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【五万pt記念番外編】ドラゴンさんが童貞を殺す服に出会ったら 下

後編です。

もし、こちらを先に見られた場合は、前の話からお楽しみください!




 ネクターがやってきたのは、ちょうど着替えが終わった頃だった。


 リグリラのことを苦手そうにしていても、私がリグリラの新作を着るって時は絶対はずさないもんね。だから今回もくると思ってたけど。


 それにしても早すぎるよ、ネクター……!


「ラーワ、その、そろそろ入ってきてくださいませんか」

「あ、うん。も、もうちょっと……」


 ネクターの所在なさげな、でも期待に満ちた声が扉の向こうから聞こえてきたのだけど、それでも扉の前でためらっていた。


 いや、その、なんかやっぱり無理ー!!


「なにをためらっていますの、ほら、行きなさいまし」

「わ、ひゃっ!」


 だけどリグリラは容赦なく、後ろから私の手を上から握ってドアを開けてしまった。


 体重をかけていた私は、たたらを踏んで部屋の中に入るはめになり、その拍子にパニエで膨らんだスカートがふわりと広がって妙に気恥ずかしい。


 そうっと、視線をあげれば、ネクターの呆気にとられた表情の薄青の瞳と目があって、じんわりと顔に熱が上った。


 何とか落ち着こうと、髪に手をやれば、袖口をやわらかく飾るフリルレースが目に入り逆効果だった。

 結局意味もなくスカートをのばしながら、視線をさまよわせていると、アールがすっ飛んできたのだ。


「ひゃー!! かあさますっごく素敵――――っ!!」

「そ、そうかな」

「そうだよそうだよっ! フリルもレースたっぷりでかわいいねっ」


 ぽふんとスカートに埋もれるように、抱きついてきたアールが、金の瞳を輝かせてまくし立てるのに、ちょっとほっとしたけれども、やっぱり照れてしまう。


 リグリラの「殿方を葬る服(昼版)」は、なんていうか、地球でいう、清楚で上品なお嬢様の着るような服だったのだ。


 ジャンパースカートに、ブラウスという組み合わせで、構造としてはシンプルだ。


 だけど胸元といい、袖といいこれでもかと言うくらいフリルとレースで飾られている上、幅広のウエスト部分がきゅっと引き締まったスカートはたっぷりの布が使われていて、ひらひらとドレープが広がっている。


 しっかりパニエで広がるものだから、引き締められたウエストが強調されて、なおかつ、ジャンパースカートをつるす肩紐とも相まって、微妙に胸を強調するような感じなのが非常に……そう、あざとい。


 さらには履き口にレースとリボンがたっぷり飾られた、オーバーニーソックスにまあるいつま先のストラップシューズとくれば、これでもかとあざと可愛さを強調した服になっていた。


 うん、恥ずかしい。すっごい気恥ずかしい。 


 や、だって私うん百才だよ!?

 地球時代でさえ、こんな服着たことない上、ふりっふりを喜ぶ年齢はもう通り越しているし、何よりもう子供もいるおかーさんなわけでして、やっぱりこれは気恥ずかしさのほうが勝って要するにいたたまれないのだ!


「アール、お、おかしくない?」

「全然! わーぼくもこんなお洋服着たいなー!!」


 それでも、アールが喜んでくれたし、着たかいがあった、かな?


「アールのものも用意してありますわよ。好きなほうを選んでくださいまし」

「やったー!!」


 リグリラの服が大好きなアールがぴょんぴょん飛び跳ねて喜びを露わにする。


 とりあえず、悪くない反応にほうっと息を付いた私だったけど、こういうときは、真っ先に反応してくれるはずのネクターがなにも言わない。


 確かに恥ずかしくはあるけれど、やっぱりその……よろこんでもらえたほうがうれしいわけでして。


 少し不安になった私は、手を前で組み合わせ、正面から見る勇気はないので上目づかいでネクターを見て、おずおずと聞いてみる。


「そ、その……どう。かな?」


 自分から、聞くのも気恥ずかしくて、また照れがこみ上げてきて、顔が火照った。


 や、やっぱり反応があるまで待ってたほうが良かったかな。


 でも、いつまで待ってもネクターはなにも言わなくて、さすがに変に思って顔を上げる。


 すると、ちょうどアールが、ネクターのそばに近づいているところだった。


 不思議そうなアールが、ネクターの前で手を振り、飛び上がって注意を惹こうとしたけど無反応で、しかもちょんとつっついたとたんその場に倒れたのには驚いた。


「え、わ、ネクター!?」


 盛大な音とともに、床へ崩れ落ちたネクターは、それでようやく我に返ったようで、ぱちぱちとたった今目が覚めたように薄青の瞳を瞬かせていた。


「はっ、今この世のものとは思えないほどかわいらしいラーワが居たのですが、あれは夢だったのでしょうか」

「とうさま、かあさまがとっても可愛い服を着ているのは夢じゃないよ」


 アールに妙に冷静に言い聞かせられたネクターがはっと私を視界に入れたので、膝あたりに手をついて中腰でのぞき込んでみる。

 とりあえず、外傷はないようだけど、どうしたのだろう。


「すごい音がしたけど、大丈夫かい」

「……はぅ」


 すると、ネクターは妙な声を発して、また倒れてしまったのだ。


「え、あ、どうしたんだいネクター!?」

「ふふふ、しっかり陥落いたしましたわね。成功ですわ」


 妙に幸せそうな顔で意識を失ったネクターをおろおろ介抱していたから、後ろからリグリラがにんまりと笑っていたのには気づかなかったのだった。









 *









 結局、ネクターは起きずに、リグリラの使い魔のイルちゃんとエーオくんに別室へ運んで行かれた。


 え、ええと、二人とも身長がアールとそんなに変わらないから、ちょっと大変なのはわかるけど……引きずっているのは、わざと、じゃないんだよね?


 自分が運ぶ、と言ってもまったくやらせてもらえなかったので、私は「殿方を葬る服(昼版)」を着たまま、お茶をすすっていた。


 日常的な動作をしたときに、どういう風になるか見たい、と言われたのだけど、それが建前であるというのはもうよくわかっていた。


 思えばはじめから、私が絶対に拒否するような服を提示しておいて、その後に実際に着せたい衣服を出すなんて……なんか、訪問販売の手口とかで見たことがあるぞ。


 そうじゃなきゃ、普段はこういうかわいらしい服は絶対着ない。


「あら、わたくし、どちらも本気でしてよ? 今からでも夜版を着てくださると嬉しいのですけど」

「断固として拒否します」


 私の思考を見透かすリグリラに改めて拒否をする。


 そうして、目の前で素知らぬ顔でティーカップを傾けるリグリラを恨めしく見るけれど、全く堪えていないようなので、ため息を付いて自分のティーカップを机のお皿に戻した。


「だけどもさ、正直、よくわからないんだよね」

「なにが、ですの?」

「どうしてネクターがああいう反応するか、だよ」


 不思議そうな紫の瞳に、私は、自分の着ているスカートを摘んでみる。


「なんていうの、こういう服は、かわいいと思うよ? でもさ、露出しているわけでもないし、こう言葉は違うかもだけど悩殺されるたぐいの服じゃないじゃないか」

「まあ、夜のとどめに、あちらの夜版を作ったわけですし」


 あ、やっぱりとどめ用だったんだ。


「ともかく、この昼版は、普段着にちょっと可愛さを足しただけじゃないか。ネクターは私がなにを着てもああいう反応……いや、今日は過剰反応だったけれども。殿方を葬るのとはちょっと違うんじゃないかなあ」

「つまり、ラーワは、その服に殿方を葬るような威力があるとは思えないと?」


 言葉は物騒だし、なんか服の話をしているとは思えなかったけど、その通りだ。

 こっくりとうなずけば、リグリラはあきれた表情になった。


「これほど無自覚とは、何ともまあ……ラーワらしいと言えばそうですけど、ちょっと悔しいですわね」

「どういう意味だい?」

「まあ、いいですわ。これからその威力、実感させてさし上げましてよ」


 ぶつぶつつぶやいていたリグリラは、次いで挑戦的な顔になると、立ち上がって、部屋の扉のほうへいく。


「さあ、これでいかがでして?」


 いいつつ、さあっと扉を開けた瞬間、飛び込んできたのはアールだった。

 さっき、使い魔のイルちゃんと一緒に、リグリラが用意したアール用の殿方を葬る服に着替えに行っていたのだから、そんなに驚くことじゃないけど。


 私は、呆気にとられてアールを眺めた。


 アールが着ていたのはバロウで主流になっている服と変わらないショートパンツとジャケットだ。

 けど、どこか私の着ている服と通じる雰囲気を持っていた。


 太股の半ばあたりのショートパンツは裾がきゅっと絞られて膨らみ、そこからにゅっと伸びた足にはレースで飾られたニーハイソックスで彩られている。


 フリルたっぷりのブラウスはどこか細身で、ツバメみたいに背の布が長いジャケットの裾は、動くたびにひらひら揺れた。

 襟元は幅広のリボンが結ばれ、頭にはシルクハットが乗っている。


 たぶん女の子用の服だと思うんだけど、アールが着ると中性さが際だって、立派な小さい紳士だった。


 たたたっと、軽快に革靴のかかとをならしながら走り込んできたアールは、私の座るソファーのそばで、ぴたっと止まる。


 そのまま飛びついてくるかと思っていた私はちょっと戸惑いつつ見守っていると、頬を桃色に染めたアールは頭に乗せたシルクハットを片手に持った。

 そうして、優雅にお辞儀をしながら、片手を差し出されたのだ。


「ごきげんうるわしゅうです、マダム。よろしければ、ぼくにあなたをエスコートする権利をいただけませんか?」


 すぐに上げられた顔は、照れの中にもちょっぴり茶目っ気が含まれていて。

 着替えにしては遅かったのは、きっとイルかエーオにこれを教えられていたからだ、と理解した。

 いや、もしかしたら、こっちに着て早々のアールとリグリラの段取りの良さからして、前から示し合わせていたのかもしれない。


 けど、なんだかこうして装ったアールを見ていると、なんか、なんか……!


「え、エスコートって、なに、かな?」

「んとね、とうさまみたいに、かあさまのお世話をしたり、おともをしたり、好きなお菓子を作ったりして、かあさまを楽しませてあげるんだ。 エスコートの時はぼくが一番かあさまの隣にいるんだよ」


 どこか誇らしそうに胸を張るアールに、また、ちょっと鼓動が早まった。

 なんか、世間一般でいうエスコートとはちょっとちがうけれども確かにエスコート、かな?

 ちょっと普通とは違うかもだけど、つまりは私を独り占めしたいってことなわけで。


 すると、アールは、ちょっと不安そうに小首を傾げた。


「かあさま、だめ、かな?」


 瞬間、ぶわわっとこみ上げてくる甘さとも違う、柔らかいようなふわふわとした高揚感が体中に広がって、思わず頬が熱くなる。


「う、ううんそんなことないよ! ええと……よろ、しく?」


 小さな手に自分の手を乗せれば、アールの顔はぱあああっと輝いた。


「わあーい、やったー!!」


 私の手を握ったままぴょんぴょん飛び跳ねて喜びを示すアールはいつも通りで、ちょっとほっとしたけれども、まだあの謎のどきどきは収まらない。


 なんだこれなんだこれ!?


 未知の感情に混乱していると、リグリラが言った。



「それが、萌え、ですわよ、ラーワ。アールが着ているのは、殿方を……いえ、老若男女問わず葬ることの出来る、いわば万人を葬る服ですわね」

「萌え……?」


 単語としては知っていた。

 地球でも、アニメやゲームのキャラクターにそういう気持ちを抱く人がいるのは知っていたし、このバロウでもそういう文化がそれとなく流行っているらしいとは聞いている。

 だけど、実感したのははじめてだった。

 いつの間にか離れていったアールが、リグリラとハイタッチを交わすのを呆然と眺めていると、リグリラがこちらを向いて問いかけてきた。


「ところで、ラーワ。あの精霊の気持ち、少しはわかりまして?」


 それでも、ネクターのあれは解せないけれど、その一端はわかったような、気が、しないでもない。

 なにより万人を葬る服を着たアールに葬られてしまった私としては、もうこう言うしかない。


「恐れ入りました」


 これはもう、完全敗北だと軽く頭を下げれば、リグリラはわかればよろしいと言わんばかりに鷹揚にうなずいた。


「あ、その、アールの服、持ち帰っても良いかな」

「ええもちろん――アールも、また着てくださる?」

「もちろん、ぼくこれとっても好きだよ。だってかあさまをエスコートするって約束できたもん!」


 屈託のないアールが言うのに、思わず赤面してしまう私である。


 そういっている間も、アールはさっそく私のティーカップにお茶を継ぎ足したり、お皿にお菓子を盛ったりしている。

 こう、私の好きなマドレーヌ系の焼き菓子を優先させるところなんてよく見てるし!


 私をお姫様扱いをしたいというのが特別なんて、なんかもう、可愛いのだけれど気恥ずかしいというか。

 おずおずとアールが勧めてくれるマドレーヌをはむっと食べたけれども、なんかいつもより甘い気がした。


「こんどは、お姉さまもエスコートさせてね」

「まあうれしいこと」


 嬉しそうに口元をゆるめるリグリラは、次いで私に小首を傾げた。


「ところで、あなたの着ていらっしゃるそちらは、どういたします?」


 私はさんざん悩んだ末に……と言うか悩んでいる時点でもうあれだと思うのだけれど、ちょっと顔を逸らしつつ、言った。


「……ぱ、パニエ以外は欲しい、です」

「あら、まあ。ふくらんでいるのが可愛いんですのに」


 そういいつつも、満足そうにほほえむリグリラに、私は完全に白旗を上げた。





 ……その後。

 時々だけれども、ネクターが居ないところでパニエなしで殿方を葬る服(昼版)を着て、万人を葬る服を着たアールにエスコートしてもらうようになったのは、二人だけの秘密、なのであった。




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― 新着の感想 ―
普段のお話も好きだけどこのチョロドラゴンさんにも萌える!!
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