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第25話 ドラゴンさんは謎解きする

 


 何とか異空間は脱出したけれども、そこからアール達の場所に座標指定するのに手間取った。


 そうしている間にもアールの悲痛な声が伝わってくる。

 空中に出現した転移陣から大地におり立つと、すぐに泣きはらしたアールが駆け寄って抱きついてきた。


「遅くなってごめんねっ」

「かあさま、怪我してるっ!?」


 ぎゅっと抱きしめ返すと、腕の中でアールが驚いた顔をして今更気づいた。

 そういえば、乱闘時の怪我を治す時間も惜しくてきたのだった。


「大丈夫、こんなの大したことじゃないよ」


 頬の傷をなぞって治療し、動揺するアールをなだめるように頭をなでれば、瞳を潤ませかけたが、はっとしたように訴えた。


「かあさま、カイルさんがっ」


 ……え、なんでそこでカイルの名前が出てくるの?

 困惑する私にアールに指し示されたのは、今まさにゆっくりと顔を上げようとしている美琴だったのだが。


 なんか変だった。


 気配が二重に重なっているというか、その重なっている気配がものすごく懐かしいというか。

 そうして眠気を払うように首を左右にふりながら顔を上げた美琴に、私は息をのむ。


『ったく、一体どうなってんだ……ってなんだこれ!?』


 自分の手をまじまじと見ながら驚く、声自体は美琴だったが、そこに乗る意識は紛れもなく。


「カイル!? 一体なんで起きてるんだい!?」

『お、おうラーワか、それが俺にもなにやなんやら』


 美琴の中にいるらしいカイルは私を見てますます驚いたあと、考え込むように眉をひそめた。


『彼女の国の術式で、自分の身体に降ろすことで、消えかかっていた俺を一時的に引き留めている、……のだと彼女は言っている。普通は魔族や幻獣などの力を一時的に借りる術式なのだそうだ』

「美琴の意識はそこにあるのかい?」

『ああ、俺が前面に出ているから会話は俺越しだが。今回は神域でもない上に一部ではなくすべてを降ろしているから長くは持たないと言っている』


 そのとき、アールが地面に手をつきレイラインに干渉した。

 魔力の揺らぎを最小限にするために結界を施しその場の魔力循環を徹底的に整える。


「これで、大丈夫?」

『今ので少し楽になったそうだ。それでも神送り、俺を分離させることができなくなる前に対処があるならよろしく、と』


 美琴の顔で、難しい顔をするカイルに、私はなんだかむちゃくちゃ言いたいことがあったが、


「カイル、精霊になるまでまだ時間があっただろう? なんで安定する前に出てきちゃったりしたんだい」

『ベルガによく似たひ孫がいてな。そこに寝てるお兄ちゃんとあなたの子供を助けてと言われたら、そりゃあ行かなきゃなるまいよ』


 地面に横たわって目をつぶっているエルヴィーを見ながらカイルが言った。

 それが、どんな結果になるか、分からないわけではなかっただろうに。

 気負いもなくあっさりと言い切ったカイルが変わらずにいて、私は呆れかえると同時に、安堵と喜びに笑った。


「ばっかだなあ! カイルっ」

『と、言うか、今更気がついたが、あなたに名を呼ばれるのは初めてだな』

「良いじゃないか、ずっと呼びたかったんだ。やっと自分の魔力操作に自信がもてるようになったんだよ」

『なんだか妙にこそばゆいが。まあ、消えちまう前に、あなたに名を呼ばれるという貴重な体験ができたのはよかったな』


 その言葉に私がはっとしていると、アールに腕を引っ張られて訴えられた。アールから今まであったことを思念話で送り込まれて状況を大まかに把握する。


「それで、エル先輩やぼくを助けてくれたんだっ! なのに、このまま消えちゃうなんて、あんまりだよっ!」

『そうでもない。自分の学園がああもでっかくなったり、ひ孫が通っていたり、まさかあなたの子供の顔が見られるとは思っていなかった。ネクターの顔を見られないのはちょっと残念だが、十分だよ』


 達観したように美琴の顔で笑うカイルに、アールがまた泣きそう顔をする。


 そうだ、カイルの魂はシグノス学園や、ヒベルニアの人々の想いに引き留められ、深い眠りについていた。

 そうして、高濃度で安定した魔力環境の中で、ゆっくりと精霊になりかけていたのだ。


 それをカイルは途中で放棄して、目覚めてしまった。

 身体のほとんどが魔力でできている精霊は、身体が安定するまで、ひどくもろい。

 途中で目覚めてしまえば、完全な精霊として生まれることもできず、そこに生まれかけていた魂も、すべて解けて、消滅する。

 なにも残らない。


「そんなこと、させるわけないだろう?」


 せっかく時間を超えて会えたのに、これっきりなんて冗談じゃなかった。

 ……あんまり間に合わなくて、でも最後の最後が間に合ったんだ。

 私は一つ息を吸い、言った。


「カイル、もちろん消えるのはやだよね?」

『それはまあ、完全な消滅というのがどう言うものか分からない恐怖はあるが。だが俺はただの人だぞ? もう十分生きたし、はからずともその後も知れたし、それは』

「精霊になりかかった時点でただの人からははずれてますぅ。ともかく消えるのが嫌なら、ジョブチェンジしようか!」

『は?』

「だいぶ死にづらくなって、ちょっとした義務がついて、完全に人間辞めることになるけどあきらめてね?」

『……は?』

「まあ精霊になりかけていた時点で、普通の転生は絶対にあり得なかったからいいよね」

『いや、ちょっと待て、全く分からん!』


 正直事態は結構せっぱ詰まっているのだけど、自分でも分かるくらい弾んだ声になった。

 カイルが美琴の顔でうろたえる。

 あ、耳がピコピコしてる。


「あのね、君が私にもネクターにもめちゃくちゃ大事な友達なの分かってる?

 一度目は人として死にたいって言う君の意思を尊重した。

 悲しかったけど、君の魂にはいつか会えると思ったから耐えられた。

 でも、今回は消滅だ。完全にいなくなるんだ。

 そんなのを黙って見送れるほど、私は物わかりがいくないし、絶対やだ!」

『ラーワ……』

「それに一回はおとなしく死んだんだから、今度は私たちにつきあってくれても良いと思う!」


 堂々と宣言すると、美琴顔のカイルは頭を抱えてげんなりしてた。

 でも、ふさふさのしっぽは左右に振れている。

 一応中身がカイルなのだが、かわいいな。


 すると、シグノス平原の方から小鳥が一直線に飛んできた。

 その口にくわえた枝が大地に刺さったとたん、魔力が凝縮し透けたネクターの姿になった。


「ネクター!」

≪ラーワ!ご無事でしたか!!≫


 かりそめの身体でもきつく抱きしめられた。

 ほっと安堵の息をもらして、笑って見せた。


「何とかしてきたよ。ネクターこそ、大丈夫かい?」

≪ええ、いま、レイラインと同調し、魔力異常の原因となっている傷を特定し、現在修復中です。これ以上、魔物が生まれることはありません≫

「さすがネクター! おじいちゃんに鍛えられてただけあるっ」

≪御師様との地獄の日々が役に立ったとは、思いたくありませんが。何よりです≫


 なんだか乾いた笑いを漏らしたネクターは、ついで残念そうな表情になった。


≪本当はこちらまで来たかったのですが。さすがにこうして依り代をとばすのが限界で。離れられませんでした≫

「十分すぎるよ」


 これで、ひとつ、不安要素が消えたんだ。

 私がそういうとネクターはほほえんで、アールの頭をなでた。


≪アールもよくやりましたね≫

「とうさまっ、魔力循環ならぼく役に立てるからっ!すぐ行く」

「いや、アール待って。アールがいなきゃだめなんだ」


 今すぐにでも動こうとするアールに待ったをかけてカイルを見ると、淡く微笑していた。


『そうか。おまえ達は、本当に家族になったんだな』


 どこか嬉しそうに、安堵したようにカイルがつぶやいたことで、ネクターはカイルが美琴の中にいることを一目で看破したようだった。

 私をアールごと抱きしめたまま、詰め寄るように言った。


≪カイル、どうして勝手に起きてしまったんですか!

 私は自然発生型の精霊の誕生までを観察したかったのにっ。しかたがありません、その特殊な召還術式を教えていただきましょう≫

『お前も相変わらずで何よりだよ……』


 恐ろしく目が座っているネクターに、カイルは呆れかえったようにそう漏らした。

 でも、やっぱり会えて嬉しそうなのだ。

 この人を亡くしたくない。


 ネクターから離れた私はカイル達にも分かるようにこの光景を見ているだろうドラゴン達に声を張り上げた。


「同胞達っ、魔物はすべて人族と人族より生まれた精霊によって倒され、レイラインは精霊によって、魔力異常を収束させつつある! これで、他種族にもレイラインの修復を担えるとわかったはずだ!!」


 返答がなくても、聴いているのは気配で分かったから、続けた。


「その上で、提案する! 私【溶岩より生まれし夜の化身】はこのカイル・スラッガートより生まれた精霊を、魔族として迎えいれたいっ!」

『はあっ!?』

「なるほど、その手がありましたか」

「そっか!かあさますごいっ!」


 顎がはずれそうなほど驚いているのはカイルだけで、ネクターとアールは腑に落ちたようだ。


 魔族は、定数が決まっている。

 魔核を持つことによって、肉体を破壊されても休眠するだけで、時間がたてば自然と目覚め、また活動できる。

 それは自然に繰り返されることだったが、魔力の循環が著しく崩れるとか、そういう緊急時には新たな魔族を産み出すことをドラゴンは許されているんだ。


 もちろん条件がある。

 そして、何らかの主柱となる媒介。三体のドラゴンの承認と、協力。


 媒介といっても、ようはこの世界の何かでいい。この場合はカイル自身だ。

 そうすればカイルがカイルとしていられるんだ。

 自信満々に言えばようやくドラゴンの声が降りてきた。


≪魔族の創造理由が希薄≫

「簡単だ。魔族にはレイラインに干渉できる能力がある。しかも私たちととても近しく、交流があり、なおかつ一番の懸案である魔物も討伐できる能力がある。レイラインを維持管理する助手としてこれ以上ないほど適格だろう?」


≪創造するに足る危急案件見あたらず≫

「魔力循環の守護の手が足りないてことは、十分緊急事態だろう」


 というか私がそう決めた。


「さらに言えば、この精霊は人族から派生した。君たちがいやがっている人族の生息地を重点的に任せられるよ? 超お買得っ!」

『おい、その言いぐさは』


 なんだかカイルが心外そうな顔で文句を言ってこようとしたが、その前に声を張り上げる。


「というわけで、私【溶岩より生まれし夜の化身】はカイル・スラッガートが世界の魔力循環安寧に寄与すると判断し、魔族として迎え入れることを承認するっ」


 宣言すると世界が、一つ震えた。

 すると、自分がなにをすればいいか理解したアールも、あわてて声を張り上げた。

「ぼく【夜を彩る炎の華】も、カイルさんを魔族として迎え入れることを承認しますっ!」


 また、一つ空気が震えた。

 やっぱり、アールは世界にドラゴンとして認識されているのだ。

 私とアールで二体。

 あと一つ、あと一つだ。

 だけどドラゴン達は渋りに渋っているのが私とアールには分かった。


「かあ、さま。足りないよ」

「大丈夫」


 泣きそうな顔になっているアールに一つ、笑んで言った。


「ねえ、先輩。どうする?」


 みんなが私が横たわっているエルヴィーに呼びかけているのを訝しそうにしてるのを感じながら、続けた。


「見てるのは分かってる。この人は、エル君にとても近しい人だ。しかも君の代わりにエル君を助けてくれた人でもある。見過ごすのは薄情じゃないかな」


 すると、エルヴィーから彼とは違う別の魔力があふれだす。

 その魔力はやがて渦巻きはじめ、人の形を取る。

 そこにいたのは、堂々とした金の髪の男だった。

 その気むずかしそうな彫りの深い顔立ちには、私たちと同じ、だけど私たち以上に深い深い奥行きを感じる金の瞳がはまっている。


「やあ、あえてうれしいよ【荒野に息吹もたらし育む者】」


 全員が驚いた顔をする中、思慮深げな表情で静かに私を見つめる先輩ドラゴンに、続けた。


「なかなか思い出せなくて、信じられなかったけど。さっきすれ違ったとき、ようやく確信が持てたよ。――エルヴィーが魔術を使えない理由は。あなただね」



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