第14話 ドラゴンさんは魔族様無双に助けられる
アヴァール伯爵邸のサンルームで、私は人工魔石のはまったブローチをそっと両手に包み込んだ。
魔力を込めれば、冴えた燐光が波紋のように広がり、一帯に柔らかな光が揺らめいた。
私とブローチを囲んでいたご婦人達から、ほうと、ため息が漏れる。
彼女らが見入っている間に、私は抽出した砂粒のような小さな魔核を手のひらに握り込んで、代わりに別の魔力を満たして、持ち主であるご令嬢に返した。
「これは水と相性が良さそうですね。身につけていれば水難から守ってくれるかもしれません」
「ありがとうございます、黒光の君!」
その呼び方に私は若干顔をひきつらせたのだけど、ブローチを受け取った令嬢は表情をきらきらさせながらお礼を言うと、同じ卓に座っていたリグリラを振り返った。
「リリィ様、このブローチが栄えるお衣装を教えてくださいませ!」
「ええ、かまいませんわよ。そうですわね、ついでにブローチの効果的な使い方も知りたくありません?」
「是非!」
「私も聞きたいですわ!」
ご令嬢たちがリグリラを囲んで話に花を咲かせるのを横目にみつつ、私は手にある魔核のかけらをすばやく亜空間にしまい込み、隣で静かに座るお嬢さん、リシェラのほうを向いた。
「リシェラ様、楽しまれていますか」
「はい」
その割には表情乏しく、それきり会話はとぎれてしまった私は早くも心が折れそうだ。
私たちがいるのは、アヴァール伯爵家で開催されているお茶会だ。
い、いちおう彼女はこのお茶会のホストなんだけど、同年代っぽいご令嬢がたの会話に加わるそぶりもなくただ終始黙り込んで座っている。
時折ティーカップに口を付けることにほっとするほどの静かさというか、気配の薄さに、招かれたご婦人たちはきっと彼女の存在をほとんど忘れているんじゃないかな。
と、言うか、きっと彼女たちの目当てはリグリラだろうし。
今回の役目を終えた私はテーブル上のお菓子をやけくそ気味にぱくつきつつ、黙りこくるリシェラをどうしたもんかと途方に暮れたのだった。
リシェラからの手紙が来た翌日に、アヴァール伯爵家を尋ねていった私たちは、アヴァール伯爵夫人とリシェラ自身に迎えられた。
最大の後援者であるアヴァール伯爵に会えれば話は早かったのだけど、残念ながら不在だった。
「ま、伯爵は外に愛人がいて本宅には月に一度も帰らないらしいですから、期待はしておりませんでしたわ」
いやリグリラ、その情報一体どこで仕入れたんだい。
とりあえず今日も何となく微妙なアヴァール夫人と、リシェラとお茶を囲むことになったのだけど。
「ようこそいらっしゃいました。娘から聞いた時は驚きましたけど、バロウの流行やファッションについて話し足りないと思っておりましたの。ぜひゆっくりしていってくださいな。まあリシェラは陰気すぎて困り物なのですけど、ほかの方の前で恥をかくよりはましでしょうし。ああそう……」
と、いう感じで、アヴァール夫人がさんざんまくし立てていたから、私やリグリラですら口を挟む余地もなく、お茶の時間は過ぎていった。
リシェラは、母親のはずのアヴァール夫人にけなされても口答えせず、静かに相づちを打つだけで、何かあると思ったのは考え過ぎだったか、と思ったほどだ。
だけど、うんざりしたリグリラがほかの約束があるからと辞去を申し出て帰る間際のことだった。
屋敷から出た私たちをリシェラは一人で見送りについてきたのだ。
や、私ははじめその意味が分からなかったのだけど、リグリラがあとで教えてくれたところによると、招いた側が外まで見送りに出てくるのはとても珍しく、あなたと別れるのが残念だと言う意味になるのだそうだ。
「どうかしましたか?」
「……また、いらしてください」
愁いを帯びたはかなげな表情から感情は読めなかったけど、その声音の真摯さは何となく本気のような気がして、ますます混乱する。
このお嬢さんは一体なにがしたいんだろう?
とっさにどう返そうか悩んでいるうちに、リグリラが助け船を出してくれた。
「それならば、今度はわたくしたちの滞在するホテルへいらしてくださいな。ここは少し騒がしいですし」
明らかにアヴァール夫人のことを指しているリグリラの言葉にちょっとひやっとしたけど、リシェラはこっくりとうなずいたのだった。
ほかに約束がある、というのは嘘ではなく、リグリラは来た手紙を吟味して、時間の許す限り招待に応じて顔を広げていった。
昼食会、お茶会、晩餐、その他諸々を上手に組み合わせて水を得た魚のようにヘザットの上流社交界を泳ぎ回り、三日後にはホテルの貴賓室で彼女たちを招いて、お茶会まで催すなじみっぷりだ。
「リリィ様、私の家では早咲きのバラが咲いておりますの!ぜひ一度いらしてください」
「ずるいですわ! 私の衣装相談に乗っていただくのが先ですの」
「リリィ様ぁこちらをむいてくださいまし!」
「みなさま、順繰りにはなしてくださいな?」
「「「はあーい!」」」
ご令嬢方からの慕われ具合がハンパなくて、若干怖くなるけど。
とにもかくにもリグリラの信者さん(もはやそういうほかない)が先を争うように話してくれるおかげで、人工魔石のありかが続々と判明して楽なことこのうえない。
しかもそんなお茶会の招待状には必ず私もどうぞと書かれていて、決まって人工魔石の鑑定を頼まれるのだ。
どうやらアヴァール伯爵夫人にやったあのパフォーマンスが広まって、是非一度見てみたいという人たちが招待してくれるらしい。
「それだけじゃありませんわよ。あなたが本当に人工魔石を見破れるか試して、つるし上げたかったのですわ」
夕食が終わって自室に引き上げ、作戦会議の途中。
リグリラが言うのに、集めた魔核を並べてみていた私は顔を上げた。
「あ、やっぱり? 道理で魔石じゃないものも混じっていると思った」
「まあ、人工魔石と称して、ただの玻璃や水晶をそれらしく見せた偽物が出回っているようですから、娯楽ついでに鑑定してほしかった方もいるでしょうけど。それにしても先日、自信満々に持ってきた天然の魔石をあなたが偽物と断じたときの貴族たちの反応は見物でしたわね」
「趣味悪いよ、リグリラ」
くすくすと笑うリグリラに、ちょっと呆れて軽く睨めば、すました顔をされた。
「あら、そうかしら? あなたがやってらっしゃる技巧のすさまじさすら見破れないのに、魔術師を名乗るからいけないのですわ。それならはじめから偽らなければよろしいのに。とうとう黒光の君なんて通称まで付きましたわね」
リグリラの揶揄の視線に、私はうっとなった。
いや、ね。本物の魔石だったときに害のない光をぴかぴかさせてたら、私の黒髪と合わせてそんなあだ名がつけられちゃったのだ。
「神秘的な黒髪をもった清楚な美女は、奇跡の手を持ち、彼女に触れられた魔石は、より美しく輝き、さらには幸福をもたらす。まさに天は彼女に二物与えたもうた。でしたかしら?」
「や、ただ抜き出すだけじゃ、私が壊したってことになって動きづらくなるから、私の魔力をいれてるだけで……それにリグリラだって金襴の君って呼ばれてるじゃないか」
リグリラはその華やかな容姿とデザイナーとしての顔からそう呼ばれていた。
事実、リグリラの助言通りにしたご令嬢は効果があったらしく、お礼や依頼の手紙がひっきりなしに来ている。
「服飾だけじゃなくて、自分をかわいく見せる所作とか男性の心理とか話しているときはびっくりしたけど、案外喜ばれるものなんだねえ」
「彼女たちは社交場を戦場に、ドレスを鎧に、言葉を武器として戦っていますのよ。そのための武器は喉から手が出るほどほしいものですわ」
優雅に見えたけど貴族のご令嬢も大変なんだなあ。
「わたくしは彼女たちが求めているものを提供して差し上げていますし、そのように動いていますから注目されるのは当然ですけど。あなたは予想外の行動で妙な利益を生み出してしまうんですもの。わたくしの努力はいったい何なのだろうと思ってしまいますわ」
「えと、その、ごめん?」
「かまいませんわ。ラーワですもの」
それって理由になってるのかなあ。
とりあえず、くすくすと笑うリグリラは上機嫌で、ほどいた金砂の髪から伸びる複数の触手を駆使して針と糸を使っていた。
日中は男女問わずひっきりなしにお客さんが来るし、夜は夜でパーティに誘われているから、必然、手仕事は午前中やこうしてお茶会や晩餐会から帰ってきた合間の時間でやることになる。
デザイン画や小物類だけみたいだけだけど、基本睡眠がいらない魔族でもちょっぴり心配にはなる。
「大丈夫かい?」
「問題ありませんわ。仕立ては受けておりませんし、これくらいでしたら片手間で終わりますの」
その言葉通り、私が見ている間も、どんどん刺繍のハンカチやらレースのリボンやらコサージュやら手袋やらができあがる。
早回しみたいで、いつまで見ても飽きないなあ。
「でもさ、やっぱりリシェラさんがわからないや。全然話をしないのに、こうしてお屋敷に泊めてくれるなんてさ」
私がはあとため息をつけば、亜空間から新たな布を取り出したリグリラも肩をすくめた。
「わたくしもこればかりは何ともいえませんわ。ただホテルでは手狭でしたし、アヴァール伯爵令嬢の後ろ盾を存分に利用できて物事がスムーズに運びましたけど」
そう、今私たちが居るのは、すでにホテルではなく。
アヴァール伯爵邸の客室だったりするのだった。
リシェラは、私たちがアヴァール邸を訪問したその翌日にはホテルへ訪ねてきた。
そうしてだいたい常識的な滞在時間といわれる約20分黙りこくった末、終わるぎりぎりで伯爵邸へ滞在しませんか、と提案してきたのだった。
このあたりの貴族の常識は分からないんだけど、遠方のお客さんを家に泊めるのは、その人の身柄について自分が面倒を見て責任を取るということらしい。
そのせいかこの家でお茶会をしたいとリグリラが持ちかけたら、リシェラは無言で手配を許可してくれて、今日は彼女も片隅に参加していたんだけど……。
「そうなんだけどさあ。お茶会に出ても、ご飯を一緒に食べても、あまりしゃべらないし。いや、それは構わないし、誘えば付き合ってくれるからきっと嫌ではないのだろうけど。なんでこんなに受け入れてくれるんだろう?」
彼女と出会ってから数日たった今でも答えのでない疑問に、私は腕を組んで考え込んだ。
私だって漫然と時を過ごしていたわけではない。
とりあえず、受け入れてくれたからには、何かあるのは確定だから、まずは仲良くなってみようと思ったのだ。
そのために、まずできるだけご飯は一緒に食べる様にしてみたのだが、つい私達がばかりがしゃべってしまって、話を向けてもうなずくか、話しても二言三言。
貴族令嬢のスタンダードな遊び?らしい、お散歩とか行ってみても、終始無言で過ぎていく。
一応、誘えばついてきてくれるから、嫌ではないのだと思い……たい。
なんというか、今までで出会ったことないタイプのお嬢さんで、最近まともになってきた私のコミュ力でも全く歯が立たないのだ。
というか、会話が続かない! 通じない!
たぶん、屋敷に泊めてくれるんだから悪感情はないのだろうけど、彼女の真意が読めなくて途方に暮れていたのだった。





