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第24話 子ドラゴンは精霊と出会う

 


 アールは学園からは十分に離れたところで、自分に絡まっている精霊喰いの触手を燃やして落とした。

 森の一角へ落ちていく精霊喰いを追って、自分も降下していく。


 だけど、触手が絡まっている間中魔力を吸い取られ続けていたせいか、うまく力が入らず、落ちるように森の中へつっこんだ。


 身体が勝手に消費魔力を押さえようと、人型になってしまう。


 ドラゴンの翼や足に比べればはるかに小さな、頼りない手足。

 自分のは見せかけだが、エル先輩達は本当にもろいのだ。

 ぼくが何とかしなきゃいけない。


 かあさまに思念話を送ろうとしても、まだつながらない。

 大丈夫だろうか、とおなかのそこが冷えるような気持ちになる。

 エル先輩達が精霊喰いに立ち向かっていくのを見たときも、同じような気持ちになった。

 目の前が真っ暗になったようで、胸が引き絞られるような、凍えるような感じ。

 思い出すだけでまだ震えそうになる。


(ああ、そっか。これが「怖い」ってことなんだ)


 さっき、とうさまから思念話が来た。


 この魔物の発生は、意図的に起こされたものだって。

 ドラゴン達が、ぼくと、とうさまと、人族達が、レイラインの異常に対処できるか確かめるためにやってるんだって。

 かあさまはぼくたちにそれを知らせようとして捕まってるって。


 とうさまは悔しそうだった。かあさまを助けにいけないことが。

 でも、いま、できることをするって言ってた。


≪アール、私はこのレイラインの異常を納めます。あなたはあなたにできることをしなさい。それから、ドラゴン達に絶対文句を言ってやりましょう≫


 いつもは優しいとうさまが、怒ってた。

 ちょっぴり怖かった。けど、かっこよかった。


 アールだって同じ気持ちだ。

 エル先輩達や、学園の人、町の人を危なくしてる。

 うずうずと落ち着かなくて、むかむかとするかんじ。

 これが、怒ってるってこと。


 目の前の魔物は、ドラゴンであるアールの魔力を吸って、ぶくぶくと膨れ上がっていた。

 森の中へ収まりきらない大きさの、小山のようなその体型は森の中へ収まりきらない。


 ふと見ると、黒い触手を地中へつっこんでいた。


 魔力の流れが見えるアールは、魔物が、レイラインに干渉していると気づいた。


 だめだ。それは。とうさまの調整が、うまく行かなくなる。


 アールは痛む気がする胸ぎゅっと押さえながら、立ち上がった。


 それに、この魔物を放置していたら、また、シグノス学園にくる。

 先輩達を食べにまた歩き出すだろう。


 そうさせないために、アールは自分を餌に、囮にして、この魔物を引きはがしたのだ。


 アールが思い切り暴れても大丈夫なくらい。

 戦っても平気なくらい。


 ああでも、身体にうまく力が入らない。


 なんでだろう?


 アールは、かつてのドラゴン達が出会ってきた人族達の記憶も知っていた。

 かあさまからも話を聞いていた。


 人族は、自分よりも強い者をとても怖がる。

 たとえ、話が通じる相手だとしても、恐れる。


 そうじゃないときもあるけれど、やっぱり、距離を置かれて、忌避される。

 もう、二度と同じ関係には戻れない。


 ”だから、気をつけるんだよ”


 そんな、恐がりな人族のために、人族の前では隠すのだ、とかあさまと約束した。


 でもアールは先輩達に、本性をさらしてしまった。

 後悔はない。そうしなければ、エル先輩達が危なかった。

 だけど、エル先輩の驚いた顔が脳裏に浮かぶ。


 エル先輩はどう思ったかな?

 怖いって思ったかな。もう、お話ししてくれないかな。


 そう思ったから、さよならって、言ったけど。

 それは、もう、二度と、声を聞けないかも知れないってこと。


 ぽろぽろと涙が出てきた。


「エル先輩、マルカ、イオ先輩、みこさん……」


 胸の奥がぎゅってなる感じ。

 つらくて、つらくて、たまらない。


(ああ、これが、「悲しい」ってことなんだ)


 かあさまも、とうさまも、エル先輩も、マルカも、みんな。

 こんな痛みを抱えて生きてる。


 ドラゴン達が、感情をなくしたがった理由が、初めて分かった気がした。

 アールもこんな思いをするなら、なくしてしまいたくなる。

 それならひとりぼっちで良いって気になる。


 また大きくなった精霊喰いが、アールに触手を伸ばしてくる。


 全然動けなかった。

 身体がさらわれた。

 視界が真っ黒に塗りつぶされた。


 意識がかすんで。


 轟音と、強烈な光とともに、身体が宙に浮かんで、

 気がつくと誰かに抱きかかえられていた。


≪大丈夫か?≫


 アールがきょとりと瞼を開けると、それは雷光をまとった人型の精霊だった。

 でも、なんか変だ。


 不安定で、鮮烈で。定まっていないような感じ。

 なのに妙に強い存在感を放っている。


 でも、その顔に、見覚えがあった。あっと思った。


 鋭い鳶色の瞳、焦げ茶色の髪。

 片腕だけで軽々とアールを抱き抱える大きな体格。

 その片手に持つ杖は、かあさまの記憶を見せてもらったときに見覚えがあった。


「カイル、さん?」

≪俺の名前を知ってるのか。さすがにドラゴンの子だな≫

「でも、でも、なんで?」


 アールの問いには答えずくしゃりと笑ったその人は、すぐに真剣な表情に戻って眼下を見下ろした。

 つられてアールもみれば、大きくなった精霊喰いの他にも、たくさんの魔物が集まってきていた。


≪お前の魔力に惹かれてやってきたようだな≫


 アールのドラゴンとしての魔力は極上だ。

 シグノス学園よりも、アールの方にくるだろうと思った。

 間違いではなかったらしい。

 でも、もし、アールが学園にいなければ、魔物が来ることもなかったのかも、と思うと暗くなった。


 落ち込みかけたとき、とんと背中を優しくたたかれた。


≪お前はよくやったよ。自分にできることをしたんだ≫

「そう、かな」

≪おう。助かった。学園方面に散らばりかけていた魔物も全部こっちに来たようだしな。俺には好都合だよ≫


 そういった人型の精霊は、片手の杖を構え術式を展開した。


雷霆招来(ライジングインバイト)


 言霊が唱えられたとたん、空が暗くなり、おびただしい雷が大量に大地に落とされた。


 森の中にいた魔物が次々と雷に当たって爆散していくのが見えたが、にもかかわらず、木の一本草の一筋として燃えてはいない。


≪こういうでかい魔術を惜しみなく使ってみたかったんだよなあ。やっぱりすかっとするな≫


 妙にしみじみと満足げに言いながら、ゆっくりと大地に降り立った精霊の人は、アールをそっとおろした。


≪じゃ、そこで見てな。すぐ片づけてくる≫

「まってっ!」


 アールは精霊の人を追おうとしたが、立ち上がろうとしたとたんふらついた。


 一番大きい雷を食らった精霊喰いは、小山の一部を削り取られていたが、全く勢いは衰えていなかった。

 ぶるぶると身体をふるわせていたかと思うと、大きな口を開けて魔力を吸いにかかる。


≪モーションがでけえんだよ≫


 だけど精霊の人はあわてず、ただ軽く地を蹴ったとたん、精霊喰いに肉薄していて。


 雷電をまとわせた杖を精霊喰いに振りかぶった。


雷斧電滅ヴォルトディストラクション


 腹の底まで響くような轟音とともに、巨大な鎚を落とされたように、精霊喰いの身体がひしゃげた。


 苦痛の叫びのような動作音も雷の音にかき消される。


 それでも精霊喰いは魔力を吸い、何とか身体を戻したが、一回りほど小さくなっていた。


≪魔術が使えなくなるといっても、外気魔力が使えなくなるだけで、内魔力でなぐりゃいいだけの話だ≫


 精霊喰いが触手を伸ばしたが、いつの間にか離れていた精霊の人は、杖を担ぎながら、また別の術式を展開し始める。


≪そしてそれは、俺の得意分野だ≫


 つぶやいた男はまた、一瞬で精霊喰いに肉薄し、雷電をまとった杖をたたきつけた。


 精霊喰いが身をよじる。


 そうして精霊の人が、次々と魔術を駆使して、精霊喰いを圧倒していくのを、アールは呆然と見ていた。


 援護の魔術を撃とうにも、精霊の人の動きが早すぎて、アールではただ見てることしかできなかった。


 精霊喰いの大きさは、すでに半分以下になっていた。

 だが、動きは鈍くなるどころかむしろ身軽になったせいか、触手を操る早さは増している。

 何度か危うく捕まりかけていたが、そのたびに杖で振り払っていた。


≪さすがに、これだけデカいと、しつこいなっ≫


 何発目かを撃ち込んだ精霊の人は、さすがに疲れたように荒い息をついていた。

 アールは気づいてしまった。その身体全体が、希薄になり始めていることに。


≪そろそろ時間切れか。まあ、何とかなるだろう≫


 精霊の人も気づいたように、苦笑するのが見えた。


 あの人は、身を削って戦っている。

 それがアールにはよくわかった。


 止めなくちゃ、止めなくちゃ。そうしないとあのヒトが、

 かあさまととうさまの大事な人が消えてしまうっ!


 だけど、魔術を一つ行使するたびに、存在が希薄になっていく精霊の人をどうすることもできなかった。


「カイルさんっ!」


 思わず名を呼ぶと、精霊の人はこちらを振り向いて驚いた様に目を見開き、血相を変える。


≪逃げろ!≫


 アールがその方向へ振り返ると、黒い大きな口が目前にあった。


 精霊喰いから飛び散った大きなかけらが、ため込んでいた高純度の魔力のおかげで霧散せずに独自の魔物になったのか、と気づいた。


 精霊の人の戦いに気を取られて接近に気づかなかったのだ。


 もうよけられない。

 だから、アールが噛まれるのを覚悟で迎え撃とうとした。


「伏せろアール!」


 その声に反射的に伏せると、衝撃波が頭上を通り抜け、魔物を四散させた。


 その声が、信じられなくて、ばっと振り返ると、森の端にいたエル先輩がまさに倒れるところだった。


「エル先輩っ!」


 さっきまでが嘘のように、アールの足は動いた。

 すぐ後に美琴が来ていてエル先輩を受け止めたのに、駆け寄っていく。


「助け、られたな、よかっ――……」


 エル先輩はアールの顔を見るとほっとしたような笑顔を浮かべて、目を閉じた。


「大丈夫。六発打ったから、魔力切れ、起こしただけ」


 ざっと血の気が引くアールに、美琴がそうおしえてくれて、ほっと息をついた。

 その場にへたり込みそうになったが、ひときわ派手な雷鳴に振り返れば、精霊の人が、最後の一撃を加え、精霊喰いが霧散する場面だった。



 蓄えられていた魔力が一気に拡散し、余波による空気の揺れがこちらまで伝わってきた。


 飛び散った大量の魔石が落ちてくるのを眺めていた大きな人は、こちらにゆっくりと歩いてくる。

 そうして、アール達のそばにくると、どさりと座り込んだ。


「っ!」

≪やっぱちょいと疲れたな≫


 その身体は、すでに背後の景色が見えるほどに薄い。

 だけど、精霊の人はそんなこと気にもとめていないようにエル先輩の顔をまじまじと見て、いった。


≪もしかして、と思ったが、やっぱり俺の子孫か。仲がいいのか?≫


 なにもいえずにただ、その希薄な顔を見つめるので精一杯のアールの頭に、大きな手がおかれた。


≪仲良くしてくれよ≫


 アールは必死で言い募った。


「あと、もう少しだけ消えないで! かあさま来たら、きっと何とかしてくれるから!!」

≪とはいうものの、自分じゃどうにもできねえしなあ≫


 困ったように精霊の人は自分の頭に手をやろうとしたが、その手がすでに消えていた。


「ごめ、っんなさいっ!」


 アールは耐えきれずに、涙をこぼした。

 はらはらと目尻から落ちた水滴が、魔力の結晶となって落ちていくと、精霊の人はあわてていた。


≪お、おい、それ魔力結晶なんだから、もったいないことするな。ああ、そうじゃなくて。大丈夫だ、俺がやりたいからやったんだ。気にすんな≫

 また、頭をなでてくれようとしたけど、もう片方の手首も消えていて困った顔をした。


 自分の方が大変なのに精霊の人はアールのことを案じてくれるのに、なんにもできないことが悔しくて、ますます涙が止まらなかった。


 だってアールがふがいなかったからなのだ。

 自分がやらなきゃいけないことだったのに、できなかったアールの代わりに、この人が倒してくれたのだ。


「かあさま、かあさま! お願い早く!!」


 アールは必死に鳴いた。それしかできなかった。

 アールにはこの人をどう引き留めて良いかわからなかった。


 お願いだから、間に合って!


 進み出たのは、美琴だった。


「精霊、ですか」

≪なりきる前に出てきた上に魔力使いすぎて、消えかかってるけどな≫


 精霊の人の返答にふさり、としっぽを揺らした美琴は、アールのこぼした涙の結晶を拾うと、空中へ放り投げる。


『祓い給え 清め給え 守り給え (さきは)へ給え』


 落ちてきたところを両手を打つことで閉じこめると、合わせた手のひらの隙間から、魔力活性の光がこぼれ始めた。


「アール、引き留めればなんとかなる?」

「え?」


 呆然と見上げた美琴の真剣な表情にアールはあわててうなずいた。


「あとちょっとだけ!」

「ん。このヒトは、私たちの恩人だから。消えてほしくない」


 そういった美琴は、精霊の人に向きなおると、東和の言葉で高らかに祝詞を唄いあげた。


『掛け巻くもかしこき 八百万が一柱の御前に

 神々に仕えつとむる天城美琴の名において請祈願(こいねが)い申し給う

 御神霊(みたま)招きの神業(みわざ)を行し者とて この身柄に宿りて 

 禍穢(わざわいけがれ)の身魂に淨め祓ひの神業を以って成し給へと 

 恐み畏み申す 』


 不思議な抑揚で紡がれる言霊と共にとともに美琴の魔力が高まった。

 そして消えかかる精霊の人との間に細い魔力の糸がつながったとたん、旋風が巻き起こり、2人は魔力の反応光に包まれた。


≪なっ……!?≫

『いざ、参りませっ!』


 ぱっと散っていった光とともに旋風がやむと、そこにはがくりと首を落とした美琴だけがいた。


 なにが起こったか分からないアールは、とても親しい魔力を感じた。

 またこぼれてくる涙もそのままに降り仰げば、空中に現れた転移陣から、大好きで一番待ち望んだヒトが現れた。


「お待たせ、アールっよく頑張ったね!」

「かあさまっ!!」


 そうしてふわりと地面に降り立ったラーワに、アールは無我夢中で抱きついた。





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