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第12話 少年は悔恨と再会す



 嵐のようにノクトが美琴を連れて出ていったことで、室内は奇妙な沈黙が下りていた。

 だが、そんな沈黙すら気づかないほど、エルヴィーの胸中はいまだに動揺していた。


 アールを引き入れたからには、こう言うことがあるかもしれないとは思っていた。

 いつかは、会えたらとも思っていた。

 だが、こんな唐突にしかもこんなに早く顔を合わせることになるのは想定外だ。

 エルヴィーには妹の前に立つ、勇気も、覚悟も、出来上がっていなかった。


 エルヴィーの目の前で驚きと戸惑いに大きな瞳を揺らしているマルカに、声をかけたのはアールだった。


「マルカ、どうしたの? ぼくを探していたって」

「あ、うん。授業の後に先生から別の連絡用紙を貰ったから、届けに来たの。でも部活動の場所がわからなくて困ってたら、あの狐のお姉さんが助けてくれたの。あ、はい。これ、連絡用紙」

「ありがとう、マルカ」


 差し出された用紙を受け取ったアールがほほ笑めば、つられたようにマルカもにっこりと笑った。

 そのうち解けた笑みにエルヴィーがついもやっとしたものを感じていると、アールが不思議そうに決定的な言葉を口にした。


「ねえマルカ、さっき『お兄ちゃん』って言ってたけど、エル先輩のことだったの?」


 唯一事情を知らないアールの質問に、マルカの表情がぱっと輝く。


「うん、そう、そうなの! お兄ちゃん、やっと会えたね! まさかアールの部活の先輩だったなんてびっくりした!」

「ああ、すまん」


 エルヴィーが気圧されつつ謝れば、マルカはむっとした顔で腰に手を当てた。


「もうっいつもお休みには全然帰ってきてくれないし、手紙にも何にも書いてくれなかったから!すごく探したんだからね」


 だが文句を言いつつもマルカは嬉しさを抑えきれない様子に、アールがほっとしたように微笑んだ。


「ああよかったね。マルカ」

「うん、ありがとうアール!」


 はじけるようなマルカの笑顔に、どっと安堵を感じつつも、焦りは消えない。


 会ってしまったのなら仕方がない。ならば、次はマルカが気付く前に、追い返さなければ。

 だが、自分に会えてこれほどうれしげにするマルカに、なんと言えと。


「ねえ、お兄ちゃん、何してるの? 部活動のことはアールから聞いたけどよくわかんなくて……」


 その間にも、マルカが興奮した調子で発せられた質問にエルヴィーが答えられないでいると、今まで沈黙していたイエーオリが動いた。


「妹ちゃん、初めまして。俺、エルヴィーの親友をやってるイエーオリ・エイセルってんだ。よろしく」


 上級生にいきなり話しかけられたマルカは少々委縮しつつも、ぺこりと頭を下げる。


「あ、えと、そのはじめまして。マルカ・スラッガートと言います。初等部魔術科一年生です」

「俺たちがやってるのは、ちょっと複雑でね。ただ、道具に魔術をかけるだけじゃなくて、魔術が使えなくても、魔術を再現できる道具を自分たちで考えて作っているんだよ」

「へえ! すごい」

「君の兄ちゃんはそれはめんどくさい術式を構築してな、俺を困らせてくれるんだぜ」


 そんな風にマルカの注意を引きつけながらその間にエルヴィーとマルカの間にさり気なく割って入ったイエーオリが、ちらりとエルヴィーをみる。

 その視線が、制服のネクタイに注がれていることに気付いたエルヴィーは慌てて外そうとしたが。


「ねえ!そんなに難しい魔術を使っているんなら、ならお兄ちゃん、魔術科に通ってるんだね! さっきのお姉さんも魔術科だったから、もしかしてお兄ちゃんの同級生?」


 その前にマルカがくるりとエルヴィーを振り向き、ひときわ嬉し気に問いかけて。

 エルヴィーが手をかけていた、「戦闘科」を表すそのネイビーのネクタイをみつけた。


「あれ‥‥‥お兄ちゃん、そのネクタイ。魔術科、じゃないの?」


 わけがわからないと言わんばかりに不思議そうに首を傾げるマルカに、アールが当然のように、答える。


「エル先輩は、戦闘科だよ?」

「え、でもお兄ちゃんだって魔術科に通わなきゃ」

「魔術科に通う必要があるのは、適性のある人だ―――」

「アール!!」


 エルヴィーが焦って名を呼べば、思った以上に強い口調になった。

 アールがエルヴィーの剣幕にびくりと肩を震わせて言葉を止めたが、マルカは、はっとしたようにつぶやいた。


「やっぱり、もしかして、あの時に……」

「いや、マルカ、」


 一番恐れていた結論に達したマルカに、エルヴィーは全身から音を立てて血の気が引いていくのを感じていた。

 エルヴィーと変わらず見る見るうちに青ざめていくマルカを、どうしようもできなかった。


「わたしのせいだ!!」


 悲鳴のような慟哭だった。絶望と後悔がいり混じった悲痛な叫び声にエルヴィーの声はかき消された。


「わた、わたしのせいだ。あの時わたしが、だからお兄ちゃんっ……」

「マルカ、違う、それは」


 目じりにはみるみるうち涙が溜まり、真っ青な顔で震え出したマルカに、エルヴィーは狼狽しながらも落ち着かせようと否定の言葉を投げかけたが、マルカは激しく首を横に振るだけだった。


「ごめんなさい、おとーさん、お兄ちゃん、ごめんなさい。っわたしのせいで!」

「マルカ、だから、話を!!」


 それがきっかけになったかのように、瞳から涙をこぼすマルカは唐突に身をひるがえした。


「うわっ」


 タイミング悪く扉は開き、零れ落ちる涙もそのままにマルカは活動室から去っていく。追わなければと考えるエルヴィーだったが、伸ばした手は届かず、足からまるで根が生えたように動かない。

 だが、動けないエルヴィーの脇から、風のように駆けだした人影があった。

 アールだった。


「マルカっ!!」


 案じるように名を呼びながらマルカの背中をアールが追っていくのを、エルヴィーは呆然と見送るしかなかった。





 **********




『わたしのせいで!』


 少女の悲鳴のようなその声音に、ただ事ではないと思った瞬間、私と美琴は走り出し、扉を開けた瞬間、小さな人影が飛び出してきた。


「うわっ」


 思わず避けてしまったが、ベルガを思い出させる麦穂色の髪のマルカちゃんとすれ違った瞬間、その瞳に大粒の涙があふれているのが見えた。


 咄嗟に追いかけようとしたが、間髪入れずに飛び出してきたアールに思念話を叩きつけられた。


≪ぼくはマルカを追うから、かあさまはエル先輩をお願い!≫

≪ちょっとアール!?≫


 お願いって何を!?


 躊躇している間に、子供の足とはいえ、アールたちの背中はあっという間に遠ざかっていった。

 何が何だかわからないが、マルカちゃんはアールに任せることにして、ようやく室内をうかがうと。


 アールにお願いされたエルヴィーは、魂の抜けたような顔で立っていた。

 何て言うんだろう、悲しみと、後悔と、やりきれなさが渦巻いている感じだ。

 曲がりなりにも、妹に会って話をした後の顔じゃあないと、思う。


「どうしたの」


 その尋常じゃない様子に、美琴が恐る恐る声をかけると、イエーオリ君が答えようと口を開きかけたが、そのまえにエルヴィーが、のそり顔を上げた。


「ああ、ミコト、にノクトさん。話は終わったんですか」

「ああうん、それはおかげさまで」


 普通に訊かれたので思わず答えてしまったが、エルヴィーの顔は真っ白だ。


「すみません、じゃあ、試射に行きましょうか」

「おい、エルヴィー、いいのかよ妹ちゃんほっといて!」


 まるで何事もなかったかのように続けようとするエルヴィーをイエーオリ君がいらだたしげに手をかけて振り向かせた。

 だけどエルヴィーは顔を背けて目を合わせようとしない。


「どうしろって言うんだよ、イエーオリ。俺はもう、マルカの知ってる“強いお兄ちゃん”じゃないんだ。隠してたのも、今、マルカにもばれちまった」

「エル!」

「それによ、俺よりもずっと小さいアールがすぐに追いかけられたのに、俺はバカみたいに突っ立ってるだけだった……俺には、もう、マルカの前に立つ資格なんてねえんだよ」


 怒りといら立ちに全身を震わせるイエーオリ君が絶句している間に、エルヴィーは億劫そうに肩にかけられた手を外し、私に向き直る。


「見苦しいところを見せました、では……痛っ!」


 私が無言で額にデコピンを食らわせたことで、エルヴィーの言葉は途中で止まる。

 予想外に小気味良い音に、イエーオリも美琴も目を丸くしていた。

 手加減していたとはいえ相当痛かったらしく、額を両手で押さえてエルヴィーは震えていた。

 伝家の宝刀「リグリラ印のデコピン」だ。

 何が何だかわからないまでも、とりあえずネガティブループにはまってるときは、経験上強制的にやめさせるのが一番だと思ったのだけど。

 ついでに、ちょっとした精神安定の魔術を送り込んだから、落ち着くんじゃないかな。


「ノクトさん、急に何するんですか」

「まずは深呼吸をしよう。はい吸ってー吐いてー」


 恨めしげな、でもさっきよりもずっと張りのある声にちょっぴり安心しつつ、有無を言わせずにっこりと指示を出させば、エルヴィーは渋々大きく呼吸を繰り返す。


「……で、なんなんですか」

「まずは落ち着いたほうが良いかなあ、と思って。頭、冷えたかい?」


 しかめっ面のエルヴィーが、ちょっぴり顔を赤くした。


「何が起きたのか、きかせてもらってもいいかい?」

「――その、マルカは俺の妹、なんですけど。ずいぶん会っていなかったのが、今偶然会ってしまって、更には隠し事がばれてしまって。もう、だめですね」


 諦めたように笑うエルヴィーに、私は一つ息をついて、言った。

 大事なのはそこじゃない。


「なあ、君がどうして妹さんと仲たがいをしたのかはしらないし、何が引っ掛かっているのかはわからないけど。

 隠したかったことは、悲しんでいる妹さんを放っておくほど、こだわることなのかい?」


 はっとしたように目を見開くエルヴィーに、私は続けた。


「手段にこだわって、目的を見失ってはいないかい? 

 体裁を整えるのが悪いとは思わないけど、それが一番じゃないだろう?

 伝えることを、ためらってはいけないよ。

 どんなに拙くても、どんなに無様でも、言葉を交わさなきゃ始まらないんだ。

 君は妹さんが大事なんだろう?」


 だが、葛藤するように口元を引き結んでいたエルヴィーは、結局首を横に振った。


「やっぱ、今は会えません。今の俺じゃ」

「……そう、かい」


 その震えるほど握られた拳を見て、私はそれ以上言うのをやめた。

 だが、沈黙していたエルヴィーが、ぽつりと続けた。


「ノクトさん……」

「何だい?」

「俺、昔は魔術を使えたんです」


 唐突な言葉に目を瞬かせた私に、エルヴィーは続けた。


「でも、使えなくなって。マルカを、守れなくて。だから、魔術を使えなくても、大丈夫だってマルカに見せてやりたい。魔術師ではなくても、戦えるって。マルカを守れるって」


 エルヴィーはぐっと私を見上げて、言った。


「もう二度と、失わないために」


 今にも泣きだしそうなその表情に、私はどう反応していいかわからず、沈黙するしかなかった。








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