第13話 ドラゴンさんは一緒に悩む
エルヴィーたちとの会話の後、それほど間をおかず戻って来たアールと、私は帰路についていた。
アールの表情は当然浮かず、私も何となく気持ちが重い。
出会ったことの処理能力を超えた私たちは寄り添うように、とぼとぼ歩く。
「……アール、マルカちゃんはどうだった?」
「おいついたけど、ずっと泣いてた。『お兄ちゃん、ごめんなさい』って言いながら。
『もう、お兄ちゃんに会えない。』とも言ってた。途中でマルカの寮の先生が通りかかってマルカを連れてっちゃったから、ぼくはそれ以上関われなかった。……かあさま、エル先輩はどうだった」
「同じようなモノかなあ。強くなるまではマルカちゃんに会う資格がない、みたいに思ってるみたいで。何て言うか、嫌ってはいないんだけど、かたくなになっているみたいだ。マルカちゃんに魔術が使えないことがばれたのがショック、みたいだった」
私たちは同時にはあーとため息をついた。
本当は他人である私たちが首を突っ込むほうが良くないのだろう。
とは思うけど、友達のひ孫ともなるとやっぱり気になるのだ。
「そもそも、どうしてエル先輩はマルカに魔術が使えないって知られたくなかったんだろう? どうしてマルカはあんなにショックを受けたんだろう。できれば、悲しい顔が、みたくないだけなのに」
ぽつりと言ったアールの言葉は、私の心情とぴったりと沿った。
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そうして帰って来た翌朝。
管理術式を整えていたから、久しぶりの休暇なわけで、一日中お家でゴロゴロするもよし、街に出てウインドウショッピングするもよし。
アールも学校がお休みで久々に家族がそろったという感じなのだが。
「……はあ」
窓辺に座ったアールは、絶賛落ち込み中である。
朝ごはんを食べた後はずっと空を眺めている。
アールはマルカとエルヴィーのことが気になって仕方がなく、でもどうしたらいいかわからなくて途方に暮れているのだろう。
昨日の夜からずっとこんな調子で元気がないアールを、私は傍の一人がけソファーでドワーフ語の教科書を読みながら窺っていると、外出着姿のネクターがそっと近寄ってきた。
「アールはいかがですか」
「だいぶ堪えているみたいだね。一番の友達と、仲がいい先輩のことだ。私だって気になる」
「そう、ですね。初めての人族の友達ですし、悩むのも当然でしょう。初めてのことですから、ゆっくり考えさせてやるというのも大事ではないですか」
「うん、そうだね……ネクター、出かけてくるのかい?」
ふう、と息をついて手につかない「ゴブリンでもわかる!ドワーフ語」を閉じてテーブルに置いた私に、ネクターはうなずいた。
「はい。少々、話があるから会えないかと。アールのことは気になりますが。残念ですけど行ってきます」
「あ、もしかして、さっきの手紙がそれだったかい?」
朝ごはんの時に使い魔の伝言鳥が手紙を運んできていたのを思い出して言うと、ネクターがちょっぴりぎくりとした表情になった。
……ん?
「え、ええそうなんですよ。それほど遅くはならないと思いますから、夕飯は心配しないでください」
「う、うん、わかったよ……それなら、私がご飯作ってみようかな」
なーんか怪しいなあと思いつつも、ふと思いついて言えば、ネクターはぱっと表情を輝かせる。
「ラ、ラーワの手料理、ですか!?」
「うん、ネクターみたいに手の込んだのはできないだろうけどね」
ネクターの料理も時々手伝ってるし、昔はそこそこやってたし、大丈夫だと思う。
……まあ、数百年前の前世のことだけど。
すると、ネクターの大きな声に振り向いたアールがこちらにやってきた。
「どうしたの?」
「ネクターがお出かけだから、今日はわたしが夕飯作ろうかなあって」
「あ、かあさま、ぼくも手伝うよ!」
「よーし、じゃあ、今日の夕飯は私たちで作るぞー」
「おー!」
「絶対にはやく帰ってきますねっ」
なんだか感動に打ち震えているネクターが、決意の表情で家を出ていくのをアールと共に見送った。
と、言うわけで急きょ夕飯を作ることになったが、まだ昼間だ。
夕飯までは時間がある。
それでも何作るか決めて、食材を調達する必要があるだろうなあ。
何作ろうかなあ。
冬に差し掛かってるから、煮込み料理とかがおいしいだろうか。
それなら、失敗もしづらいだろうし、パンは買いに行けばいいし。
うん、イケる。
私が、うきうきと頭の中で算段をつけていると、アールにぽそりと呼びかけられた。
「ねえ、かあさま」
「なんだい?」
「マールも、エル先輩もどっちもお互いのことが大事なのに、なんで会えない、会いたくないっていうんだろうね」
「それは……」
答えあぐねて私は言葉に詰まってしまった。
私もだいぶ慣れたとはいえ、人族の感情に対して説明できるほどの言葉は持ち合わせていない。
だけどふと、ネクターがいなかった10年のことを思いだした。
「もしかしたら、大事だからこそ、なのかもしれないねえ」
「だいじだから?」
「うん。人族は、言葉、とか、しぐさみたいな間接的な情報交換しかできないだろう? だからすごく親しいって間柄でも、全部はわかり合えてなかったりするんだ。だから、相手のことを思いやるばかりに、大事な一言を、伝え損ねたりすることが、ある」
私は不思議そうな顔をするアールを促して、ソファに並んで座った。
「私がこの国に来て、ネクターや、カイルや、ベルガやいろんな素敵な人族に出会って、友達になれたってことは話したよね」
「うん」
「だけどね、大事になったからこそ私はその関係を壊したくなくて、ネクターの気持ちに気付かないで、ネクターを傷つけたことがあったんだ。そのせいで、何年も会わなかったこともある」
「かあさまととうさまが!?」
はじめて話すそれに、びっくりした顔で身を乗りだすアールの髪をなでた。
「うん、そりゃあもう、長かった。その時は自分が原因だって気づかなくてね。途方に暮れて、寂しくてしょうがなかったよ。リグリラが、励ましてくれて、ネクターがあきらめないでくれたから、今がある。それで、私も伝えるって一歩を踏み出せた」
あの時のデコピンはよく効いたなあとちょっと笑いつつ、目を丸くしているアールに言った。
「エルヴィーとマルカちゃんも、相手を傷つけたくないっていう気持ちが心の中で大きくなりすぎちゃって、思いを伝えられないのかもしれないね」
「そっかあ。人族って、しんどいねえ」
「そうだねえ」
途方にくれた顔をするアールに、全くその通りだと、同意した。
「ぼくに、何がしてあげられるかな」
少し、期待するような視線に、私は苦笑して見せる。
「私も、わかんないや」
「かあさまもわかんないの?」
アールは驚いたように目を見張った。
こういうのは難しい。
もう、だいぶ風化しかけている前世のことが脳裏をよぎる。
その人のためって思っても全然響かなかったり、逆効果だったりする。
でも、何気ない一言が、その人の力になったりもした。
「なにが正解っていうのはないからなあ。本人たちにその気持ちが無ければ意味がない。最後は、自分たちで一歩踏み出さなきゃいけないんだ」
「でも……」
「もし、アールがどうしても助けになってあげたいって思うんなら、静かにそばにいてあげるっていうのも、大事だと思う。助けてって言われた時には、思う存分協力する。それくらいでいいんだよ」
「そんなので、いいの?」
困惑した風に見上げてくるアールに、私は強くうなずいてみせる。
「一人じゃないって思えるのは、すごく力になることなんだよ?」
「……わかった。明日、マルカとエル先輩のところに行ってみる」
金色の瞳に力を宿してうなずいたアールの頭をわしゃわしゃと撫でてやると、くすぐったそうに身をよじった。
まあねえ、エルヴィーもマルカちゃんとつながりを作りたくて、アールを部活動に引き入れたようだし、たぶん、望みはなくはないだろう。
もし、それを知った時アールがどう思うか。少し、心配だけれども。
それこそ、アールが乗り越える必要のあることだ。
そういう所も全部ひっくるめて、人族なのだ。
「さあて、じゃあ、夕飯の材料をそろえに行こうか」
「うんっ! そのためにはまずお肉の調達だねっ」
「その通り!どんなお肉が取れるかでどんな煮込みにするか決めようね」
ぱっと笑うアールにうなずいた私は、そうして外出の準備をし始めたのだった。