第5話 ドラゴンさんは苦戦中
あけましておめでとうございます。
今年もドラゴンさんをよろしくお願いいたします!
思念話での遠距離通話は、レイラインの状況でつなげる場所が変わる上、その都度つなげたい人の魔力波を探し出さなきゃいけないから、うまくつながらないときもある。
だから、魔力的にわかりやすいものを持ってもらうことで、見つけやすくするのだ。
私の場合はネクターにつなげたいときは鱗を、アールの時はたてがみを仕込んだ腕輪を目印にして、思念をとばす。逆もしかりだ。
《では、一日ほどでそちらにつくと思います》
「了解じゃあまたね」
そうしてネクター達の思念話が切れると、私は無意識に左耳に当てていた手をおろした。
何となく、前世の電話みたいで、通話中はどちらかの手を耳に当てていないと落ち着かないのだ。
もう何百年も前のことなのに不思議だなあ。
にしても、アールが初マルカちゃんちにお泊まりか。
まあね、おじいちゃんのところに預けたり、川の源泉見てくるーって友達の幻獣と飛び出していって4、5日帰ってこなかったこともあるくらいだから、多少は慣れているのだろうけど。
子供が育つのは早いなあとちょっと寂しさも感じつつ、逗留している宿のベッドルームから居間に戻った。
そこにはテーブルに広げた地図を囲んでいる仙次郎とリグリラがいて、私が来たとたんこちらを振り向いた。
「あら、薬師と話は終わりましたの」
「今バロウを出たんだけどレイラインに恵まれなかったらしくてさ。後は乗り合い馬車で移動するからこっちにつくのは明日だって」
基本、杖での移動は短距離だからね。
そういうと、仙次郎は少々疲れたような顔になった。
「結局、ネクター殿らがこられるまでに終わらなかったでござるな」
「たかが人里に現れる程度の魔物の出現理由がわからないなんて。わたくしとしたことがとんだていたらくですわ」
「そうだね、ここまで苦戦するとは思ってなかった」
悔しげにほぞをかむリグリラに苦笑しつつ、私がテーブルの上の地図をのぞき込めば、ここ最近の苦闘の証が書き込まれている。
と、言っても、ギルドの依頼の方じゃなかったりした。
ギルドからの依頼の受諾をして、リグリラが休暇をお得意さん達に知らせ終えてすぐ、私とリグリラと仙次郎はヘザットの国境付近に向かった。
だけども、私は春休みまでに依頼を終わらせる気満々で、今回ばかりはドラゴンチートを大盤振る舞いするのもためらわない気満々だった。
私だってアールと遊びたいし!
なので、問題の町につくや否や、さっそく魔物狩りをはじめたのだけど。
「仙次郎、鍛錬の成果を見る良い機会ですわ。ちょっと殺ってきなさいまし」
「願ってもないでござる」
優雅に腕を組むリグリラの鶴の一声でつっこんでいった仙次郎は、二級三級の魔物がごろごろしている森の中を疾風のごとく駆け抜けて、ことごとく吹っ飛ばしていったのだ。
あれ、仙次郎、なんか前よりめちゃくちゃ強くなってません?
元々潜在的能力は高そうだなあと思っていたけれど、その乱闘ぶりにこの半年でどれだけリグリラと殺り合ってたのだろうと、ちょっと心配になった。
前衛だからどうしても打ちもらしたりもするけど、わずかに逃げた個体もリグリラがひょいひょいと核をつぶしていくから不安がいっさい感じられなかった。
これじゃあ私の出番ないなーと護衛がてら問題の町に残ったのだけど。
状況が変わったのは魔物に襲われる心配がなくなって祝賀ムードだった町の町長さんから、思い詰めたように打ち明けられた話でだった。
「実はよりヘザットに近い村がありまして……」
何でも、そっちの方面から魔物が現れてきて、その村とは数日前から情報が途絶しているのだという。
いや、それを早く言ってくれよ。
「じゃあそれ私が見てくるよ。ついでに連絡取ってくるな」
「は……?」
呆気にとられる町長さんにだいたいの場所だけ聞いて、ひとっ走り問題の町へ行った。
だってギルド長から依頼されたのは魔物の退治と調査だからね。
全部解決しない限りは依頼が済んだことにはならないだろう?
……というのは建前で、町長さんや町の人が案じているのを少しでも晴らしてやりたいと思ったんだけど。
途中、リグリラに思念話で連絡をいれて、その村についたときにはちょうど二級の魔物数体に襲われているところで、速攻倒したらものすごい勢いで感謝された。
や、確かに命拾いしたのだからしょうがないんだろうけど、そこのおばあちゃん崇めなくていいからな!?
すごい居心地の悪い思いをしつつ、その村でリグリラ達と合流したら、深刻そうな村長さんからこんな風に切り出された。
「実は、この先に親しい村がありまして、音信不通に」
なにこの既視感。
んで、また魔物をなぎ倒してたどり着けばその村にたどり着くと、今度は完全にヘザットの国境を越えた末、似たようなことを繰り返された。
「そちらには一級の魔物がでたとかで――」
「仙次郎、良い訓練相手が参りますわよ」
「うむ、相手に不足はない」
「――私たちも村を捨てねばならないと……は?」
にんやりと好戦的にほほえんだリグリラと仙次郎がとっとと歩いていくのに、村長さん達はぽっかーんとしていた。
実際、私の大まかな探索と仙次郎の嗅覚で見つけだしたのは一級の魔物だった。
リグリラの支援はあるものの、仙次郎はその魔物をほぼ一対一で倒しちゃって、周辺に散らばる魔物をつぶしながら見ていた私はびびったのだけど、同時にこの事態がおかしいことを確信していたのだ。
なぜなら、魔物がいた地域には魔力異常がなかったんだから。
魔物の仕業らしい魔力の乱れはあったけど、特別濃いわけではないし、ましてや魔物が発生するような環境じゃなかった。
それが気になった私は、とりあえず一級の魔物を倒した事をギルドへ報告したあと、そのままヘザット国内に入ったのだった。
リグリラと仙次郎は、良い鍛錬になるからと私につきあってくれている。
でもね、はじめからこんなにかかるとは思っていなかったんだ。
魔物を倒し終えた時点で3日目だったから、もう2、3日くらいで原因は分かるだろうと高をくくっていたのだけど、さんざん探し回っているにも関わらず、春休みに入った今でも魔物発生の原因を特定できてなかったりした。
ほんと、アールには申し訳ないことをしたな……。
「いったい何で、綻びもないのに魔物がうじゃうじゃいるんだろうねえ」
腕組みしながら、私はむむむと地図をのぞきこんだ。
ちなみに今の私は、ノクトではなく基本形でいたりする。
今いるのはヘザット側の街だから、黒火焔竜話がほとんど知られていないヘザットであえてノクトで居る必要ないじゃない? と気づいたからなんだが。
そのため、今の私はほぼ素である。髪の赤もそのまんま。
わあ、隠さなくて良いってなんて楽なんだろうっ! とはじめはちょっとうきうきだったのだが、こうして調査が行き詰まっている今は楽しむ気も半減だ。
地図には私たちが倒してきた魔物がいただいたいの場所と、大まかなレイラインの流れが書き込んである。
何でそうやってわざわざ図にしているかって?
簡単だ。
「しかもさ、まさかこんなにレイラインが追いづらい土地があるなんて思わなかったなあ……」
そう、このヘザット国周辺はドラゴンである私ですら魔力の流れが感知しづらい土地だったのだ。
毛細血管のように複雑に絡み合い、常に流動しているレイラインの把握が面倒なのはいつものことなんだけど、この地域はなんというかぼんやりとしていて直接見てみると全然違う風につながっていたり、そもそも流れが違ったりしていてだまし絵のようなのだ。
2、30年もあればある程度法則性を見いだして把握できるだろうけど、そんな時間はかけられない。
だから、魔物を見つけた場所を優先して図に起こしているんだけど、それでもあの魔物達がどこからわいて出てきたのか全くわからないのだ。
「結局、現地でしらみ潰しに探索術式を展開いたしましたけど、それらしいほころびもありませんでしたわ。しかもヘザットに来てからはいっさい魔物も出てきませんし。まったくひたすら野山を歩き回ることになるなんて」
腕を組むリグリラはだいぶストレスがたまっている様子だ。
リグリラもドレス作りは根気の作業だからこつこつやるのはそれほど苦手じゃないだろうけど、成果らしい成果もなければいらいらするのもしょうがない。
それでも帰るって言い出さないのは、私を手伝ってくれる気がまだあるからなんだろうなあと思うと、ちょっと胸の奥がくすぐったい気分になる。
「ねえラーワ。これだけわたくしたちが調べても見つからないのなら、そのほころびは自然に閉じてしまったのではなくて? 先の魔物はその名残というのも考えられますわ」
確かにレイラインにはちょっとの傷なら自然に修復されるから、リグリラの言うことも一理ある。
だけど、自動修復できる範疇のほころびで二級以上の魔物が現れるとも思えないのだ。
「だが、やはりあの魔物の数はちとおかしいでござるし、もう少しばかり時間をかけてみるでござるよ」
私と同じことを思ったらしい仙次郎になだめられると、むっとした顔をしつつもリグリラは黙り込んだ。
このあたりはお互いを分かり合っている恋人っぽくてちょっと良いなあと思うんだよねえ。
「まあ、とりあえず、ここの国境付近のレイラインが原因じゃないってわかったし、もう少し内陸に行ってみようか」
ひそかににやにやしつつ私が言ったところで、部屋の扉がノックされた。
扉を開けばこの宿の看板娘さんが緊張した風で立っていた。
「あの、下にお客さんのお知り合いという方いらっしゃっておりますっ。焦げ茶色の髪の、すっごい大きな男性の魔術師さんですっ」
「お、そうかい! リグリラ、仙さんちょっとまってて」
私がいそいそと立ち上がって、彼女について宿のフロントに行けば。
そこには身軽な旅装に身を包んで杖を背に負ったカイルがいたのだった。





