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第13話 精霊は、出会う


 ネクターたちが今拠点としているのは、ハンター向けの長期滞在宿だった。


 シノン夫人は自分が首都にいる間も屋敷を使ってもいいと申し出てくれていたが、堅苦しい場所は苦手というのと利便性のために、より迷宮に近い場所へ宿を移していた。


 メーリアスに隣接する形である迷宮都市は真新しさと猥雑さがない交ぜになっていたが、それゆえの活気があった。

 だがそこに混じる魔力の流れに、ネクターは違和を感じる。


 人の営みに活性化されているまでは普通だ。


 精霊へとその身を変じたネクターは、より魔力の流れに敏感になっていたが、その感覚が何かがおかしいと訴えていた。

 何か作為を加えられたような、妙に整えられている、ような。


 それ、の正体までは分からないもどかしさを、ネクターは深く息を付くことで押さえた。


 レイラインを操るすべを身につけたとはいえ、ラーワにはまだ及ばない。

 当然のことであるし、その未熟さを嘆くよりは、より深く研究し、熟達することに専念するべきだ。


 今できない事ならば、別のアプローチを考える。それがネクターの長年培ってきた思考法だった。

 まずは、この地の迷宮から発掘された魔導資料を探してみよう。

 この迷宮に使われている魔術が解明できれば、迷宮を攻略するヒントになる確率は高い。

 ついでに、己がとても楽しい。

 

 やらなければいけないことの中に、自分が楽しめる所を見つけるのも、大事なことだと思っているネクターだった。 

 

 いつもカイルに止められてしまっていたが、いない今であれば、存分に探し回ることが可能だ。

 ガラクタとして投げ売りされている発掘品でも、呪文字や魔力の通し方で魔道具として機能するものがあったりする。


 そのような掘り出し物探しはネクターの好むところでもあったし、できれば守護者に使われている術式も、じっくりと検分したいものだ。

 よさそうなものがあれば、いくつか購入して持ち帰ってもいいかもしれない。


 この機会を逃すことはない。


 わくわくと、魔術関連の店が並ぶ通りへ足を向けようとしたとき。




 ふうわりと、何かが聴えた気がした。




 羽でさわられたような奇妙な感覚だった。

 心地いいような、逆にそわそわするような。


 そこで、漂う魔力の流れが変わっていることに気づく。


 渦を巻くような、魔力はまるで呼びかけられているようで、気が付けば導かれるように追っていた。



 ふらり、ふらりと歩いていけば、次第に聞こえてきたのは、つま弾くような音色だった。


 暖かな温もりを感じさせながらも、どこかもの悲しげな響きに、道行く者の多くが足を止め振り返る。

 ネクターも歩むごとに鮮明に聞こえてくるそれに、吸い寄せられるように歩き。

 

 たどり着いたのは、道の交わる広場だった。


 その一角に人だかりができていて、ネクターが少し近づけば、人の間からその中心にいる人物が垣間見えた。


 ベンチに腰掛け、手に持った弦楽器を響かせていたのは、淡い色の髪をした青年だった。


 外見的な年の頃は、ネクターと変わらないだろう。


 青年がごく自然に、無造作にさえ感じられる指使いで弦をつま弾くたびに、珠玉の音がこぼれ落ちる。

 ネクターは音楽に造詣は深くない。それも、魔術関連に関連する事柄のみで、この数年の流行歌などは言わずもがなだ。


 それでも、どこか物悲しく、哀愁を漂わせる旋律は心を震わせるものがあり、実際、何人かが目元を抑えていた。

 卓越と評することすらおこがましい演奏に、観客はため息一つこぼせぬほど聴き入り、ただ、そのたぐいまれなる音の乱舞を一粒も逃すまいと微動だにしない。


 ネクターはその美しい音もそうだが、その青年から目が離せなかった。

 人に囲まれていているというのに、なぜか紛れず際だって見える。


 特別な役者や、演奏者は人の目を集めるオーラのようなものを放つことがあるから、はじめはそれかと思ったが、何かが違う。

 あえていうのなら、既視感。


 その理由を考えているうちに、最後の一音が響き演奏が終わった。

 観客からほうとため息が漏れた瞬間、割れんばかりの拍手と共に、大量の硬貨が舞い始めたところで、ネクターはその場を離れた。


 外見の若さにもかかわらず、どこかの王宮に召し上げられていてもおかしくないほどの演奏に関心もしたし、気になるのもそうだがそれだけだ。


 それよりも、魔術街に行きたかったし、自由行動の間に、ラーワとアールへの手みやげになるような物も探したかった。

 ちょうど昼を過ぎた頃でもあるし、それぞれに連絡を試みるのもいいかもしれない。


 離ればなれになっているときは、余程のことがない限り毎日決まった時間に思念話をつなぐのは大事な習慣になっていたが、残念ながらこの地域は思念話が通りにくい。 

 そのため今は精霊に伝言を託してのやり取りになっており、それがひどくもどかしかった。


 それが人族の普通だったというのに、ずいぶん贅沢になったものだ、と自嘲する。


 アールはここ数日、マルカと共に魔術機械研究会へ顔を出しているらしい。

 毎度の弾んだ思念には寂しさのかけらもなく、かえってネクターの方が寂しい。

 ラーワに話せば、きっと気にしすぎだとあきれられてしまうが、手が放れてしまうのはうれしい反面複雑な想いがあるのは仕方がないと思うのだ。


 ラーワのほうは、ヘザットの貴族の間を飛び回っているようだ。

 上流階級に出回っている魔石から魔核を抽出しているという以外は言葉を濁されているが、ともかく順調ではあるらしい。


「リグリラ無双が止まらないよ」と苦笑しつつ、そこに垣間見える信頼関係がネクターは何となくうらやましかった。

 自分ではそうはうまく行かないだろうと思うだけに。


 だが「そっちは任せたよ」と言われたからにはしっかりと役目を果たそうと気合いを入れ直す。


「あーっいたー!」


 弾けるような声音と共に駆ける足音が聞こえた。


「ねえ君、そこの君! 亜麻色の髪の!」


 普通に歩いていたネクターだったが、次いでかけられた言葉が自分に対してのものらしいと思い至って振り返る。


 そこには先のすばらしい演奏を響かせていた青年が、弾けるような笑顔を浮かべて立っていた。

 背に負った布袋は、先ほどの楽器をしまい込んでいるのかもしれない。

 


「何かご用でしょうか」

「さっき僕の演奏を聴いていたでしょ」


 あの観衆の中で見えていたのか、と意外に思ったネクターだったが、青年のまるで思わぬ知己に再会したとでもいうような、親しみのこもった笑顔に困惑した。


 そんな心情すら知らぬげに、青年はネクターと距離をつめるとまじまじとのぞき見る。


「うわあ、やっぱりだ。どんな子がいるか挨拶代わりに弾いていたけど、そんなに本気じゃなかったんだよね。なのに君みたいなのが気づいてくれるなんてすっごい嬉しいよ。それにしても珍しいねえ、今時人里に紛れているなんて」

「すみません。何の話でしょうか」


 ネクターが弾んだ声でまくし立てる青年を遮って聞けば、青年はきょとりと瞳を瞬かせた。


「え、君、僕と同じ精霊だろう?」


 あっけらかんと告げられたその言葉に、今度はネクターが目を見開く番だった。

 そうだ、この感覚は、師である精霊樹の精霊と相対するときと同じ物だった。


 だが、ネクターは師以外で、これほど意志と豊かな感情を持ち合わせる精霊に出会うのは初めてだった。

 ましてや見破られることも。


 少し警戒したのが分かったのか、目の前の青年は慌てたように手を振った。


「もちろん君をどうこうしようってわけじゃないから安心して。僕の仲間以外に自由に出歩く精霊を見たのが本当に久しぶりでさ、うれしくて声をかけただけなんだよ」

「そう、ですか。失礼しました」


 自分と同じ驚きがあったが故の行動だったという言葉に嘘は見えなかった。

 それでも内心の警戒は解かずにいれば、青年はしみじみと言った。


「そっかあ、まだ居るんだなあ君みたいな精霊。もういないかと思った」

「それほど珍しいのですか」

「そりゃあね。そもそも精霊は生まれてから消滅するまで同じだろう? 意思を持つようになる方が珍しい。それに上位精霊になっても生まれた土地から離れたがらないからねえ。や、それが当たり前で、僕や君みたいなのが特殊なんだけど。だからこんな街中で精霊が出会うってのが奇跡みたいなもんなんだよ」


 にこにことうれしそうにする青年だったが、不意に表情を引き締めた。


「ねえ、僕の仲間になってくれない?」

「は……」


 薄青の瞳を丸くするネクターを青年はひたりとみつめる。


「詳しいことはいえないんだけど、ここであったのも何かの縁だしさ。君みたいな強い精霊が味方になってくれたらすごいうれしいなーと思うんだよね」


 唐突な申し出に言葉に返す言葉を詰まらせたネクターだったが、頭の隅に引っかかる物を感じた。


「何の、仲間ですか」

「んーと、世界を守る悪の組織?」


 あくまで朗らかに、笑みさえ浮かべて告げられたが、その言葉に含まれる真摯な想いにネクターは困惑した。

 少し気になるが、今は人工魔石や魔物について追っている真っ最中だ。


「すみません。私にも今やるべきことがありますので」


 ネクターがそう答えれば、青年はあっさりと引き下がった。


「そっかあ。残念だけど、僕は無理強いはしないからさ」


 肩をすくめつつ、一歩二歩と下がった青年はふと思いついたように言った。


「あ、ねえ君はまだこの街にいる?」

「そのつもりですが」

「じゃあ、用事が終わったらなるべく早めに離れたほうがいいよ。できればこの国からも」

「それは……」


 どういう意味かと、問い返そうとした時には青年はすでに身を翻していた。


「じゃあまた会えるといいね、同胞!」


 大きく手を振って雑踏に消えていく青年の背の布袋からは、優美に丸みを描く胴とネックを持った楽器のシルエットが見えた。

 その後姿に、ネクターは一瞬あとを追うか迷ったが、りんとかすかなさざめきと共にカイルから思念話が入った。


《ネクター、今どこにいる》

「街中ですが、どうかしましたか」

《センジローがお手柄だ。もしかしたら、魔物が現れる位置が分かったかもしれん。拠点で待ってるぞ》


 その知らせに、ネクターは後ろ髪を引かれつつも宿屋への道を行き始めたのだった。



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