第16話 少年は悔恨と対峙する
「おはようございます!」
「お、おはよう」
昨日のことなどなにもなかったかのような、朗らかとさえ言える挨拶だった。
エルヴィーが戸惑いながら応じると、アールは更に笑みを深めた。
「じゃあ、俺は、こっちだか、ら……」
心の準備もなく会ったために逃げ腰で、とっさに離れようとしたエルヴィーだったが、片手はアールにしっかりと握られたままで、動けなかった。
その捕まえられた手にぎゅっと力を込められたことをいぶかしく思う。
「アール?」
「先輩。今日、学校さぼりましょう?」
一瞬、なにを言われたかわからなかった。
「なに、いって」
「やっぱり、いやなんです。大好きなマルカと、大好きな先輩がすれ違ったままなの。悲しいままなのは、みていたくないんです」
笑顔を消したアールの、金の瞳でひたりと見つめられたエルヴィーは息をのんだ。
「だから、今からマルカに会いに行きましょう!」
「ちょっと待て、アール!」
そのまま、手を引かれたエルヴィーは反射的に踏ん張ろうとした。
だが、小さな体のどこにそんな力があったのか、ぐいぐいと引っ張られてたたらを踏む。
その様子を、通り過ぎていくほかの生徒たちが不思議そうにみていくのを感じながら、エルヴィーは何とか説得を試みようとした。
「アール、それはまずいぞ、今日は小テストの日だ! おまえ、落としたらまずいだろう!?」
「そんなことより、先輩たちの方がよっぽどだいじですっ。勉強は後でいくらでも取り戻せます。でも、ヒトはいつどうなるかわかんないんですよ!」
天才無自覚問題児の本領発揮と言わんばかりのアールのまっすぐな言葉はエルヴィーの柔らかいところに突き刺さった。
痛くて、痛くてたまらなかった。
「エル先輩とマルカは、そばにいるんです! そばにいるなら、何で会わないんですかっ!」
「おまえは知らないだろう!!俺とマルカになにがあったのか!!」
全力で手を振り払いながら、エルヴィーは怒鳴ったあと、しまったと思った。
だが、アールは泣きそうな顔をしつつも、手首を、正確にはそこにはめている腕輪を握り込みながら、強く、エルヴィーを見上げていた。
「ぼくにだって、先輩たちに言えないことぐらい、あります」
「なに……」
「だからいいんです。先輩がマルカのことを知りたいから、ぼくを部活に引き入れたんだとしても」
気づかれていたことにエルヴィーが愕然としている間も、アールの言葉は続く。
「ぼくは、先輩にたくさんすてきなことを教わりました。いろんなものから守ってもらいました。だから、いいんです! 先輩がどういう思惑だったとしても、ぼくにとって優しくて、面倒見がよくて素敵な先輩だってことは変わんないんです!」
「おまえ……」
「だから今度は、ぼくが先輩を助ける番ですっ!」
まるで炎のように金の瞳をきらめかせて宣言したアールは、何よりも力強く。
エルヴィーはその傍らにどっとしゃがみ込んで額に手を当てた。
ああ、そうかずっとそうだ。
俺は、ずっと誰かに助けられているんだ。
はじめはイエーオリに、次には美琴に、そしてこうして後輩であるアールにまで。
「なっさけねえねあ」
「それくらい、へっちゃらですよ。ぼくのかあさまと、とうさまも結婚するまではいろんなヒトに迷惑かけて助けてもらったって言ってました。だから、助けてもらったぶんは、いつか誰かを助けてあげればいいんですよ」
にこにことなんでもないと笑う、アールにまさに助けられている自分としては、おもしろくなくて、つい、憎まれ口をたたいた。
「ばっかだなあ。おまえ、俺なんかを助けるなんてさ。生意気だ」
「先輩のためだけじゃありません。マルカのためでも、ぼくのためでもあるんです。つべこべ言わずに甘えてりゃいい、んですよっ」
「それ、イエーオリの真似か」
「えへへ、いっぺん使ってみたかったんです」
「あんまり似合ってないぞ」
心外そうな顔をするアールを見ながら、エルヴィーは笑ってみた。
ずいぶん涙をこらえていたから、だいぶひきつった感じになったがかまわない。
「ごめん、アール。やっぱマルカに会うのは怖いんだ」
「先輩っ!」
「だけど」
じれったそうに眉をひそめたアールを遮りエルヴィーは続ける。
「学校が終わった後、話、聞いてくれるか。
あんまりおもしろいもんじゃねえと思うし。もしかしたら呆れるかもしれないけど」
「……はい、もちろんですっ!」
アールがぱっと花が咲くような笑顔でうなずいたから、エルヴィーは何とかなる気がした。
**********
その後、すぐにでも聞きたがるアールを宥めすかし、エルヴィーたちは少々遅れつつも校舎に入った。
今日は本当に、必修科目のテストがあったからだ。せっかく今まで積み上げてきたものを崩すわけにはいかない。
それでも、けして、おろそかにしようとしたわけではないし、授業が終わり教室を移動するたびに、アールにじっと見つめられば、覚悟は決まっていった。
そうして、すべての授業が終われば、アールは当然のようにすっ飛んできた。
本当に授業を受けてたのか、聞きたくなるような待ちかまえっぷりに思わず苦笑したものだ。
「逃げねえよ、アール」
「いいから、行きましょうっ!みんな待ってます」
また片手をとられて引っ張られながら、いつもの活動室にたどり着くと、そこにはすでに、イエーオリと美琴がいた。
「おう、アール。がっちり捕まえてきたな」
感心したように言うイエーオリに、アールが鼻息荒く答える。
「捕まえるなら徹底的にって言うのが、お姉さまの教えなんです!」
「おまえ、姉ちゃんがいるのか?」
「かあさまの親友なんですよ」
「アール、ぐっじょぶ」
親指を立ててねぎらう美琴に、アールも親指を立て返す一連のやりとりをエルヴィーは呆気にとられてみていた。
「おまえら、なんで……」
それ以上の言葉がでないエルヴィーにイエーオリは、腕を組みつつふてくされているアピールをしながら言った。
「お前のあほさ加減に呆れてるんだぜ。でも知って付き合っちまってるんだからしょうがねえだろ」
「妹さん、がかわいそうだから。馬鹿な兄を持つ苦労は、わかる」
イエーオリと美琴が口々に言うのに、エルヴィーはぐっとこらえるように口元を引き結んだ。
でないと、声を出して泣いてしまいそうだった。
「ひどい言いぐさだな」
ぐっとこらえて、こらえて、エルヴィーはかろうじてそう返す。
その見るからに泣きそうな笑顔に応じて三人はうなずいた。
「じゃあ、アール聞いてくれるか。俺の情けない、話を」
「はい!どーんとこいです」
そうして、エルヴィーが覚悟を決めて、口を開こうとした矢先。
こつりと、扉がたたかれた。
聞き間違いではないかというほどささやかな音だったが、確かなノックの音だ。
全員顔を見合わせたが、代表して美琴が立ち上がって、扉を開けると。
「……お兄ちゃん、居ますか」
青ざめた顔色で表情をこわばらせながらも、必死に前を向くマルカが居た。
「マルカっ!」
「アール……」
真っ先に立ち上がったアールが駆け寄ると、マルカはあからさまにほっとしたように表情を和らげた。
「お休みってきいて、後で会いに行こうと思っていたのだけど、大丈夫?」
「うん。へいき。寮の先生に見つからないうちに帰んなきゃいけないけど。お兄ちゃんに、話をしなきゃ、と思って」
体調を崩していたという話にエルヴィーが動揺していると、マルカの緑色の瞳がこちらを向いた。
顔色の悪いマルカの表情は、堅くこわばっていたが、それでもぐっと顔を上げて言った。
「お兄ちゃん、ちょっとで終わるから。お話しさせてください」
マルカの他人行儀な言葉遣いに胸が痛み、どう反応していいかわからず立ち尽くしてしまっていると、マルカの表情も泣きそうにゆがむ。
マルカの足が一歩、下がりかけた時、アールがその手を捕まえ引き留めた。
同時にイエーオリが立ち上がり、マルカに近づき肩を抱く。
「たったままじゃ何だから中で話そうぜ妹ちゃん。ほらいいだろ、エルヴィー!」
「あ、ああ」
「よし、じゃあ、ミコト、人数分お茶入れてくれ!」
「うん。おやつ、も出してくる」
「ぼく手伝います!」
二人がパテーションの裏に引っ込んでいる間に、イエーオリはマルカを備品の古びたソファに座らせ、その正面の椅子にエルヴィーを誘導する。
そうして美琴の手によって入れられた紅茶がアールによって運ばれ、それぞれに配られ、全員が空いている椅子に納まった。
だが、そのまま沈黙が降りる。
マルカは、思わぬ事態に戸惑っているのか、ソファに座ったきり縮こまってしまっている。
エルヴィーも、マルカを目の前にして、どうしていいかわからなかった。
が、驚いていた。
自分の知るマルカは、恥ずかしがり屋の引っ込み思案で、エルヴィーがいなければどこにも行けないような少女だった。
それなのに、前回だって今だって、一人で行動してやってきている。
エルヴィーが知るマルカなら誰かについてきてもらわなければはなからあきらめているようなことだろう。
そもそも、家を離れて寮生活、というのを選んだところから驚くべきことだ。
どれほど勇気が必要だったか、と考えたところで、エルヴィーはマルカの膝に握られている拳が、小さく震えていることに気づいた。
「マルカ」
思わず、呼びかけると、マルカはびくりと肩を震わせた。
「よく、こんな学校の端にある場所に一人でこれたな」
「……うん。場所は覚えていたから」
「びっくりしたぞ。大きくなったな」
素直に言うと、マルカはそれだけは力強くうなずく。
「そうだよ。わたし、もう、あのときみたいになにもできないわけじゃないの」
困惑して沈黙する中、マルカは力を取り込むように、大きく深呼吸をした後、不思議な熱をともした瞳でエルヴィーを見つめ、続けた。
「まずは、お兄ちゃん。ごめんなさい」
「なにが――……」
「わたし、なんとなく気づいてた。お兄ちゃんが、魔術を使えなくなっちゃったこと」
その告白にエルヴィーが絶句していると、マルカは泣きそうな顔に笑みを浮かべる。
「だってね。わたしだって、魔術師の卵だよ? 魔力を感じ取ることができない訳ないじゃない。それに昔はずうっと一緒だったお兄ちゃんの魔力が、急に感じにくくなったら、わからない訳ないじゃない」
「なら、何で言わなかった」
「だって、信じたくなかった! お父さんまで取り上げたのに、お兄ちゃんから魔術を奪ったのはわたしだって! だから、お兄ちゃんが優しくしてくれるのに甘えて気づかないことにしてたの、知らないことにしてたの! そうしたら、あのころのお兄ちゃんのまま変わらないと思ったからっ!」
あふれんばかりの激情をいや、今まで抑えていた感情を吐き出すように話すマルカの剣幕に、その場にいる全員が圧倒された。
「でも、お兄ちゃんが、学校に行ったきり、帰ってこなくて。手紙だけになって。その手紙もどんどん短くなっていって。不安になった。
お兄ちゃんは、わたしを嫌いになったのかもしれない。何にも言わないのは、ただ、お父さんを殺したわたしが許せないからなのかも。わたしを助けようとしたせいで、魔術が使えなくなったのを怒ったのかもって」
「それは、ちがっ」
とっさに否定しようとしたエルヴィーはマルカの不思議な強い瞳に気圧され、言葉を呑み込んだ。
「一昨日、お兄ちゃんが魔術を使えないって知ったとき、目の前が真っ暗になってぐらぐらして、逃げちゃったけど。心のどこかで、ああそうなんだ、やっぱりって、思ってる自分もいたの。
でもやっぱりショックで、ずっとお部屋にこもって考えた。
どうしようって。
でも、考えてるうちに、そんなのどうでもいいことに気がついた。お兄ちゃんがわたしのことを嫌いでも、わたし、お兄ちゃんのこと好きだもん。時々意地悪で、情けないとこもあるけど、わたしのお兄ちゃんは、お兄ちゃんだもの」
マルカはもう、体をちぢこめてはいなかった。
背筋を伸ばし、りんとしたたたずまいで、エルヴィーをまっすぐ見つめていた。
「だから、わたしのこと、嫌いでもいいから、お兄ちゃんはお兄ちゃんでいてください」
それだけ言い切ったマルカは、自分に視線が注がれているのにようやく気づいたのか、いたたまれなさそうに瞳を伏せた。
エルヴィーは、そんな知っているマルカの姿に安堵しつつも、目から鱗が落ちたような気分で、マルカを見つめた。
今、目の前にいるマルカは、もう守られるだけの妹ではなかった。
自分の頭で考えて、行動ができる少女だった。
そうだ、あれからもう四年もたっているのだ。
エルヴィーは悩み、積み重ねた年月と同じだけ、マルカも悩んでいて当然なのだ。
その当たり前の事実にエルヴィーは今更気付いて、どっと肩の力が抜けた気がした。
「マルカ」
声をかけると、マルカはふたたびおびえたような顔をした。
「ごめんなさい、お兄ちゃん。もう会いにこないから、それだけ言いたかったの。すぐ、帰るから」
「俺は、嫌ってないぞ」
涙をため立ち上がりかけていたマルカは、驚いたように目を丸くして止まる。
「そうだよ、マルカ。帰るのは早い。まだ、エル先輩の話、聞いてないよ」
その脇にアールがたって、マルカをゆっくりと押し戻すのをみながら、エルヴィーはまとまらなかった感情を、必死にたぐり寄せる。
痛みを伴う作業だが、やらなければいけない。
そうだ、言わなければ始まらない。
エルヴィーは、戸惑うマルカに向けて頭を下げた。
「ごめん。おまえに心配かけた。うそをついた。あの時おまえを守りきれなかった。いろんなことを全部ひっくるめて、悪かった」
「お兄ちゃんが、謝ることなんてなにもないっ」
悲鳴のような声に、エルヴィーは静かに首を横に振った。
「親父が死んで、おまえが自分をせめて落ち込んでいただろう。その上俺まで魔術が使えなくなったって知ったら、本当に壊れるかと思った。だから魔術が使えなくなったことを隠した」
「わたしの、ため?」
「いいや、俺がそんな弱い自分をおまえに見せたくなかったんだ。おまえの前だけでも魔術が使える自分を残しておきたかったんだよ。馬鹿だよな」
目をまん丸に見開くマルカに、エルヴィーは自分の心の傷を見せる。
「おまえを守れなかった自分がいやでいやでたまらなくて、なのに魔術は使えなくて。それでも何とか、強くなりたいって思って、戦闘科を選んで、戦い方を学んだ。もう二度と負けたくないと思った。だが、そうやっていくにつれて、おまえに書けることが少なくなっていったんだ。
魔物を倒す方法を勉強してる、なんて知ったら気に病むかもと思うと書けなかった。そもそも、俺が戦闘科だと言った時点で、気づかれるしな」
自然と自嘲の笑みを浮かべながら、エルヴィーが言うのに、マルカは激しく首を横に振った。
「何にも知らなくて、守られてばかりでごめんなさい」
「いいんだよ。妹ってのは兄ちゃんに守られるのが専売特許だ」
麦穂色の頭がおずおずと上がり、緑色の瞳がエルヴィーをみる。
「お兄ちゃん、わたしのこと、嫌いになったわけじゃない?」
「おまえこそ、こんな馬鹿で情けない兄ちゃんで、呆れたりしなかったか?」
マルカとエルヴィーがお互いの感情を探るように見つめ合うのを、イエーオリがじれったそうに声を上げた。
「ああもう、おまえ等わかってんだろ!? 全部誤解だったって!」
「エルは、妹さんを嫌ってない。妹さんは、エルがへたれでも、もう大丈夫なくらい強い」
美琴のさりげなくとげのある言葉に、少々痛みを覚えながら、エルヴィーは同意した。
「ああ、そうだな。もう、俺の知ってるマルカじゃない」
「そうよ。わたしだって、たくさん勉強したの。いつかきっとお兄ちゃんの助けになるわ」
身を乗り出して宣言するマルカに、エルヴィーは思わず苦笑した。
真面目に受け取るわけにはいかないが、それでもそう言えるほどマルカの心が強くなったことが、たまらなく嬉しかった。
「さすがに妹に守られるわけにはいかないな」
「どうしてですか?」
不思議そうな声を上げるアールにエルヴィーは答える。
「そりゃ、お前、自分より年下の相手に守られるのはちょっとなあ」
男の意地ってものが、と続けようとしたのだが。
「ぼくが助けに行くのもダメなんですか? エル先輩やイオ先輩や、みーさんやマルカが大変だったら、僕飛んで行きますよ!」
あんまりにも真剣に言うアールに、イエーオリが噴出した。
悪いとは思ったが、エルヴィーも思わず笑う。
「大丈夫だよ。早々助けられるようなことにはならないって」
「本当ですよー!」
抗議の声を上げるアールに、イエーオリは、ふと気づいたようにエルヴィーを見た。
「いや、でも、エルヴィーに限って言えば信ぴょう性はねえな。今回助けられてるし」
「それは、まあそうだが」
今更ながら気恥ずかしく、エルヴィーは頬をかきながら、アールを見る。
「サンキュな。アール。次がないほうが良いんだろうが。そんな時はまた頼む」
「もちろんです!」
にっこりと笑ったアールから視線を外すと、妙に神妙な顔の美琴がいた。
そう言えば、おとといも、なんとなくぎこちなくなっていたなあと思ったが、気のせいだろうか。
「んじゃ、まあ、せっかくあるおやつだ、食べようぜ。ほら、マルカちゃんも遠慮なくどうぞ」
イエーオリにクッキーの載せられた皿を勧められたマルカは困ったように視線をさまよわせる。
「で、でも。寮の先生が部屋を見に来る前に帰らなきゃ」
「大丈夫だって、あの兄ちゃんが送ってくれるだろ? 一緒に怒られて来い」
「でも誰もお兄ちゃんが私と兄妹って知らないから」
「もう、和解したんだからばらしてもいいんじゃねえの」
「イオ、気がはやい」
しかめつらでたしなめる美琴に笑いつつ、エルヴィーもそうかもしれないと思う。
もう、隠す必要はない。エルヴィーの覚悟がいるだけだ。
ふと沈黙していたアールが、ぱっと何か思いついたように顔を上げた。
「そうだ、マルカも部に入ればいいよ! そうしたらエル先輩と過ごせるよ」
予想外のことを言い出したアールに一様に驚く。
「そりゃあ名案だが、マルカちゃん、まだ初等部だろう? 学校が許可しないだろうしなあ」
「イエーオリ、妹の名前を気安く呼び過ぎだ」
さっきから言いたかったことを口にすると、イエーオリが酢でも飲みこんだような顔の後にやにやと笑う。
「へいへい。わかりましたよ。兄貴は嫉妬深いねえ、妹ちゃん」
「え、ええと」
曖昧に微笑んだマルカは、決意の表情になった。
「わたし、勉強頑張ります。アールみたいに飛び級できれば、もしかしたら先生も許可してくれるかも!」
「いや、マルカ」
「そうしたら、部にいれてね!おにいちゃんっ」
エルヴィーはマルカの久しぶりに見る満面の笑顔に、抵抗が出来なかった。
「まあ、できたらな」
「やったあ!! よーし、勉強するぞ。……でも、私にできることある?」
「お前、そこからか」
呆れて言うと、マルカが照れたように笑う。
「えへへ、でも、お兄ちゃんと一緒に居られるし」
「遊びじゃないんだぞ?」
「わかってる!」
明るい笑顔に、エルヴィーもつられて笑った。
あれほどできないと思っていたなにげない会話が、すんなりと交わせていることが信じられなかった。
マルカとクッキーをつまんでいるアールを見る。
でかい恩ができた。いつかは返せるのだろうか。
とりあえず、今はこの満たされた気分に浸っていよう、とエルヴィーが思った時。
けたたましいサイレンが鳴り響いた。





