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第8話 ドラゴンさんと人工魔石

 



 そうして、午後にはメーリアスにたどり着いた私たちはその街門でネクターを拾うことができた。


「久しぶりですっラーワ!!」

「や、ちょ、私も嬉しいけど、恥ずかしいから早く乗って!」


 会うなりぎゅーっと抱きついてきたネクターにあわあわしつつ、馬車に乗り込みまた移動である。

 うう、リグリラのあきれたため息とカイルの生ぬるい視線がいたたまれない……。


「メーリアスは俺の時代から保養地として有名だったが、それは今でも変わらないらしいな」


 手綱を変わっていたカイルが、にぎやかに人が行き交う通りを眺めてふとつぶやいたのに、外を眺めていたリグリラが応じた。


「妙ですわね。保養地にそぐわない粗野な者も混じっていますわ」


 確かに、ちょっと気楽そうでもこぎれいな身なりの貴婦人や紳士が歩いていたりする中に、剣や杖を持ったハンター風の身なりの人が少なからず居るのは意外だ。


「それは最近、この街の近くに新たな迷宮(ダンジョン)が見つかったから、らしいですよ」


 その疑問に答えたのはネクターだった。


「最近と言っても数年前のことらしいですが。何でも、埋蔵品が豊富で、ヘザット国内で今一番活気がある迷宮なんだそうです。その関係でハンターギルド支部もできたそうですよ」


 迷宮は、その昔古代人が残した遺跡の一種で、英知をかけた防衛機構が今でも現役で稼働し、さらには守護者(ガーディアン)と呼ばれる魔術生物が潜んでいて、入るだけで命の危険がともなう古代遺跡を総称する。


 そんな危ないところにどうして人が集まるかと言えば、奥に進めば進むほど価値のある、様々な古代魔導書や古代魔道具などがあるからだ。


 いったい何で古代人はこんなものを作ったんだ、と言う疑問は解決していないが、発見され次第中立の立場であるハンターギルドが支部を設置して専用の許可証を発行して管理し、「冒険者」と呼ばれる迷宮探索専門のハンターが居るほど、古代遺跡探索は盛んだったりする。


 と、言うのはさておいて。


「もしかして、宿取るのは大変かな?」

「問題ありませんわ」


 一抹の不安につぶやいた私に、リグリラがすまして答えた。


「普通、保養客とハンターとでは泊まる宿は違いますもの。それに店の顧客にメーリアスに別荘を持っている婦人がいますの。今こちらに滞在していますから、泊まらせてくれますわ」

「ええと、それはありがたいけど。大勢で押し掛けて良いもんなのかな?」

「別荘の貸し借りは普通にあることですし、彼女はノクトファ……」

ノクト()がどうかしたかい?」

「いえ、何でも。ともかく先の宿に届いていた手紙ではいつでもどうぞと書いていましたから、今から参りますわよ」


 言いよどむのがちょっと気になったが、ともかくその別荘に行くことになったのだった。








 *








「ようこそいらっしゃいましたわ、マダムリリィ! 私の元へ来てくださって光栄ですわっ!」

「ええ、突然でしたのに受け入れてくださって、ありがとう。シノン伯爵夫人」

「バロウ国一のデザイナーであるマダムリリィですもの。断るなんてとんでもない! この別荘もこんなににぎやかになる事なんて滅多にありませんから、楽しいですわ。お連れ様もどうぞゆっくりしていらしてくださいね」


 優雅にはしゃぐという高等技術を駆使して喜んでいるのは、お店の常連さんだという、シノン伯爵夫人だった。

 全体的に少女っぽい雰囲気のご婦人で、すらっとした体を春らしい、薄黄色のツーピースに包んでいる。


 私たちは別荘におじゃまさせてもらってすぐ、シノン伯爵婦人からお茶に誘われていた。


 シノン夫人の所有する別荘は、地球で私が知っていた広々としたワンルームのログハウス的なものじゃなくて、普通のお屋敷だった。

 これならまあ、何人泊めても大丈夫だよなあ。


 と、思いつつ、私はリグリラが完璧な貴婦人の顔でシノン伯爵夫人とおしゃべりするのをのんびり聞いていた。

 主に最新の流行とか化粧法とかファッションについてなので、ネクター達はちょっと足をのばしてギルドをのぞいてくると早々に逃げていった。


 私は結構おもしろかったのでそのまま残ってお茶とおしゃべりを楽しんでいたのだが、ふいにシノン伯爵夫人がそわそわとリグリラに顔を寄せてささやいた。


「その、リリィ様、例のものは」

「それは後ほど、お渡しいたしますわ」


 リグリラもこそりとささやくのに、私は首を傾げる。


「それってなに?」

「ここでは、ちょっと」


 リグリラが曖昧な笑みを浮かべる。うーん?

 するとしまったと言わんばかりのシノン婦人が、慌てたように話柄を変えた。


「そういえばさすがリリィさんですわ。もうあの噂を聞いていらっしゃるなんて」


 もちろん初耳のリグリラは、紫の瞳を瞬かせた。


「あの噂、とは何ですの?」

「あら、わたくしてっきり、人工魔石を見にいらしたのかと」

「人工魔石?」


 私が思わず聞き返すと、シノン夫人は瞳を輝かせて身を乗り出した。


「まだヘザットの一部の上流階級にしか知られていない話ですのよ。なんでも、とある魔術師が開発製造に成功したとかで、天然魔石に勝るとも劣らない輝きといわれていますの! しかも、実現不可能といわれていた、傷無しで!」

「輝きと言われている、ということは、夫人はまだ実物をご覧になったことはありませんのね?」

「ええ。ですが、数日後に人工魔石のお披露目をかねたガーデンパーティがこのメーリアスで開催されますのよ。一定の額を出資した者だけが招かれますの。人工魔石を扱う商人も招かれているそうですから、譲っていただく交渉もできますわ……ああ、人工魔石はいったいどんなものなのかしら!」


 はしゃぐシノン夫人を前に、私は驚きを顔に出さないので精一杯だった。

 魔石の価格下落を調べようと思ってきたけど、いきなり手がかりみたいなものが引っかかるとは。でも……


 《ええと、聞けば聞くほど詐欺に思えるのだけど、これって止めた方がいいのかな》


 思わず思念話を使って問いかければ、リグリラはシノン夫人の滔々(とうとう)とした人工魔石の語りに相づちをうちながら、応じてくれた。


 《夫人はバロウでも有数の宝石コレクターですの。一応節度はあるようですし、シノン伯爵家は領地経営で裕福ですから、シノン伯爵も半ばあきらめているようですわ》


 まあとりあえず、問題ないって事にしておいて。


 《人工魔石かあ、気になるね。それが市場に出回っているとすればカイルの推測の裏付けになる。魔石を作るんだから魔力も大量に必要だろうし、そうすると関わりがあってもおかしくないよね》

 《まあ、魔物の増加との関連は不透明ですけれど無関係と断じるのは憚られますわね。それにしても傷無しの魔石が市場に出回るのでしたら、喉から手がでるほどほしい貴族や魔術師がどれほど居るかしら》


 リグリラの言う通り、人里で魔石は宝石としても扱われている。


 魔石は高濃度の魔力が長い間圧力をかけられることで、結晶化したものだ。


 魔力濃度の高い山を採掘で採ったり、浜辺に漂着したりするのだけど、そうやって採集されるものは地球のレアメタル以上に微量で、今も昔も主な入手源は魔物の討伐、だったりする。

 魔物の体内で精錬されるのは、皮肉にも魔物自体が高魔力体だからだ。


 色は魔力量や質によって変わるけど、どんな小さな結晶でも中心が光が閉じこめられているように揺らめくのが特徴で、とても綺麗だ。

 ただし、採掘や討伐で採るものだから、必然的に表面に傷が付いていたりひびが入っていたりしてもろく、宝飾品としては使いづらい一品だったりする。


 しかも魔力資源として魔術師にも利用されたりするから、大きな魔石の結晶が市場に出回った時には、魔術師と上流階級の夫人との熾烈な争いが繰り広げられると、ネクターから聞いたことがあった。


 ……人の欲望って怖い。


 そんな風に考えている間に、一通り語ってうっとりとしていたシノン伯爵夫人は、はっと思いついたように手を打った。


「そうですわ! わたくし、数日後にその方からまた園遊会(ガーデンパーティ)に誘われておりますの。首都での開催なのですが、しばらくヘザットにいらっしゃるのならリリィさんも一緒に行きませんこと?」

「わたくしもとても興味ありますから、そのお言葉は嬉しいのですけど、シノン夫人のご迷惑にならないかしら」


 一応遠慮してみせるリグリラだったが、逃がさないって顔にでてるよ?

 だけど、リグリラが何かする前にシノン伯爵夫人は自信ありげに微笑んだ。


「大丈夫ですわ。アヴァール伯爵夫人とおっしゃるのですけど、首飾りを自慢したくて、毎日のように茶会や夜会を開いておりますの。バロウで最高の仕立て師であるリリィ様をお連れして、咎められるわけがありませんわ。それに、招待状にも信頼のできるお友達をお連れしてどうぞ、とありますもの」


 獲物が自ら手に落ちてきたと悟ったリグリラはそれは見事に安堵の笑顔を浮かべた。


「それはほっとしましたわ。それなら、彼女も同行させていただいてもよろしくて? 古くからの親友ですの」

「もちろんかまいませんわ」

「ありがとう存じます、シノン夫人」

「うふふ。では、リリィさん、衣装の相談に乗ってくださる?」

「もちろんですわ」


 とたんに、きゃっきゃうふふとし始めたリグリラとシノン伯爵夫人の傍らで、そういえばいつから私も出席することになったんだ? と、内心首を傾げていたのだった。


 

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