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第4話 ドラゴンさんはやる気満々

 




 ハンターギルドから適当に離れた場所で、男性体から女性体に変わる。

 その後、道で拾った辻馬車に乗り込んでの移動中、ギルド長室での会話を大まかに話すと、ネクターは眉をひそめて考え込んだ。


「多少の懲罰があるとは考えておりましたが、そのようなことに」

「うん。比較的知行地が安定しているから、ちょっと管理式に手を加えれば自由に動けるし、悪いことしたのはこっちだし、そのまま受けることにした」


 相談せずに決めてごめん、と言う意味も込めてみつめれば、ネクターは柔らかい表情で首を横に振ってくれた。


「これからもギルドとの良好な関係を続けて行くには必要な処置でしょう。ラーワをとられるのは少々気に食いませんが、仕方ありません」


 ……え、言葉とは裏腹にどうしてくれましょう的な黒い微笑になっているけど、なにもしないでよ?

 ま、まあとりあえず見なかったことにして、続けた。


「と言うわけで、ギルドと詳しい打ち合わせをした後、このまま依頼地に行くことになると思うから、一緒には帰れなくなった」

「そっか、かあさまとはここでお別れかあ」

「ごめんね」


 隣でしょんぼりとするアールの頭を、慰めの意味を込めてなでた。


 今回アールは春休み前なのにわざわざ学校を休んで王都に来ていたりする。

 主にアールが私とリグリラの試合を見たがったからだけど、基本、アールは学園が好きだ。

 初等部4年間の単位を取っているから実質行かなくてよくても、通常通り学園がやっている以上は帰りたがるだろう。


 本当はアールの春休みに合わせてできたら良かったんだけど、あの魔術障壁試験がねじ込まれちゃっていたから無理だったんだ。


「ぼくだってわがまま言ってこっちに来たんだから、かあさまが悪いんじゃないよ。それにちょっと楽しみにしてる授業もあるし、エル先輩が今の自分にあった新しい魔術銃を作るっていってたから、手伝いたいんだ」

「へえ、エルくん魔術銃新しくするんだ」

「うん。魔術が使えるようになったから、今の自分に最適化するんだって。最近は編入とか、荒野のおじさんのこととかで忙しかったけど、ようやく落ち着いてできるから、って」

「エルくんと先輩は最近どう?」

「んーと、荒野のおじさんはエル先輩の使い魔の振りをして一緒に学校に来てるよ。先輩はおじさんにいろいろ教えてるし、ぼくもよく聞かれる。おじさんは楽しそうだけど、エル先輩はうーんと、慌てたり、げんなりしたり、驚いたり、大変そう?」

「ああうん、それは……」


 首を傾げていうアールに私とネクターは思わず笑ってしまった。


 あの朴念仁な先輩の楽しそうな感じというのは想像つかないけど、エルヴィーがドラゴンな先輩に振り回わされて右往左往するのは、目に浮かぶようだ。


 魔術が使えるようになったエルヴィーは、魔術科に転科して猛勉強中らしい。

 術式彫刻(エングレーブ)も学び直しで、さらには先輩との共同生活と毎日がめまぐるしいのはアールを通して聞いていたけど、どうやら相変わらずあっちこっち忙しそうだ。


 学園で待っている楽しいことを思い出したのか少し目をきらきらさせるアールにほっとした私は、目の前のネクターに視線を戻した。


「そういうわけでネクター、そっちはよろしくね」

「わかりました、アールと家で待っています」


 わかったと言いつつものすごく心配そうな顔をしているネクターにちょっぴり苦笑する。


「大丈夫だよ。リグリラと一緒だし。仙さんも誘うから戦力的には申し分ない。どんな依頼でもこなせるさ」

「わかってはいるんですよ。でも、頭でわかるのと気持ちの整理が付くのは別なんです」


 傍目から見てもしょんぼりするネクターに、アールが遠慮しがちに声を上げた。


「とうさま。かあさまが心配なら、ぼく一人で帰れるから、こっちにいてもいいんだよ?」

「いいえ、いいんですよ。あなたが学校から帰ってくるのを家で迎えたい気持ちも同じくらいあるのです。だから一緒に帰ります」

「そっか」


 ネクターがかなりあわてた様子で言えば、寂しそうなアールの表情が嬉しげにはにかんだ。

 うん。この依頼、気が進まないけど、私も早く帰れるようにがんばろう。

 ふん、と気合いを入れ直していると、ネクターがちょっぴりまじめな顔になる。


「それにしても、第二級の魔物らしいとはいえ、人の立ち入る区域で複数目撃されるとは、少々気になりますね」

「でもシグノス平原の影響が波及したにしてはちょっと早いような気がするし、目撃地域がヘザットの国境付近だろう? 偶然だと思うけど」


 まあそれでも、気になることには変わりない。


 今回ギルド長に任されたのは、隣国ヘザットとの国境付近で頻繁に目撃される魔物の調査と討伐だった。

 情報源は地元の住民や近くの町を拠点としていたハンターからで、初めて目撃されたのは数週間前。

 そのときは魔物とは言え第三級になるかならないかの弱い個体で、地元のハンターたちで対処できていたという。

 だがその後も魔物はひっきりなしに現れ、ついには第二級の魔物が徘徊するようになって手にあまりはじめ、これはおかしいと国に要請が来た。

 

 普通に国から正規の討伐隊を送れればよかったのだけど、そこが国境近くだったことで問題になった。


 バロウは、ヘザットとはそれほど仲が良くないどころか、水面下で徹底的にやり合う仲だという。

 そんなところへ正規軍や、軍役魔術師を送ったら緊急事態だと説明しようと、示威行為にとられかねない。


 と、言うところで、ギルドに依頼が来たらしい。


 ギルドに所属するハンターは、どこの国にも肩入れしないと言うことになっているから、こういう微妙な場所での討伐では割と重宝されていた。

 ぶっちゃけ報酬はかなり良いけど、それ以上に面倒なことを任されることも多い。

 

 今回の依頼地域ではすでに複数の死傷者が出ていて、住民やハンターたちは町にこもって半籠城状態だというからそれほど悠長にはしていられない。


「あそこらへんはドラゴンもいなかったはずだから、レイラインが乱れている可能性は無くはないんだ。そのせいで魔物が生じているんなら、私もほっときたくはないし」

「討伐した後も乱れたままでしたら、また依頼が出る可能性は高いですから。元を断てるに越したことはないでしょう」

「レイラインの調整もするの? なら、お仕事時間かかる?」


 アールが驚いた顔が、どことなく不安そうなのがひっかかった。


「あくまで仮定の話だから、何ともいえないけどどうしたの」

「春休み……」


 遠慮がちにつぶやいた単語に私ははっと思い出した。


 そうだった。今回の春休みはアールとおじいちゃんのところ行こうねって話をしてたぞ。

 そのほかにも知らない土地に思いっきり飛んで行ってみようとか、レイラインの調整の練習もしようねとか、春休みの端から端までめいっぱい遊ぶ計画立てたな。

 ええと春休みまで一週間もないわけでそれまでに調査して、討伐して、必要ならレイラインの調整……あれ割と時間がない?


 一瞬あきらめる、と言う選択肢が浮かんだけれども。


 ほんのりと期待を込めつつも、だめだと言われることを覚悟しているようなそんな切ない表情のアールを見たら全部吹っ飛んだ。


「い、行ってなきゃわかんないけど、がんばるからっ。春休みまでには終わらせてアールと遊ぶ!」

「ほんとう?」

「本当だよ! リグリラだってアールに裁縫を教えるの楽しみにしてたし、きっと協力してくれるよ。約束する!」

「やったあ」


 控えめだけどたちまち嬉しそうに顔を輝かせるアールにほっと息をつく。やっぱりアールには笑顔でいて欲しい。


「大丈夫ですか?」

「だってアールとの約束のほうが先だし、私だってアールといたいもん。どんな魔物だろうとレイライン調整だろうと全力で終わらせるよ!」


 アールと一緒の春休みのために!

 そんな感じで心配そうに聞いてくるネクターを横目に、私はやる気をみなぎらせたのだった。









 *









 王都から帰ってきて数日。

 学園から帰ってきたアールが、表通りに面しているう薬屋「ドリアード」の入り口から入ると、ちょうど店内にいた妙齢の婦人と目があった。

 常連のおばあさんだったので、アールはにっこりと笑った。


「こんにちわ、ハンナおばあちゃん」

「お帰り、アール君。助かったわ。お父さん、薬の調合をしているみたいで、呼んでも出てこないから困っていたの」

「それはごめんなさい。いつものリュウマチの薬ですよね」

「ええ。お願い」


 ほっとした顔でそう言ったハンナを待たせて、アールがカウンターの裏に鞄を置きつつ、専用の棚を見れば、幸い、ハンナの名前が記載された薬の包みが並べられていた。

 それを取ってハンナにわたし、代金を受け取る。

 さわっていいのは知り合いの、それも個人に調合された薬だけとはいえ、何度も店番をしているから慣れたものだった。


「ありがとう。アール君、店番もして偉いわね」

「えへへ。ハンナさんもお大事に!」


 店の扉を開けてハンナを送り出したあと、アールは店の扉にかかった「営業中」の札を裏返し「閉店」にする。

 そうして、鞄を持って自宅へ通じる廊下を歩き、すぐ脇にある父親の研究室兼調合室の部屋の扉を開いた。


 様々な植物や薬の匂いが漂う部屋の壁一面には、書棚なのだが、書物や資料があふれて床にまで積み上げられている。

 大きな机にはまだアールにもなにに使うかわからない複雑な道具が置かれ、複数の専門書が開きっぱなしで置かれていた。


 だが、そこに父の姿はなかったので、続き部屋への扉を開くと、むわりとした何とも言いようのない濃い匂いが立ちこめる中で、ぼうっと大鍋の中身をかき混ぜる父、ネクターがいた。

 大鍋は専用の調整術式釜にかけられていて、難しい薬品の調合をしているのわかったため、少し待ってようかと思ったアールだが、大鍋の中身がちらりと見えて、慌てて声をかけた。


「とうさま、大鍋の中身が煮詰まりすぎてるよっ」

「え?……あ、あああ!!!」


 ネクターは反射的に大鍋の中身を見ると、絶望的な声を上げつつ大慌てで、術式を止める。

 傍らのテーブルから、試験管を手に取り、レードルでそっと中身を注いで明るい光にかざしていたが、がっくりと肩を落とした。


「ああ……魔術試薬が、台無しです。貴重な資材でしたのに……」


 ため息をついて、試験管を専用の台に戻したネクターは、アールに向き直った。


「お帰りなさい。アール」

「ただいま。さっき、ハンナさんが来てたよ。いつもの薬をもらいに来てたから、渡しておいた。お金はいつもの所に入れてあるから」

「全然気づきませんでした。すみません、ありがとうございます」


 申し訳なさそうな顔でお礼を言われて、アールは曖昧にうなずいた。


 かあさまが王都に残り、そのあとすぐにリグリラや仙次郎とともにヘザットに行ってから数日。

 はじめの数日はそうでもなかったが、あちらがだいぶ気になっているようで、ネクターはぼんやりしていたり、ため息をつくことが多くなったりしていた。

 そして二日前にかあさまから追加で調査したいことができたと連絡が入って以降、実際の行動にも影響が出てき始めていたのだが、薬品の調合に失敗するのは相当だった。


 今回のラーワの仕事に関して、アールはそれほど教えてもらっているわけではない。


 魔物がたくさんでたから討伐しにいく、ということ。

 そのあとで、ちょっと気になることができたから、調べに行くことになったというくらいだ。

 かあさまなら大丈夫なのはわかっていても、せっかく春休み中も一緒にいられる、と思っていたから残念だったが、ネクターの落ち込みようのほうが今は心配だった。


 そうして、いつも通り夕ご飯を一緒に作って食卓を囲んだ時に、アールは何事もなく振る舞うネクターに話しかけた。


「とうさま、かあさまたちから連絡あった?」

「ええ、お昼のうちに。ですが、やはり状況は芳しくない様子です。春休み中には絶対帰るから! と言っていました……」

「そっか……」


 ネクターははなにも言わないけど、すぐにでも行きたいのだろうな、とアールでもわかる。

 アールが居るから、家にいるのだ。

 それは、ラーワも気になるけど、アールのことも心配だからで、一人ではおいていけないから、でもある。

 アールだって、かあさまがいつまでも帰ってこないのは寂しい。


 だから、アールは意を決して切り出した。


「とうさま実はね。今日マルカが、おじいちゃんのお家でお泊まり会しようって誘ってくれたんだ」

「セラムの家にですか?」

「そのまま、春休みの終わりまで居ても良いよって言われたから、その間、かあさまのところへ行ってきて良いよ?」

「なぜ、急に」


 面を食らったようにネクターに見つめられたアールはちょっぴりそわそわしつつ言った。


「とうさまも、かあさまのお仕事、手伝いに行きたいんでしょ? ぼくがマルカのうちに泊まっている間は、気兼ねなくかあさまのところいけるよね」

「それは、確かにそうなのですが……」


 決まり悪そうに赤面するネクターに、アールはフォークをおいて訴えた。


「ぼくだって、かあさまがいないの寂しいし、とうさまがそわそわしてるの見ていられないんだもの。ね、良いでしょ、とうさま」


 ネクターはアールにもわかるほど、悩んでいる風だったが、長い沈黙の後ふうとあきらめたように息をついた。


「ほんとうに、アールには気を使わせてばかりですね」

「じゃあ」

「ええ、私からもお願いします。セラムには私からも後で連絡を入れておきますから、お泊まりに行ってきてもらえますか」

「やった!」


 アールが拳を握って喜んでいると、苦笑するネクターがふと思い出したように続けた。


「まあ、ラーワはカイルにも声をかけたようですから、もしかしたら私が行く前にお仕事が終わってしまうかもしれませんが」

「え、カイルさんそっちにいるの?」


 魔族になったカイルは、人だった頃は好きなところへ行けなかったから、ドラゴンから仕事が頼まれる前に、見聞を広めてくると方々の国を旅していた。

 あちこちを飛び回っているようで、この間も、ずいぶん遠い国からのおみやげが空間転移で送られてきたけれど、そんなに近くに帰ってきてるとは思わなかった。


「ええ、どうやら、ラーワが手伝いを頼んだらしくて。それで余計に行きたくなってしまったのですよ」


 苦笑したネクターに、アールはちょっと心配になって言った。


「とうさま、かあさまはお仕事をしてるんだよ? じゃましちゃだめなんだからね」

「わ、わかってますよ。アールこそ、さびしくなったらいつでも帰ってきていいんですからね?」


 慌てた様子で言ったネクターに、アールはくすくすと笑いつつ、フォークを持ち直して食べ始める。

 マルカの家でのお泊まり会を許してもらえて興奮していて、味は良くわからなかった。



今年もありがとうございました。

年を明けて1月から、ドラゴンさんは毎週土曜日20時更新になります。

次回は1月7日です。

来年もよろしくお願いいたします。

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