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第22話 ドラゴンさんは懇願する

 


 魔法効果が切れたのか、意識を取り戻したときには、でっかい鳥かごの中だった。


 あの後迫ってきたドラゴン達は、私が本当に抵抗するとは思っていなかったらしい。


 はじめに追いついてきた二体に容赦なく魔術を当てて行動不能にさせた私に、実力行使が許可された。

 それ以降は、本格的に魔法を使いだしたドラゴン達と乱闘になった。

 私も覚えているだけ、使えるだけの魔法と魔術を駆使し、尻尾も牙も爪も翼も全部使って抵抗した。

 半意識体である彼らが使えるのは魔法だけだったから、よけやすかったし対策も立てやすかった。

 さらに一体か二体、行動不能にさせたことまでは覚えている。

 だけど次から次へとやってくるドラゴン達に、逃げきれるわけもなく。

 ドラゴン達によって複数の魔法を同時に食らって、意識を刈り取られたのだった。


 また別の異次空間に隔離することにしたらしい。

 どこにもつながっているようにみえない。

 真っ暗の中に、金色の鳥かごだけが浮かび上がっている。


 妙にメルヘンチックだな、と場違いなことを考えた。


 これ以上暴れられないようにと魔法で作られた特別製の鎖でぐるぐる巻きにされた上で、鳥かごにつなげられていた。


 すっげえ変態ちっくだな、とドラゴン達の性癖を疑った。


 ……どうやら、ドラゴンネットワークの接続も完全に切られているらしい。

 でなければこういう思考に文句がつくはずだもん。

 そよりとも他の意識を感じなかった。


 一応ドラゴンの姿だから、セーフなのかなあ?


 と考えつつ、試しに鎖を引きちぎろうとしてみたが、全然力が入らない。

 さらに魔力を使ってみたが、全く練り上げられなくて魔術も魔法も使えなかった。


 どうやら高魔力生命体の全行動を制限してるらしい。

 ぐぬぬ、こういうところは完璧だなちくしょう。


 リグリラともうちょっとまじめに稽古とかしとけばよかったな、とぼんやり考えつつ、何とか細かい術式構成の穴を捜そうと目をこらした。


 あきらめたつもりはなかった。


 この次元は現実世界と時間の流れが断絶しているから、ああして乱闘していてもきっとそれほど時間はたっていないはず。

 今ならまだ間に合うと自分に言い聞かせて、鎖をはずそうと躍起になった。


 悔しかった、やるせなかった。

 できた傷よりも、心が痛かった。

 涙が出かけたけど、我慢した。


 その前に、アールを助けに行かなければならないからだ。

 たぶんあの口振りだと、通達すらしていないだろう。

 ネクターにどういう状況になったのか、知らせてやらなきゃいけない。


 やらなきゃいけないことは山ほどある。


 気の遠くなるような時間が過ぎたと思ったが、きっとそうでもない。


 空間が揺らいだかと思うと、鳥かごの向こう側に、先輩ドラゴンがいた。

 展開していた鎖に引っかからない程度の分析術式を急いで引っ込めたが、ばればれだったらしい。


≪問、あきらめておらぬのか≫

≪前にもそう聞かれたね≫


 あのころのことを思い出して苦笑しつつ、ためしに言ってみた。


≪先輩、こっそり逃がしてくれないかなあ≫

≪不可。我は汝の監視役を任じられた。その役目に反する≫

≪そう、残念≫


 だが、先輩は私がこっそり分析術式を使いはじめてもいっこうに止める気配はない。

 もう開き直って、堂々と分析術式を展開した。


 先輩はそこに座ったまま動かない。

 なんだか、躊躇っているようにも見えて、ぶっちゃけ言えばものすごくうっとうしかった。

 こっちは全然余裕がないって言うのに、私になにを要求してるんだ。

 と、思った矢先、そういえば最初の質問に答えてないことに気づいて、仕方なしに言った。


≪あきらめないよ。アールを助けに行かなきゃいけない≫

≪問、【夜を彩る炎の華】は未熟なれど、ドラゴンなり。本体に戻れば魔窟の処理など容易≫

≪だめなんだよ≫

≪なぜ≫


 強い口調で否定した私に、先輩は訝しそうにする。

 私は、あの場でいえなかったそれを、口にした。


≪ドラゴン達が試験会場に選んだ場所。あそこはシグノス魔導学園にとても近い。魔窟が解放されたら確実に人族も巻き込まれるんだ≫

≪しかり。【夜を彩る炎の華】も精霊も人族も会する場所故、選択≫

≪だからそれがだめなんだってば!!≫


 声を荒げた私に、先輩は気圧されたように沈黙した。


≪アールは今、人族の集団の中で暮らしている。でも彼らはアールがドラゴンだと知らないんだ。

 そんな中でもアールは彼らが危険にさらされたら自分の正体がばれるとしても助けるだろう。

 でもねそうすると、アールが人族の間で培ってきたすべてが一瞬で壊れてしまうんだよ≫


 確かに、アールなら大丈夫かも知れない。でもそれは物理的なモノだけ。


≪アールにできた友達を、信じないわけではないけれど。人族は集団になると豹変する。アールがドラゴンだと気づけば放っておかなくなる。アールは二度と平穏に学園に通えなくなるし、友達にも会えなくなるかもしれない。そんな思いは、させられない≫


 それなら、私が出た方がまだましだ。

 黒火焔竜の再来程度ですむ。


 アールが人族としての立場をすべて失うよりも、私が羞恥心とやっかいごとに耐える方がましだ。


 私は、アールのおかあさんなのだ。

 アールの笑顔を泣き顔にするわけにはいかない。


≪それに、あそこには私の親しい人もいる。いい人たちなんだ。彼らが危険にさらされると分かっていて、なにもしないなんてあり得ない≫


 改めて思えばまた力が出てきた気がして、作業を再開したとき。


≪擬、なぜ、そこまで人族に紛れる。人族に荷担する≫


 ぽつりと、先輩が独り言のように聞かれた。


≪汝の誓約者のような幸運はきわめて稀。

 人族は、我らよりもろく、はかなく、老いていく。たった一人を掬い上げたとしても、すぐに死んでいく。そこまでしてなぜ、縁をつなぐ≫

≪わかんないよ、そんなの≫


 ちょっぴりあきれた風に言った私に先輩がかすかにむっとするのが分かる。


≪でもさ、彼らの命はとても鮮烈だ。人族だけじゃない。いろんな生き物がそうなんだ。笑って泣いて怒って喜んで、とてもめまぐるしい。

 彼らの側でそんなのを一緒にやってると、忘れるのすらもったいない。飽きている暇すらないんだよ。

 愛おしくて、楽しいんだ。

 それを守りたいって思うのは、変かい?≫

≪…………≫


 先輩ドラゴンは、沈黙した。

 岩みたいに、何かと葛藤するように。


 考えればいい。考えて、考えて、たどり着いてくれたらいい。

 答えなんてないってことに。

 自分なりに考えて、答えにするしかないんだ。


 先輩が沈黙している間に、鎖に使われている術式の分析はあらかた終わっていた。

 でもこの鳥かごは、ちょっとやそっとじゃほどける気がしない。

 せめて、ネクター達に連絡を取って、この事態を教えたかった。


 さっきから、どうにかして思念話を届けられないか試行錯誤をしてるのだが、どうしてもこの異空間と現実世界をつなげられなかった。

 くっそう、もっとちゃんと魔法の鍛錬しとけばよかった。


 アール達の位置さえ分かれば、連絡だけは取れるのに!


 そのとき、アールの腕輪がはずされる気配がした。

 それが分かるように術式を組み込んで、なおかつ私のたてがみを編み込んだおかげでそれだけは伝わったらしい。


 その幸運を逃さず細い糸をつなぎ、位置を把握。

 細くつながったその糸が切れる前に、ネクターとアールにこちらの状況とドラゴン達の目的だけを一方的に伝え、でも最後に一言だけ送った。


≪ネクター! アール! もうちょっとで私もいくから、それまで耐えて!!≫

≪ラーワッ!?≫


 根拠なんてなかった。でも、絶対に行くって決めた。

 ネクターのこちらを案じる気配が伝わってきたとたん、ぶちりと切れた

 その上、新たな鎖が追加されて、ほとんど身動きがとれない。

 くそう、学習能力つきだったか。


 腕輪をはずしたアールは苦しそうだった。悲しそうだった。

 でも、守るって意志が伝わってきた。

 時間がない。手遅れになる前に、行かなきゃいけない。


 でも、ネクターの気配を感じたら少し安心した。

 一瞬だけ感じたネクターの方も大変なことになってたのに、私を案じてくれたことが、こんな時でもうれしい。

 何とかなるって、思える。


 私が動くたびに食い込んでくる鎖に苦労しつつ、未だに鳥かごの向こうにいる先輩をまっすぐ見つめた。


≪今、アールが竜体に戻った≫

≪確認≫


 なぜか先輩もそわそわと落ち着かない感じだ。

 焦っている? 先輩が、何に?


 気になったが、今は追求できない。

 一つ深呼吸をした。伝われ、伝われ。


≪【荒野に息吹もたらし育む者】≫


 改めて呼ぶと、先輩は首をもたげた。


≪もう一度お願いする、逃がしてくれないか≫

≪我は汝の監視役を―――≫

≪ただのドラゴンの一体じゃなくて、私を心配してくれたあなたにお願いしてるんだ!!≫


 冷静になんてできなかった。祈るような気持ちで続けた。


≪私はただ守りたいんだ。ネクターも、アールも、人族も。私の目が、この手が行き届く限りあの土地に暮らすすべての者の平安を守りたいんだよ≫

≪……≫

≪お願いだ【荒野に息吹もたらし育む者】。見逃すだけでいいから。私を行かせてくれ……≫


 私はただ必死に頼んだ。

 取り繕わずに、願った。

 表面だけ平静にしていた感情が、全部あふれていく。


 先輩は何もいわない。


 ほんの少し期待していたのも確かだが、それほど落胆はしなかった。


 だって先輩は、ドラゴンらしいドラゴンだ。

 ドラゴンの一体として忠実に、ただひたすら、魔力循環を管理する。


 だけどあの日あのとき私のことを案じてくれた先輩だったから、私の思いを知ってほしかったのだ。


 かちり、と何かがはずれる音がした。

 はっと顔を上げると、鳥かごの格子の一部がなくなっていた。


≪3760番台の術式。穴≫

≪せん、ぱい?≫

≪後は、汝で対処せよ≫

≪なん、で?≫


 私が呆気にとられている間に、先輩はくるりと背を向けた。


≪我の役目は【夜を彩る炎の華】と精霊が魔力異常に対処できるか判断できるまで汝を監視すること。場所(・・)までは規定無し≫


 見逃してくれるのだ、と悟った私の表情はそれは明るくなってたと思う。


≪先輩っありがとう!!≫


 とたん、鎖の術式を掌握して粉々にした私が、空間転移を発動させようとした矢先、先輩からかすかな声が聞こえた。


≪……頼む≫


 その言葉が背中に当たってすぐ、私は異空間から脱出していた。





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