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第23話 それぞれの覚悟

 



 銃口から勢いよく飛び出していった衝撃波は、つるりとした何とも形容しがたい姿をした魔物をふっとばした。


「そっちいった!!」

「くっそっ!!」


 傍らの美琴は、気味の悪い虫のような魔物が襲いかかってくるのを、魔力を帯びさせた杖で貫いた。

 一拍置いてやってきた風圧でしっぽと髪がなびく。


 精霊喰いはいなくなったが、その直後に代わりに別の魔物が、しかも複数体現れていた。

 現れるのは弱い個体だったからエルヴィーたちでもなんとか相手取ることができていたが、

 それでも、気を失っている、巡回の生徒たちを守りながら戦うのは消耗した。


 彼らが何とか目覚めて、立ち上がれた時にはほっとした。

 だが、彼らはほとんど魔力を吸い取られたらしく、やっと歩くだけの体力しか残っていなかった。

 でも、後は逃げる時間を稼げばいい。


 あれ以降、エルヴィーは1つ銃弾をはずし、3つ魔物に命中させて仕留めていた。

 残りはあと1発。


 目の前に確認できるのは2体。


 警戒しつつ、エルヴィーは美琴に叫んだ。


「先輩たち、逃げたか!?」

「ちゃんと逃げた!!」


 制服にかぎ裂きを作っている美琴の返答にわずかに安堵し、気がゆるんだエルヴィーは、さっきのことに思考が流れていった。


 アールが、魔術を使えた?

 その上、人じゃなくてドラゴン?


 “ぼくにだって、先輩たちに言えないことくらいあります”


 あれは、このことを言いたかったのか?


「訳わかんねえ」


 頭痛が収まらない。


 あの、圧倒的な気配、超然と大気を支配する魔力。

 どこかで出会ったことがある気がした。

 あんな亜麻色の美しい姿ではなかった。

 だが、金色に輝く双眸は同じだった気がする。


 じっと見つめられて、恐怖を感じた。


 大事なことを忘れている気がした。


 一度にいろんなことが起きすぎて、思考が崩壊してしまいそうだった。

 でも、あともう少しで、思い出せる気がした。



『契約を―――』



 記憶の一筋を救い上げようとしたその時、エルヴィーは胸の奥から震えるような悪寒を感じた。


「エル、うしろ!」


 美琴の警告を聞きながらも、エルヴィーは森から新たに現れた魔物に胴体に体当たりを食らって吹き飛ばされた。

 すさまじい衝撃に二三度大地を転がった。


 剣が見当違いの方向へ飛んで行った。


 飛びかける意識だけはかろうじて引き留めたが、すぐには起きられない。

 やばい、と思っても、体が思うように動かない。


「エルっ!」


 美琴が駆けつけようとしていたが、その前に、蛙と昆虫を掛け合わせたような魔物が反転し跳躍していた。


 大口を開けて迫ってくるのを妙にゆっくりと感じながら、エルヴィーの脳裏には、目まぐるしく思考が巡る。

 最後に、アールの悲し気な笑みが脳裏によぎった。


「……クソったれ」


 エルヴィーがぎりと歯を食いしばりながら土を握りしめ。




 目がくらむような閃光と轟音とともに、魔物の大口が消えたのはその時だった。




 魔物を杖のひと薙ぎで消滅させたその男は、ぱちり、と雷電をまとってエルヴィーの前に立っていた。


 恵まれた体格を古風な軍服に包んだその男を、エルヴィーは呆然と見上げた。

 こげ茶色の髪、鋭い鳶色の瞳。

 どことなく見たことのある顔立ちの様な気がした。


≪後悔しないか?≫


 話しかけられたのだ、と一瞬分からなかった。

 声として聞こえるのに、頭に響いているような、まるで精霊のような声。

 だがその不思議さよりも、その言葉の意味にエルヴィーははっとする。


「しない」


 作ってたまるか。

 その男を睨み付けるように答えると、男は満足そうにうなずき、地を蹴った。

 たちまち雷光に包まれ、森の中へ消えていく。


 いつの間にか、魔物が全部いなくなっていた。


「エルっ、あの人が、雷を落として、全部倒してくれた」


 小走りで駆け寄ってきた美琴が、不格好に立ち上がろうとするエルヴィーに驚き手を貸す。


「エル?」

「……くそったれ、そうじゃねえんだよ」


 美琴の案じる声には答えずエルヴィーは吐き捨てるように言うと、男が消えて言った方向を、正確にはアールが飛んで行った方向を睨み付けた。


 ”エル先輩やイオ先輩や、みーさんやマルカが大変だったら、僕飛んで行きますよ!”

 ”もしそんなことがあったらまた頼む”


 安易にそう答えてしまった数十分前の自分を殴りたい。

 だが、それ以上に怒りたい。

 あんな風に助けられてうれしいと思ってるのか。

 犠牲になられてありがとうといえるか。

 だから、あの男に言われなくてやるべきことは決まってる。


 あいつは「さようなら」と言ったのだ。

 つまり、姿をさらしたら、二度と会えないと思いこんでるのだ。


「馬鹿だろ、アール」


 あんなに楽しげに学校に通っていた。真剣に部活動に打ち込んでいた。

 それを全部捨ててでも自分たちを助けようとするなんて。

 馬鹿で、まっすぐで、優しすぎる。


 剣はまだ折れていない。銃も後一発撃てる。

 なら十分だ。


「ミコト、悪い。俺、野暮用ができた」

「何?」

「アールを助けに行ってくる」


 あの姿を見て「助けにいく」というのはおこがましいかもしれない。

 だが、今行かなければ、もう二度と、アールに会えなくなる気がした。

 エルヴィーの言葉に美琴はしっぽと耳をぴんと立てて驚いていたが。


「私も、いく」


 そう言って、エルヴィーの横に並んだ。

 一人でも行くつもりだったが、エルヴィーは美琴がともに来てくれることを頼もしく感じつつ、重いからだを無理矢理動かし、森の中へ走り出した。









 **********




 ネクターの背を追って黙々と歩いていたバルザーは次第に己にもわかるほど濃くなっている魔力に、息も絶え絶えとなっていた。


「大丈夫ですか」

「正直、ここまでとは、思わなかった」


 脂汗を額に浮かべているバルザーにくらべ、振り返ったネクターの顔色に何ら変化がないことに驚嘆していると、そのネクターが立ち止まり、空を仰いだ。


 つられてバルザーも空を仰いだ瞬間、日中でも明るい一条の光芒が高速で過ぎ去っていった。


「雷、にしては少し様子が変だが」

「カイル……? なぜ、精霊化にもまだ早いはずです」


 その呆然とした声音に顔を戻せば、その顔は驚愕に彩られていた。

 見る見るうちに顔をこわばらせるネクターにバルザーは心配になって声をかける。


「どうか、したか」

「急ぎます」


 とたん、亜麻髪の青年が姿勢も低く走り出したのに、バルザーはあわてて続く。


 だがまもなく、めまいを覚えるほどの濃密な魔力にひざを突きかけたそのとき、視界が開けた。


 バルザーはそんなところが学園より半日ほどしか歩かない場所にあるとは知らなかった。


 明らかに人工物とわかる見事な円形上にならぶ列柱群に囲まれた、石畳には、幾何学な文様……おそらくは魔術式がびっしりと書き込まれている。

 そして、魔力はそこからあふれているようだった。


 魔術の使えないバルザーでも圧力を感じるほどのそれだから、魔術師らしい青年はよけいわかるのだろう。


 愕然とした顔で、その列柱群を眺めていた。


「なぜ施設が元通りに、いえ、これは復元……?」


 バルザーには聞き取りづらい独り言の後、瞬間青年ははじかれたように顔を上げた。


「アール!?」


 名前らしき単語をつぶやいた青年は胸を押さえ、意識を集中させるように目をつぶる。


 その鬼気迫った様子にバルザーが声をかけられずにいたが、彼はすぐに瞳をあけた。


 だが、青年がその薄青の瞳に浮かぶ苦渋の色もそのままに、一歩、列柱群に足を踏み入れたのに、バルザーは驚いた。


「何をするつもりだ」

「この魔力流出を止めます」


 当然のように言う青年の正気を疑った。


「位置は確認した、後はシグノス学園の魔術チームに任せよう!! たった一人で何ができるというんだ!?」

「シグノス学園の魔術師ではこの術式を納めることはできても、ほころびかけたレイラインを閉じることはできません。それは、古代神竜の領域です」


 何故か、青年は最後のフレーズを忌々しげに口にする。

 バルザーはあまりの魔力濃度にひざをついているというのに、平然と歩いていく青年後ろ姿を、呆然と眺めた。


 その中心にたどり着いた青年がどこからか取り出した青々とした葉のついた大降りの杖を立てたとたん、青年の亜麻色だった髪の毛先がふわりと薄紅色に染まった。


 その色彩、その杖、魔術師ではないバルザーでも知っている特徴に、声を失った。


「ですが、この程度であれば、まだ私でも納めようがある。いえ、納めねばならなくなりました」

「万象の、賢者……」


 次々に空中に展開される魔術陣のわずかな発光に照らされる、その亜麻髪と薄紅色の髪の青年が、不意にバルザーをみた。


 不思議な色を宿した薄青の瞳に見つめられたバルザーは、急速に意識が混濁し始めた。


「何、を……」

「この魔力濃度ですと普通の方にはつらいでしょうから、眠っていてください。あと、すみません、静かに暮らしたいので、私のことは忘れてくださいね」


 申し訳なさそうな青年の声を聴きながら、バルザーは意識を手放した。




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