第26話 ドラゴンさんは親友を招く
いろんな兆候はあったんだ。
エルヴィーがアースワームに襲われたときに、感じたどこか覚えのある魔力。
そのあとすぐにあったドラゴン会議で、先輩が自分から話しかけて来た。しかもアールのことではなく、アールの先輩―――つまりエルヴィーの話題に食いついてきて、私と面識があることを気にした。
人族について私が得た知識は、ドラゴンネットワークにほとんど流していないのに、妙に人族の、しかも学校についての知識があった。
まるで、どこからか、情報を得ているみたいに。
そして――……
「幼いエル君達を襲った精霊喰いは、その後姿を現さなかった。
エル君と、マルカちゃんのそばには大きな魔石が散らばっていたから、調査隊の誰かが差し違えたのだろうと言う結論になったとセラムが言ってたけど、たった数人の、それも専門の戦闘員でもない人族に倒せる魔物じゃない。でも、そこに、別の何かがいたとしたら?」
切り札である魔術が使えない、と言うのは人族にとっては最悪だ。
どんな奇跡があったとしても、ただの人が倒せたとは思えない。
それこそ、偶然魔族が通り過ぎるとか……ドラゴンとか。
「5年前というと、先輩が新しい知行地に来た時期。ティッセ地方は、先輩の知行地から人の足でもほんの一日くらいの距離だ。エルヴィー達を助けたのは、あなただろう?」
「……魔物を、処理するのは我らの役目の一つ。人族との遭遇も偶然」
先輩は、いつもの乾いた巌のような声で答えると、全員に見えるようにとある情景を送り込んできた。
それは今より小さいエルヴィーを見下ろす、ドラゴン姿の先輩だった。
本性の先輩は、むちゃくちゃ怖い。
巌のようなごつごつした体表、私よりも2回りは大きい体格。
にらむような金の双眸は、鋭い。
私が、見て悲鳴を上げられる恐ろしさなら、先輩のは声も立てられずに失神するレベルだ。
なのに、精霊喰いを一蹴した先輩の目前で、エルヴィーは傍らで動かないマルカに駆け寄って、必死に揺さぶる。
『マルカッ、マルカッ! 目を覚ませよ!起きろよっ!』
≪不可能、その幼子は魔力基幹を損傷している。まもなく生命活動を停止する。早急な治療が必要≫
頭に響く声に驚く小さいエルヴィーはようやく目の前に気づき、恐怖に身をふるわせていたが、不意に叫んだ。
『お願いだっマルカを助けてくれっ!何でもするからっ』
先輩が面を食らっているのが分かる。
≪小童、我に、望むか≫
『おれは、マルカの兄ちゃんなんだっ! 妹を守るのはおれの役目だ! だからおれはどうなっても良いからっ!!』
エルヴィーの剣幕が乗り移ったように先輩の胸の内にさざ波のような熱が広がっていく。
≪対価が、必要≫
「おれにできることは何でもする!だからたすけてっ!!」
泣きながら、震えながら、それでも必死に頼み込むエルヴィーに、先輩は困惑しながら、言っていた。
≪――提案。その幼子の生命活動を正常に戻す代わりに、我を受け入れ、我の目となり、耳となれ≫
『目となり、耳となる?』
≪受け入れるか、否か≫
『かまわない! それでマルカが助かるならっ』
間髪入れずに返事をしまっすぐに見上げてくる、その強い強いまなざしに、先輩の心が、揺れるのを感じた。
驚き? 困惑?
ああ、コレは――――
≪諾。我【荒野に息吹もたらし育む者】の名において、ここに契約の締結を宣言する≫
エルヴィーの中に先輩のひと欠片が落とされると同時にその情景は終わり、私はちょっぴり痛む気がする頭に手をやりながら言った。
「先輩、人族の子供になんてこと要求してるんだ」
「……人族の幼体の脆弱さは想定外」
ええとつまり、魔術許容領域を使い切るとは思っていなかったと?
表情が変わんないので分かりづらいが大いに反省している風である。
ドラゴンと契約して、一部でも身の内に住まわせるようなことをすればそれは魔術使用領域を使い切るだろう。
というか、エルヴィーってばよくできたとほめてやりたいくらいだ。
「エル先輩。マルカのこと、ちゃんと守ってたんだ……」
アールが頬を赤く染め、弾んだ声でつぶやいた。
先輩は、横たわるエルヴィーを見下ろして、言う。
「この子供の行動に疑問。恐怖を感じているはずの我に助けをこい幼子を救おうとした理由。汝等の思考を理解する糸口になる可能性有り。調査を決定。調査法、子供の五感を通し、行動言動、感情を常時観察。より正確な調査のため、我との会話、及び契約時の記憶を封印」
私たちがどうして感情を失わずにいるか、を知りたくなったから、人間を一人観察してみたと。
でも常時観察って……
だけど、流ちょうな西大陸語で語る先輩は、昔よりもずいぶん人間的だった。
「しかし、調査中不可解な感覚が発生。子供の感情から自身の自我への著しい影響が見られる。原因を取り除くことが推奨されたが、対象者に存在を自覚させることは精確な調査に悪影響を及ぼすため不可能。調査を一時中断を検討するも、子供は脆弱なため我が目を離せば、死亡の可能性有り。不安要素あれど続行」
「先輩、エル君がどんなときに影響されたの?」
先輩は少し沈黙したあと、ぽつりと言った。
「一人で泣いていた」
私は思わずはあとため息をついた。
「汝であれば、回答が可能と判断。問、我の不調の原因は?」
すごい堅苦しいけど、つまり。
「先輩、要するにさ、エルヴィーが泣いているのを慰めてやりたかったんだろう」
「慰める?」
「頭をなでて、寄り添ってあげて、力になってやろうと思うこと。しかも、目を離している内に死んじゃうのが不安になるほど、大事になってるんだよ。エルヴィーのことが」
「……」
先輩が沈黙しているのが答えだった。
先輩はもうわかってるんだ。
だって、西大陸語を使ってる。
誰にともなく、人型をとることを覚えてる。
それは、きっとエルヴィーと話がしたかったからじゃない?
「見ているだけじゃ、見守っているだけじゃ、満足できなくなったんだろう。先輩。それなら、契約をやめて、直接目で見て耳で聞いて確かめればいい。契約解除すれば記憶も戻るし、魔術許容領域も元に戻るし、なおかつ先輩はおおっぴらにエルヴィーに姿を現せる」
「この子供が、我を認識するか?」
「最初はみんな他人なんだよ。はじめは苦労するかもしれないけど、人族はそうやって関係を積み上げていくんだ」
「我に、何をしろと?」
戸惑う先輩に、私は胸を張って言う。
「簡単だ。まず友達になってくださいって言えばいい。私もそこから始めたんだ」
そうして照れ臭げなネクターと笑い合えば、先輩は途方に暮れたように沈黙する。
「不可解」
「そういうものだよ、荒野のおじさん! でも楽しいよっ!」
アールの勢いに押されたように目を丸くする先輩に、私はさらりとまとめにかかってみる。
「と、言うわけで、エルヴィーとの仲を取り持つ代わりに、カイルが魔族化する手伝いをしてほしいんだけど?」
「関連性、見当たらず」
ちっ先輩は、流されてくれなかった。
思わず舌打ちした私だったが、ネクターが進み出た。
「関連ならあります、荒野の竜よ」
「聴こう」
「カイルはその少年の窮地を救ったことは、あなた様もご存じのはず。さらに彼はその少年にとって、曾祖父に当たる人族です。
そのような者が、自分のために身を犠牲にして消滅したとあれば、嘆き悲しむでしょう。ですが、あなた様が彼の延命に一役買ったと知れば、あなたに感謝こそすれ、無碍にはするまいと愚考いたします」
私とカイルは酢を飲み込んだような顔をしていたと思う。
ネクターが言うことはもっともに聞こえたが、ほぼ推測と想像でしかない。
……ネクター、先輩がまだ人族の事情に疎いからってめちゃくちゃ言いくるめにかかったね。なんかすっごくあくどいよ!今はありがたいけどっ!
案の定エルヴィーと仲良くできるかも、という一説に先輩は大いに心を動かされたようだった。
「【溶岩より生まれし夜の化身】よ、取り持つ、という言葉は誠だな」
「う、うん。やるよ! もちろん、先輩の努力が必要だけど!」
「諾」
重々しくうなずいた先輩は、巌のような声を朗々とうたう。
「我、【荒野に息吹もたらし育む者】はこの精霊を魔族に迎え入れることを承認する」
空気が震えた。三体目。
「美琴ちゃんっカイルを解放して!」
『まだ、心の準備がっ!』
カイルの慌てる声が聞こえるやいなや、美琴の身体からカイルが抜け出し、その細い身体が地面に崩れ落ちかけるのをネクターが受け止めた。
そうして消滅しかけのカイルを囲むように私とアールと先輩が向かい合えば、大量の魔力が渦巻き出す。
荒れ狂う魔力を理想的な形に整えて、そのなかに世界の分身である、私たちの一部をそそぎ入れる。
そうすれば世界から根幹の欠片が引き寄せられ、驚き顔のカイルがおびただしい数の魔法陣とともにくるまれていった、そのとき。
ドラゴンたちが動き出した。
≪認められればやむなし≫
≪なれば、祝福を≫
≪新しき循環の平安となることを≫
≪黎明の魔族たらんことを≫
ドラゴンたちから続々と祝福が送られれば、膨大な魔力がより高純度に練り込まれ、折り合わされ、どんどん力を増している。
あーこれはー……
そのあまりの高濃度っぷりに若干遠い目になりながら魔力の制御を続ければ、おびただしい魔法の奔流は大きな卵の形をとり。
えもいわれぬ柔らかな音とともに、砕けた。
そこに座り込んでいたのは、焦げ茶色の長い髪をした、出会った頃と寸分違わないカイルの姿で。
でもなぜか、頭を抱えていた。
「……なんなんだ、この阿呆みたいな魔力量。というか他にも色々詰め込まれてる気がするんだが」
「ええと、他のドラゴンたちも結果的に協力してくれたから、とりあえずレイラインの干渉の仕方とか、整え方とかはデフォルトの知識で入れて、なおかつそれぞれの得意な魔法の術式を選別して教えてくれたみたいだね。
おめでとうカイル、これで君も立派な魔族!」
おいでませ人外サイドへ! とサムズアップで言えば、カイルは天を仰いだ。
「できれば普通の魔族が良かった……」
「そうすると、戦闘大好き魔物といちゃいちゃコースになるけど」
「……いや、やはりこっちで良い」
脳の処理能力を越えたのだろう、乾いた笑いを漏らすカイルに、うずうずしてた私は、ちらりとネクターをみる。
どうやらネクターも同じ気持ちらしい。
私たちは、呆然とその場に座り込んだままのカイルに思いっきり飛びついた。
「カイル! 良かった一時期はどうなるかと思った―――っ!!!」
「また会えて嬉しいですっ!!!」
「あ、ずるい、とうさまかあさまぼくも混ざるっ!」
ぴょんと乗っかってきたアールともどももみくちゃにすれば、カイルは仕方なさそうに苦笑して、されるがままになっていた。
ぺたぺたとさわっていたネクターがふと顔を上げる。
「……魔力量は晩年とは段違いになっていますね。ふむ、ラーワとアール三人の一部を混ぜ込み核を作り出しているのでしょうか。カイル、ためしに魔術の2、3発で耐久テストなどいかがでしょう?」
「お前、こんな時でもそれかよ……」
深い深いため息をついてげんなりとしながらも、カイルは私たちを見渡して言った。
「……こんな形になるとは思わなかったが、俺も会えて嬉しいよ。またよろしくな」
「もちろん!」
私たちはにっこり笑って答えたのだった。
活動報告にて、お知らせがあります。





