表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドラゴンさんは友達が欲しい  作者: 道草家守
魔石編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

87/185

第17話 ドラゴンさん達によるお嬢様コーディネート


 リシェラの告白を聞いた私は、ようやく、わかった気がした。


 この子は、本当にすがるような気持ちで、私に手紙を出したんだ。


 孤独で、誰も頼れない中、唯一優しくしてくれた、大切な人を救いたいがために。

 危うくて、悲しくて、まっすぐで、純粋で。


 だからこそ。


「それじゃあ、君の望みは叶えてあげられない」


 私が言えば、リシェラの表情はかすかにこわばった。

 でもほんの少しだけ彼女について知った今は、彼女がかなりのショックを受けているのだろうとわかる。


「そう、ですか……」


 膝に置かれていた手が、白くなるほど固く握られた。

 表情がまた見えない仮面におおわれかける。


 あきらめかけているのがわかって、私は少し慌てた。


「まってよ、その条件じゃいやだって言ってるんだ」


 リシェラがまぶたを瞬かせるその顔の前に、指を一本立ててみせる。


「いいかい、君は十分に人生を楽しんだと思ってるみたいだけど、とんでもないよ。夕飯を一緒に食べる? そういうのは貴族社会以外では普通の日常って言うんだ。その悪魔はその程度じゃ満足しないよ。悪魔って奴はとてもどん欲なんだ」


 知った以上、この子の寿命までその魔族に魂を渡すつもりはない。

 けれどこの子がその魔族に食べられたいと願っているんなら、こういう言い方は効果があるはずだ。

 案の定リシェラは、少し焦った顔になる。


「せっかく健康な体になったんだから思う存分エンジョイしてうんとおいしくなってから魂を渡したほうが、その悪魔も喜ぶはずだよ」

「え、えんじょい?」


 あ、しまった。砕けすぎた。

 まあいっかと立ち上がった私は、戸惑うリシェラの隣に座った。


「君たちの人生は短いんだからさ、うんと幸せになろうよ。そう約束してくれるんなら、いくらでも協力するよ」

「ですが、わたくしの道はすでに決められております。わたくしが自由なのは、もう、わずかなのです」

「なら、その中で。体の自由がないのなら、その心だけでも自由でいようよ」


 リシェラと契約をした魔族の真意はわからない。

 けれども、あんなにリシェラがうれしそうに話す魔族が、言い訳じみた理由で魂を取らずに会いに来ていたという事に賭けたかった。

 ……と、いうか、もしそいつが本物のくそ野郎だったら私が全力で撲殺する。


「自分の幸福をあきらめないでくれないかい。リシェラ」


 願いを込めて、名を呼べば。

 仮面のように表情をこわばらせていたリシェラの瞳から、一滴、涙が頬を伝った。


 わ、泣かせるつもりはなかったんだ!


 うろたえていると、リシェラはふるえる唇で、言葉を紡ぐ。


「わた、くしは、腹を探らず、誰かと語ることが楽しいことだと知ってしまった。食事を一人でとることが、味気ないことだと気づいてしまった。わたくしが孤独であるという事を、そしてそれが一生つきまとうものだと理解してしまった。手に入らないものを、望めとおっしゃるのですか」

「うん。だって、寂しいだろう?」


 息をのむリシェラに、私はさらに言い募る。


「まずはここでの味方を作ろう。君を大事に思ってくれる人。信頼できる人を探しにいこう。静かに嵐をやり過ごすのもいいけど、飛び込んで見ようよ。きっといるはずだ」

「そんな……父にも、母にも見向きもされないわたくしに」

「少なくとも、私は君と仲良くなってみたい。助けてあげたいと、思うよ」


 信じられないとばかりに目を見開くリシェラに向けて、私はにっこりと笑って見せた。


「なあ、リシェラ、私と友達になろう」

「っ……!」


 リシェラの顔がゆがんで、唇が震えた。


 彼女の泣き方は静かだった。


 嗚咽は漏らすけど、声を殺して、顔を覆って、ただひたすら両の瞳から涙をこぼす。

 素早くかけた防音魔術がいらないなあと思ったくらいだ。

 声を上げて泣くということをしたことがないのかもしれない。


 その姿は痛々しくもあり、それでも彼女の心がほどけた事はうれしくもあった。


 だけど、彼女がこの貴族社会で幸せになるには、私の知恵だけじゃ無理だよなあ。


 と、思っていると、リグリラから思念話がつながれた。


《急に防音魔術が使われましたけど、何かありましたの》

《ちょうど良かった。リグリラ、助けて!》


 言いつつ今までのリシェラとのやりとりを伝えると、リグリラからはめちゃくちゃあきれた思念が伝わってきた。


《と言うわけで、知恵を貸してください》

《あなたは、本当に、阿呆ですわね》


 冷え冷えとした声音でわざわざ区切りなら言われて、私は首をすくめたのだが、そのときにはもう、リグリラはサンルームに転移してきていた。


「お見苦しいところを、お見せしま、した?」


 ちょうど泣きやんだリシェラが顔を上げて、いつの間にか部屋にいるリグリラを見つけると、驚きと羞恥にじんわりと顔が赤く染まった。


 うわあかわいいなあ、でも、涙を拭くものが必要だよね。


 ハンカチでもあればいいんだけどなと、私がごそごそしていたら、先にリグリラがきれいなハンカチを渡していた。


「わたくしはあなたのような娘は嫌いですわ。はじめからあきらめてお人形のように従うなんて、見ていていらいらしますの」


 リシェラはどきっぱりと嫌いと言われてびくりと肩を震わせたが、一切構わずリグリラはハンカチを押し付ける。


「ただ、自ら行動を起こしたことは評価します。欲しいものがあるなら力ずくで奪う気概を持ちなさいまし。話はそれからですわ」

「つまり、協力してくれるって」


 ハンカチを押し付けられて戸惑うリシェラに私が付け足せば、彼女ははっとリグリラを仰ぎ見る。

 見上げられたリグリラは傲然と腕を組んでいた。


「自身の幸運をかみしめなさいまし。ラーワがいなければ、わたくしはこんな事に手を貸したりはしませんわ」

「でもありがと、リグリラ」

「ま、もののついでですわよ」


 ちょっぴり耳を赤くしたリグリラは、涙をぬぐいつつも困惑しているリシェラを見つめた。


「あなたは容姿も、家柄も、教養も。この上流階級の頂点を取るに足る条件を満たしてますわ。あなたが望めば、自らの手で勝ち取ることができますわ。――あなた、両親についてはどう思っていらっしゃいますの」

「とくに、は。この身が家のために生かされているというのはわかっておりますが、父母については、数えるほどしか会いませんので、とても遠い存在に感じます」


 本心から言っているのがわかって、やっぱり衝撃を受けた私だったけど、リグリラは面白そうに笑った。


「いい答えですわ。ならばまず、身の安全を捕りに参りましょう。家名に頼らずとも生き残れるように。あなたに良き助言をもたらす戦友と、ひれ伏す下僕をお作りなさい」

「え、えと、そのリグリラ?」


 雲行きが怪しくなってきたのを止めようにも、リグリラの言葉は止まらない。


「人心を把握し、言葉で惑わせ、仕草で操りますの。わたくしたちがいる間は、参謀を努めて差し上げますが、ごく短期間ですわ。それまでに生き残り、自由でいるためのすべを覚えなさいまし。返事は」

「は、はい」


 こくこくうなずいたリシェラに、リグリラは満足そうににんやりと笑った。


 なんだかんだで、結構ノリノリじゃないかい?


 私の呆れた生ぬるい視線に気づいたのか、リグリラはちょっときまり悪そうにコホンと咳払いをした。


「この娘を頂点にできればやりやすくなりますし。つぼみの娘を大輪の華に仕立て上げるのは、いつだって面白いですわよ」


 確かに、かわいい女の子を助けるのって、なんかちょっと楽しいよね。

 というわけで、三人で膝をつきあわせてリシェラが幸せになるための、夜の作戦会議が始まったのだった。






「貴族社会で生き残るには財力と家格もそうですが、とにもかくにも人脈、ひいては社交ですわ。あなたの存在が忘れ去られている今は、かえって絶好の機会ですわね。美しく、艶やかに、強烈に、彼らの視線をさらいましょう」

「リシェラは十分きれいで可愛いからさ、似合うドレスを着て、笑ってくれたらそれでもうノックアウトされると思うなあ」


 しみじみいったら、なぜかリグリラにあきれた目で見られた。


「ずいぶん軽く言いますのね」

「ええ、嘘じゃないだろう? リグリラがみんなを圧倒するような華やか美人だとしたら、リシェラはしっとりと魅入られるような艶やか美少女じゃないか」

「あの、そのありがとうございます……」


 かあっと顔を赤らめたリシェラにお礼を言われて、首を傾げる私である。


 リグリラが、すごい美人なのは周知の事実だし、リシェラは小柄で幼く見えるかもしれないけど、顔立ちは整っているし、外見年齢はお化粧や衣服でどうにでもなるだろう?


 まあ、今のままでも十分かわいいけどさ。


「今のあなたが女性体でよかったと思いますわ」


 耳をちょっと赤らめたリグリラには、ため息までつかれてしまった。


 なーんーでー?


「まあともかく、無理に笑顔は浮かべなくてもよろしいですけど、表情は動かせるようにしときなさいまし」

「はい、リリィ様」

「あとは、どこでしかけるかですわね。できるだけ大勢が集まる場所がよろしいですわ」


 指をあごに当てて考え込むリグリラに、リシェラが言った。


「それでしたら、3日後に離宮で夜会が開かれます。人工魔石の功績をたたえるためのものですから、我が父と魔術師も出席するそうです」


 思ってもみない申し出に、私とリグリラが驚いていると、リシェラが眼差しに力を籠める。


「わたくしの権限でお二人をお招きいたします」

「その夜会についてはわたくしも人づてで聞いていましたわ。すでに招待状が配られていて、新参者のわたくし達が入る余地がなかったので、見送っておりましたけど」

「ありがたいけど、いいのかい」

「はい。わたくしの婚約披露をかねているそうですから、少しくらいのわがままなら聞いてくださるはずです」


 お二人は有名人でもありますし、と言い添えたリシェラは完全に他人事のようだった。

 だけど絶好の機会に、リグリラは挑戦的な表情になる。


「ならちょうど良いですわ。ついでにその夜会で婚約相手を籠絡いたしましょう。ドレスはわたくしに任せなさいまし」


 その言葉に私は一瞬思考が止まった。


「え、リグリラ、あと3日だよ!?」


 ドレスってやつは、貴族のものになるとデザイン画を引いて布地を選んで仮縫いしてって、最低でもひと月はかかるものだ。

 今からじゃとてもじゃないけど間に合うものではない。

 リシェラですら驚きをあらわに言いつのっていた。


「大丈夫です。仕立屋からドレスが送られてきていますから。婚約のためだったというのは、手紙をいただいてから知りましたけれど」

「いいえ、わたくしが関わったのなら半端な仕事はいたしませんわよ。その夜会で、あなたが一番輝く戦装束(コーディネート)に仕上げます。どう立ち振る舞えばよいのかも、徹底的に仕込みますわ」

「ですが……」


 リグリラは呆然とするリシェラの顎をとって、その顔をのぞき込む。


「武器は用意してさし上げます。あとはあなた次第ですわ。己で幸せをつかみ捕りなさいまし」


 力強く美しく笑みをうかべるリグリラは、何よりも誰よりもかっこよくて。


「っはい」


 リシェラは頬を紅潮させて、力強く返事をした。


 女ったらしはリグリラのほうなんじゃないかなあと、ちょっぴり思いつつ。


 私はティーワゴンからカップを一つ拝借して、紅茶を温めて注いであげたのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ