、後学のためにも解除しますよ」


 たちまち薄青の瞳を爛々と輝かせて壁にとりつくネクターに、カイルは悪癖が顔を出したことに気づいて一応釘を差しておく。


「ネクター、夢中になってあんまり時間はかけんじゃないぞ」

「ふむ、比較的新しい時代の古代魔術のようですね。『隠蔽』の1単語ですませずに複数のワードを組み合わせて施設内全体の魔術機構にとけ込ませているのですか。しかも正規の手順を踏まずに開ければ防衛機構が働いて守護者が飛んでくると。なんとえぐい。ふふふまずはこの術式の解読から――」

「全然聞いていないな、これは」


 だが、こちらの言葉などすでに耳に入らず没頭するネクターをカイルはあきらめて、仙次郎と共に待ちの姿勢をとった。

 センドレ迷宮は古代遺跡のほとんどが生きており、設置されている照明で通路から室内に至るまで真昼のように明るく、視界には困らない。

 複数の分析術式を展開して分析を続けるネクターを、カイルが見るともなしに見ていると、傍らにいる仙次郎が話しかけてきた。


「リグリラ殿らは今頃、夜会でござろうか」

「そうだな。そろそろ会場に入っている頃だろう」


 ヘザットの慣習は知らないが、バロウの夜会は夜も遅くなった時分に正賓がそろい、夜更けを過ぎたころまで続くことを、カイルは体験として知っていた。


 ラーワとリグリラが仲間に引き入れたのが、アヴァール伯爵の令嬢と聞いた時は何をしたのかとあごが外れかけたが、正賓として乗り込むにはこれ以上ないほど強い手形だ。

 ただこの騒動を治めようとするほかに、なにか企んでいる風であることには恐ろしく嫌な予感がするが。


「リグリラ殿はなにやら腕がなると張り切っておったで、少々心配でござる」

「やっぱりお前さんもそう思うか」


 憂い顔になる仙次郎に、カイルは苦笑を返した。


「とりあえず、ここがあたりで、伯爵と魔術師が向こうにいるのなら、こちらは手薄になっているはずだ。情報を待ってからでも良かったが、偵察くらいはしておいても問題ないだろう」

「解けました」

「早かったな?」


 カイルが驚きの視線を向ければ、立ち上がったネクターは至極真面目な顔をして言った。


「こちらの魔物云々を片づけて急行すれば、ラーワの艶姿を見逃さずに済みますからね!」

「ああ、そうかよ」


 もはやあきれる気も起きないカイルがぞんざいに返すのも気にした風もなく、ネクターは壁へ手のひらをかざした。

 カイルが魔力が濃密に収束したのを感じていると、ネクターの亜麻色の髪がふわりと空中を揺らめき、毛先が紅色に染まる。


 すると、壁全体に淡い魔術光が這っていき、なめらかな壁面に亀裂が走ると、左右へ分かたれた。


 ほの暗いそこに、迷宮の機構なのだろう、自動的に光がつけば、そこは小部屋だった。

 人一人が入って手を広げれば、それで左右の壁に届いてしまうほどの小さな空間である。


 それを見たカイルは若干落胆の色を浮かべた。


「ただの隠し部屋だったか?」

「いや、おそらくこれは昇降機でござるな。それがしの故郷にも似たようなものがござる」

「お前さんの故郷には、ずいぶんいろんなものがあるんだな」


 カイルが感心していると、ネクターがあっさりと言った。


「いえ、たしかバロウの百貨店にも、最近つきましたよ?」

「まじか」


 思わぬところで時代の流れを実感して、カイルは驚きと微妙なきまり悪さを覚える。

 そうして、仙次郎に手招きされるままにその小部屋に三人で収まれば、その内部にいくつかの魔術式とスイッチらしきものが並んでいた。


 そこに触れた術式を読みとったネクターは、カイル達を振り返った。


「行き先に設定されているのは一つだけのようです」

「いきなり戦闘というのもあり得るが、しかたないな」


 カイルの言にうなずいたネクターが、その魔術式に手を置いて魔力を流せば、たちまち扉が閉まり、不思議な圧力と共に箱が下へ降りていく。


 やがて緩やかに下降を止めた箱は、一拍おいて扉が開いた。


 同時に障壁を前面に張ったネクターだったが、数拍たってなにも起こらない。

 安全を確認すると、壁際によっていたカイルと仙次郎が先頭に立ち、警戒しつつ通路へ出た。

 第一層と内部の作りは変わらないようで、一歩踏み出せば、たちまち明かりがともる。


「まずはどこに行く」

「探査術式を走らせましたが、前方に広い空間があるようです。多くの魔力がそちらに集まっているようですね」

「それは感じていた。了解だ」


 短く会話を交わしながら彼らは通路を速やかに走り、眼前へ見えた扉をにはりついた。

 そこも古代魔術の認証術式がかけられていたが、ネクターが難なく解除し侵入に成功する。


 扉の向こうは、広々とした空間になっていた。


 入り込んでも明かりは灯らず、室内は薄暗かったが、人あらざるものであるネクターとカイルはもとより、五感の優れた仙次郎にとっても、闇はその歩みを阻む障害とはならない。


 さらに室内全体に、内部が見える透明な円柱から列をなして並んでおり、そこからこぼれる魔力光が、光源の代わりとなって室内の全貌が見て取れた。


 だが、三人はその円柱の内部を見て絶句した。


「なんだ、これは」

「すべて、魔物……でござるか!?」


 その驚愕を表すように、仙次郎の灰色の耳はぴんと立っている。

 刻まれた魔術陣に照らされた円柱の内部には、この世界の生物の造形から逸脱した、いびつな化け物が静かに浮かんでいたのだ。


 円柱を構成する透明な壁か、はたまたほどこされた魔術式が影響しているのか、高濃度の魔力こそ感じないものの、生理的嫌悪を覚えるそれは間違いなく魔物だった。


「魔物を剥製にして閉じこめているのでござろうか……? だがかようなことをしていったいなんになると」

「いや。ちがうぞ」


 仙次郎の呆然とした言葉を、嫌悪感も露わに否定したのはカイルだった。

 一足先に円柱の一つに近づいていたネクターも、厳しい表情で同意する。


「信じがたいことですが、この魔物は生きています」

「なんと……」


 絶句する仙次郎は並ぶ円柱の列を見た。

 円柱の周囲を巡りつつ、じっとその内部に設置されている術式を読みとっていたネクターは、衝撃を抑え、頭を整理するようにつぶやいていく。


「しかもこの円柱は培養槽の役割を果たしているようですね。この中で魔力をこごらせ、意図的に魔物を生み出しています。そして」

「生み出した魔物から、魔石を取り出している。だろ?」


 カイルは、自分の見ていた円柱の表面をたたく。


 その円柱の中の魔物は半分以上実体が崩れ、その内部には醜悪な外殻と不釣り合いなほど美しく輝く魔石が見え隠れしていた。

 はっきり顔をしかめる仙次郎と同じように、苦々しい顔をしていたカイルだったが、それでも冷静に考える。


「魔力を圧縮するにしたって、時間がかかるだろう。短縮のために触媒を使っているのか」

「それが魔核、なのでしょう。ずいぶん高価な対価ですが、魔核自体に魔力を誘引する性質があります。うまく組み込むことで、短時間で魔物化させているとしか考えられません」


 その魔核をどうやって調達しているかなど不明な点はまだあるが、魔石がここで作られているのは確実だと、嫌でも理解できた。


「ともかく出回っている人工魔石は、稼働し続けていたこの施設を見つけた魔術師が、ここから魔石を持ち出しているって事だろうな」

「それにしてはこの術式は設置されて真新しいように思えます。というより、術式の中にごく最近のものが混じっている。術式が使用され始めて、十年はたっていませんよ」

「つまり、この施設はごく最近稼働したという事でござるか」

「それにしても術式や施設の磨耗度が低いような気がいたしますが……どちらにせよ」


 鈍い音を立てて、持っていた杖の先を床に叩きつけたネクターは半眼で言い放つ。


「これは、今の時代にあってはいけない技術です。壊さねばなりません」

「だな」

「うむ」


 怒気をにじませるネクターにカイルと仙次郎が応じた。


 彼らは魔物討伐の最前線に立ち、魔物の脅威を肌身に感じているからこそ、たとえ恩恵となる魔石を生み出すとしても、この技術の異常さに嫌悪感が浮かんでいた。


「手当たり次第に壊してもかまいませんが、まず魔力の供給源を絶ちましょう。どこかにレイラインからの抽出術式陣があるはずです」

「かまわないが、いいのか」


 思いは同じだが、魔術知識についてはどん欲なネクターの、常にない態度に驚いたカイルは思わず問い返していた。


 だがネクターは表情を変えなかった。


「これは明らかに魔力循環を乱す行為です。ラーワの仕事を増やさないためにも確実につぶさねばなりません。分析は壊しながらでもできます。というかやります」

「そ、そうか」


 知識欲よりも女房を……優先しているのかはわからないが、真顔で言い切るネクターの意志が固いことを確認したカイルは、息をついて切り替えた。


「俺たちが侵入したことがいつまで気づかれないかもわからない、いくぞ」

「探査術式は下層をさしています、この奥から行きましょう」


 ネクターがずんずんと広間の奥へ進んでいくのを、カイルと仙次郎は遅れて歩き出した。

 カイル達が小走りで追いつく前に、ネクターは無造作に扉の術式を解除しており、扉は音もなく開く。


 直後、複数の光芒がネクターの眼前に迫った。


 一つ一つが致命傷の威力を秘めたそれらに、ネクターは致命的に反応が遅れる。


 だが、灰色の影が疾風のごとく駆け抜けた。


 ネクターの前に躍り出た仙次郎は、手に持つ槍を一閃した。

 切られた光芒が霧散したことで、それが魔力を高密度に圧縮した弾丸だと理解したネクターは、知らずに止めていた息を吐いた。


「仙さん助かりました」

「礼は無用。それよりも敵襲にござる」


 槍を構え、厳しく灰の瞳をすがめる仙次郎の視線の先には、行く手を阻む一群があったのだった。



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