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8 ドラゴンさんと使い魔(仮)の葛藤

 

 カイル達が去ってからも、ネクターは何も変わらないようにふるまおうとしていた。

 朝晩の現代語授業も変わらない。カイル達が分けてくれた食料で毎日の料理もちょっぴり豪華で健康的になった。


 それでも、ネクターがぼんやりと物思いに沈むことが多くなったし、夜にこっそりと馬車を抜け出して、光精の小さな明かりを頼りに何かの魔術式をのめりこむように書き連ねて研究していたりする。

 彼らが来る前もネクターがそれをしていることを知っていたが、より熱心さが増していた。


「私に、杖があれば―――」


 時折現代語で悔しげに呟きながら何かをこらえるように唇をかみしめ、またペン代わりの枝を動かすことを夜明け近くまで続ける。

 その鬼気迫る様子には話しかけることもためらわれ以前と同じように眠る振りをして見守っていたが、それが一週間も続けばネクターの目の下には立派なクマが飼われ、肉体的にも精彩を欠くようになっていた。


 さすがにやめさせようと覚悟したはいいもののどう切り出せばいいかわからず、結局単刀直入に言った。


『なあ、ネクター。私と違って君は弱い人間なんだ。夜はしっかりと眠って休息をとったほうがいい。

 私はこのあたりだったらほとんど見聞きしてしまえるから知られずに研究というのは無理だけど、内容を知られたくないのなら私でも覗けない透視盗聴防止の結界を張るから、日が昇っている間にやればいい』


 ネクターは目を見張っていたが、観念したかのように苦笑いを浮かべた。


『やはり、知られていましたか。申し訳ありません。

 夜に個人的な研究をするのが習い性となっていまして、深い意味はないのです。

 みせられないような研究ではありませんし、一応の完成を見ましたから、術式の研究はおしまいです。ご心配をおかけしました』

『なら、今日の夜はきちんと眠ると約束してくれるかい?』


 ごまかすような雰囲気に私は念押しすると、わずかに浮かんでいた笑みも消えてうつむいた。


『……眠ろうとすると、カイル達のことが頭に浮かぶんです。

 私がこうして安全な場所に居る間も彼らは魔術師として、魔物討伐の最前線に立っている事でしょう。それなのに一時期は共に働いたこともある人間が、私が引き起こしたともいえる災害のただ中に居るのにのうのうと何をしているのだろう、と』

『助けに、行きたいのかい?』


 膝を抱えて座るネクターは意外にも首を横に振った。


『いいえ。私にそんな資格ありませんし、何より当のカイルに断られましたから』





 しばらくの沈黙の後。ネクターはぽつりと言った。


『私、ずっと何もかも捨ててしまえたらとおもっていたんです』


 唐突な話し方だったが、私は黙って耳を澄ませた。


『私がいた国では、魔術師になろうとするほとんどは食うに困った農民や平民です。適性さえあれば、使い捨てられる兵士よりもずっと好待遇を望める。それが唯一底辺から抜け出せる方法だったんです。

 私も、食べていくためにそれを望んだひとりでした。


 数年に一度、各地で開催される魔術適性審査で適格と判断されて集められた子供たちは、説明の意味も分からないうちに国との隷属契約を結ばされました。

 私は訓練所を卒業後魔術兵として軍に組み込まれましたが、魔獣魔物の討伐より戦に出ることのほうが多かった。おりしも隣国との戦争がはじまり、何度も戦場に出て人を殺しました。十代のほとんどを戦場で過ごしたくらいです。その後も、命令されるのは内乱の鎮圧ばかり。そこにいたのは、無力な一般人や、国の体制に疑問を持った反乱軍の人々だったでしょう。


 嫌気がさして研究職に回っても戦争のための戦略魔術式の開発ばかりを命じられ、直接見えなくなっただけで名も知らぬ人々を殺すことに変わりはありませんでした。

 ですが国に疑問を持とうと、明らかに事態を悪化させる行動だろうと呪いに縛られ、逆らうことができない。せめて平和利用をと研究していた地力安定向上魔術も多くの被害をもたらして、もう、私がいないほうがいいじゃないかと笑いました。


 罪人として拘束され、処刑されると決まった時はほっとしたんです。これで、もう、命令に従わなくていい。誰も殺さなくて済む。なのに』


 口元は自嘲の笑みを浮かべながら、ネクターは泣いていた。

 嗚咽をあげるでもなく、ただ静かに涙をこぼした。


『あなたと出会えた幸運で国から自由になりましたが、カイルにもう関係ないことだからかかわるなと、拒絶されてはじめて気づきました。すべてを捨てるというのは、苦楽を共にした友人も捨てることだと。しかも、私は隷属の契約から逃れて安穏としていられる。

 カイルも仲間も何も言いませんでしたが、無神経もいいところです。拒絶されても仕方ありませんね』


 友を粗末に扱ってしまったと後悔の涙を流すネクターを慰められるような、気の利いた言葉を私は知らない。

 でも、カイルがただ感情のままにネクターを拒絶したわけじゃないこと位はわかる。

 私は頭をフル回転させて、どうしたら伝わるか考えた。


『彼は君を嫌ったわけではない、と、思うよ』


 涙をぬぐっていたネクターは不思議そうに顔をあげた。


『……?』

『彼はとても勘が良いようだった。私の話を聞いて気付いたと思うよ。

 レイラインは穴をあけるよりもふさぐことのほうが難しい。ネクターですらすぐ魔術式を開発できないものを彼(いわ)くクソどもがそうやすやすとできるわけがないって』


 顔に疑問符を浮かべるネクターにさらに続ける。


『魔物に共闘や統制という言葉はない。だから一度にということはないだろうが、魔力の過剰供給が続く限り魔物は生まれ続け、多くが人里に流れ込もうとするだろう。

 対する彼らの国は、生活区域を守るために魔術師や兵士を投入する。人の中では一騎当千の魔術師である彼らは契約によって縛られ、前線に出続ける。だが戦える人間に限りがあるのだから遠からず限界が来る。魔物の討伐は長期化し、彼らの中には多くの死者が出るだろう』

『それくらいわかっています!! ならば少しでも生き残るために戦力が必要でしょう!?

 それなのに彼は来るなといったんです!!』


 悲鳴のような叫びに対し、私は努めて冷静に言った。


『話はここからだよ。彼も待つのは全滅だとわかっていたはず。なのにあの時の彼は死を覚悟はしていたが、生を諦めている人間の表情ではなかったように見えた。

 私に出会った人間はたいてい死を覚悟しているから、そういうときの絶望とあきらめの表情は良く知っている。

 でも彼は違う。あれは何かしらの希望を持っている顔だった。だから、私は発想を変えた。

 死地に赴くことで、彼らがいないことで何が変わるか。


 ―――君はさっき言ったね。隣国の戦争に行ったと。


 お隣の国とはどうやら仲が悪いらしいね。この騒ぎだ、どんなに隠そうとしても戦力を動かしているのを隠し切れないだろう。そして今回、重要戦力の魔術師が出払っているという情報を隣国が知ったとしたら。魔物討伐で戦力が出払って守りの薄くなっている王都を放っておくだろうか』

『それ、は……!!』


 その可能性に行き当たったらしいネクターは呆然ぼうぜんと私を見上げた。


『私は術式を見ていないからどういう契約内容になっているかわからないけど、セオリー通り契約者不在で解除されるような形式なのだろう。

 この場合契約者というのは王か国家かな。引き継ぐことを考えれば国家だろう。なら彼らが死ぬ前に国が滅びれば?契約は消滅し、自由になる。それにかけているんじゃないかな』


 もちろん、これは私の想像でしかない。

 それでも、私にネクターのことを頼んだ時のカイルの表情は破れかぶれにはどうしても見えなかったのだ。

 例えるなら今後を左右するくらい重大な、一世一代の大勝負に出るようなそんな強烈な意志で何かをなそうとする人の目だった。


 初めて出会った時のリグリラがそんな顔をしていた。

 同族との諍いが原因でドラゴンと勝負しなくてはいけないと、瞳の奥にくすぶる熾火のような熱を宿してこちらを見上げてきたリグリラは、とても綺麗だったからよく覚えている。

 それに、もう一つ。


『私は彼の意識を短時間だが覗いた。彼が、探査魔術で君を探していた時、何を考えていたかわかる?』


 話題転換にネクターは言葉に詰まっていたが、言いにくそうに答えた。


『その、なんでいないんだクソ野郎とかですか?』

『……まあ、それがなかったとは言わないけど。せめて、生きていることだけは確認したい、と思ってたんだ。――――つまり、生きていることを確認したら君が穏やかに過ごせるよう、そっとしておこうと考えていたんだよ』


 空色の瞳が驚きに大きく見開かれた。


『これはものすごく確率の低い賭けだ。しかも、勝ったとしても魔力の流入がなくならない限り魔物との闘争は続く。賭けるものは自分たちの命だけでいい。

 君の契約は解除されている上、私という思わぬ上位者の庇護を受けている事も決め手だ。これ以上ない安全地帯にいる、何より幸せそうな君を巻き込もうとは思えなかったんだろう。

 それに、たぶん君は保険なんじゃないかな。

 魔力循環の第一人者である君ならきっとレイラインをふさぐ方法も、もしかしたらもっと安全な契約解除の方法も見つけられる。出来れば安全な場所へ逃げてほしい。だけど、優しい君ならきっといつかは助けに来てくれる。

 だから、彼は君のことを言うのに魔術師たちの希望という表現を使ったのだ、と思うよ』

『ッッ……!!!』


 ほぼ確証の無い想像でしかなかったが、より彼を知るネクターは彼がそういう風に考えかねないと確信したのだろう。激情に身をふるわせるネクターを前に、ほんの少しだけ後悔がよぎる。


 彼はもう泣いていなかった。

 空の瞳に覚悟の光を宿し、ぐっと顎を引いたネクターが次に何を言うか、おおかた予想がつく。






 きっとこういうのだろう。

 レイラインの穴をふさいでくれ、あるいは仲間を隷属の呪いから解放してくれ、と。






 もともと私はこのあたりの魔力の循環を整えるために居る。

 誰が壊したかは関係なく、それを乱している明らかな原因を取り除くことに否やはない。

 少し、この地を離れる時期が早まり、話し相手がいなくなるのが少し寂しいだけだ。


 だが、後者は少し事情が違う。


 確かに、契約の解除は技術的には簡単だ。


 しかし、おじいちゃんは言っていた。

 魔術は無から有を生み出すものではなく、わかる、わからないにかかわらず相応の対価を支払っている。ことわりから外れる魔術は世界に悪影響を及ぼし、それに頼って解決しようにも余計悪化させるだけになる。

 ゆえに、力を持つ者にはそれを見極める義務がある、と。


 たとえいくら気にくわなくても、人の世で定められた理にドラゴンである私が深入りするのは筋違いだ。それでもやってくれというのなら、魔術を行使する対価として相応のものを要求しなければいけなくなる。


 ネクターの場合はほぼ偶然と不可抗力だったから何も要求しないで済んだ。

 だけどこの場合、他人の契約を無理やり破るのだ。

 何人分かは知らないが一人で支払う気なら、その命で賄いきれるかというくらいの莫大ばくだいなものになる。


 それはカイルの意思にも反するし、私自身もはばかられるから断らなければならないだろう。

 と思っていたのだが。


『ラーワ、お願いがあります。

 あなたのもとを一時離れる許可と、鱗を一枚分けていただけませんか』


 ネクターの思わぬ言葉に、私は目を瞬かせた。






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