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第12話 精霊達は迷宮を攻略す



 近年に発見されたという迷宮は、メーリアスのどこからでも視認できるセンドレ山脈の一角にあった。


 山と思っていた内部がほぼすべて迷宮だった上、内部機構のすべてが稼働中、さらに内部の自動修復機能、(トラップ)守護者(ガーディアン)とよばれる、古代魔術機械がほぼ完全な状態で生きていた。


 よく古代遺跡が見つかるヘザットでもこれほど忌まわしくも好条件な事例は希有だという。

 連日のように新たな発見や有力な資材が発掘され、今やヘザット内でも最有力な迷宮(ダンジョン)の一つだった。


 発見からたった数年しかたっていないにもかかわらず、村すらなかったその膝元にはすでに街が形成され、古代遺跡に潜る探索者を支援するギルドはもちろん、古代遺跡から持ち出された魔道具、資材、技術、そして情報を扱う人々が多く暮らしていた。


 それぞれの夢と欲望を抱える探索者達の、悲喜こもごもを飲み込み威容を放つ混沌の城を、破竹のごとき勢いで攻略する者達がいた。









 薄暗い迷宮内の上層階で地に杖をつきたてたネクターは魔力の燐光をまとう。


 一拍、二拍と沈黙していたネクターは不意に薄青の瞳を開いて告げた。


「捕捉しました。右通路からゴーレム型が1体、ガーゴイル型が4体。こちらに気づいている模様。約20秒で接触します」

「あいわかった」

「了解」


 きっかり20秒で現れた守護者(ガーディアン)たちに、ネクターが準備していた捕縛術式が命中する。

 比較的足の遅いゴーレム1体が足止めされた瞬間、ガーゴイル型4体が素早く迫り牙をむいた。


 だが、それ以上に早く仙次郎が駆け抜けてその短槍をふるい、的確に弱点である関節部分を破壊する。

 灰色尻尾が揺らめく後ろでカイルがそのハンマー部分でガーゴイルを壁際まで吹き飛ばしていた。


「カイルっ、資材を集めるんですからもっと優しく倒してください!」

「わかってるが的確に壊すなんてめんどくせえぞ!」

「仙次郎さんはやってますっ」


 やり玉に挙げられた仙次郎は、狼耳を居心地悪そうにひくつかせつつも、もう一体のガーゴイルの胴体と首を切り離すことで沈黙させた。


「わかった、よ!」


 初撃をはずされたガーゴイルが反転してくるのに合わせ、大きなハンマーを回転させたカイルは、魔力を練り上げ古代語を唱える。


流電(エレクトリ)!』


 襲いかかってくるガーゴイルに杖がふれると、強烈な光を一瞬はなつ。

 沈黙して地に転がったガーゴイルに、だがネクターがまなじりをつり上げた。


「内部から破壊なんてもっとだめじゃないですか!」

「一時的にショートさせただけだよ。俺がそのさじ加減間違えるわけないだろうが」

「ネクター殿、ゴーレムが!」


 捕縛術式を抜けたゴーレムの一体が豪腕を振り抜くのをバックステップで回避した仙次郎とカイルと前後するように、ネクターが精霊樹の杖をふるった。


氷結牢(アイスプリズン)


 氷柱に閉じこめられたゴーレムの頭部から光が消え、戦闘は終了した。










 それぞれ戦利品を持って迷宮から出た三人だったが、ネクターの表情は浮かない。


「ああもうラーワが同じ国にいるというのに、なぜこんなところで迷宮探索をしているのでしょうか」

「もちろん魔物の調査のためだよ。今のところこの迷宮が一番有力だからな」

「わかっていますけど、迷宮周辺も内部も迷宮自体の魔力が主張しすぎてレイラインも追えませんし、上層へ進んでも魔物の一匹も出てこないじゃないですか……総出で魔術師の消息を探索した方が早い気がしますよ。それならラーワと合流できますし。ね、仙次郎さんもそう思いません?」

「すまぬ、聞き逃してしもうた。何の話でござろうか」


 つるりとした石組の巨大な入り口を、困惑の表情で眺めていた仙次郎が狼耳を動かして振り返る。


「いいえ、いいんです」


 その表情で全く聞いていなかったことを理解したネクターは、あきらめて首を横に振った。

 鬱々とするネクターにカイルはあきれ顔になる。


「昔はラーワ殿と月単位で会わないことなんてざらだったろ。今の状況だってそう変わらないだろ」

「こう、会いに行ける距離にいてというのは別なんですよ。それに、アールも全く思念話を入れてくれませんし。大丈夫でしょうかアール……」

「おまえ、俺が死ぬ前より悪化してないか」


 たちまちそわそわと落ち着かなくなるネクターにげんなりとしたカイルは、仙次郎に話を向けた。


「にしても、あんたの手馴れ具合には驚いたよ。ネクターの援護射撃の中に平然とつっこめるやつなんて久々に見た」

「そうでござるか? 共に何度か討伐をこなしているゆえ、癖がわかるのもあるのでござるが。ネクター殿のねらいは正確ゆえ、軌道を読み間違いにくくてむしろ助かるのでござる」

「味方に当たるか当たらないかぎりぎりのところを攻めてくるからな、いやがるやつは多かったんだよ」

「そうだったのですか?」


 初耳のことに驚くネクターにカイルが苦笑した。


「おう、敵の攻撃で死ぬよりも、おまえの魔術射撃が当たらないかの方が怖いってのは共通認識だったぜ。その証拠に平然とつっこんでくのは俺とベルガだけだっただろ?」

「ちゃんと誤爆しないよう行動予測はしていたのですが……そういえば、組んだ相手は顔をひきつらせていたような、いなかったような」


 首を傾げて考え込むネクターにかえて、仙次郎が訊ねた。


「カイル殿、ベルガ、というのは」

「ん、ああ俺の妻だよ。昔は魔術師で俺の部下だったこともあるんでな」

「つまり……」

「気にしなくて良い。俺が看取ったからな。今頃は輪廻を巡っているんじゃないか」


 そっとネクターは言った。

「ラーワの話では、早ければ亡くなった次の日には新たに現世で生まれるらしいですから。この世界のどこかにベルの魂を持った人がいるかもしれませんね」

「男か女かわからないってのがアレだが、できるなら会ってみたいとは思うな」


 どこか遠くを見つめていたカイルは、どうして良いかわからないように灰色の尻尾を揺らめかせている仙次郎に顔を戻す。


「そういえばあんたは前世のことを覚えていて、リリィ殿と巡り会ったよな。どんな感じだったんだ」

「どんな、といわれても。正直申して記憶というほど確かなものはござらん。だが、リグリラ殿と合間見えたときはこう、無性に懐かしいような、感動に似た強いものを感じたのは確かでござる」


 仙次郎は、そのときの感覚を思い出すように自分の胸に手をおいた。


「胸が熱くなるような。この女子(おなご)でなければならぬと全身で主張している感覚でござった。ノクト殿と恋仲かと思うていたときはこの世の終わりと思うくらいには絶望しもうしたな。それほど、仲むつまじく見えたゆえ。まことに杞憂で良かったでござる」


 照れたようにはにかむ仙次郎からつたわる想いの深さに、ネクターとカイルは圧倒され、少しの沈黙が流れる。

 気を取り直したネクターは少しの羨望を込めて言った。


「ラーワとリリィさんは私よりもずっと長いつきあいですからね。私の知らないラーワを知っている部分は少しうらやましくあります」

「そうか、魔族だからそういうことになるのか。だが、ドラゴンと魔族はいまいち接点がない気がするが。ネクターはなにか聞いてないのか」

「それは、その……聞いたことはありますが」


 言葉を濁すネクターに代わって、仙次郎が苦笑で応えた。


「リグリラ殿がラーワ殿に一度挑み、だが彼女の得意分野で見事に逃げられて、再戦のために追いかけたのがきっかけだという話でござった」

「リリィ殿は、昔っからああなのか」


 もう言葉もないという風にげんなりとするカイルに、何ともいえない空気が流れたところで、ハンターギルドにたどり着く。

 三人が足を踏み入れると、周囲からどよめきが起こった。


「あの三人、今日も資材を持って帰ってきてるぜ」

「しかもあんな大量に……!」

「偶然近くで回収品を見たやつから聞いたんだが、どれも迷宮内で一番回収が難しい守護者かららしいぜ。しかも全部美品だ」

「どんな腕してんだよ……」


 ギルド内で他の冒険者たちから嫉妬とも畏敬ともつかない言葉の数々がささやかれる中、カイルは、買い取りカウンターへ行く前に、受付員の元へ向かった。


「16階層へいける通路と、14階層で隠し部屋らしきところを見つけたが、情報いるか」


 無造作に言い放たれたその言葉に、受付員はもちろん、耳をそばだてていた冒険者達も驚愕に言葉を失った。


 あの迷宮――山脈の名を取ってセンドレ迷宮は、上層階へ行くごとに防衛機構のトラップの殺傷度が高くなり、解除や回避に高度な技術が必要になる上、徘徊している守護者もけた違いに強くなる。

 故に今まで攻略されていたのは10階層までだった。


 この三人組がくるまでは。


 魔術師一人と前衛二人の彼らは、数日前に探索許可証を取ったとたん、破竹の勢いで迷宮を攻略し、その日のうちに最前線の10階層へ到達した。

 それだけでは終わらず、その翌日には11階層前に待ちかまえていた守護者を3人であっさりと倒し、以降、誰にも追いつけない速度で探索を進めているのだ。


 だというのに、根こそぎ資材を持って行くわけでもなく、妨げになる守護者を倒すだけで(それだけでも一財産になるのだが)、途中で見つけた隠し部屋の処遇はハンターギルドに任せてしまう。


 まるで、迷宮を攻略すること自体が目的のように。


 一攫千金を夢見るハンター達にとっては不可解な彼らは、現れてたった数日にも関わらず、センドレ迷宮に潜るハンター内では知らない者がいないほど有名になっていた。


「いつもありがとうございます! では奥へどうぞ」

「二人はどうする?」


 探索できる者が正義であるため、ほぼ最敬礼で応対する受付職員に、カイルが背後を振り返れば、仙次郎は一歩進み出た。


「それがし、少々確認したいことがござるゆえ、同行いたそう」

「では私は先に戻っています」

「分かった」


 そうして二人と別れたネクターは、ぶらりと街中へ出たのだった。






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