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第27話 少年はドラゴンと出会う

 


 エルヴィーは夢幻の中で、あの日、幼い自分が、マルカとともに精霊喰いに襲われたときの記憶を見ていた。


 マルカを守れず、精霊喰いに食われかける寸前で目覚める悪夢は、今までも何度も見ていた。

 だが、今回はいつもと様子が違った。


 エルヴィーが食われる寸前で、精霊喰いが突如として吹いた風に巻き上げられ、切り刻まれるのだ。

 散っていく魔石の輝きの中、現れたのはごつごつとした、大きな生き物で。


 ああ、そうだ、このドラゴンに助けられたのだ、と、エルヴィーは思い出した。


 精霊喰いの触手に襲われたマルカは意識を失い、今にも息が止まりそうだった。


 祖父はドラゴンのことをよく話してくれた。

 どんな魔術でも使える、優しい生き物。

 そのドラゴンは、祖父の話よりもずっと恐ろしげで震えたが、でも、もしかしたら答えてくれるかもしれないと、必死に話しかけたのだ。


 そうしてエルヴィーは契約をした。

 マルカを助けてもらう代わりに、エルヴィーの意識にドラゴンを住まわせる。


 ドラゴンは、エルヴィーに興味を持ったと言っていた。

 人がどのようにいきるのか見てみたいのだと声ない意志で教えられた。


 何故忘れていたのだろう?


「より正確な情報を得るために、忘却させていた」


 磐のような声にエルヴィーが振り返れば、あのドラゴンがそこにいた。

 息をのむ。


「汝の魔力行使が不可能となったのは、我を受け入れたためである」


 エルヴィーは授業で習った幻獣との契約に関する注意事項を思いだし、納得する。


 長年の疑問に答えが出たことにどっと安堵して、思わず笑った。


「そうか、そうだったのか。ありがとう」

「問、何故、礼を」


 ドラゴンが困惑したように言った。

 この威圧的な外見は恐ろしかったが、なんだかエルヴィーの中にずっといたかと思うと、この気配に親しみすら感じた。


「それどころじゃなかったけど、精霊喰いから助けてくれた時のお礼を言ってませんでした。マルカも生かしてくれて、ありがとうございました」


 改めて礼を言えば沈黙する。

 何かおかしなことを言っただろうか、とエルヴィーは思っていると、ドラゴンが言った。


「謝罪。汝の魔術許容領域を占領し、魔術行使を不可能にした」


 エルヴィーは目を丸くして驚いた。


「いえ、そういう契約だったでしょう。ガキの頃の俺はほとんど理解してなかったけど、謝る必要ないですよ」

「だが、汝を不必要に苦しめていた」


 そうか、このドラゴンは、エルヴィーのすべてを知っているのだ。

 エルヴィーの怒りも嘆きも悔しさも全部、エルヴィーを通して感じていた。

 気づくと妙に恥ずかしいというか後ろめたいが。

 そう、この気配はいつだってエルヴィーと共にあったのだ。

 妙に照れくさい気分で頬を掻きつつ、言った。


「今ではもういいんです。はじめはすげえしんどかったけど、あの時期があってこそ今の俺がいます。マルカとも何とかはなせるようになったし、最高の友人とも出会えました。何より、これは俺が選んだ道です。あなたが気に病むことじゃないです」


 ドラゴンが沈黙するのに、エルヴィーから話しかけた。


「俺の記憶は役に立ちましたか」

「疑問、ますます発生」

「そう、ですか」


 自分の記憶程度じゃドラゴンには微々たるものか、と微妙に残念な気持ちになっていると、ドラゴンが何かもの言いたげにこちらを見ていることに気づいた。


「ええと、なにかありますか」

「いや……」


 いえ、そうじっと見つめられるときになるんですけど。

 エルヴィーが戸惑っていると、もう一つ、大きな気配が現れた。


「ああもうっ先輩! ちゃんと言わなきゃ伝わらないよ!」


 それは暗闇にも浮かび上がるような黒々とした鱗に赤い皮膜を持った、恐ろしいほど美しい生き物だった。

 その姿は紛れもなく、祖父から聞いたドラゴンそのものだった。


「黒火焔竜……」


 エルヴィーは今度こそ呆気にとられてその名前を口にすると、黒いドラゴンはとてもいやそうにぐっと首を引いた。


「その名では呼ばないでね、お願いだから。ドラゴンさんだと微妙にかぶるから、ラーワ、が良いかなあ」


 そういうやいなや新たに現れたドラゴンの体は見る見る縮み、黒い髪に赤い房の混じった成人女性の姿になった。

 その柔らかな面立ちに既視感を覚えていると、女性はドラゴンに向けて文句を言う。


「ほら、先輩」


 ラーワ、と名乗った黒竜に促されたドラゴンは、エルヴィーに向けてようやく言った。


「汝と交わした契約を終了する」

「ええとそれは」

「つまり、君は魔術を使えるようになるってこと」


 いまいち飲み込めないでいると女性に補足され、エルヴィーは面食らった。

 とたん、エルヴィーの胸からあふれるような光と共に、小さな玉のようなものが出てくる。

 それが砂色のドラゴンの中に吸い込まれていくのを見つめながら、呆然とつぶやいた。


「使えるようになるんですか、本当に?」


 何年も焦がれてあきらめ、そうして受け入れたことだった。

 急に言われてもどう受け止めて良いかよくわからなかった。


 ただ、今まで共にあった気配が喪失したことが、少し残念だった。


「うん、これで君は昔のように魔術が使える。起きたときに試してみなよ」


 にっこり笑った女性は、ちらりとドラゴンを見上げた。


「先輩、こう言うのは自分で言わなきゃだめなんだよ」

「……諾」


 あまりの事態に途方に暮れていたエルヴィーは、気がつくと砂色のドラゴンにぐぐっと顔を近づけられていてのけぞった。


 恐ろしく険しい表情に、さすがに恐怖を感じていると。

 ずらりと鋭い牙の並ぶ長い口が開かれた。


「我の名は【荒野に息吹もたらし育む者】と言う」

「は、はい」


 その単語の意味は理解できるのに、全く発音できる気がしなかった。


「我に汝の名を呼ぶ許可を求む」

「……はい?」


 今度はちゃんと文章になっているのに全く意味が分からなかった。


「いや、先輩、確かに自己紹介から始めろといったけどね。回りくどすぎると思う」

「……承諾」


 頭に手を当てている女性に、砂色のドラゴンは体をちぢこめるように返事をする。


 その姿が妙に情けなく、どんどん恐ろしいというイメージが崩れていく。

 と、砂色の竜が意を決したように言った。


「我は、汝の命つきるまで、その身、その魂を守護する。言葉を交わし、共に時を過ごす許可を求む」

「言葉が堅苦しい。ついでにわからない」

「……これ以上は不可能」


 処置なしと言わんばかりに天を仰ぐ女性同様、エルヴィーもよくわからなかったが、意を決して、言った。


「ええと、あの。もし、ですけど、魔術を使えないようにしたことに責任を感じて言っているんでしたらそれはいりません。だって、あなたはずっと俺のこと守ろうとしてくれてたんでしょう」


 あの小さな玉が出てきた場所は、まさにエルヴィーがいつも身の危険を感じたときにざわめきを感じた場所だ。

 このドラゴンが、エルヴィーに危険を教えてくれたのではないか。


「契約者の安全を守るのは、義務」

「はい、契約がないんだったら、それも必要ないですよね」

「しかし」


 砂色のドラゴンがとても残念そうにしているように見えて不思議だったが、エルヴィーは続けた。


「だから、許可とか義務とかないんですから、普通に友達になるとかでいいんじゃないですか。ただの人間の俺が言うのも変ですけど」


 すると、何故か女性と砂色のドラゴンの瞳が大きく見開かれた。

 明らかに驚きをしめす四つの金の瞳に見つめられて、エルヴィーは戸惑う。


「な、なんですか」

「君、最高」

「ええと、」

「……良いのか。我は汝を認識していたが、汝は我を知らぬはず」


 かすれた声音で砂色の竜に問われて、エルヴィーはよくわからないまでも答える。


「ええと、聞かれている意味がよくわかんないんですけど、友達って言葉を交わして、一緒に過ごして、だんだんとなってくものじゃないですか? なら、別に俺があなたを知らなくても、問題ないでしょう?」


 そこまで言って、ようやく、自分が何を言っているかに気づいてあわてた。


「あ、いや、たとえばの話ですよ!? なんか俺にはわかんないけどドラゴンてすごい存在ですよね!? 世界を支えるとか授業で習いました! ただの人間ですから俺みたいな奴が友達になろうとか、やっぱ失礼でした! すみま――……っ」


 謝ろうとしたエルヴィーに砂色のドラゴンは牙をむきだした。

 ひっと後ずさりかけたエルヴィーだったが、一拍ほどしてそれが笑っていることに気がついた。


「否、我は、汝と友誼を結ぶことを望む」

「ええと、まじ」


 驚きのあまりなけなしの敬語も崩れたが、砂色の竜はそれは上機嫌に見えた。


「肯定。友というのは、名を呼び合うものと認識。汝の名を呼ぶ許可を求めると同時に、我の名を呼ぶことを求める」


 再度言われたエルヴィーは、ようやくこのドラゴンの言いたいことが理解できたが、理解力を二段も三段も飛び抜けていく展開に途方に暮れた。


 要するに、この砂色の竜は本気でエルヴィーと友達になりたいのか。

 世界を支える竜が? ただのガキの俺と?

 とっさに断る、と言う選択肢が浮かんだが、なんか、なんだか。


 この砂色のドラゴンが自分と別れるのが惜しいと言ってくれているのが無性に気恥ずかしくて、でも嬉しいというか。

 なんだこれ。


「うわあ……」


 自分に対してここまでがんばってる感じのを無碍にできるほど、エルヴィーはこのドラゴンを他人とは思えなくなっていた。


「回答は」

「ええと、俺でよければ、よろしく?」


 思い詰めた風で迫られたエルヴィーが言えば、とたん女性が笑顔で拍手をはじめる。


「おめでとう! 先輩っ!!」


 そんな派手なモーションの中でも砂色の竜は無言だったが、どこかほっとしているように感じられた。

 ああもう、これは夢だし、どうにでもなれ。


「あえと、俺はエルヴィーって言います。とりあえず、あなたのことをなんて呼べばいいですか」


 若干投げやりになったエルヴィーが聞けば、ドラゴンは考え込むような感じになる。


 この短時間でずいぶん表情がわかるようになったなあ。


「汝が目覚めるまでに考えておく」

「はあ、そうですか」


 生返事を返したエルヴィーは、ふと、背中が引っ張られるような感じがする。

 不思議に思って振り返ったとき、女性から声をかけられた。


「あとね、君にお願いがあるんだ。アールのことで」

「ッアールが、どうかしたんですか!?」


 そのフレーズで直前の記憶が鮮明によみがえったエルヴィーが身を乗り出そうとするが、引き寄せられる感覚がよりいっそう強くなってかなわなかった。


「大丈夫、アールは無事。幸い、アールの本当の姿を見たのが君たちだけだったから、大事にはならなかった、けど――――」


 吸引力にあらがいながら、女性の言葉を聞いたエルヴィーは迷わず強くうなずいた。


「わかりましたっ!」

「お願いね。君にしかできないことだから」


 上昇していく意識の中で、砂色の竜と視線が合う。


「待つ」


 その金の瞳に見送られながら、エルヴィーの意識は上昇を続け――――……




**********





 目を開けると、見知らぬ天井だった。

 だが、独特の消毒液や薬草の香りで、病室のようだと見当をつける。

 エルヴィーが横たわるベッドの近くにある窓の外は薄明るく、朝になって間もない時間のようだ。


 なんだか、とても途方もない夢を見た気がした。


 古代神竜が2体も出てきて、しかも片方のドラゴンは自分と友達になろうというのだ。


「まったく、なんて夢だ」

「起きたか」


 エルヴィーは飛び起きた。

 巌のような声音は大いに聞き覚えがありすぎた。

 見れば、夢の中に出てきたよりずいぶん小さくなった砂色のドラゴンが、パタパタと羽を使って浮いていた。


「ほ、本当だった?」

「肯定、夢幻へとわたるのは我らには造作もないこと」


 うなずいたドラゴンが、空中を移動してエルヴィーの目の前にくる。


「ヴァス、だ」

「ヴァス……?」


 オウム返しに口にして、エルヴィーは目覚めるまでに考えておくと言う言葉を思い出した。


「肯定。以後、推奨する。エルヴィー・スラッガート」

「普通はフルネームで呼びかけたりしないんで、エルヴィーで良いですよ。または、愛称のエルで。友人はそう呼びます」

「エル、か」


 瞳を瞬かせたドラゴンがかみしめるように口にした。


 エルヴィーはそのきまじめな姿を眺めながら、めまぐるしく先ほどの夢の内容を反芻した。


 そうだ、あれが全部本当なら―――……


 エルヴィーは恐る、恐る指で印を組んだ。

 そうして何度もやってだめだった術式を構築し、魔力を集め、練り上げ。


探索(サーチ)


 力ある言葉を唱えたとたん、魔力が反応し、エルヴィーに制服の在処が、傍らにあるチェストの引き出しの中だと教えてくれた。


「……っ!!」


 些細な術式だ。それこそ、魔術適性のある子供ならあっさりと使えるような。

 エルヴィーの頬に涙が伝った。


 なくても平気だと思えるようになっていた。

 自分はやっていけると、自信が持てていた。

 それでも、5年ぶりのその手応えは、たまらなく嬉しかった。



 声を押し殺すように泣くエルヴィーの背中に、手がおかれた。


 大きな手だった。


「何を、嘆いている」


 驚いて見上げれば、砂色の髪と金の瞳の恐ろしく顔の整った男が居て、瞬間エルヴィーは思考を停止する。

 思いっきり涙が引っ込んだ。


「ヴァス、さんですか?」

「然り」


 成熟した、男ならばあこがれずには居られないような堂々たる偉丈夫ぶりに、別の意味でちょっぴり泣きそうになったエルヴィーだった。

 なんというか、いたたまれない。

 やめてもらおうとしたそのとき、男がぽつりとつぶやいた。


「ずっと、このように手を置ければと思っていた。汝が泣く度に」


 それを聞いたエルヴィーは、ぎこちなく背をなでるその手を、断る気にはなれなくなった。


「俺は今嬉しくて泣いてるんです」

「誠か」

「嘘ついてどうするんですか」

「汝は、自分の感情を偽る」


 その言葉はちょっと痛かったが、エルヴィーはかまわず笑った。


「大丈夫です」

「……理解」


 納得してくれた竜の化身に、エルヴィーは問いかけた。


「ヴァスさん、俺、どれくらい寝てました」

「汝がこの空間に来てから約2日と14時間が経過。汝の魔力の回復と、今まで酷使していた魔力許容領域の回復に時間を要した」


 それほど寝ていたとは、と歯噛みしながら、エルヴィーはベッドから足を降ろす。


「問、どこへゆく」

「アールのところです。行かなくちゃいけないんです」


 制服をとりだして身につけようとしたが、くらりとめまいを感じた。

 しゃがみ込もうとしたとたん、支えられた。


「それが、汝の望みであれば、我が手を貸そう。友人とは、そのようなものなのだろう」


 そんな風に言うドラゴンは、悔しいほどかっこよかった。

 訂正、やっぱりこの姿がとなりにいるとしんどい。


「問、不調か」

「いえ、何でも。……その、さっきの姿に戻ってくれませんか」


 おそるおそる言い出せば素直に戻ってくれたが、少し不安そうに聞かれた。


「問、同胞より聞いた変身術、不備があったか」

「いえ、これは俺のプライドの問題なんで……」

「矜持?」


 竜顔ながら本気で不思議そうな顔をされて、エルヴィーは気にするのがばかばかしくなり、あきらめた。

 このヒトはドラゴンなのだ。人の物差しで測る方が悪い。

 こっちが慣れるしかないと、考えたところで、ふと思った。


「ヴァスさん、ドラゴンは魔力の循環を管理しているんですよね。あんまり土地を離れられないと聞きましたが、大丈夫なんですか」

「問題無し。本体は現在も知行地(ちぎょうち)にて活動中。この身は我の端末。汝とともに行動することが可能」


 ……つまり、ずっと自分と行動するという意味だろうか。

 今更ながら、友達になろうって言ったの早まったかなあ、とエルヴィーは少々遠い目になったのだった。







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