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【クリスマス番外編】~ドラゴンさん、サンタになる!?下~

 



 アニタは、用具入れから持ってきた箒を握りしめた。

 アニタはこの孤児院の出身だ。

 数年前に院長はスラムでのたれ死にかけていた自分を拾って、家をくれた。

 食べ物くれた。家族をくれた。

 この家が私の故郷だ。

 今、子供達とこの家を守れるのは自分だけなんだ。

 震える手は気のせい。大丈夫。


 アニタは傲然と顔を上げ、隆々とした体格の3人の男達をにらんだ。


「何か用かい?」

「決まってんだろ、おまえらが滞納している。ショバ代の請求だよ。

 今まで滞納していた分の利息も含めてしめて銀貨20枚分だ」

「っな、今までの10倍じゃないかい! そんなの払える訳ないし、もう、金輪際払う気もないよ!!」


 啖呵を切ったアニタに、だが男達は薄笑いをやめない。

 すでに頼みの綱である院長がいないことは把握済みなのだろう。

 今の時期は10代の子供もみんな働きにでているから、一番の年長はアニタただ一人だ。


 だから、アニタは表玄関前に陣取り、一歩も引かぬ構えでいる。

 せめて、院長が帰ってくるまで持ちこたえられればいい。

 そう考えているアニタは箒を構えていると、男の一人がぞっとするような笑みで言い放つ。


「いやあ、別に、金じゃなくてもいいんだぜ?お前んとこにいるガキを何人かこっちによこしてくれれば。事足りる」

「このご時世、金があるところにはあるもんでねえ。いくら払ってでもガキを可愛がりたいって言う奴もいるんだよ」

「なっ……!」


 アニタはあまりの怒りに目の前が真っ赤に染まる。

 そんな外道に自分の家族を渡すと思うだけではらわたが煮えくり返った。


「そんなばかなこと許すわけないだろ!?」

「ならてめえはどう払うってんだ!? 義理を欠いてるのはてめえらの方だろうが!!」


 突然怒鳴り立てられたアニタがひるんだ隙に、男達は畳みかける。


「別に、おまえでもいいんだぜ。なにせガキは扱いが面倒だからな。おまえぐれえの年齢なら客もつきやすいし、何よりものの道理って奴がわかってるからなあ」


 男達の、不躾な視線で全身を舐めるように見られたアニタは、ぞわりと怖気立つ。


「そ、そんなのお断りだ!!」

「ふん。なら、このぼろ屋をひっくりがえしてでも支払ってもらうまでだ」


 地面に唾を吐き捨てた男は、左右の仲間達に顎をしゃくる。


「まちなっ!」


 それに答えた男達が、玄関へ向かってこようとするのにアニタは立ちふさがったが。


「うるせえっ」

「きゃっ!」


 だが振り上げた箒はあっけなく男達に捕まれ、そのまま投げ飛ばされる。

 箒は手から離れ、アニタは地面に転がった。

 その間も男達は無遠慮に玄関からは入り込もうとする。


 悔しかった。


 自分ではこの侵入者を阻めないことが、子供達を守れないことが猛烈に悔しかった。

 視界に涙がにじむ。


 それでも立ち向かわなければいけない。

 アニタが唇をかみしめながら、傍らにある箒に手を伸ばそうとしたそのとき。


 玄関から前庭へ、男が一人吹っ飛んできた。


「な、なんだこのガキ!?」

「おじさんもちょっと吹っ飛ぼうか」

「んだと……ぎゃあっ!!!」


 続いてもう一人も宙を舞い、体を起こそうとしていた男にぶつかった。

 その後から悠々と出てきたのは、白いファー飾りのついた赤いワンピースの女の子。

 アニタが拾ってきた少女だった。


 アニタともう一人の男はなにが起きたのかわからず、呆然とその黒い髪をなびかせて、むんと腕組みをするそのあどけない姿を眺めた。


「な、何だ、このガキ」


 独り言のようにつぶやいた男の声に、少女がそちらを向いた。

 アニタは初めてその子供の瞳が黄金色をしていることに気づいた。


「おじさん、ちょっと困るんだよね。今みんなでクッキー作ってる所なんだ。そのあとクッキーを売りに行かなきゃいけないし。おじさん達にかまってる暇ないんだよ」

「俺たちはその売場を勝手に使っているこいつらに正当な金を要求してるんだけどね」

「んなっあそこは自由市場だろうっ!」

「それとも、お嬢ちゃんが払ってくれるのかい?」


 アニタの言葉を男は無視して、下卑た笑みを浮かべて少女にせまる。

 だが少女は、男が期待していたおびえどころか、まるで天使のような笑みを浮かべて答えたのだ。


「い、や、だ」


 その完璧なまでに美しい笑みに見とれた男は、瞬間、股間に強烈な衝撃を食らった。

 あまりの痛みにその場にうずくまると、ひんやりとしたあどけない声が落ちてくる。


「ねえ、しってる? おじさんみたいに小さい女の子を怖がらせて喜ぶひとのこと。変態って言うんだよ?」


 明らかな侮蔑と嘲弄の言葉に頭に血が上った男は、何とか背後を振り返り、今まさに起きあがろうとしていた仲間二人に声を張り上げた。


「て、てめえらそのガキをぶっ殺せ!!」


 情けない姿勢での命令だったが、男二人は忠実に従い、前庭に出てきていた小さな少女に迫る。


 起きあがっていたアニタは、あわてて駆けつけようとしたが、拾おうした箒は風に巻き上げられ飛んでいき、少女の手に収まる。

 呆気にとられるアニタの前で少女は箒を構える。


「お掃除するよ!」


 嬉々として言い放つ少女の黒髪が翻り、赤い房がのぞいた。



 **********



「アニター!!みんなー!!大丈夫か――――っ!!」

「げっなんだこれ!?」


 院長を呼びにいっていた少年が駆け込んできたとたん、驚きの声を上げたことで、アニタははっと我に返った。


「アニタ!」


 呼ばれたアニタが振り返れば、隆々とした体格の頬に傷のある男性が今ままさに門をくぐってくるところだった。


「い、院長先生!」


 アニタは、思わず駆け寄って飛びついた。

 子供が見たら泣いて怖がるような形相の男だったが、この人がアニタを拾い更には行き場のない子供達を保護してくれているこの孤児院の院長だった。

 元は軍人だったというが、退役する前の話をアニタは聞いたことがない。

 小揺るぎもせずにアニタを受け止めた院長は、前庭に気を失って転がる2人の男に驚きつつ、アニタに聞く。


「キッド達に呼ばれて急いだんだが、一体なにがあったんだ」

「そ、それが――」

「すげーんだよ! あの子!」

「あの野郎どもを箒でどーんと吹っ飛ばしてさ、がーんと蹴り上げてやっつけちゃったんだ」

「箒でおそうじなんだって!」

「あ、あの子?」


 一部始終を見ていた院の子供達が口々にいうのに、院長が困惑したそのとき。


「あ、あなたが院長先生?」


 裏手から歩いてきたのは、黒髪に赤いとんがり帽子を乗せた見知らぬ少女だった。

 だが、その片手には大の大人の襟首をしっかりつかんで、ずるずると引きずっている。

 その少女とは思えない膂力に院長が呆然としていると、こちらまでやってきた少女が口を開いた。


「えとね、このおじさん、ここの孤児院を見せしめにして、この一帯を支配下におくつもりだったんだって」

「何だと……」


 院長の顔が鬼の形相に険しくなるのに、慣れているアニタですら少々恐怖を感じたのだが、少女は平然と続けた。


「この孤児院もみんなも困るよね?」

「ああ。だが、こいつ等はこのあたりで急成長している組織の一員だ。今はなんとかなっても次がくる。俺、だけでは」


 血がにじまんばかりに拳を握りしめる院長の悔しげな顔を見ていられず、アニタがそっと目をそらすと、少女がぼそりといった。


「じゃあ組織ごとかあ。一晩で終わるといいんだけど。うん、よし」


 その言葉に耳を疑ったアニタと院長が見るとうんうんとうなずいた少女が、顔を上げて言った。


「お姉さん箒借りるね。さっき使ったらすっごいしっくりきたんだ」

「あ、ああわかったよ」

「あとクッキーもらったからね。友達のプレゼントにほしかったんだ。お金は台所にいた子に渡したから!」

「ま、まいどあり?」


 アニタのずれた答えに天真爛漫な笑顔で答えた少女は立てかけていた箒を持つと、また気を失っている男を引きずって、門の外へ歩いていく。


「ありがとなー!」

「またきてねー!!」


 赤い帽子のてっぺんに着いた白いぼんぼんが揺れるのを、呆然と眺めていたアニタと院長は、子供達の声にはっと我に返り、あわてて声をかけた。


「あ、あんた一体何者なんだい!?」


 すると少女はいったん止まり、白いファーの付いたスカートをひらりとさせながら振り返る。


「ありがとうお姉さん、楽しかったよー! きっといいことあるからね!じゃあいい新年を!」


 ぱっと笑顔で箒をふるその少女の金の双眸と、黒髪の中に混ざる赤い房が見えた院長ははっとした。


「君は、いえ、あなたはもしや――……!」

「ち、違うからね!? ええと、そう!通りすがりのサンタですっ!」


 院長の言葉に目に見えて狼狽えた少女はそういい残すと、哀れな男を引きずって、脱兎のごとく去っていった。


「さ、さんた……?」

「まさか、本当にこんな所にいらっしゃるとは」


 アニタが首を傾げる横で、院長は退役前にほんの一瞬だけ見た、黒竜の化身だという絶世の美女と、出入りするハンターギルド協会などで見る人相書きを思い出し瞑目する。


「院長先生、何か知ってるの?」

「アニタ、そういえば、どうしてあの方と共にいたのかね?」

「そりゃあ、こんな場末で親も家もないっていうから、捨て子だと思って拾ってさっきまでクッキーづくりを……そうだ!」


 確かに、あの黒竜には親も家も元からないだろう。アニタのそそっかしさに和みながら、台所へ走っていくアニタについて行く。


「おい、あんた達……」

「アニタねーちゃんすごいよ!!」

「銀貨こんなにたっくさん!」

「あとね、クッキーづくり楽しかったからっておっきなお肉をくれたんだよ!!おなかいっぱいたべてねって!!」


 そこにあったのは、この孤児院の1ヶ月分の運営費になるだろう銀貨の山と、台所の使われていないスペースにおかれた、子供ほどはあるアニタにはなんという名前かわからない鳥の肉だった。


「な、なんてこったい。本当にあの子は一体なんなんだ……?」


 子供達がきらきらと瞳を輝かせながら囲んでいる姿に呆然とするアニタの肩に院長は手をおいた。


「ドラゴンさんだよ。あの方は」

「ドラ……ってええ!?」


 案の定顎がはずれんばかりに驚くアニタに、院長は続けた。


「まあ、本人は隠したがっていたようだから、サンタ、と呼ばせていただいた方が良いのだろうな」

「あ、院長先生だ!」

「おかえりー!」

「あの子、サンタっていうの?」

「ああ、そうだよ。まるでおとぎ話の魔法使いのように、この家に幸せを届けにきてくれたんだ」


 アニタは子供達にすり寄られた院長が淡く微笑していることに目を丸くした。


「そっかあ、サンタちゃんとってもかわいかった!」

「いつかまた来てくれるといいな」

「そしたらありがとうっていって、またいっしょにクッキーつくろうっ!」


 口々に言い合う子供達の明るい笑顔を見ながら、アニタと院長は顔を見合わせて笑った。


 そうして、巨大な鳥肉で子供達全員満腹になった翌日、門に立てかけられた箒を見つけたアニタと院長は、この辺り一帯を牛耳ろうとしていた組織が箒を持った真っ赤なワンピースの少女によって壊滅したという話を聞く。

 さらにその数日後には、孤児院の管理責任者が変わり、補助金がすんなり下りてくるようになったことで、子供達は毎日おなかいっぱい食べられるようになったのだった。




 **********




「とーうーさーまー!! クッキー作ろう!」


 勢いよく玄関扉を開けて帰ってきたアールがきらきらした表情でネクターに言うのに、家にいた私も首を傾げた。


「かまいませんけど、どうしてですか」


 ネクターが聞くとアールはうきうきと説明してくれた。


「新年の前にね、クッキーを入れた袋を用意してね、いい子にして待ってると、赤い服を着た女の子の妖精がしあわせをとどけにきてくれるんだって! 家でもやろうよ!」


 ん?赤い服を着た女の子?


「おや、初耳ですね。つい最近定着した風習でしょうか?」

「でもね、いいひとには大きな鳥とか銀貨とかをくれるけど、悪いひとには箒を振り回して懲らしめるんだって! その子が遊びに来た孤児院はつぶれずにすんで、悪いことをしてた組織は一夜で壊滅したって!『サンタちゃん』は黒い髪のかわいい女の子だけど、とっても強いんだよ!」


 ……全力で明後日を向いた。


 ちがう、それは私じゃない。

 クッキーを作ってるうちにこいつをプレゼントにすればいいじゃないと思い立ち、相場を知らなかったから適当に出した銀貨で間に合わせたけど。

 そういえばと以前狩った体長1.5メートルのカラクン鳥が亜空間にあったなあと思い出しておいてったりしたけれども。

 あのあと下っ端の一人を案内役に新興マフィアをぶっつぶしたけれども。

 違います、それは私ではありませぬ。


 必死に顔色を変えないようにしたおかげか、私の心中には気づかずに、ネクターはアールに話しかけた。


「おもしろそうですね。では作ってみましょうか」

「うん!がんばるよっ」

「ではアール、鞄をおいて着替えてらっしゃい」

「はーい!」


 元気よく返事をして自分の部屋に行ったアールにほっと胸をなで下ろした私だったが、ネクターの揶揄するような視線に気づいた。


「そういえば、昔、あなたがクッキーをプレゼントしてくださったときがありましたね」

「そ、そうだったかな?」

「ええ、あなたの艶姿とともに堪能させていただいたのでよく覚えています」

「うっ、それは……」


 そうだった。

「お掃除」を終わらせたあと、クッキーもってリグリラん所に戻ったら、着てた服を出してくれなくて、結局あのセクシーサンタコスを着なきゃいけなくなったんだった。

 その痴女寸前の格好で、カイルの家を訪ねたら、ネクターもいて……


「……あのとき、鼻血だして倒れたよね、ネクター」

「そ、それは、あなたがあんまりにも美しかったものですから。興奮してしまって」


 今度はネクターが決まり悪そうにする。

 何とか立ち直ったあとも私からプレゼントをもらったネクターは永久保存するとか言って悶着したもんだ。

 私が作るのを手伝ったクッキーが食べられないのかっ!って押し切ったけど。


「で、ですが、その後、王都にある孤児院の状況を聞かれたのは、偶然ではなかったのですね」


 コホンと咳をしてごまかしたネクターの言葉に私はしぶしぶ観念した。


「……まあね、当時、カイルから孤児院の管理体制が良くないって話、聞いてたから」

「その話から、おかげで王立孤児院への補助金を着服していた貴族と役人を拘束することができましたよ。管理体制も変わり、孤児院の状況も良くなったそうです」

「そっか」


 あの子達がおなかいっぱい食べられればいいなあと思っただけの、只の自己満足だったけど。

 そういう話からアニタや私にクッキーの作り方を教えてくれた子供達を取り巻く状況が改善されていたとわかったのはちょっと嬉しい。

 それは、きっと動いてくれたカイルやネクターのおかげでもある。


「ちなみに、まだ持ってたりするんだけど。あのサンタ服」

「なっ!」


 だってリグリラに作ってもらった服だし。どっちもとってあるよ。

 リグリラもベルガも似合うって喜んでくれたしね。

 赤い顔で固まるネクターににっこりと笑ったところで、着替えたアールが帰ってきた。


「準備できたよー! ね、かあさまも一緒にやろう!」

「よーしやろっか! 私も、バターを練るのは得意なんだよ」

「そうなの!?」

「ラ、ラーワ!さっきの言葉は一体……」

「せっかくだから、うまくできたらリグリラにも届けにいこうねー!」

「うんっ」


 ネクターがマジ狼狽えて聞いてくるのをさらっとスルーし、うずうずするアールと一緒に腕まくりをしたのだった。




 ちなみに。

「サンタちゃん」にあげる型抜きクッキーは「ドラゴン」型が定番だというのに再度ダメージを受けたのは余談である。

 ここでもばれてたとか、サンタを名乗った意味……

 ……え、つまりこの羞恥プレイずっと続くの!? 毎年新年の前にサンタちゃん(笑)とか呼ばれるの!?


 やっぱクリスマスなんていやだああああああっっ!!!


 



 おしまい。

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