【五万pt記念番外編】ドラゴンさんが童貞を殺す服に出会ったら 上
こちらはドラゴンさんが友達が欲しい!が5万ポイントを越えた記念の短編です。
応援してくださった読者の皆様に感謝を込めます。ありがとうございました!
昼下がりの、バロウ首都。
ぽかぽか陽気がお昼寝日和な本日、私はアールをつれてリリィ婦人服飾店に遊びに来ていた。
のだけど。
「ちょうどよかったですわ、ラーワ。新作の試作品が出来ましたの。試着をお願いしますわ」
「え、あ、うん? へ?」
「アール。あなたの父親を呼びなさいまし。見ないと後悔すると言えば、飛んできますわ」
「了解です、お姉さま!」
しゅばっ!っと笑顔で最敬礼をして、すっ飛んでいくアールを止めるまもない。
腕を拘束された私は、満面の笑みのリグリラに試着室へひっぱりこまれた。
や、リグリラがそんな感じでいきなり試着を頼んでくるのは割とあるのだ。
もちろん、リグリラの仕事場には、服を掛けるためのマネキンもあるんだけど、実際に人が着てみないとわからない部分もあるらしくて、そういうときは私に頼んでくることが多い。
着たり脱いだりを繰り返し、リグリラの言うとおりに動いたりするのだが、リグリラの服はどれも可愛いし、お礼でその試着服をくれる。
だから、労力と報酬が見合ってるのかなーと思いつつも、願ったりかなったりだったりするのだ。
「さあ、今回はこちらですわ」
と、いうわけで相変わらずいきなりだなーと思いつつも、若干わくわくしながら試着室に連れ込まれた私は、うきうきとリグリラが取り出してきたそれを受け取った。
「ん?今日はニットなんだ」
足の付け根が隠れるくらいのチュニック丈のニットは、全体的に細身で首にひもを結ぶことで着るらしい。
たしか、ホルターネックといったか。
うん、表面の縄模様も凝っているし、ちょっとセクシーだけど素敵じゃないかな。
「殿方を葬る服シリーズで売り出そうと思っておりますの。その中の一つですわ」
「と、殿方を葬る……ずいぶん物騒だけど、服としては素敵だと思うよ」
「うふふ、では着てみてくださいな。こちらが今回のコーディネートですわ」
ほれぼれと眺めていた私は着る気満々だったのだけれど、リグリラから追加で渡された付属品に、あれっと首を傾げた。
「……これだけ?」
「これだけ、ですけど?」
曖昧にほほえむリグリラのごくごく自然な返答に、私が間違いだったのかと錯覚する。
だけど、手元にあるのは、例のホルターネックのニットのほかに薄手の黒いストッキングと、ハイヒールだけ。
何度確認してもそれだけだ。
たらり、といやな汗が背筋を伝った気がした。
「……………………あの、リグリラさん?」
「何ですの」
「インナーなどは、どちらに」
思わず丁寧語になった私に、リグリラがあくまで当然のように言った。
「ありませんわよ。これは夜の経験の浅い殿方を、全力で陥落させることをコンセプトにした服ですから、色香がなくては困りますの」
その無情な言葉に、反射的に着姿を想像してしまった私は、赤くなったり青くなったりして言葉を失った。
この服はホルターネックだ。しかも前面がだいぶ細身の。
なのにインナーはおろか、スカートやズボンもない。
あるのはオーバーニータイプのストッキングと、なぜかハイヒールのみ。
つまり背中は丸見えでだけど細身だから横からなんか見えたらまずいものが見えたりもするかもで、この丈の長さだともしかしたらこれパンツまで見えるんじゃないのかい!?
「あ、忘れてましたけど、それ、下着は着ないでくださいましね」
「え゛」
ナニヲオッシャッテイルンデスカ、リグリラサン?
「当たり前じゃありませんの。遮るもののない背筋が美しいんですもの。履き込みも浅いですし、下着を着たら背中から見えてしまいますから、魅力が半減してしまいますわ。ささ、脱ぎましょう?」
「いいいいいやリグリラちょっとまって正気に返ろう!?」
さらりと服に手をかけてきたリグリラの手を全力でさけた私は、なんとか思いとどまらせようと説得を試みた。
「これはセクシー過ぎるどころじゃないよ!? と言うかはきこみ浅いどころじゃないし下手したら見えるよねむしろ外で出歩いちゃまずいよね!?」
「いえ、意中の殿方と二人きりになった時用ですから問題ありませんけど」
「っどちらにせよリグリラならともかく私そんな起伏ないから似合わないからやめ……っ!?」
めちゃくちゃうろたえつつも主張しかけたら、背後に回ってきたリグリラについと指で背筋をたどられて、ぞくぞくっと震えてしまい言葉がとぎれた。
「わたくしが似合うのは当然ですけど、あなたの背中はとても綺麗ですから、わたくしとは違った感じで良く似合うと思いましてよ。……そう、たとえばあの薬師もイチコロですわ」
そうして吹き込まれた無情な言葉に、結婚してからリグリラにもらったセクシーサンタを着て見せた後の惨事を思い出して、私はさあっと青ざめた。
そりゃあ、おしゃれした姿を喜んでくれるのは嬉しいし、ネクターが全力で誉めてくれるのは照れくさいけれどもいやな訳ではないのだが、あのときはその後……………………………………うん、だめだ。絶対だめだ。
だけど今、そのネクターをアールが呼びに行っている。
こんなのを着たらネクターがどんな反応をするか、その後どんな行動をとるか、わからなさすぎて怖かった。
今日はそんなにレイラインの調子が悪い訳じゃないから、アールだったら、思念話だけで連絡がとれるだろう。つまり。
軽く扉をたたく音がした後、アールの声が聞こえた。
「かあさま、お姉さま、とうさますぐ来るって!」
やっぱり――――!!! と、心の中で絶叫する私なんて気づかなかった風で、リグリラは扉を開けて、アールを迎え入れる。
「良くやりましたわ、アール。やはり、あの薬師はラーワに関しては信用できますわね」
「わーい! お姉さまに誉められたっ」
リグリラが亜麻色の髪をなでれば、アールは嬉しそうに目を細めると、期待に満ちた表情でリグリラを見上げる。
「ねえ、お姉さま、今日はどんなお洋服を着せてくれるの? かあさまが綺麗になるのすごく嬉しいなー!」
「ええ、ラーワは今回も手を抜いておりませんの、期待以上の出来ですわよ。きちんとアールにも用意しておりましてよ」
「やったー! じゃあ外でとうさまを待ってるね!」
ちょっと自失していた私は、ようやく我に返ったが、そのときにはきらきらと表情を輝かせたアールが扉の向こうへ去っていくところだった。
さ、最後の希望が潰えた。
残ったのは、上機嫌なリグリラが残っているだけである。
たらりと汗が滴った。
このままではこの破廉恥服を着ることになってしまう!
「リ、リグリラ……考え直そう?」
「手伝ってくれる、というのは嘘でしたの?」
数回瞬いたあと、心底悲しそうな顔をするリグリラに、異様な罪悪感に襲われたけど、手元にあるホルターネックな殿方を葬る服をみてその思いを振り払った。
こ、こんなものを着たら私が(主に精神的に)死んでしまう!
決意した私は、悲壮な覚悟で、リグリラをまっすぐ見上げた。
「リグリラ、これだけはやめよう。これ以外なら何でも着るから」
強固に主張したのが意外だったのか、リグリラは驚いたように目を見開く。
じっとにらみ合うことしばらく。
だが、譲らない気迫が伝わったのか、やがて残念そうに金のまつげに彩られた目を伏せて、形のよい指で口元を覆った。
「そう……ひどく、残念ですけど。わたくしも、着る本人がいやがるものを無理強いするのは、仕立て師として本意ではありませんわ。あなたがそういうのでしたら、仕方がありませんわね」
リグリラの言葉にぱああと表情が輝くことを押さえられなかった私だったが、ふと手で隠された口元が、にやりとつり上がっているように見えて、あれっ?と思った。
「ですが、困りましたわね。せっかく良い物が見れるとあの精霊を呼び出しましたのに。……まあそれは正直どうでも良いですが、アールが残念がるのは目に見えてますわね」
「あ、うん……それは、そうだね」
ネクターも空間転移が使えるからって、ヒベルニアと首都はそう気軽にこられる距離でもないし、何より、すごく期待していたアールの落胆する顔を見るのは、胸が痛む。
それでも、あれを着るのはいやだし……うーん、何か丸くおさめる方法は……。
と思っていると、ぽんとリグリラが思いついたように、手を打った。
んん? 若干、わざとらしい?
「そうですわ。殿方を陥落させるシリーズで、もう一つ、日中バージョンも作っておりますの。そちらを着てくださらない」
「えっ」
「大丈夫ですわ。そちら昼下がりを想定しておりますから、そちらよりはずっと慎ましやかでしてよ。同じテーマでもコンセプトが違いますから」
一瞬身構えた私だったけど、間髪入れないリグリラの説明にちょっぴり惹かれた。
何より、ネクターがくるのも時間の問題だ。悩んでるヒマはない。
「それとも、そちらを着てくださいます?」
私が持っている殿方を葬る服(夜版)を指示して首を傾げるリグリラに、私はぶんぶんと勢いよく首を横に振った。
それだけは、絶対に! いやだ!!
「んもう。そんなにいやがらなくてもよろしいのに。ですが、仕方ありませんわね。――――……ではこれとこれとこれとこれで、よろしくお願いいたしますわ」
さっと、手元にあった「殿方を葬る服(夜版)」が抜き去られると、たちまち、新たな布の固まりが積み上げられた。
畳まれていたりボリュームがあったりで全体像はよくわからないけど、フリルとかレースとかリボンを多用して、スカートをふんわり膨らませるような服なのは察した。
普段なら、リグリラにいくら勧められても着ないような服だ。
もっといえば、あんなセクシーな服の後でなければ、絶対に着るなんて言わないような。
「ラーワ、ドラゴンたるもの、二言はありませんわよね?」
はっと布の間からみれば、してやったりと言わんばかりの笑みを浮かべるリグリラが居て、私はようやくはめられたことに気づいたのだった。





