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第10話 ドラゴンさんは園遊会に挑む




 リグリラ先生の「スパルタ★傾国の美女講座~園遊会編~」を生き延びた私は、その翌日、人工魔石が披露されるガーデンパーティに出席していた。


 ネクター達はメーリアスに残って魔物の出る迷宮に潜っているはずだ。

 やっぱりそっちもよかったなーとちらりちらりと思いつつ、リグリラとネクターの議論の末、選ばれたドレスに身を包んだ私は、真昼の広々とした庭を埋め尽くす人達を呆然と見回した。


「うっわー結構……にぎやかですね」


 思わず素でつぶやきかけて、リグリラにぎろっとにらまれ言い直したのだが、シノン夫人が気にした風もなく応じてくれた。


「うふふ、なんといいましても、アヴァール伯爵家はあの人工魔石の開発者を見いだした功績で、王宮で重用されておりますから。今一番勢いがありますのよ」


 リグリラにドレスを選んでもらったシノン夫人は優雅にほほえむと、人の耳を避けるように私たちに顔を近づけて言った。


「まあ、奥様は少々目立つのがお好きのようですし、ここまでの威勢を誇るようになりましたのはつい最近のようですから。家格を示したい、というのもあるのでしょうね」


 確かに、飾り付けみたいなのもめちゃくちゃ派手だし、料理もずいぶん凝った物が多い。


「まあ、ともかく真打ちが来るにはもう少しかかりそうですから、その間にこちらで知り合ったお友達をご紹介いたしますわね」


 そうしてシノン夫人につれられて、ヘザットの貴族やら、大商会の夫人やらに挨拶をして回った。


 と、言うか、向こうからどんどん話しかけられてびっくりしたが、リグリラの洗練された身のこなしはもちろん、バロウ国王妃御用達の仕立て師、という肩書きがとても魅力的だったからだろう。


 そのせいか私にも話しかけてくる人がいたが、リグリラの即席教育のおかげでなんとかぼろは出さずにすんだ。

 よかったよかった。


 彼らの中では人工魔石の話で持ちきりだった。


「宝飾品としての魔石は軒並み好評ですのでな。いずれはうちの商会で、より大粒のものを多く扱わせていただきたいものです」


「最近のヘザットはバロウに魔術でも遅れていた。だが、この人工魔石の開発によって、これでバロウに優位に立つこともできよう」


 そんな感じでいろんな人の話を聞いてちょっぴり気疲れした私は挨拶周りが終わったとたん離脱し、会場の隅っこで料理をぱくつく。


 むーん。なんか、高級な材料を使ってます! ってのはわかるんだけど、あんまりわあおいしいって感動はないなあ。


 それでも皿に取った手前おなかに納めていると、さっきまで男性紳士諸君の視線を見事にさらっていたリグリラがやってきた。


「リグリラ、シノン夫人は?」


「宝飾談義に花を咲かせていらっしゃいましたから、別れてきましたわ」


  通りかかったウエイターから、流れるような仕草で受け取った飲み物を傾けるリグリラに惚れ惚れしつつ私はヘザットを見た感想を口にした。


「なんか、ヘザットってバロウにめちゃくちゃ対抗意識があるんだね」


「そのようですわね。まあ、今のこの国の格は明らかにバロウに劣っていますから、現在は負け犬の遠吠えのような状態ですわね。2、3人すぐにでも契約を結べそうなのがいてちょっとうずきましたわ」


「リグリラー?」


 うろんに見つめれば、リグリラはきれいに結い上げた金髪を揺らして肩をすくめた。


「やりませんわよ。仙次郎にも言われてますし」


「仙さんに? え、そもそも契約のこと教えたの?」


「まあ、してくれと言われましたから、大まかに説明しましたわ」


 魔族の契約って言うのは、魔力や魂を引き替えに力を貸すというものだ。魂と言ってもその魂が現世でため込んだ魔力をまるまるもらうって意味だから、百から二百単位で乱獲し続けなければ、魔力循環に影響はない。

 だからドラゴンによるとはいえ、私はちゃんと仕事さえしていれば見逃している。


 だけど、魔族が暇つぶし兼魔力補充の非常食代わりにやる物だから、人族からすればあんまり気持ちの良いもんじゃないだろう。


「なんて言ってた?」


「いえ、ただ、そう言うことは自分にわからないところでやってほしい、とだけ」


 ちょっぴり面倒くさそうな顔をしつつ言ったリグリラは、だけどその時のことを思い出したのか、頬をふくらませていた。


「ものわかりの良い言いぐさをするんなら、あんなに耳と尻尾をしょぼくれさせるんじゃありませんの。しかも元々仕立屋を始めてからは契約者を確保はしていませんのに、真に受けるなんて」


 その時の仙次郎とリグリラのやりとりが目に浮かぶようで思わずにやにやすると、むっと紫の瞳ににらまれた。

 

「まあでも、あれだけ切らさなかったリグリラが契約者確保してないのは意外だった」


「わたくしが契約者を必要とするほど魔力を消費するのは、最下層に行くときかあなたとやり合うときだけですわ。それにあなたのそばにいれば、十分なくらいの魔力の補充ができますの」


「え、そうなのかい?」


「やっぱりわかっていませんでしたの?」


 あきれた表情になったリグリラは、グラスをもてあそびつつ言った。


「あなたが居る場所はそれだけで魔力が整えられますのよ。わたくしは魔力の回復程度ですけど、その影響が魔力の循環している人族やその魂に影響しないとお思い?」


 まあ、魔力がよどめば精神面に影響があるのはわかってるけど、そんなに露骨にあるものだとは思ってもみなかったというか。


 釈然としていないのがわかったのだろう、さらにあきれた風にため息をつかれた。


「人族はあなたとともにいた時間が長いだけ魂が強化されていますのよ。もとより素養が高かった薬師は別として、でなければあの風雷の魂が変質せずに魔族化できるわけないじゃありませんの」


 うおう、循環調整にそんな影響があったとは驚きである。


「ベルがあれほど長生きできたのも、十中八九あなたの影響ですわ。ラーワ、あなたはもう少し、周囲に与える影響を自覚した方がよろしくてよ」


「はあい」


 なぜか旗色が悪くなった私がおとなしく返事をすると、リグリラに肩をすくめられた。むう。


 その時会場の向こう側でわっと、歓声と拍手があがった。


 どうやら主役であるアヴァール伯爵夫人が来たらしい。


 リグリラと共にそちらへ行けば、40代くらいの女性が開け放たれた屋敷のバルコニーから悠然と現れるところだった。

 後ろに地味な感じのお付きの人?みたいなのを引き連れた彼女は、ふくよかな体を派手な色合いのドレスに身を包んでいて、拍手に片手をあげて応じている。


「品がない、野暮ったい、似合わないの三拍子がそろってますわね」


 リグリラがふんと鼻を鳴らしつつ真っ正直な感想を述べた。


「高い布地を使えば良いもんじゃありませんの。一応バロウの最新流行を取り入れようとしたのでしょうけど、体型に全く合わないデザインにするくらいならやらない方がましですわ。あれほど台無しにするなんてむしろ才能かもしれませんわね」


 確かに、お金をかけるだけかけましたー!ってのがありありとわかるドレスは、正直リグリラのドレスを見慣れている私もかなり微妙だと思ったけど。

 い、言わないよね? 本人に言わないでよ?


「それよりも、その人工魔石とやらですけど」


「うん、たぶんアレだよね」


 彼女は見るからにお高そうな宝石を使った指輪や、腕輪、耳飾りをこれでもかーっとつけているけど、私とリグリラは、彼女の胸元を飾っている首飾りがそれだと確信していた。


 その首飾りのトップに下がる透明な石は、曇りなく澄んでいて、ありありと存在感を主張していた。


「確かに石は大きいですわね。危険種ランクで言えば、第二級、いえ一級から採集できるかしら」


「うん、でも、あんなに透き通ったのははじめてみた、かも」


 なんか、見ているだけで胸騒ぎのするような、なのに目が離せないような妙な感じに戸惑う。


 遠目から見ても、宝石として最高級品だとわかる。

 なのにきれいだ、と素直に思えないのだ。


「なんだか、妙な石ですわね」


「リグリラもそう思う?」


「ええ、どうにも言葉にはしづらいですけど。どこかでこの感じ、覚えがあるようなないような」


 指を顎に当てて悩むリグリラの後ろから、シノン夫人がこちらにあるいてくるのが見えた。


「見つかって良かったですわリリィさん。アヴァール伯爵夫人に紹介させてくださいな」


「わかりましたわ、ラーワ参りますわよ」


「う、うん」


 なんだろう。ものすごく、いやな感じだ。












 シノン夫人につれられて挨拶の列に並び、間近で対面したアヴァール伯爵夫人は、お着きの人と共にリグリラの美女ぶりにたっぷり三秒は呆気にとられていた。


 うんうん、わかるよ、今日のリグリラは気合いが入ってて美人だもの。

 私の白いかっちりとしたドレスとは対照的に、鮮やかな濃紫の柔らかくて薄い布を、幾重にも重ねたドレスで、私とはまた違った地味派手を体現している。


 それが一瞬だけ仙次郎に見せるためだと知っている私はにやにやしっぱなしだ。


 それでもアヴァール伯爵夫人は、濃い化粧を施した顔に笑みを張り付かせて、リグリラに話しかけた。


「ようこそヘザットへ! シノン夫人から流行の発信源ともいえるバロウの王都で活躍されている仕立て師だとお聞きしましてよ! お会いできてうれしいですわ」


 うれしいといいつつ、目が笑っていなかった。


 私やリグリラを頭の先から足下まで品定めして、所作がなっていなければ、徹底的にあげつらってやろうと、手ぐすね引いてるのがありありとわかる。


 こーわーいーよー。


 だけどそんな悪意もどこ吹く風どころか毛ほども相手にした風もなく、リグリラは悠然と完璧な貴婦人の礼をして見せた。


「初めまして、アヴァール伯爵夫人。わたくしはバロウ王都で仕立て師をしておりますリリィ・モートンですわ。こちらは友人のラーワ・フィグーラ。以後お見知り置きを」


「はじめまして」


 ついでに紹介されたので私も反射的に淑女の礼をする。


 頭上で息を飲む音が聞こえた気がしたのだが、何だろうと確認する前に、リグリラがにっこりと言葉の剣をふるった。


「わたくしも、こんな素敵な場におじゃまさせていただいて光栄です。こちらの衣装は、バロウと趣が違って面白いですわね」


 リグリラの洗練された着こなしにぐぬぬとなっていたアヴァール夫人は、旗色が悪いとみたか、そばで空気のように控えていたお嬢さんを前に出した。


「……娘を紹介いたしますわ」


 ていうか、お付きの人だと思ってたんだけど、娘さんだったのか。


「リシェラ、ともうします」


 そのお嬢さん、リシェラは平坦な声音でそう言ったきりまた黙り込み、その存在をかき消すようにアヴァール夫人がしゃべる。


「諸事情ありまして、まだ社交界デビューはしておりませんが、慎ましやかな娘ですので、華やかな場に今から慣れさせようと伴っておりますの。ただ、残念ながらあまり効果はないのですけど」


 娘を紹介するにしてずいぶんな言いようだなとは思ったものの、正直頭に入ってこなかった。


 そのアヴァール夫人のふくよかな胸元を飾っている、透き通った石がどうしても気になってしかたがない。


 目が離せずにいると、当の夫人が自慢げに胸を張った。


「んふふ、立派でございましょう? これが我が国の英知を結集して作られた人工魔石、でしてよ?」


「まあ、いつ見ても妖しくて素敵ですわ」


 シノン夫人がうっとりと言った。

 ますます自慢げなアヴァール夫人が身動きしたことで透き通った石の中で揺らめく光をみた私は、息をのんだ。


「ラーワ?」


 私の様子がおかしいことに気づいたリグリラの言葉に応える代わりに、その腕を握って思念話をつないだ。


 《リグリラ……》


 《どうしましたの》


 《あの魔石、中に魔核が使われて、ない?》


 告げた言葉に、紫の瞳がわずかに見開かれた。


 それをどう思ったのか、アヴァール夫人は優越感たっぷりの表情になる。


「バロウの方でも見とれてしまいまして? 当然ですわね、ハンターの採集でもこれほどの石を無傷で取ることはできませんもの」


 とっさに声が出ないリグリラに代わって、私は意を決してうなずいた。


「はい、とても立派な石で見たことがないもので。……もしよろしければ、手に取らせていただけませんか」


「まあ……」


 正直非常識な申し出だろうと思ったけど、驚いた顔をしたアヴァール夫人は、こう自尊心が満たされたようですぐににんまりと笑った。


「よろしいですわ。と・く・べ・つに。さわらせて差し上げます」


「特別のご配慮ありがとうございます」


 ちゃんとお礼のお辞儀覚えておいて良かった。


 ひざを折って敬意を示した私は、アヴァール夫人に近づく。


 強い香水のにおいで鼻が曲がりそうだったけど我慢して、胸元に光る大粒のペンダントトップをそっとすくい上げた。


 さわったとたん、中に見える光が揺らぎ、そこからさざ波のような思念が伝わってきた。


 大分微弱だし、変質してしまっているけど。

 その気配は確かに魔族の持つ魔核の物だった。


「美しいでしょう? これが我がヘザットの誇る魔術師が作り上げた人工魔石ですの。バロウの万象の賢者がすばらしい魔術師であったとはいえ、過去の人間。晩年にはすべて投げ出して失踪してしまった無責任な賢者に代わって、いずれ彼の名が、西大陸全土に知れ渡ることでしょう!」


 鼻高々なアヴァール夫人の言葉に、ちょっぴりかちんときた。


 ネクターが全部捨てたのは私と同じ時を歩んでくれようとしたからだ。

 実際にはちゃんと混乱がないように身辺の整理はしていたわけで、それを知らない人にバカにされるいわれはないんだよね。


 直後、首飾りの魔石から冴えた強い光が広がる。


「わあっ!?」


 アヴァール夫人の仰天する声と共に周囲が騒然とする中、私は意識を集中し、魔石の魔力をすべて吸い出し、逆に自分の魔力で満たす。


 瞬きの間ですませたときには強い光は燐光に変わり、花火のように舞い踊る光の粒に全員が見とれていた。


「なん、ですのこれ……」


「すこし魔術に造詣がありまして。魔石はうまく魔力を通すと、こうして応じてくれるんです。これほど美しく咲き誇るのでしたらとても良い魔石ですね。すてきな物を見せていただきありがとうございました」


「え、ええ」


 にっこり笑いつつ適当なことを言って首飾りから手を離せば、アヴァール夫人鳩が豆鉄砲を食らったような顔で一歩に二歩下がる。


 とたん、周囲から拍手がわき起こり、それに応じることにアヴァール夫人が意識を取られている隙に、私はリグリラを引き連れてその場から離れた。


「ラーワ、いきなり魔術を使って、大胆なことをしますわね」


「そのかわり、収穫はあったよ」


 あきれた風にいうリグリラに手のひらにあるほんの砂粒のような魔核を見せれば、リグリラは息を飲んだ。


 あの目くらましの光に乗じて魔力を分離して、魔核を取り出したのだ。


「ほとんど意思は感じられませんが確かに、魔核ですわね……」


「早くネクター達に知らせないと」


 成功してほっとしつつ、私は視線を感じた気がして、振り返る。


 その先にはアヴァール夫人の側でたたずんでいた少女がいた。


 確かリシェラといったっけ? その少女が若干驚いたように見開いた眼と視線が合う。


 だけどすぐリシェラの姿は人混みに紛れ、アヴァール夫人を囲んで居たはずの人たちが、なぜかこっちに向かってくるのが見えて面食らった。


「あ、あれ」


 魔石からこぼれる燐光はしばらく続くから、そっちに気を取られると、思ったんだけど?


「あれだけ目立つことをすれば当たり前ですわよ。どうしますのラーワ」


「とりあえず逃げる!」


「無理だと思いますけど、つきあいますわ」


 あきれ声のリグリラと共に、私は優雅に脱兎のごとく逃げたのだった。


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