第6話 ドラゴンさん、有能ぶりに戦慄す
私は旅装のカイルに片手を上げてみせた。
「やあカイル、ひと月ぶりだ」
「すまんな、ラーワ、予定より遅くなった」
「いやかまわないよ。旅行中の君まで手を貸してもらって悪いね」
カイルはドラゴンたちから仕事を任せられる前に今の世界を見ておこうと、諸国漫遊の旅に出ていた。
身体能力も上がっているから、一度の移動距離もかなり稼げるし、何より空間転移などの移動系の魔法や魔術も使い放題だから、この一ヶ月でかなりいろんな所を巡っていたようだ。
そんなカイルから試しにと、レイラインを通じて思念話が送られてきたのがちょうど討伐があらかた終わった頃。
その時に軽く話をしたら、カイルはこっちに向かいがてら情報を集めてくれると言い出してくれたのだ。
「なに、そろそろ当てもなくて飽き始めていたところだ。目的ができてちょうど良かったよ」
さらりと言ったカイルがイケメンすぎた。
若干戦慄しつつも私はカイルを連れて部屋に戻り、リグリラと仙次郎に紹介した。
「二人とも、この人が話していた今回の協力者だ」
「はじめまして、カイルだ」
カイルは灰色の狼耳と尻尾を持つ仙次郎に軽く目を見張っていたけど、すぐに片手を差し出した。
「お初にお目にかかる。それがしは鏑木仙次郎と申す。このたびはご助力感謝いたす」
仙次郎は軽く会釈をしてから、差し出された手を握っていた。
そのあとすぐリグリラの方を向こうとしたカイルだったが、その前にリグリラににゅっと顔をのぞき込まれてのけぞった。
「ふうん」
「な、なんだ?」
「久方ぶりにドラゴンに創られた魔族というから、どんなものかと思っていましたけど、ベルの旦那ではありませんの。道理であなたが関わっているわけですわ」
「まあその通り」
言葉の後半でこちらを見たリグリラに私は肩をすくめてみせる。
いきなりそんなことを言われたカイルは面食らっていたが、目の前の金の髪と紫の瞳の美女を見なおして驚いた顔になる。
「……て、この超弩級の美人、ベルの共同開発者だったマダムリリィじゃねえか。だが何で姿が……ってまさか」
「あら、今更気づきましたの? 我が同胞よ。ようこそ魔の深淵へとでも言うべきかしら」
婉然と微笑むリグリラに確信したカイルが、がしがしと頭をかいて私を振り返った。
「そういうことかラーワ! というかなんで王都に魔族が紛れ込んでいることを言わないんだ!!」
「いや、だって聞かれなかったし。何にも問題なかっただろう?」
「そりゃあ知らなかったら聞かないがな、元魔術師長として危険因子はすべて把握すべきと言うか」
「あら、ご挨拶ね。むしろバカをやらかしそうな下位魔族を片づけて差し上げてましたのに。ベルとは違って頭が固いこと」
あきれたようにため息をもらしたリグリラにカイルが何か言い返そうとしていたが、その前に仙次郎が声を上げた。
「少々尋ねてもよろしいか。リグリラ殿とカイル殿はどう言った関係なのでござろうか」
当然の疑問だけど、めちゃくちゃ説明しづらいなあ。
私とカイルはそろって言葉に詰まっていたが、リグリラは違ったようだ。
目をぱちくりとさせたあと、意地悪げな表情で仙次郎に小首を傾げたのだ。
「あら、気になりますの?」
「それはもちろんでござる。古くからの知己のようでござるし、なにやらその御仁、あなたと似た気配をまとっておられるゆえ」
「何だ、そう言うことですの」
とたんつまらなそう顔になるリグリラに、仙次郎は戸惑いの表情を浮かべる。
すると妙な顔になったカイルが、こっそり私に聞いてきた。
「もしかして、あれか、この二人は」
「ええと、たぶん、カイルの思ってる通りだと思うけど」
その微妙に含んだニュアンスの意味は、知っている私にとっては分かりすぎるほど明白なのだが、カイルはどうしてこのやりとりだけで気がついたんだろう。
若干私が戦慄しているとカイルはコホンと咳払いして、仙次郎に言った。
「俺は、つい最近生まれた魔族だよ。だが、元は人間でな。バロウで彼女と俺の妻が親しくしていたんだ。そして、彼女が魔族と言うことを今の今まで知らなくて驚いている真っ最中だ」
「そうでござったか。八百万の一柱の生誕、喜び申し上げる」
仙次郎に丁寧に頭を下げられたカイルは戸惑っていたから、私が横で説明してあげた。
「仙さんの故郷の東和国では、魔族や精霊が神々として祭られているんだ」
「なるほど、所変われば品変わる、だな」
うなずいたカイルに、すでに頭を上げていた仙次郎はあっけらかんと言った。
「それがしはすでに故郷は捨てた身でござるが、長年染み着いた習慣でござる故ご容赦願いたい。本来なればラーワ殿にもこのような砕けた言葉を使うわけには参らぬのだが、ともに死線をくぐり抜けた朋輩でもござる。そのような朋輩に距離をとって接する方が無礼と思うのでな、だいぶ砕けさせていただいておる」
「そう言う考え方は俺の気にも合う。是非適応してほしい」
「承った」
ニヤリと笑ったカイルに、同じくだいぶ砕けた感じで仙次郎もうなずく。私は仙次郎の「死線をくぐり抜けた朋輩」という言葉にちょっぴり照れつつ、カイルに声をかけた。
「カイル、調査の結果、聞かせてくれるかい?」
「ああ、正直レイラインについては大したことないぞ」
何せわかるようになったばかりだからなと続けたカイルは、ペンを取ると広げられた地図に書き込みながら話し始めた。
「俺がヘザットに入ったのは、ラーワ殿に話を聞いた翌日だ。ここ、南西の方から一番近いバロウの国境付近を目指して順繰りに回ってみた」
たどられた場所は、まだ私たちが手をつけてなかった地域だ。
「だが、俺にわかる範囲でレイラインの綻びも魔力異常もなかったな。一応街にも立ち寄ってみたが、魔物が特別多いような話も聞かなかった」
「そっかあ」
カイルによってつけられたレイラインの流れが、バロウの国境付近を埋め尽していくのに私はがっくりとした。
「ギルド直営の酒場にも行ってみたが、魔物の討伐依頼が若干増えていることと、迷宮が稼げるだとか曖昧な噂ばかりで、あまり芳しい情報は聞けなかった」
「え、そこまでしてくれたのかい?」
「軍役時代は結構やってたもんだぞ。ああいうところだと俺の方が目立たないしな」
それは言えてる。
カイルは横も縦もあるけど、ハンターギルドには同じようなムキムキのおっさん沢山いるし。
これが私たちの誰かが行くと、金髪美女は美女っぷりと場違い感で絡まれ、獣人はものすごく目立ってからまれ、優男ですらハンター証を出さなくても八割の確率で絡まれて、情報収集どころじゃなくなるのだ。
思わず遠い目になっていると、カイルがふと思い出したように言った。
「そう言えば、今の魔石の価格って百年前と変わらんか」
「ええと確か、売値は若干高くなってるよ。魔術機械によく使うようになったから」
「それなら妙だな、この国の魔石が異様に安い気がする」
「どういうことですの?」
リグリラがいぶかしげな顔をするのに、カイルは服のポケットからメモを取りだしてめくり始める。
そうして、テーブルの上に開いて置かれたメモをのぞけば、そこには立ち寄った国や街ごとの物価が整った字で驚くほど事細かに書かれていた。
「カイル……ここまでしていたのかい?」
「いや、これはまあ、習慣でな。物価がわかれば、その国や町の様子がだいたい分かる」
ネクターとはまた違う有能っぷりが怖いんですけど。
この一ヶ月でまわったのだろう別の国までリストにしてあるのを見て、その細かさに若干引いていたのだが、カイルはあっけらかんと続ける。
「俺がヘザットに入ってすぐはそうでもなかったんだが、首都に近づいていくにつれて魔石の価格が若干下がってるんだ。しかもここ、」
カイルが指さしたのは、ヘザット首都の次ページに書かれている街だった。
「首都より値が上がっている」
「大した金額ではないじゃありませんの。誤差の範囲じゃありませんこと?」
つまらなさそうにいうリグリラに、カイルは否定を返した。
「いいや、魔石は重要なエネルギー資源であると同時に、宝石としても利用価値がある。上流階級の多い首都よりも付近の街の方が高いってのはおかしいんだよ」
リグリラがむっと黙り込むと、カイルは色付きの鉛筆を手に取って地図に書き込み始める。
「で、こっちに来るまでに立ち寄った街だけだが。バロウの魔石価格を基準にして、魔石の価格が高かったのがこことここ、逆に安かったのがこのあたりだ」
カイルは最後にその地域をまるで囲んだ。
そこはヘザットの内陸部だったが、書き込まれた地図を見ていくと、私はあることに気づいた。
仙次郎も気づいたようで、袖に手を入れながら言う。
「フルーメ河に集中してるでござるか?」
カイルがまるで囲んだ地域はバロウとヘザットを横断するように流れるフルーメ河を中心とした一帯だった。
ヘザットの首都は若干外れているものの、魔石が安くなっている地域のほとんどがその河の近くや、河が街を通っている。
「そういえば、私たちが魔物を討伐した地域も、よく見れば殆どフルーメ河に近いのか。これは調べてみる価値はあるかも知れないね」
「なにが言いたいんですの」
ぴんときていないらしいリグリラに、仙次郎が言った。
「魔石はほとんど魔物の討伐で採集される故、魔石の価格下落は、その地域で魔物が発生している可能性があるのではないかと推理しているのでござるよ」
「こういう探し方は完全に盲点だったから、次の指針としては悪くないんじゃないかな」
川は魔力の流れとしても重要な意味を持つ。
水という物質だけではなく、魔力も運んでいるのだ。
水と一緒に流れるという性質上、川に流れる魔力はすごく不安定なのが普通だったから、今回はあんまり気にしていなかったけど、こっちが正解なのかもしれない。
どうせ、このあたりは調査し尽くしているから、拠点の移動は必要だと思っていたのだ。
「とりあえず、フルーメ河の近くの街に行ってみようか」
「なら、この街にしませんこと?」
地図を眺めていたリグリラが細い指で一点を指したのは、フルーメ河の上流の方にある街だった。
「メーリアス?」
「いいかげんつまらなくてうんざりしていたところですの。ここは風光明媚な保養地としても有名ですから、こんなへんぴな場所よりはずっと良いですわ」
「……新参者の俺がいうのもなんだが、遊びに行くんじゃないんだぞ」
「あら、元々この調査はおまけですもの。遊びついででもとがめられるいわれはありませんし、今の今まできちんと働いた分、休憩するのも大事でしてよ」
リグリラはしれっと返されたカイルは顔をひきつらせていたが、考え直したようだ。
「まあ、あそこは人の出入りも多い街だから、外国人も目立たないだろうし、情報も集まるだろう」
「よし。じゃあ出発は明日、ネクターが合流してからで……いや、この位置関係だと、ネクターには直接メーリアスに行ってもらったほうがいいのかな」
「ネクターがくるのか。ならだいぶとれる手段も増えるな」
「このメンツなら夜の行動でも大丈夫だけど、カイルも一晩くらいゆっくり休んでくれよ」
「この体になってから疲れはあまり感じないが、助かる」
さて、とりあえずの方針が決まったのはよかったな。
ネクターには早めに連絡をいれて相談しよう。
カイルの宿は、仙次郎の部屋は二人部屋だからそこに入れてもらえば良いとして、代金支払いにフロントに行くか。
そんな風に頭で算段していたから、私はリグリラの不穏な気配に気づくのが遅れたのだ。
「では明日の出立まで暇、ですのね?」
「え、うん。まあそうだ、ね?」
上の空で返事をした私は、そこで初めてリグリラの何かをたくらむようなひどく楽しげな笑顔に気づいた。
「それは重畳ですわ。さあそこの魔族、わたくしに付き合いなさいまし」
いきなり話しかけられたカイルはいぶかしそうな顔をする。
「なにに付き合えって?」
「魔族が二体いれば始まるのは決闘に決まってますわ。せっかくですから魔族社会のなんたるかもその体にたたき込んで差し上げます。だから存分におもちゃになりなさいな?」
「は、っておいちょっと!!」
カイルが呆気にとられている間に、リグリラはその太い腕に自分の細い腕を絡めると、私に向けてにっこりほほえんだ。
「ではラーワ、わたくしはちょっとカイルで遊んできますわ。夜には戻ってきますわね」
「リグッ……!」
気づいた仙次郎が呼びかけた時にはすでに足下には魔法陣が現れていて。
リグリラがひらりと手を振った瞬間、二人の姿は光に飲み込まれて消えていたのだった。





