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第28話 ドラゴンさんは困惑する

 


 シグノス魔導学園を襲った魔物の大発生は、戦闘経験のある教員が森の中で数を減らしていたことと、速やかな連絡と警報により魔術科と戦闘科の生徒たちが迅速に動きだして対応したことにより、負傷者は多かったが死亡者は無し、と言う結果になった。


 一部に危険な第一級相当の魔物に遭遇したと言う生徒が現れたり、稲妻をまとった大男の目撃情報がいくつか寄せられたが、真偽のほどは不明。


「以上が、今回の最終報告となるでしょう。あれほどの規模の魔物の集団発生でこのような結果に納められたことは奇跡です。魔物の大量発生については今後も調査はされますが、原因は不明と言うことで納めます」

「ありがとうございます、セラム」


 疲労と苦悩の表情の中でもきっぱりと言い切ったセラムに、私とネクターは感謝を込めてうなずいた。


 魔物急襲の事態の収拾がつきかけた二日後にようやく顔を合わせられたセラムに、私たちは地力上昇術式施設が復元されていたこと、今回の魔物の大量発生はそのせいだったことをほぼ正直に話した。

 さすがに、ドラゴンの「試験」については言えなかったが、セラムは初めて聞く魔導施設にまつわる事柄についても全部飲み込んで腹一つに納めてくれることになった。


「ごめんな、セラム。私が気づければ良かったのに」


 罪悪感からつい謝ると、セラムがあわてたように言った。


「いいえ、元をたどれば、私たち人間がそのようなものを作り上げたことが原因です。因果応報とでも言うのでしょう」

「今度こそ、魔導施設は痕跡も残さず破壊しました。二度と復元されることはありません。ですが……」


 ネクターが言い掛けたことを察したセラムは、真剣にうなずいた。


「誰が復元したか、ですね。その魔導施設を復元した犯人がシグノス学園内にいる可能性があります。直ちに調べましょう」

「いや、それはいいんだ、たぶんシグノスの中にはいない」

「姉さん、何故そう思うのですか」

「あそこに使われたのが、古代魔術だからだよ」


 勢いがそがれたような顔をするセラムに、私は、あのあと実際に見た魔導施設を思い出しながら言った。


「確かにね、シグノス学園の人がやろうと思えば、復元できるよ。

 でもそのためには最低でも何百人もの人が必要で、何十年もかけなきゃ無理だ。

 あそこの復元に使われたのはもっと単純な、その土地の記憶を目覚めさせて再現する。いうなら、夢を見せる魔術だったんだ。」

「ラーワが解呪したとたん、元の壊れた遺跡に戻りました」

「なんと……では、誰が」


 驚きつつも考え込むセラムに、私とネクターは杖を取り出す。


「でね、ネクターが言い出そうとしたのはこっちのこと」

「っ父の杖ですか!?」

「その施設の中に置き去りにされていました」

「ああ、良かった。あの騒ぎでしたから調査も中断していて。あなた方が見つけてくださっていたのですね」

「うん、まあそうなんだけど」


 実際はちょっと違うんだけどねえと考えつつ、驚きと安堵の表情を浮かべるセラムが杖を受けとろうと手を伸ばすが、その前に独りでに宙に浮かび、姿を変える。


 若々しい背格好で現れたカイルにセラムが驚愕に呆然とする中、カイルは片手を上げた。


「よう、セラム。元気か」

「……父さん、ですか」

「俺自身は、そう感じている。

 紆余曲折あってこの杖が俺の本体になっちまってな。ガラスケースに収められるのは勘弁なんだが」


 無言で凝視され、気まずそうに頬を掻きつつ言うカイルにセラムはふっと肩の力を抜いた。


「あり得る、とは思っていましたが、まさか自分の代で再び父さんと会えるとは思っていませんでした」

「俺も妙な気分だよ。爺になったな。セラム」


 いや、それはないんじゃないって思ったが、カイルはそのまま続けた。


「クロムは死んだんだってな。爺になったおまえに会えるとは思ってなかったから素直に嬉しいよ。立派になったな」


 まぶしげなまなざしで見つめられてセラムは、少し照れたように笑う。


「あなたの孫も、ひ孫もいますよ」

「ああ、ひ孫にはあったよ。あいつ等のおかげで、間に合った」


 その言葉で、セラムははっと気づいたようだった。


「もしや、稲妻をまとった大男、というのは」

「たぶん俺だな。助けてって言われたし、俺が作った学園が窮地の時に黙っていられるかよ」


 乱暴に言い放つ、カイルに、セラムは深々と頭を下げた。


「この学園を守っていただき、ありがとうございます」

「いいや、元はと言えば俺の時代の不始末が原因だ、当然のことをしたまでだよ」

「それでも、です」


 カイルはそれ以上何も言わず、ただうなずいた。

 セラムの双肩にかかっている責任が、どれだけ重いか知っているからかもしれない。


 しばらくして頭を上げたセラムは、気楽な表情に戻っていた。


「それにしても、動いてしゃべるものをガラスケースに収めるわけには行きませんね。何か、対策を立てましょう」

「レプリカを本人が作れば大丈夫じゃないかな」

「よろしくお願いします、父さん」

「了解」


 苦笑しながらうなずいたカイルに、セラムがそわそわしながら問いかける。


「あの、父さん、今はどちらに」

「ネクターたちの家に世話になってるよ。そのあとはまあどこに行くか」

「学園も明日には全授業を再開し日常に戻りますから、私も余裕ができます。お急ぎでなければ、私の家に寄ってください」

「良いな、それ。孫ひ孫の顔も見てみるか」


 照れくさげに笑いあう、セラムとカイルに私たちもほっと息をつく。

 セラムが受け入れられるかが心配だったが、杞憂だったようだ。


「そうだ、セラム、エルヴィーのことなんだけど」

「そうでした! それもあなた方にお知らせせねばと思っていたのです。先ほどエルヴィーが目覚めた上に、魔術につかえるようになっていたのです!」 

 セラムは表情を輝かせながら興奮気味に続ける。


「いまは治療院と学園双方からの精密な検査を受けていますが、どちらも奇跡だと驚愕に包まれています。もう一度魔術適正審査の後、近いうちに魔術科へ転科することになると思います。――――ですが、いつの間にかトカゲのような幻獣をつれているのです。何か、ご存じですか」


 含みを持ったセラムの問いかけに、まずはどこから説明したものか、ネクターとカイルと顔を見合わせて苦笑したのだった。







 **********








「要の竜ともあろう方々が、まさかここまで愚かだとは思いませんでした」


 ネクターは怒っていた。

 そりゃあもう激怒なんて言葉が生ぬるいくらいの勢いで怒っていた。


 当事者ということで、カイル共々招かれたドラゴンの異次元空間の中でのことである。


 あの後、私がどういう経緯でたどり着くことになったかを聞いたネクターはごっそり表情をなくしたかと思ったら、ゆうるりと微笑んだ。

 私はそのほほえみがあんまりにも完璧すぎて背筋がぞくぞくっとなった。


「わかりました、ラーワご安心を。ただいま御師様に相談して参ります」

「ええと、何を」

「ドラゴンをすべて殲滅してもこの世界のバランスを採る方法をですよ?」

「ちょっと待ってネクター! 君が怒ってくれるのはありがたいけどそれだけはやめよう!?」

「ならばあなたが拘束されて閉じこめられたことに対する謝罪を要求しますので、連れて行ってください」


 据わりに据わりまくった薄青の目を見ていられなくて、同席していたカイルに助けを求めたが、諦観の様子で首を横に振った。


「これはだめだ、本気でやる。14代目バロウ国王がラーワ殿に使者を差し向けたとき以上だ。おとなしく連れて行った方がいいぞ。にしても、ネクターが本気で怒る場面を二度も見ることになるとは」


 ネクターブレーキであるあのカイルが目を泳がせるというかつてない事態に、私はことの深刻さを理解して震えた。

 幸いにも向こうから召還要請がきたので、こうして意識だけでドラゴンたちのまっただ中に乗り込んできたのだが。


 予想に反してネクターは、集まるドラゴンたちにむけて微笑んだ。

 だが、氷の微笑だ。絶対零度の微笑みだった。

 激おこぷんぷん丸以上の怒りが如実に見え隠れするそれに、脇で見ているだけの私たちも凍りそうだった。


「……とうさま、こわい」


 珍しくおびえた顔をするアールと抱き合って、その様子を見守った。


 息さえも凍るようなその笑みに、ドラゴンたちですら勢いに飲まれたように沈黙している中、ネクターはとうとうと語り始めた。


「あなた方は同胞との全会一致を是として居るにも関わらず、ラーワの意見を無視し、あまつさえ拘束したと言うではありませんか。人族を尊重するラーワの意見は確かにあなた方の中では異端でしょう。ですがあなた方は他の種族の力を借りようとしていたのです。ならばラーワの証言はまさに金言、貴重な情報源であったはず。このような愚行を犯す前に、その言葉に耳を傾けるべきだった。そうではありませんか」

≪しかし、主観が混じりすぎる≫

「主観結構、あなた方はそれすらも知らなかったのです。それ以下の知識しか持ち合わせずに否定する権利がどこにあるというのですか。

 何よりラーワは人族に限らず、精霊、魔族たちとも交流を持ち、自らがその目で見、その声を聞き、ふれあい集めたその経験は、何より必要な情報だったことに変わりありません。

 その言葉に耳を傾けた【荒野に息吹もたらし育む者】はその結果人族の少年との交流に成功しています。主観でも有益な情報となりうるのです」


 ネクターの言葉にドラゴンたちがざわめく。

 あーうん、まあね確かに先輩について行って応援したよ? でもそれは元々の積み重ねがあるからで……

 ネクターに黙ってろと視線を食わされた。はい黙ります。


「良いですか。あなた方にとって人というものは脆弱で愚かで卑小に見えることでしょう。私は精霊になりましたが、それですらあなたたちから見れば弱くはかないもの。ですが私たちにも矜持というものがある。それを踏みにじるようなこの所業。

 万物を守る要の竜ともあろうお方のやることではない。

 あえて言いましょう。あなたがたは他種族に無頓着すぎます。このままではいつか、その傲慢さで身を滅ぼすことでしょう」


 すばらしい勢いで啖呵を切ったネクターに、私とカイルは天を仰いだ。


 激おこぷんぷん丸の上ってなんだったかなあーと現実逃避をしつつ、猛吹雪の中立ち尽くすドラゴンたちの中で何とか解凍したらしい一体が発言した。


≪【荒野に息吹もたらし育む者】よ、精霊の言は真実か≫

≪肯定。約一日前、【溶岩より生まれし夜の化身】の助力と助言により人族の少年と友誼を結ぶ≫


 ああうん、なんだかあれだったけどね、女子の告白につきあったみたいでめちゃくちゃ恥ずかしかったけどね。

 先輩が役に立ったと思ってくれるなら嬉しいよ。


≪理解。【溶岩より生まれし夜の化身】よ≫

≪はひっ!≫


 エルヴィー君のわかってないような顔で何とかなったっぽいなあとほのぼのしてたいきなり声をかけられた。

 へ、変な声でた。


≪今後、貴殿から提供された情報を元に、今後の対応を考える≫

≪【夜を彩る炎の華】についても、情報収集として今しばらくの人界生活を許可する≫

≪協力を求める≫


 その腰の低い態度に絶句していると、

 ガンッ!とネクターがその場に足を振り下ろしていた。

 あ、あれ何でかな、地面なんてないのにひびが入ってるように見えるぞ。


「まだわかっていらっしゃらないようですね? そんなもので濁すほど、ドラゴンというものは了見が狭いのですか?」


 ネクターのにっこり笑顔に、ドラゴンたちがビビっているように見えるのは気のせいだろうか。


≪……性急な判断であったと反省する≫

≪【溶岩より生まれし夜の化身】、【夜を彩る炎の華】に謝罪≫

≪えと、その受け入れます≫

≪はい、同じ、です≫


 正直、アールとネクターを危険にさらしたことや、むやみに人を巻き込むようなことをしたこととか、許したわけではないけれど、あちらこちらにちょっぴり涙目になっているドラゴンたちは見ない振りをしてあげよう。

 なんか、ほんとネクターがすみませぬ。


「ラーワ、承伏できないのなら受け入れずともかまわないのですよ。彼らは少しはわかった方がいい」

「いや、ラーワ殿が良いと言ってるんだ、十分だろう、ネクター」

「……仕方ありませんね」


 カイルになだめられたネクターは不承不承と言った感じで矛を収めた。

 ふう、とため息がそろったのは気のせいじゃないだろう。


 その後、若干駆け足でドラゴンの間で意見が交わされ、私にもかなり意見が求められた。その結果。


≪今後は【溶岩より生まれし夜の化身】【夜を彩る炎の華】【荒野に息吹もたらし育む者】の3体を中心に、他種族に関する情報収集をおこなう≫≪また知行地付近の高位精霊、魔族などに助力を求めることを推奨し、試験的に精霊と魔族がどれほど有用に管理できるかの情報を得ることを目標に、木精、ネクター・プロミネント、及び循環の魔族カイル・スラッガートに助力を求める≫

「あなたたちに協力するのはごめん被りますが、ラーワとアールのためでしたら引き受けましょう」

「俺も同意だ」

≪協力、感謝する≫


 言いたいことは山ほどあるが、状況を変える一歩を踏み出せたことは、よろこばしいことだ、と思う。


 小さな一歩だけど、魔力循環の管理なんて数十年単位だ。

 ゆっくり変わっていけばいい。


 その後、情報の共有に関するいくつかの事項を決めた後、若干逃げ腰のドラゴンたちが会合の終了を宣言しようとする前に、カイルが声を上げた。


「最後にひとつ、お聞きしたいことがあります」

≪なんだ≫

「俺は魔物が生まれるほどの高濃度となった魔力空間の中に俺の杖が放置されたことで、精霊として目覚めました。放置されていたのは人族により構築された地力上昇術式施設の中です。

 ですが、あの施設は100年以上前に破壊されていたのに、復元され稼働していた。それが今回の魔力異常の原因でした。施設を復元し、俺の杖を放置したのはあなた方でしょうか」


 私たちが一番聞きたかったことに、返ってきたのは否定だった。


≪否。我らは候補地を選定する際、偶然【荒野に息吹もたらし育む者】の土地に理想的な魔力異常を関知し封鎖したのみ≫

≪人族の施設の存在関知せず≫

「つまり、俺の杖がそこにあったのも」

≪関知せず≫

≪以上、会合を終了とす≫



 その返答に私たちは困惑気味に顔を見合わせた。




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