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ドラゴンさんは友達が欲しい  作者: 道草家守
精霊喰い編

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第20話 少年は悪夢と邂逅す

 


 不安を想起させるようなそのサイレンに、アールとマルカが戸惑いの表情を浮かべた。


「何、この音……」


 マルカが不安げにつぶやく中、授業で警報について知っていたエルヴィーと美琴は、ばっと立ち上がった。


「イエーオリ、今すぐアールとマルカをつれて本校舎へ行くぞ」

「なんでだよ?」


 真剣な声音で言うエルヴィーにイエーオリが戸惑いつつ問いかけると、すでにおかれていた荷物をそれぞれに配り始めていた美琴が言った。


「間隔の短い警報音は、付近で魔物の発生を確認、緊急避難」


 知らなかったマルカとイエーオリは驚愕した。


「なんで、魔力濃度は高い位置で安定してたけど、魔物が発生するような環境じゃなかったはずなのに……」


 特にアールは動揺を隠せない様子でぶつぶつとつぶやいている。

 落ち着かせてやりたいが、正直エルヴィーにも余裕がない。


「とにかく、どこで見つかったのかわからないが、ここは森に近い。早く避難するぞ」


 シグノス学園は大きく張り出し、森とつながっている。

 むろん、最近開発された魔除けの術式が張り巡らされていたが、それのほころびを縫ってやってくる幻獣も少なくない。

 保管してあった新しい魔術銃をとり、ホルスターを腰に巻き付ける横で、美琴も、身の丈ほどはある自分の(つえ)を手に取った。


 その姿に、マルカがはっとした様子でエルヴィーに駆け寄ってくる。


「お兄ちゃん、戦うの?」

「まあ、戦闘科だからな。実際でるのは戦闘科や魔術科の教師や上級生だろうけど。俺も予備要員としてかり出されると思う」


 とたん、不安に押しつぶされそうな顔をするマルカにエルヴィーは更に剣帯をつけながら、安心させるために笑ってみせる。


「大丈夫だ。さっきはああ言ったが、兄ちゃんは、魔術が使えなくても強いんだぞ」


 昔を思い出して、麦穂色の頭をぽんぽんとなでてやると、泣きそうな表情で見上げてくる。


「お兄ちゃんに、精霊の加護がありますように」

「エルヴィーは丈夫だし、私が鍛えた。早々死にはしない」


 美琴の言葉に、マルカは瞳に涙をためながらうなずくのを確認した後、エルヴィーは全員の顔を見渡して言う。


「じゃあ、行くぞ」


 一様に緊張の顔でうなずく中、アールが密かに片腕にはまる腕輪を握っていたことには気づかなかった。





 外へ出ると、ざわざわと落ち着かない空気があたりを満たしていた。


 放課後には早い時間だったせいか、ほかの部屋を使っている生徒はいなかったらしい。

 エルヴィーたちは周囲を警戒しながら、ぞっとするような静けさの漂う屋外を本校舎へ向けて足早に向かった。

 いつも以上に広い敷地が恨めしい。

 森のそばを通ろうとしたところで、不意に、年少組二人がはっと空を見上げた。


 エルヴィーたちも思わずつられてみると、柔らかな気配が肌をなでた。


「精霊さんが……」


 呆然としたマルカのつぶやきで、そこに精霊がいることを知った。

 だが、あまりいい気配ではないことぐらいエルヴィーにもわかった。


 不安げで、おびえるような雰囲気。


「精霊たちが、脅えている?」


 精霊を感じられるらしい美琴のいぶかしげな声に妙に胸が騒いだとき、アールとマルカをその気配が包み込み、その「声」が聞こえた。


≪はやく、はやく≫

≪にげなきゃ≫

≪あぶないよ≫

≪怖いのがくる≫

≪ぼくらをたべに、やってくる≫


「まさか……」


 明らかな既視感に、エルヴィーとマルカが愕然と息をのんでいると、前方から、簡易装備を身につけた魔術科と戦闘科の上級生がやってきた。

 おそらく、すでに部隊が編成され、周囲の巡回に当たっていたのだろう

 こちらに気づいた一人が、注意を引きつけるように声を上げる。


「君たち!早く避難を――――」


 そのとき。森から、ソレが現れた。

 いや、にじみ出てきた、という方が正しいかもしれない。


 体中にイソギンチャクの様な黒い触手をまといながら、小山のようなソレはゆっくりと森から這い出てくる。


 一つしかない目をぎょろりと動かしながら、それは周りに生えている触手をすばやく伸ばして、逃げ遅れた精霊を包んだ。


≪やああああ!≫


 その触手を大きな口へもっていき、パクリとさもうまそうに食べていく。

 精霊の声なき悲鳴が、こちらにまで聞こえてきた。


 そして魔物は、エルヴィーと巡回の生徒たちがいる事に気付くと、順繰りにみて、エルヴィーたちを――正確には、アールとマルカの方をみると、ソレは、からだじゅうにある口で。

 にたり、と笑った。


「ひっ」


 目が合ってしまったらしいマルカの悲鳴を聞きながら、エルヴィーは全身が総毛立つのがわかった。

 あの時を思い出した体が勝手に震える。


 忘れない、忘れもしない。


精霊喰い(スピリットイーター)……!!」


 エルヴィーから父を、魔術を奪った魔物だった。





 エルヴィーが自失している間に事態は急速に進展していた。


「総員、戦闘準備!」

「「了解っ!!」」


 硬直していたのは一瞬で、はっと我に返った巡回の上級生たちはそれぞれの得物をかまえると、訓練された動きで魔物に向かっていく。


「君たち、じゃまだ、早く逃げろ!」


 そのうちのリーダーらしき剣を持った青年が、こちらに怒鳴りつけるように言った。


 だが、精霊喰いは己へと向かってくるものなどないかのように、のっそりとだがひたすらこちらへ向かってくる。

 それを見て取った青年に指示され、魔術科の生徒二人が魔術を組み上げ始めた。

 魔物は魔術で倒す、というセオリーではこれだけで決着が付くことも多いことを知っている戦闘科の生徒たちは、油断はしないまでも期待を込めて見つめていたが。

 全く関心を示さなかった精霊喰いが魔力の動きに引かれたように、足を止め魔術科の生徒の方を向いた。

 その様子に、エルヴィーははっとして声を上げた。


「だめだ、そいつに魔術は――――っ!」


『撃――』


 術式の構築を終えた魔術科の生徒二人によって古代語が唱えられようとしたとたん、精霊喰いがひときわ大きな口をすぼめたかと思うと、周囲の大気が激しく動いた。


「うわっ!」


 思わず顔をかばうイエーオリたちだったが、さすがに訓練を積んでいる魔術科の生徒は動じず、魔術を発動させようとしたが、愕然とした。


「魔術が使えないっ!?」

「魔力が練り上げられません!!」

「なんだと!?」


 魔術科の生徒の焦った声音に、リーダーの青年が自失した。


 当然だ、とエルヴィーは思った。

 あれは、ああして周囲の魔力を喰うのだ。

 それで、自分も父たちも魔術が使えずに――……


 その隙が、致命的だった。

 ゴクリと嚥下した精霊喰いは、それで勢いづいたように、先端に小さな口のついた黒い触手を彼らに向けて勢いよくのばした。

 移動速度とは段違いの素早い動きに、反応できなかった巡回の生徒たちは、次々に食らいつかれその場に崩れ落ちていく。

 それにも、エルヴィーは覚えがあった。

 あの小さな口は人族や精霊に食らいつくと、その魔力を一気に奪うことで行動不能にする。

 それから、ゆっくり、あの本体に持って行って食べるのだ。


 エルヴィーは、あの時、小さな口に食らいつかれてマルカの手を離してしまった。

 マルカは、あの黒い触手にからめ取られていった。


 待て、なら、なぜエルヴィーもマルカも生きている?


 エルヴィーが思考に沈みかけたとき、精霊喰いがまたこちらをみて、何するべきか理解した。

 震えは止まっていた。


「エルヴィー何してんだ、あれはまずい、早く逃げるぞ!!」

「イエーオリ」


 動かないエルヴィーに名を呼ばれ、上級生達があっという間に倒されたことに真っ青になっていたイエーオリがじれったい顔をした。


「何だよ!?」

「マルカとアールつれて早く逃げろ。それからなんとしても戦闘科の教師を呼んでくるんだ」

「おまっ今みただろう!! 戦闘科と魔術科でも歯が立たねえんだぞ!?」

「あれは、マルカをねらっている」


 エルヴィーのその言葉に呼応するように精霊喰いの触手が一斉に襲ってきた。


 瞬間、美琴がエルヴィーたちの前に躍り出て、杖ごと両手をあわせた。


『祓い給え、浄め給えっ!!』


 ひときわ高く柏手が響くと同時に、りんとした声が張り上げられると、透明な壁が立ち上がる。

 黒の触手が不可視の壁にぶつかったとたん、焼けるような音とともに溶けだす。

 初めて、精霊喰いが不快そうに身をよじった。


 だが、美琴も額に汗を浮かべながら表情をこわばらせている。


「魔力が、足りないっ長く、もたないっ」

「おにいちゃんっ!」


 真っ青な顔で震えながら、すがるようにみてくるマルカに、エルヴィーは腰の剣と銃を抜きつつ笑って見せた。


「兄ちゃん、ちょっと行ってくる」


「くっそ、行くぞ!アール、マルカちゃん!」

「やっ――――!!」

「先輩っ!?」


 いやがるマルカを抱え上げ、愕然とするアールの手を握ってイエーオリが走っていく。

 それと同時に美琴の結界が壊れ、触手が食らいついてこようとする。

 それを剣や杖で切り払いつつ避けた。


 精霊喰いは標的が逃げていくことに気づいたのだろう、そちらに触手を殺到させようとしていた。


「させるかよ」


 かちりと魔術銃のげき鉄を起こす。

 手のひらからぐっと魔力が吸われていく。

 強力な術式を使う代償とも言える、めまいにも似たそれをやり過ごし、エルヴィーは無造作に引き金を引いた。


 エルヴィーたちのつくった魔術銃は、弾丸に込められた魔力と、エルヴィー自身の魔力で発動する。

 周辺の魔力をほとんど必要としない。


 だから魔術銃から放たれた弾丸は、一時的に魔力の真空状態となっている中でも変わらずに術式を展開させ、純粋な衝撃波となって飛んでいき。

 逃げていくイエーオリを追っていた触手の束を吹っ飛ばした。


 精霊喰いが耳障りな音を発した。


 初めて、こちらをみて、ぎょろりとした一つ目と目があう。

 じとり、と冷や汗が滴るのがわかった。

 はあ、と荒い息をつく美琴に無意識のうちに言った。


「アイツは、動きは遅いけど、あの小さい口を伸ばして魔力を吸ってくる。吸われるとしばらく動けない」

「あの子たち、死んでない?」


 ちらりと倒れ伏している、戦闘科の生徒たちをみた美琴に、エルヴィーはうなずいた後。


「でっかい口に持って行かれたら、死体も残らない。父さんはなんにも残んなかった」

「……」

「ミコト、勝てるかな」

「まだ若い、個体みたいだけど……足止めが限界」

「だよなあ」


 エルヴィーがハンターギルドで閲覧した資料の中で、精霊喰いは第一級。つまり、最高位(クインティプル)のハンターが相手をするような危険種なのだ。

 美琴もかつてないほど表情を厳しく引き締め、しっぽを膨らませている。

 その横顔に余裕はない。

 それでも、闘志は失っていなかった。


「でも、生き残る」

「おう」

「私は、大きな術、使えない。エルの銃が、切り札。時間を稼いだら離脱」

「了解」


 美琴が杖をひと振るいすると、魔力が杖全体に走っていく。



 エルヴィーはじっとりとした手の汗を感じながら、精霊喰いに向けて飛び出していこうとした。


 信じられないものが見えた。


「エル先輩。みーさん!!」


 亜麻色の髪を乱しながら必死にこちらに走ってくるのは、逃げたはずのアールだった。









「アール!?」

「何やってんだおまえ!!」


 衝撃と焦りにこみ上げてくる怒りのまま怒鳴ったエルヴィーははっと気づいた。


 精霊喰いの移動が、止まっている。

 まるで、探していた獲物がすぐ近くにきたような、そのような反応だった。

 大きな一つ目がぎょろりぎょろりと動いた後、アールに釘付けになると、ひときわ大きい口が弓なりに弧を描く。


「やっぱり、アールが標的」


 荒い息をつく美琴の声が、どこか遠くで聞こえたそのとき、精霊喰いの触手が、一斉にアールに殺到した。


 エルヴィーは魔術銃を構えたが、射程距離には遠すぎた。


「アールっ逃げろ!!」


 声が届いても無理なのはわかっていた。

 ただの10歳かそこらの少年に逃げられるようなものでもないのだ。

 それでも叫ばずにはいられなかった。


 すると、一瞬アールはこちらをみる。

 遠くて確かではないが、いつもと違う、悲しげな、だが覚悟を持った表情に見えた気がした。

 そして、アールは片手首に手をやり、いつもつけている腕輪をはずすと。

 今にも呑み込まんとする黒い触手にむけて、手をかざした。



焦熱(インフェルノ)



 気負いも何もない、一言だった。

 魔力が枯渇しているはずのこの空間で、その古代語は忠実に魔力を変換し、事象を呼び寄せ、精霊喰いの触手を灼熱の炎で焼き尽くした。


 一瞬の出来事だった。


 エルヴィーが立ち尽くしている間に、こちらへ走ってきたアールは、エルヴィーまで後少しと言うところで止まった。


「おまえ……」

「隠していてごめんなさい」


 ぺこりと、場違いなまでに丁寧に頭を下げたアールの髪には、いつの間にか燃えるような赤い房が混じっていた。


「でも、エル先輩たちはぼくが守ります」

「アール……」

「さようなら」


 泣きそうな顔で精一杯の笑顔を浮かべたアールは、金の光に包まれる。

 ぐんぐん膨張していくその光が霧散すると、そこにいたのは全く別の生き物。


 亜麻色の鱗で覆われた、身体。

 強靱な尾を揺らめかせ、長い首をもたげるその顔は細長く。

 口には鋭い牙、頭部には短い角。


 赤い皮膜を背負う、その姿は紛れもなく、ドラゴンだった。


 エルヴィーはその姿に、記憶の奥底を殴られたように揺さぶられた。

 頭痛にも似た衝撃に立っていられず、ひざを突くエルヴィーに、その生き物は一瞬だけ、案じるように頭を寄せかけたが、その体にまたあの黒い触手が食らいついてきた。


「っアール!!」


 思わず呼んだエルヴィーが見ている間にも、見る見るうちに黒い触手に包まれた亜麻色のドラゴンは、だがかまわず赤の翼を広げるとそのまま上昇を始めた。


 すさまじい風圧に思わず顔をかばったエルヴィーが次に見たのは、精霊喰いをぶら下げたまま、ドラゴンが森の方角へ飛んでいく姿だった。


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