第9話 ドラゴンさん、計画を立てる
その夜、ネクター達に人工魔石について話せば、案の定ネクターの薄青の瞳が爛々と輝いた。
「人工魔石も一応バロウで研究されたこともありますが、魔力の圧縮がうまく行かずに頓挫しているのです。まさに革命的な大発明ですよ。私もぜひ見に行かせていただきたいものですが!」
鼻息荒く身を乗り出すネクターに若干引きつつ、カイルが疑わしげな表情で言う。
「一応、それが出回っているんだとすれば魔石価格の説明が付くが。本物なのか? 人工魔石なんて詐欺の代名詞みたいなもんだろう?」
「たしかに、魔石の構成要素や自然界での生成過程すらまだ不確かなのに、現在の技術でも人工精製ができるかは疑問が残ります。ですがここは古代遺跡が多く眠る土地です。そこで発掘された未知の古代技術や古代魔術が利用されたなら、あり得るかもしれません」
私も、ネクターの意見には同意する。
ぶっちゃけレイラインを通じての探索がはかどらなかったのは、ヘザット国内に古代遺跡がめちゃくちゃ多かったから、と言うのもあるのだ。
それも周囲の地域と同化しちゃっていて、下手に修正するより放っておいた方が良いレベルで。
私もおじいちゃんに教えてもらった古代魔術以外は古代人については知らないから、もしかしたらレイラインについてかなりのところまで研究が進んでいたんじゃないか? と思うくらいだ。
それに、人族の可能性は未知数だ。
ネクターのように突然天才が現れて、技術を何百年も進歩させるような発見を次々にすることだってあるし、偶然できたりもするかもしれない。
「うん、そこに存在する以上作れないことはないもんね。現に私も作ってるし」
「いや、あなたの”作れる”は人基準では大いにはずれてるんだが」
私が胸にある竜珠を服の上から押さえていると、カイルに微妙な顔をされた。
失礼なと若干むっとしていると、リグリラが言った。
「ともかく、わたくしたちはシノン伯爵夫人の顔を立てて、その園遊会に参りますから、勝手に捜査を続けてくださいまし」
「ほんと自由だなおまえさん」
あきれ声で言ったカイルは、だけどそれほど咎めるつもりはないみたいだった。
リグリラが、そういう性格だって把握したのかもしれない。
「じゃあ別行動だな。元々提案するつもりだったからちょうど良い」
「どう言うことだい?」
初耳の話に目をしばたたかせると、仙次郎が言った。
「お二人が居ない間に、ハンターギルドへ立ち寄ったのだが、そこで興味深い話を聞いたのでござるよ」
「なんですの?」
「このメーリアスの迷宮には、魔物が出るのだそうです」
ネクターの言葉に、私とリグリラは目を見開いていたと思う。
「え、ちょっとまってよ。魔物はそんなにぽこぽこ湧いて来るものじゃないよ。ましてや魔物が出るんなら真っ先にハンターギルドが閉鎖するんじゃないのかい?」
「彼らの口振りからすると、実際に出会ったわけではないようでしたが、魔石を手に入れた人間を知っているという事でした」
「迷宮の発掘を優先してか、表立って話されてはいないがな。だからこそ気になるだろう?」
カイルの問いかけに、私は迷わずうなずいた。
魔物はそこにいるだけで世界を維持する負担になる。倒さなきゃいけないし、何より原因を突き止めなきゃいけない。
「まったく、そのような噂があるのに、このあたりの魔族は一体なにしているのかしら?」
リグリラが顔をしかめて腕を組むのを横目に、カイルが言った。
「だからな、その真偽を確かめるためにも、ここの迷宮に潜ってみようってことになったんだよ」
「それがし、それなりに迷宮には潜っておるでな」
「え、じゃあ私もノクトで……」
「いいや、最高位はそれだけで目立つ。ましなのは第四階級のセンジローとネクターまでだよ」
「会えてそうそう、ラーワと別れるのはとてもつらいのですが、これもアールの春休みが終わる前に帰るためですから!」
「う、うう……そうだけど」
何となくおもしろ……けふん、大変そうな方を押しつけるようでうらやま……こほん、気が咎めたのだけど、涙目なネクターにそう言われてしまえば引っ込まざるを得なかった。
迷宮っておもしろそうなのにな……。
「とりあえず、俺たちは、噂のある迷宮に潜ってみる。俺かネクターがいれば魔物が出そうなレイラインのほころびに気づけるだろう。あなた方は人工魔石について確かめてきてくれ」
「う、うんわかった」
と、一通りの方針が決まると、リグリラは待ってましたと言わんばかりに立ち上がった。
「さあ、話も終わったことですし、ラーワ、早速採寸ですわ。パーティに行くのでしたらそれなりの服を用意しなくてはなりませんの」
「リグリラ、えと、あくまで私たちは調査だからね? あんまり目立っちゃだめなんだからね」
「わかってますわ。今からでは新しく仕立てるのは間に合いませんから、既存のリメイクになるのが口惜しいですけど。それでも完璧に、美しく装わせて差し上げましてよ!」
あ、全然聞いてない。
しかも、側にいたネクターはなぜか暗い顔してるし!?
「ドレス姿……ラーワが初めて人型になった時を思い出しますね。今回も、私は一番に見られないのですか……」
ずいぶん昔のことを言うね、ネクター……。
見逃すからってそんなに落ち込むことじゃないと思うんだけど。
「パーティードレスなんてそんなに変わるものじゃないだろう」
「あら、ラーワ、それはわたくしへの侮辱ですの?」
「や、そういうわけじゃなくてね、いつも見てるわけだし」
思わぬ方向から追求の声が挙がってしどろもどろになっているうちに、ネクターが身を乗り出してきた。
「そうですよ、普段のラーワが美しく着飾ればさらに輝くのは当然じゃありませんか! あのときは夜を映したような黒でしたが、日の光を固めたような白もよく似合うと思うのです!」
「こちらの流行はかっちりしたデザインのようですから、そこはおさえるとしても、白は悪くありませんわね」
「できればロングドレスが良いのですが。人型のラーワは足がすんなりとしていて美しいですから」
「あら、それでしたらミニ丈の方が良いですわ。今のバロウの流行ですけど、ラーワだったら着こなせますもの」
「ミニ丈の、ドレス……! いえ、ですがスリットから足がのぞくことが」
「見せた方が早いようですわね」
リグリラが手を横に一閃したとたん、亜空間から大量のドレスがあふれ出した。
色付きのもあるけど、だいたいは二人が話していた白いドレスだ。
同じ白でも結構色味が違うなあ……というか、何で本人そっちのけで話してるんだい!?
「さあ、薬師。このミニがドレスの方がいいに決まってますわ」
「ラーワの夫として、洗練された艶の乗るロングドレスは譲れません」
ばちばちと火花を散らしながらも、なんだかんだで気が合う二人は同時に私を振り向いた。
「「どちらが似合うか、着てください!」まし!」
「はひ」
あはは……私に選ぶ権利はないんだなあ。
や、リグリラもネクターも目は確かだからかまわないんだけど、一度真剣に選び始めると長いんだよなあ。
仙次郎はもう慣れているのか、ほのぼのとした表情で眺めているし、カイルはもはや放置と言う感じで、どこからか取り出した本を読み始めてる。うん。正解だよ。
口を挟むことをあきらめた私は、ネクターとリグリラに別室へ連行されて行きかけたのだけど、その寸前でぴんっと狼耳を立てた仙次郎が、ふと思いついたようにいった。
「園遊会と言うことはリグリラ殿も華やかに装われるのでござろうな」
「当たり前じゃありませんの」
「実際にそれを見られぬのは少々残念でござるな。さぞ美しかろうに」
「ふん、当然じゃありませんの」
言葉は素っ気なかったけど、私の腕を抱き込む手に力がこもった。
「……別に、見たいのでしたら、行く前に勝手に見ればよろしいですわ」
「うむ、楽しみにするでござる」
素直にふさりとしっぽを揺らす仙次郎に、リグリラは言葉を飲んで目をそらした。
照れてる照れてる、と思わずにやにやしていると、耳を赤くしたリグリラにちょっぴりにらまれた。
「服撰びが終わりましたら、マナーのおさらいですわよ。もちろん、覚えていらっしゃいますわよね?」
「え、えとあはは……」
もちろんすっぽり抜けていた私は、ひきつり笑いを浮かべるしかなかったのだった。