第15話 ドラゴンさんはぼっち令嬢を気にかける
「と、いうかさ。リシェラ、今日のお茶会に来た人たちとも全く話していなかったよね」
日中のお茶会での、リシェラの影の薄さっぷりを思い出し、私は困惑する。
今日は苦肉の策として、同年代の女の子と一緒なら楽しいんじゃないかなと思ったのだが、完全に的外れだった。
絶妙なタイミングで、お茶やお菓子の補充をてきぱきとメイドに頼み、招待客に一切の過不足を感じさせなかったのは立派にホストの役目を果たしていたといえなくもない。
だが、本来ならおしゃべりして楽しむ場なのに、話しかけないどころか話しかけられることもなく忘れ去られるのは、少々悲しすぎやしないだろうか。
「ああ、それは長年領地で引きこもっていたことが理由のようですわ。なんでも幼い頃から長く患っていたらしく、王宮へあがったのもごく最近。誰も彼女と交流がなかったらしいんですの」
「それ、誰から聞いたんだい……」
「今日いらした令嬢達からですわ。みなさん、アヴァール伯爵家とのつながりが欲しかったようですけど、彼女の様相と他の参加者と牽制しあい過ぎて攻められなかったようですわね」
「攻めるって、本当に戦いなんだね」
お茶会なのに空気がぴりぴりしていたのは感じていたけど、彼女たちの笑顔に隠された熾烈さは、私の理解の外にあるようだ。
「その点からいえば、アヴァール嬢の対応はある意味理にかなっておりますわ。今はどの家の令嬢と懇意にしても政争に巻き込まれますから、わけへだてなく接し、隙を見せないように感情を表に出さないのは、処世術ともいえましてよ」
そうか、微笑みの裏に全部を隠して守るのがお茶会に居たご令嬢たちなら、リシェラはその逆。
なにが好きで、なにが嫌いかを悟られないように無表情でいることが、自分を守るすべなのかもしれない。
「ま、そんなつまらない生き方は、なにが楽しいのかと思いますけど」
「リグリラは気に入らないことは全部ぶっ飛ばすもんねえ」
「そのとおり。わたくしを阻むほうが悪いのですわ」
ふふんとすましてみせたリグリラに笑い返して、私は魔核に目を落とす。
そうか、あの子もひとりぼっちなのか。
「ラーワ、なにを考えておりますの?」
「え、いや、その」
ぎくりとした私に、リグリラはあきれたように肩をすくめた。
「だいたいは想像つきますわ。あなた、またいらぬお節介を焼こうとしていますわね?」
うわあ、完全にばれている。
揶揄するようなリグリラに、私は決まり悪く頬をかきながら言った。
「ちょっとは力になれたらいいなって思っただけだよ。魔核がこんなに集まったのは彼女のおかげでもあるんだし」
「本音は?」
「……誰もいないのは、寂しいなって」
お母さんであるアヴァール夫人とはあまり仲良くない、というかほぼ他人みたいだし、ほとんど帰ってこないアヴァール伯爵は、それ以上に縁遠いだろう。
あんまり表情が読めないリシェラだけれども、ほんのちょっぴり知れたことはある。
人がそばにいるのは、嫌いではないようであったり。
屋敷で働く使用人さん達のことを、丁寧に気にかけていたり。
だけど、気にかけていることを表に出さなかったり。
そんな彼女が、なんで見ず知らずの私を引き留めたのか、すごく気になるのだ。
すると、リグリラはデザイン画を描いていた手を止めると、改まった様子で私に向き直った。
「ラーワ、一応言っておきますけど。人族の、それも貴族階級を取り巻く環境は独特ですわ。あなたが情けをかけたとして、それが彼女にとっての幸福につながるとは限りませんわよ。貴族社会は甘さを見せた瞬間敵に蹴落とされる、そういう場所ですの」
リグリラの厳しい言葉に、私は少しひるんだ。
元人間の私でも理解しづらいけど、カイルとベルガが苦労していたのを何となく感じていたから、権力者の政争ってやつがすごく面倒なのはなんとなくわかる。
こうして数日、リシェラの生活を眺めているだけでも、今まで見ていた人の生活とは全く違うものなのだと実感できた。
あんまり口を出さずに、リシェラを利用するくらいの心構えでいたほうがいいのかもしれない。
でもさ、それってさ。
「私たちらしくないんじゃない?」
「わたくしたちらしい?」
私は自分の椅子から立ち上がると、きょとんとするリグリラの前まで歩いていって、彼女の紫の瞳をのぞき込んだ。
「だって、私たち、人あらざるものだよ。どうして人族の慣習にはばまれなきゃいけないんだい? 私は彼女が孤立しているのが見過ごせない。彼女の本音を聞いてみたい。そう思ったんだから、私たち流に幸せになれるように、ぜーんぶ、変えちゃってもいいじゃないか」
あ、もちろん彼女がうんっていったらだけど。
というか、まだ彼女になにも聞いてないし、本当に私たちの味方かもわかんないんだよね。
うわあ、ずいぶん仮定というか先走った話をしているなあと、ちょっと決まり悪くなっていると、目の前のリグリラはあきれた顔をしていた。
「まったく、あなたは時折わたくしより大胆なことを言いますわね。貴族慣習をぶち破るなんて」
「い、いや、そこまでは言ってないよ!?」
そう聞こえるかもしれないけど!
ちょっと狼狽えていると、リグリラはおかしそうに笑った。
「わかってますわ。まあ、わたくしはああいう煮え切らない娘は嫌いですけど。あの娘の真意が読めないのは気になりますから、あなたが探って下さるのならよいのではなくて?」
これは、許可が下りたってことでいいのかな。
辛辣ではっきりした物言いはリグリラらしかったけど、意外と表情はやわらかかった。
リグリラはくすくす笑いつつ、考えをめぐらせるようにあごに指を添えた。
「一番は、彼女と対話することでしょうけど。ファッションについて水を向けてもさほど興味がなさそうですし……。話題としては、近々彼女が婚約するという噂くらいかしら」
「え、彼女、結婚するの! というかいつ聞いたんだい?」
「むしろあなたが知らなかったことの方が驚きですけど。今日のお茶会に出席していたみなさまからですわ。多少話は持つでしょう」
うわあ、13、4歳なのにもう結婚するのかあ。早いなあ。
しみじみと感心していると、リグリラがちょっと妙な顔になっていた。
「あなた、少々勘違いしておりません? あの娘、すでに17ですわよ。十分適齢期ですわ」
なんですと? と、驚いた私だったが、納得できる部分もあった。
地球でいう中学生の割にはずいぶんしっかりしていたなあとか、物腰が落ち着いているなあと思っていたが、高校生ぐらいといわれればしっくりくる。
いや、それでも早いような気はするけどね?
全体的に華奢な体つきはもしかしたら小さいころに病弱だったからなのかなと思うとちょっとやるせないし、彼女が大人びすぎていることには変わらない。
とりあえず、婚約話については最後の手段に取っておこう。
決意していると、デザイン画を再開していたリグリラが話柄を変えてきた。
「ところで、魔核の収集のほうはいかがですの」
「うーんと。今のところ、見つかっているのは十数人くらいだ。同じ魔族の魔核はくっつけて、私が持ってある程度回復したらどこかのレイラインに流そうと思ってる」
魔力の流れに戻せば、魔核は傷を癒しながら魔力を蓄えて、いつかは魔族として目覚めるだろう。
だけど、それが果たされるまでには少なくとも数十年、下手すると百年以上かかる。
一時的にせよ魔族が減る、その空白期間は重い。
「何か気になることでもおあり?」
それに、と私は手元にある魔核を見つめて悩みこんでいると、リグリラに気付かれてしまったので、重い口を開く。
「なんか、偏ってるような気がしてさ。魔核の分布? みたいなのが」
視線で先を促されたので、覚えているだけ、ちょいちょいと魔核を動かしてみせた。
「こっちがお茶会の参加者や、上流階級の貴族から回収した魔核なんだけど、ほとんどが同じ魔族のものみたいなんだ」
今テーブルに並べてあるのは、以前リグリラを訪ねてきた人から回収した魔核と、今日のお茶会で回収した魔核だ。
それを、同じ気配がするもの同士でまとめてみたのだが、小さすぎて気配の判別つかないものをのぞいて、綺麗に分かれてしまっている。
「しかも、どうやらアヴァール夫人の石から回収した魔核と同じらしいんだよね」
もちろん、別の魔族らしきものも混ざっているし、出回っている人工魔石は魔核一つで沢山作れるようだから、たぶん偶然だとは思う。
だが、お茶会で回収したのが全部同じ、でちょっとびっくりしたのだ。
「それに、まだ大きい石は残ってるんだよなあ……」
「お茶会の余興で持ち出すのは、格として多少劣るものでしょうから。大粒なものはそれこそ、大規模な夜会でないと表には出さないでしょうね」
「なかなかアヴァール伯爵も、開発者の魔術師についても全然行方が分からないしなあ」
私は回収した魔核を亜空間に片づけて、まっさらになったテーブルに突っ伏した。
ここまでそれなりに順調だったとはいえ、タイムリミットであるアールの春休み終了は刻一刻と迫っている。
というか、春休みが終わっちゃ意味がないのだ。そうするとわりと時間がない。
「時間をかけられないとなると、使える手は限られてきますわね。アールに手芸を教える約束もしていますし、どうにかしたいところですわ」
「たとえば?」
「王宮に出仕している伯爵あたりを籠絡して、王宮へ手引きさせるなどいかが」
さらっと言ったリグリラに、私は血相を変えた。
「その伯爵ってつまり男性だろう? だめだよリグリラ」
「でも楽ですわよ。というか魔術師を見つけてことを納めるだけでしたら、それですみますもの。不覚をとった愚かな魔族を助け出したい、というあなたの願いがなければ」
「そ、それはそうだと思うけど、それでもだめ! 君にそんなことさせたら仙さんに顔向けできないよ」
できない事は言わないリグリラのことだから確実にできるのだろうけど、仙次郎がどう感じるかは目に見えている。
リグリラはそういう所意外と無頓着だから、仙次郎が居ない以上、止めるのは私の役目だ。
私が使命感にかられていれば、わかっているのかいないのか、リグリラはむうと頬を膨らませた。
「ならラーワは他に案がありますの?」
あるかないかと言われたら、全くない。
これはもう、私がお城に特攻するしかないか……?
そんなふうに思い詰めていると、部屋の扉がノックされた。
瞬時にリグリラが作っていた細工物を亜空間にしまい、触手が金砂の巻き髪に戻っていく。
常識的な分量の刺繍だけ残したリグリラが、きれいに髪を結い直すまで約5秒。
普通の人間に見えるのを確認した私は、外の人に声をかけた。
「どうぞ」
反射的に立ち上がりかけたけど、自分で開けに行っちゃいけないというのは、リグリラにめちゃくちゃ言われていたので我慢である。
すぐに入ってきたのは、リシェラ付のメイドさんだった。
「フィグーラ様、お嬢様がお呼びでございます」
「え、リシェラ……様が? 私だけかい」
「はい」
戸惑った私が思わずリグリラを見れば、リグリラは思念話で応じてきた。
《絶好のタイミングですわ。さっさと聞き出してきなさいまし》
そうなんだけどさ、私も心の準備ってものがあるんだよ。
でもこんな願ってもないチャンスを逃すことはない。
「わかった、今いくよ」
ひそかに決意した私は、そのメイドさんについて部屋を出たのだった。