第11話 ドラゴンさんと魔族様の悪だくみ
園遊会から戻った翌朝すぐ、メーリアスに居るネクターたちに向けて思念話を飛ばした。
本当は夜にでも思念話を飛ばしたかったんだけど、シノン夫人とともに晩餐会へ誘われていたのと、レイラインの調子があんまりよくなかったこととも相まって、翌日に持ち越したのだ。
ヘザット国の首都で滞在しているホテルの一室で、リグリラと一緒にさっそく人工魔石の正体について話せば、向こう側で息を飲む気配がした。
《それは、本当か》
「本当ですわよ。わたくしはラーワに言われてから気づきましたけど、ラーワが取り出したかけらは確かに魔核でしたわ」
「魔核はあんまりにも弱っていたからまだ私が持っているけど。人工魔石と言われる物が、魔核を原料にしているのは間違いないよ」
思念の向こうでネクターが考え込む気配がする。
《ですが、それをするにしてもまず魔族から魔核を奪わねばなりませんし、奪ったとしても魔核を利用することなど現行の魔術でできません》
《ならば、古代魔術か?》
カイルの疑問に、私は否定を返せざるを得なかった。
「正直言うとわからない。私の古代魔術の知識は木精のおじいちゃんに教えられた物だけで、その中に魔石の作り方、なんてものはなかったし」
「ましてや魔核を魔石に変換するなんて、わたくしもはじめて見ましたわ」
柳眉をひそめるリグリラを横目に、私は覚悟を込めて宣言した。
「でも、一つわかってることがある。これはやっちゃいけない技術だ」
すると遠慮がちな仙次郎の思念が聞こえた。
《すまぬ。門外漢であるそれがしが言うのは失礼かもしれぬが。リグリラ殿が決闘で魔核を奪い取るのとなにが違うのでござろうか》
「大違いですわ」
答えたのはリグリラだった。
「わたくしたち魔族は、確かに決闘のたびに魔核を取り合いますわ。ですけど、魔族の役割は魔物を狩り、偏った魔力を拡散することですの。ですから、いちおうその存在を奪うことはいたしませんわ。ですけど、あの魔石は魔核を変質させて練り上げていますから、その魔族は己の意思で元に戻ることができませんの」
《つまり、その魔石にされてしまった魔族はもう》
仙次郎のこわばった声音に、私も少し心を沈ませる。
あの透明な魔石に閉じこめられた魔核からは、もう意識が感じられなかった。だから私もリグリラも、間近に近づいてみないと分からなかったのだ。
仙次郎が顔をしかめる気配と入れ違いにカイルの険しい声が聞こえた。
《昨日ハンターギルドをのぞいてみたが、人工魔石については魔術師の間で少し取り引きされているらしい。既にそれなりの数が流通していると見るべきだ》
「……たぶん、だけど。あの気配の限りではほんの少しの魔核があればかなりの量が作れるんだと、思う」
「ですけど、中級クラスが片手に余るくらいの数が餌食になっていると見るべきですわね」
細い指を顎に当てたリグリラの言葉はそのとおりだと思う。
つまり、それだけの魔族が減ってしまっていると言うことだ。
《ラーワ、どうするのですか》
ネクターの問いかけに、私は即答した。
「ぶっつぶすよ。これはやっちゃいけないことだ」
《だが、あなた方がそのパーティで聴き集めた話だけでも、人工魔石の開発がヘザットの中枢に食い込んでいるのは明白だ。止めるのは容易じゃないぞ。一歩間違えればバロウや周辺諸国との政治問題に発展する可能性もある》
カイルの言外の制止の言葉にちょっとひるんだ私だったけど、隣でリグリラがおかしげに笑った。
「あら、わたくしたちはヒトあらざるもの。ましてや要の竜たるラーワが許し難いと判断したものを、たかが人族の政のために放置するなんて、それこそ問題ですわ」
カイルが黙り込んでいる間に、私は、自分の考えていることを言葉にした。
「魔族は世界の摂理の一つだ。それを変質させることは、ドラゴンとして見過ごせない。やめさせて、せめて生きている魔核を見つけて取り戻したい」
「ま、その魔核を奪われた魔族の無能ぶりはあきれるばかりですけど、人族になめられるのはしゃくに障りますわ」
リグリラの言葉にうなずいた私は、すこし緊張しながらも続けた。
「だけどね、魔核を利用したとしても、あれだけの魔石を作るには、大気中から集めるだけじゃとても足りない。確実にレイラインから魔力を引き出しているはずだし、大規模な魔術施設が必要になる」
《ラーワは、こちらの迷宮が怪しいと思っているのですか》
すぐに察してくれたネクターにさすがだと思いつつ肯定を返す。
「うん。聞いてみると、人工魔石がヘザットの貴族に出回ったのと、迷宮が発見された時期ってそんなに離れていないみたいなんだよ。それに人工魔石の開発者のパトロンであるアヴァール伯爵は、メーリアスの近くに領地があるらしいんだ」
ちなみにそれを貴族たちから聞き出したのはリグリラだったが、疑ってもいいくらいには、材料がそろっていると思う。
するとカイルがため息を付く気配がした。
《昨日一日潜ってみたが、たしかにメーリアスにある迷宮はどうもうさん臭い》
「そうなのかい?」
問いかけに応えたのは仙次郎だった。
《魔物が出現するという真偽については確認できてござらんが、迷宮が発見されて以降、周辺で魔物の討伐が急増しているという話も聞き申した》
《迷宮内の魔力の流れもどこか奇妙だ。あなたの推測も的を外れてはいないだろう。このまま調べる》
協力的なカイルの言葉に少しほっとしつつ、じゃあ何で引き止めるようなことを言ったんだ? と思っていると、ネクターが苦笑する気配がした。
《カイルは人ではないあなたに、人が起こした問題の解決をさせてしまうことを懸念していたのですよ》
「いや、それ今更だと思うけど。と、言うかカイル、自分がもう魔族だっての忘れてないかい?」
《言ってから思い出したんだ……》
「あほう、ですわね」
リグリラのとどめに、カイルの穴があったら入りたい感が伝わってきて悪いと思いつつも笑う。
《……とりあえず、だな。俺たちはこのままその迷宮を探索してみる》
「じゃあ、私たちはこのまま人工魔石と開発者の魔術師を追うよ。新しい情報が入ったら連絡したいんだけど」
《すみません、ラーワ。レイラインが不安定で、思念話がつなげられる時間が読めないのです》
「それは私も感じてた。じゃあ精霊に手紙を持たせて定期連絡にしよう」
《ラーワの思念が聞けないのは残念ですが、了解しました》
……最後にちょっと顔が赤らんでしまって、リグリラに呆れたため息をつかれた。
ま、まあとりあえずの方針が決まったけど、一つ、不安が残る。
言い出せないでいると仙次郎がつぶやいた。
《魔核を使われておると言うことは、敵側に魔族を制圧できる者がいる、ということでござるな。相手は魔族を狙うやもしれぬ》
その言葉に含まれた意味に気づいたリグリラがかすかに目を見開いたあと、不機嫌そうにすこし目を細めた。
「あら、わたくしが後れをとるとでも」
《そうは思わぬ。だが、リグリラ殿の魔核が他人の手にふれるかもしれぬと考えるだけで、それがしは気が気ではない》
「ふん、愚問ですわ。わたくしの魔核はわたくしの物。ほかの誰にも侵されはしませんわ」
《そうか、少し、安心しもうした》
傲然と胸を張ったリグリラだったけど、仙次郎の柔らかな思念に少し、戸惑った風だった。
心配される、というのが珍しいからかもしれない。
「カイルも一応気をつけてくれよ。今は君も、魔族だから」
《ああ、気をつけよう》
《ラーワ、無理はしないでくださいね》
「うん、そっちこそ気をつけて」
そうして思念話を切ると、髪を結い上げながら参加していたリグリラが話しかけてきた。
「で、これからの目標はどうしまして?」
「さっきも言ったとおり、流通をやめさせて、人工魔石自体をなくす。できれば、魔石にされてしまった魔核も取り戻したい」
「その背後関係は?」
「全部つぶす」
乱暴に言えば、リグリラは髪を結い上げる手を止めて楽しげに笑った。
「後者はともかく、前者はシンプルで実にわたくし好みですわね。乗って差し上げますわ」
「ありがと。……だけど、手がかりは全然ないんだよなあ。一番の近道は、開発した魔術師に会ってやめさせることだけど、その魔術師がどこにいるかが分からないし」
わかっているのはこの国の偉い人たちが関わっている、ってことだけだ。
正直漠然としすぎていて、どこから手をつけたらいいかわからなかった。
「昔、バロウでやったアレやったらやめてくれるかな?」
数百年前に絶世の美女バージョンでうった一芝居のことを提案してみれば、リグリラに呆れた顔をされた。
「アレは最後の仕上げだからこそ効果があったんですわ。それにもっと簡単で確実な方法がありますわよ」
「なんだい?」
「首謀者に直接話を付ければいいのですわ。接触さえできれば、拷問でも調教でもして聞き出せますし、さすがに魔術師がどこでなにをしているかも知っているでしょう」
「リグリラ、穏便に、穏便に! というか、私のとそんなに変わらないじゃないか」
「人工魔石を作っていると言うだけで穏便な相手ではなくてよ? こちらが配慮してやるぎりはありませんの」
まあ、そうだけど、リグリラは本気でやるから困るのだ。
「でもどうやって接触するのさ。城にでも乗り込む?」
それこそあたりをつけないと、めちゃくちゃ手間がかかるし、何より目立つのはうれしくない。
何かの弾みで私やリグリラの正体がばれてしまったら、今の生活を捨てなければいけなくなるのだ。
だけど、リグリラはまったく心配した風ではなく、むしろ自信ありげに紫の瞳をきらめかせた。
「それに関しては問題ありませんわ、それよりも、出回っている人工魔石についてはどういたしますの? 「取り戻す」と言いますけど、魔核があれほどとけ込んでしまっている中、取り出す方が骨が折れそうですわ」
「たぶん、触れられさえすれば、取り出せると思う。大きい石ほど魔核が残っていると思うから、まずは魔石を扱っているお店を巡ってみて、こっそり忍び込んでためしていこうかなって」
あんまりゆがんでしまっていたら、取り出しても消えてしまうだけかも知れないけど、やらないよりはずっといい。
泥棒みたいで気が引けるけど、許してもらおう。
「ただ、問題は上流階級に流れた宝飾品なんだけど……」
大きい石は魔術師やお貴族さんが持ってそうなんだけど、こればっかりは誰がどれだけ持ってるかなんてわからないからなあ。
「それならついでに何とかなりますわよ。――さて、髪も結いあがったことですし、朝食でも楽しみながら待ちましょう?」
考え込みつつもリグリラに促されるまま朝御飯を食べていると、屋敷のメイドさんがリグリラ宛に何枚もの手紙を持ってきたのだ。
「モートン様、フィグーラ様、お手紙です」
私が眺める中一つを開封してざっと目を通したリグリラはニヤリと笑った。
「あの園遊会に出ていた紳士淑女からのお茶の誘いや観劇、服飾についての相談やドレスの依頼などですわ」
ずらりとテーブルに並べられた封筒に記された名前は、ヘザットの貴族さんや商会の夫人ばかりだった。
立派な封ろうが押された数々の手紙から漂うハイソな雰囲気に、思わずフォークに乗せていたオムレツをお皿に落とす。
「……リグリラ、予想してたのかい?」
「この国の貴族はバロウに対抗意識を持っていると同時にあこがれがありますの。あそこで一番格が上のアヴァール伯爵夫人ですら、バロウ国王妃のドレスを作ったことがあると匂わせたら食いついてましたでしょう? 比較的腰の軽い子爵あたりでしたら十中八九来るとは思っていましたわ」
確かに、シノン夫人が自分の着ているドレスがリグリラお手製のものだと知ったときは、みんなひどくうらやましそうな顔をしていた気がする。
にしても、青年貴族から来るのはリグリラ自身が目当て、なんだろうなあ。
これ、仙さんには言わないでおいた方がいいよね。
「まあ、できれば本命のアヴァール伯爵夫人を釣りたかったのですけど。
王宮に出仕している家もあるようですし、よしといたしますわ。まずはこちらの貴族派閥を把握して、品定めをいたしましょう。ラーワにも手伝っていただきますわよ」
……つまりそれって誰を調教すれば一番効率がいいかってこと?
ていうかあの一度のパーティでどれだけのことを把握しているんだろう。
と、言うか。
「え、私にも手伝えることがあるのかい」
「あのパフォーマンスで一気に名前と顔を覚えられましたのよ。いらっしゃるときはぜひフィグーラ様にも来ていただきたいと、書いてありますわ。怪我の功名でしたわね」
あはは、あのあと結局いろんな人に捕まって、適当な話をでっち上げる羽目になったんだけど。
まさか役に立っていたとは。
「上流階級は横のつながりがとても強固、と言うよりも噂が大好きですの。はやりの話題ですから、人工魔石で作った装飾品なんてつくったら、自分で話してくださいますし、あなたのパフォーマンスを見たいからと自分からさわらせてくれますわ」
うふふと、とても楽しげに笑うリグリラは、めちゃくちゃ妖しい。
妖しいけど同時にとても頼もしかった。
「すごい、すごいよリグリラ!」
「さあ、狩りの時間ですわ。仙次郎達よりも先に、片づけてしまいますわよ」
リグリラの笑みはまさに戦場に赴くときさながらで、生き生き輝いていた。
そうして私も手伝って手紙を開封していったのだけれど、途中でリグリラが手を止めた。
「あら、こちらはラーワ宛ですの?」
リグリラが手に取っていたのは薄い萌葱色の封筒で、身を乗り出して覗いてみれば、確かに私宛を示すラーワ・フィグーラになっている。
そういえば、メイドさんも「モートン様、フィグーラ様」ってどちらにも手紙が来てるよーみたいなこと言っていたなあ。
受け取った私が、何気なく封筒を裏返せば、そこにあった名前に驚いた。
「リシェラ・フォン・アヴァール?」
それは、リグリラが釣りたいといっていた、アヴァール伯爵家のご令嬢からだった。
「大物をつりましたわね」
「いや、でも、全然心当たりがないんだけど!?」
名乗りあっただけで、あのあとも全く会話はしなかったの、リグリラだって知ってるよね?
微妙に悔しそうな顔をするリグリラに言いつつも、いそいそと開封して便せんを開けば、私と仲良くなりたいから、よろしければこの首都にある伯爵家の屋敷に滞在してくださいと書かれていた。
あの派手なアヴァール伯爵夫人に霞んで印象は薄いけれど、それにしてもリシェラは誰と話すわけでもなく、ただ静かにたたずんでいる女の子だった気がする。
他の手紙よりもずっと地味な便せんに綴られた繊細な筆跡は、記憶の中の彼女の雰囲気と重なるのに、言葉もほとんど交わさなかった赤の他人にいきなり申し出るその大胆さに違和感がある。
「何なんだろう……」
「思惑はどうあれ、社交辞令ではありませんわよ。いつでもいらしてください、ではなく、近いうちにいらしてくださいと書かれていますから、相手は確実に本気ですわ」
横からのぞき込んだリグリラはそう断じて、困惑する私に言った。
「アヴァール伯爵家は人工魔石の開発者の最大の後援者ですから、より近づけます。こんなチャンス、逃す訳には参りませんわ。早速返信を書きましてよ。貴族に受けの良い文法は任せてくださいまし」
「ありがと」
戸惑いも、疑問も多々あるけれど、敵陣に飛び込めるのは願ってもないことだ。
私はリグリラに促されるまま、ペンを取ったのだった。