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ドラゴンさんは友達が欲しい  作者: 道草家守
精霊喰い編

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第18話 ドラゴンさんは親友の知恵を借りる

 



 

 アールと私でしとめたでっかいイノシシの幻獣、レッドボアを使った猪鍋の晩ご飯を楽しんだ翌朝早く、私は転移室にいた。


「じゃあ、行ってくる」

「はい、リリィさんによろしく伝えてください」

「ネクターも、探索がんばってね」


 そう挨拶を交わした後、空間転移で王都近くの森に飛び、朝一で開いた街門をすんなりと潜って、王都に入る。

 昔は街ごとに通行許可証が必要だったけど、今じゃ国内だったらどこでも出入りできるようになったんだよなあ。


 時代の流れをしみじみ感じながら、その足で訪ねたのは、王都の繁華街の一角にある「リリィ婦人服飾店」だった。


 早朝のまだ人通りの少ない中、裏口に回れば小さめの広場で剣を打ち合う二人がいる。

 広場にかけられている防音と人除けの魔術を、崩さないように足を踏み入れれば、とたん、激しい金属音と、女性の叱責が聞こえてきた。


「仙次郎っ! その踏み込みはなんですの!? わたくしをとらえる気がおあり?」


 金砂の髪をしっかり結い上げてはいるものの、こんな時でもロングスカートのリグリラだった。

 その言葉に、相手である灰色の髪に同色の狼耳としっぽを生やした青年は、鋭く切り込むことで応えた。


 その剣をさらりといなしたリグリラは、そのまま数合打ち合った後、距離をとり、狼の青年も心得たように、それ以上追わずに、一礼する。

 そこで、稽古の終わりを察した私は、2人に声をかけた。


「やっほう、リグリラ、仙さん」

「ごきげんよう」

「おはようにござる、ノ、ラーワ殿」


「ノクト」でハンターをしているときに出会い、青年時の方がなじみ深いらしい、狼の青年、仙次郎の言いにくそうな感じに内心苦笑した。

 彼との出会いは約半年前、私がリグリラの仕事関係で護衛を頼まれた時のことだ。

 遠征先の街で出会い、更に帰りの道中で第一級の魔物に遭遇した所にも居合わせ、一緒に討伐したのだ。

 そのときにうっかりして私とリグリラが人じゃないことがばれてしまった後も動じずに、普通に接してくれるありがたい人だ。

 以来なんやかんやとギルドから押しつけられる高ランクの魔物討伐をネクターとともにやる仲である。


「仙さんも元気そうで何よりだ。一段と剣筋が鋭くなってる気がするよ」

「まだまだ、リグリラ殿には及ばぬでござる」


 きまじめに言い返す仙次郎に、思わずにやっとした私は悪くない。


 海の向こうからはるばる「運命の人」を探しに来て(とは後で知ったのだが)その運命の人だったリグリラを、果敢に口説いた。

 案の定リグリラに絶対零度の視線でにらまれてもくじけず、ものすごいいきおいでどつかれて蹴倒されてもあきらめず、ついでにちょっぴり死にかけつつも最後にリグリラを見事に(ほだ)したのである。

 すごいよ、仙次郎、いろんな意味で。


 とは言っても、リグリラは「わたくしに勝てないのに口説くなんて早いですわ!」と言ってはばからず、恋人未満の関係に収まっているようだ。

 けれど、いつの間にか仙次郎を居候させてるし、こうして毎日のように稽古してるみたいだし、そのようすはどう見たって同棲しているカップルにしか見えないんだよねえとにやにやしてる。


「……なにかいいたいことでもおあり?」


 案の定そんな機微に気づいたらしく、リグリラに不機嫌そうににらまれた。


 その数百年前からの紆余曲折をリグリラ本人の口から聞いた私としてはほっとしたし、何よりリグリラが幸せそうなのはうれしいなあと思う。

 ただ、せっかく時間を越えて会えたんだから、意地張らずに受け入れちゃえばいいのにーとじれったくなるけど。

 そこをつっこむと、各方面から苦情がきそうなので口を閉じます。

 ……いちおう、自覚はあるんだよ?


「いやあ? べつに。仲良さそうで何よりだなあと」

「っ!」


 代わりににっこり笑ってみせれば、リグリラは目を見張った後、ちょっぴり頬を赤くしながら顔を背ける。

 リグリラにはリグリラの進め方があるんだし、こんなところは見ていてめちゃくちゃかわいいから、しばらく楽しもう。


 によによ笑っていると、いつの間にか裏玄関に待機していた使い魔であるピンクな髪のイルちゃんからタオルを受け取ったリグリラが、こちらをちらりと見ていった。


「あなたが来るとおっしゃったから、朝食を用意しておりますわ。ご一緒にいかが?」

「もちろんいただきますっ」


 リグリラの店の忙しさは知っていたから、朝一で行ってもいい? と昨日のうちに思念話で確認はしていたのだけど、こういう気遣いができちゃうリグリラが、大好きだ。


「では、わたくしは湯浴みをして参りますから、居間でお待ちになってくださいまし」

「ありがとね!」

「ではそれがしも、水浴びを――」


 と、言い掛けた仙次郎に、リグリラが不思議そうに言った。


「あら、湯を使ってもかまいませんのに」

「い、いや、稽古の後は井戸で水をかぶるのも修行のうちでござってな」


 なぜかしどろもどろになる仙次郎に、妙だなと思ってると。


「また、髪を洗ってくださいませんの?」


 小首を傾げつつ怪しくほほえむリグリラに、真っ赤になった仙次郎は灰色のしっぽをぴんと逆立たせてかたまった。


 な に が あ っ た 。


 仙次郎のそのあんまりなうろたえっぷりに、私は好奇心を刺激されまくったが、満足げな表情のリグリラはそれ以上つつく気はないらしい。


「あら、残念」


 美人で悪女な雰囲気満点でそう言ったリグリラが玄関扉の向こうへ消えていく。

 ほっとしたようにでもこころなしか残念そうに肩を落とした仙次郎に、そっと声をかけてみる。


「仙さん」

「何でござろうか」

「大丈夫かい?」

「……正直、男としてしんどいことはあり申す」


 困ったように笑う仙次郎はだけど、照れたように続けた。


「だが、こうしてどんな形であれ、想う女といられるのは格別の喜びでござるよ。相手もそれがしを想うてくれるのがわかるだけにな」

「そっか」


 なら良かった。

 幸せそうに笑う仙次郎に私も笑い返したのだった。




 **********



 温かいスープにちょっとした肉料理に山盛りのパンという、かなりしっかりした朝ご飯をわいわい食べた後。

 仙次郎はハンターギルドの仕事に行くというので見送った。

 そうして二人っきりになったところで杖の盗難事件のあらましを話すと、リグリラは眉宇をひそめた。


「この国にきている魔族、ねえ……」

「うん、もしかしたらその可能性もあるかなあと思って」


 リグリラほどではなくても、シグノス学園くらいの監視術式をくぐり抜けるだけなら、中位の魔族でも可能だ。

 と、気づいた私は、ネクターと話し合った末、杖の探索に参加するのを一日延ばして、王都にいてもほかの魔族の動向をチェックしているリグリラに確かめにきたのだ。

 もし、その線が当たりなら、そのまま魔族を捕まえにいこうと思っていたのだが。


「確かに中位以上の魔族でしたら、たかが人族の組み上げた防犯術式程度、気づかれずにくぐり抜けることは可能ですわ。ですけど、ならばなぜ人族の魔道具を盗む必要がありますの」

「確かに、そうなんだよねえ」


 だって、魔族たちは必要な魔道具は自分たちで作り出す。

 そもそも、他人の杖なんていらないもの盗む必要がない。


「カイルの杖に組み込まれてる私の鱗が目的かなあ、なんて思ったりしたんだけど」

「あなた、そんなことまで許可していましたの?」


 リグリラに呆れ顔を向けられて、決まり悪くて頬をかく。

 魔力の結晶である私の鱗がなじめば、杖から精霊が生まれやすくなるかな、もしかしたら、カイルの意識が宿るかもなあなんて思ったり思わなかったりしたわけで。

 ベルガには遠慮されちゃったけどね。

 天文学的に低い確率だけれども、あり得なくはないし。

 これを言ったらますます呆れられそうなので、私はごまかした。


「ともかく、そういうことしそうな魔族、近くにいたりする?」

「残念ですけど、わたくしが拠点を置いていることが浸透いたしましたから、ここ10数年ほどはバロウに近づく魔族はいませんわ。時々、身の程知らずの下位魔族がきますけど、わたくしが叩き出しておりますし」

「そっかあ、いないか」


 その言葉に私はがっくりと肩を落とした。

 まあ、魔族の線がなくなったってことだけましか。

 もし魔族だった場合、セラムたちの手に余るだろうしね。


「噂ですけど、店にいらっしゃる商会や、貴族の夫人が話していましたわ。近隣の街でも貴族の邸宅や、裕福な商家、神殿などから古い魔道具が盗まれる事件が頻発しているらしいですわね」


 食後のお茶に口を付けつつ言ったリグリラに、私は顔を上げる。


「他の街でもあるの?」

「ええ、金銀宝石類なども盗まれることはあるらしいですけど、ほとんどが迷宮由来の一品だったそうですわ。歴史をさかのぼれば古代人につながるような古いものばかり。

 中には家宝の古代魔道具(アーティファクト)を盗まれた家もあるようでしてよ」

「古代魔道具が……」

「噂が流れるくらいですから、体面を気にする貴族が隠している案件はもっと多いのではなくて。王都にはまだ来ていないようですけれど、警備を強化しようとしている家も多いと聞きますわ。そういえば、上流階級からの警備依頼が複数件来ていると仙次郎も漏らしていましたわ」


 リグリラの言葉に、私は首をひねる。


「こっちの犯人は古代魔道具らしい楽器を扱うらしいけど。同一犯かなあ」

「どうかしら? わたくしが耳にしたのは、すべて古代魔道具に関することだけですもの。いくら高価なものでも人族のつくった古道具などは目もくれずに、止めようとした私兵を惨殺していったそうでしてよ」


 さらりと言われた単語に、顔をしかめる。

 ますますわかんなくなってきた。

 だけど、それはシグノス学園できいた手口と全然、違うように思えた。


「誰がなんのために盗んだんだか……」

「さあ、それは犯人に聞いてみなければわかりませんわ」


 ごもっとも。


「ただ、案外、もったいないからなどという単純な理由かもしれませんわよ。どうせ上流階級の見栄で、ただ珍しいからと言うだけで死蔵していたはずですから」

「まあともかく、魔族の線は薄そうだ」


 リグリラの言葉に苦笑しつつ、お茶を一口含んだ私は、もう一つの話題を切り出す。


「ねえ、リグリラは精霊喰いにあったことある?」

「精霊喰いですの?」

「名前の通り、精霊を好んでねらって、相手の魔力を吸うことで弱体化させたりするらしいんだけど」


 名前だけではぴんとこなかったリグリラに説明すると、わかったようだ。

「ああ、あのめんどくさい奴ですわね。糸操り魔樹ほどではありませんけど。それがどうかなさいまして」

「うん、その魔物に襲われた後、魔術が使えなくなるってことってあるのかい?」

「また、妙なことに首を突っ込んでいらっしゃいますの?」


 柳眉をひそめるリグリラに、自覚がある私はごまかし笑いをするしかない。


「ええとねえ、アールの先輩が、それが原因で魔力が使えなくなったらしくてさ。魔力はあるのに魔術は使えない感じで。実際に体外魔力はとても希薄なんだ。原因を聞いたからにはちょっと気になってさ。だから、首を突っ込むって言うより、おせっかいって言う方が近いかも?」


 なんて言ってみると、リグリラははっきりため息をついた。


「まあ、あの魔力吸収に捕まると、下位精霊などは行動不能になるほどですから、それを人族の、しかも子供がされたというのなら、魔力基幹に負荷がかかって損傷し、その結果一時的に魔術の行使ができなくなるというのはあり得るかもしれませんけど。よほど魔力の少ない幼子でもない限り、自己防衛のために気絶する方が先でしょうね」

「そうかあ」


 腕組みして考える私に、リグリラが付け足した。


「治したいとおっしゃるのなら、わたくしは門外漢ですわよ。魔力基幹の再生など、それこそ、あなた方ドラゴン位にしか手が出せない領域でしょうに」

「それは、そうだと思うんだけど、本当に魔力基幹が傷ついたことが原因なのかなって。魔力基幹が傷ついている割には、エルの持っている魔力が多いから」


 私の言いたいことが理解できたのだろう、リグリラが目を瞬かせた。


「それは、奇妙ですわね」

「だろう? だって、魔力基幹が損傷したのなら、魔力を蓄える機能も衰えているはずなんだ。なのにエル君の魔力は、魔術適正を上回るレベルなんだ。まるで、子供の頃から順調に成長してきたみたいに、さ」


 手を握ったときに感じたあの魔力量は、魔術師になれてもおかしくないほどだった。

 それに、この間見せてもらった魔術銃はこれ以上ないってほど術式を吟味して、魔力消費を抑えていたが、普通の魔術師ですら3発撃てればいいほうなほど、魔力をよく喰う代物にみえた。

 エルヴィーはそれほど気にしていないようだったが、それを成長途中の少年が6発撃てると言うだけで十分驚くべきことなのだ。

 でも、実際にエルヴィーは魔術が使えない。

 見せてもらったわけではないが、使おうとしても術式を構築できないのだ、と世間話で聞いていた。


「だから不思議だなあって思うわけだよ」

「魔術が使えなくなる理由は、もう一つあるのではなくて」


 悩む私にリグリラが仕方なさそうな感じで切り出した。


「魔術許容領域を使い切っている場合ですわ」

「そういえば、ネクターがそんなことを話していたような」

「魔術式を展開するには術式の展開領域の容量も関係しますわ。大きな魔術が使えるかは魔力量が、複数の魔術が使えるかどうかは許容領域が関わっているのはご存じでしょう。

 わたくしは数十数程度であれば楽々扱えますけど、人族の場合、どんなに鍛錬しても同時展開できるのは3つか4つほど、普通であれば1つ2つが限界ですわ」


 ああ、そういえば精霊になったネクターが一度に使える魔術が二桁になったって喜んでいたなあ。


「常時展開術式で物理に対する鉄壁の防御をしていたが、許容領域を使い切り、解毒の術式が使えずに宴席であっけなく毒殺された、などという王族の話がありますわね。後は分不相応の幻獣と契約し使い魔としている場合も、許容領域を浸食しましたかしら」

「でも、魔術の気配なんてなんにも……」


 ふと、何か記憶の隅に引っかかったがそれがつながる前に、リグリラにじっと見つめられているのに気がついた。


「ところで、最近ご無沙汰じゃあありませんの。ここ2、3ヶ月“決闘”の時もいらっしゃいませんし、仙次郎も手応えが出てくるにはもう少しかかりますから、やっぱりあなたが居ないとつまりませんわ」


 ちょっぴり面白くなさそうにいうリグリラに、そういえばそうだったか、と気づいた。

 仙次郎がリグリラとの交際をかけて挑んだ「決闘」見物から始まり、今やハンターギルド王都本部の名物になっている「合同訓練会」には、なんやかんやでご無沙汰だった。

 ヒベルニアに拠点を移してそれなりに忙しかったり、知行地から目が離せなかったりしてたからなあ。


「そろそろ腕がなまってきたのではありませんこと? あなたも、知行地にこもっているだけじゃ。いざというとき動けませんわ」

「さすがに、そんないざって時は来てほしくないけど。あんまり動いてないなあ」


 昨日のレッドボアは、ほぼアールが一人で狩っちゃったからなあ。


 ちょっぴり期待するように紫の瞳をきらめかせるリグリラに、苦笑しつついった。


「アールもリグリラに会いたがっていたし、次の合同訓練会には行くよ」

「約束、ですわよ!」

「ん、あ、でもカイルの杖が見つかったらね」


 ぱっと表情を輝かせ、獰猛に笑うという器用なことをしているリグリラに釘を差すように付け足すと、ちょっぴり勢いがそがれたようだが、それでもめげなかった。


「今度こそ、あなたを倒してみせますわ!」

「いや、合同訓練会だからね? 人の領域から出ちゃだめだからね?」

「わかっておりますわ、わたくしがそんなへまするとお思い? むしろあなたがうっかり古代魔術を使わないかの方が心配でしてよ?」

「え、魔術あり?」


 挑発するような言葉にびっくりすると、リグリラは何を今更といわんばかりの表情になった。


「なにをおっしゃっておりますの。今押さえている会場は魔術使用が許可されていますの。それをやらない手はありませんでしょう?まあ、代わりに防御結界の耐久性能試験をすると言う条件ですけど」

「あ、ああ、そうなんだ」


 完全にヤル気モードのリグリラに、防御結界が壊れる未来しか想像できなくて、乾いた笑みを漏らした。


 ……と、とりあえず、次の合同訓練までにルールを作らなきゃだめだな。


「じゃあ、リグリラ、そろそろおいとまするよ」


 むん、と密かに決意した私が、席を立つと、リグリラが一瞬名残惜しそうな顔をしたが、すぐに取り繕われた。


「あら、そうですの? 今、エーオにマドレーヌを買いに行かせていますのに」

「うっ……でも、カイルの杖の探索に、行く必要が」


 マドレーヌという単語にくらりと揺らいだが、何とかとどまろうとする私に、リグリラがゆったりとほほえむ。


「あら、あの半精霊が出ているのでしょう? ならばあなたが多少遅れても大丈夫ではなくて?」

「いや、ね……」

「それに、空間転移を使えば、ここからヒベルニアまで目と鼻の先ではありませんの。

 わたくし、午前中は暇ですの。たまにはゆっくりお話しするのもよろしいのではなくて?」


 悪魔のように甘くささやくリグリラの声を聞いていると、その通りな気がしてきた。


 ……マ、マドレーヌを食べるまでなら、いいかな?


「じゃ、じゃあ――……」


 少しだけ。

 と、言おうとした矢先、不自然な魔力の流れを感じた。



 



このわんこ誰、と思った方は、よろしければ同シリーズ「魔族様は愛がお嫌い」をお楽しみ下さい。

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