第11話 ドラゴンさん、メンタルばかすか削られる そのに
教えられたとおりの教室へ行ったが鍵がかかっていた。
だがかまわず魔術で開錠し、室内に入ってドアを閉める。
そこでようやく少女を離したのだが、ぶっちゃけノープランだった私は超焦っていた。
咄嗟のこととはいえ連れてきたものの、一体どうしよう。
そもそも、あのりゅ、っていう所でやばいと思ったけど、もしかしたら違うかもしれない。
ネクターがああ言っていたから、ちょっと動揺しただけで、もしかしたら「この人誰だろう」って驚きだけかもしれないし!それならごまかせばなんとかなるか?
……ん?それならなおさらまずいんじゃないかこの状況。
見知らぬ男と二人きり、しかもドアまで閉めてるし!
どう考えても犯罪者!!
どっちにしろ切羽詰まったこの状況に途方にぐるぐる考えこんでいると。
息を吹き返したらしい狐耳の少女は、埃っぽい床にきっちりと正座して、更には、緊張と畏敬を込めたきらきらとした眼差しで、三つ指揃えて深々と頭を下げたのである。
『お初にお目にかかりまする天地気脈を守護せし竜神よ。わたくしは東和の地にて巫女をしております、天城美琴と申します。このたびはご尊顔の拝謁を賜りまして法悦の極みにございます』
完 全 に ア ウ ト で し た !!
雅やかともいえる流ちょうな東和語で深々と頭を下げる美琴ちゃんに、私はがっくりと頭を抱え、その場にしゃがみこんだ。
『ええと、ね。とりあえず、面あげようか』
私が知り合いに習った東国語で答えると、美琴ちゃんはびっくりした様子で、顔を上げてくれたのだが、慌ててまた下げた。
『いえ、どうぞこのままで』
『話しにくいから、顔、上げて。お願いだから』
かたくなに上げようとしない美琴ちゃんに、私はため息をついて再度懇願すると、恐る恐るという表現がぴったりの様子で顔を上げてくれた。
改めてみるとても面立ちの綺麗な子だ。
私の女子大生顔と雰囲気の似た、彫りの浅い、でも気品の漂うようなしっとりとした美貌である。
何より頭頂部に生えた黄金色の狐耳が超ぺったりとふせられているのが可愛いが、これものすごく怖がられていると思ったほうが良いんだろうなあ。
『故国の言葉に合わせていただけるとは、有難き幸せにございます』
『正直、学び始めたばかりであんまりうまくないんだが。聞き苦しいところはないか』
『……その、市井の言葉が混ざられておりますが十分すぎまする』
美琴ちゃんは思い悩んだ様子で沈黙した後、ぼそぼそと言った。
確かに、聞くのは初めてだけど美琴ちゃんの言葉遣いがとても丁寧なのはわかる。
『聞いていいかな』
『なんなりと』
『どうして私が違うって気づいたんだい?』
『わたくしは、故国では巫女をしておりますゆえ、八百万の神々の神の声を聴き、伝えることが役目にございますれば、天地気脈を守護せし要の竜のお話をわずかなりとも耳にすることがございました。ゆえに、神々に近き気配を持つ気高い存在であるあなた様の神気は、私にはすぐに感じ取れましてございます』
『ええと、ごめんね。もうちょっとかみ砕いて説明してくれ』
魔力の気配からするに神に仕える神官的なものってニュアンスだから、字に当てはめるとすると「巫女」か。
だが、それ以外は言葉が難しすぎて分からず、改めて彼女、美琴ちゃんに優しく説明してもらったところによると。
“八百万の神々”ってのが、なんと魔族たちのことらしい。
東和の国は、全体的に魔力濃度が濃いらしく、レイラインのほころびまではいかないが、魔物や幻獣が生まれやすい環境なのだという。
その魔物を倒すために魔族が多く拠点としているため、昔から彼らとの遭遇が多いのだとか。
いろいろ厄介なことを持ち込んできたりもするが、自分たちの生活環境を結果的に守ってくれる彼らを神々としてあがめているのだという。
そうして、交流というか崇めて時折稀に友好的な魔族から、魔物を倒す戦闘技術や、魔術を教えてもらったり、もっと直接的に、魔物を倒してもらってたりしたというから驚きだ。
……まじうらやま、けふん。先人の血のにじむような努力が感じられる理想的な関係である。恐がりながらも歩み寄ろうとしたしたたかさとか、すごい。というか魔族羨ましい。
東和国行きたい。
んで、「巫女」というのは、魔族の思念話を正確に受け取ってやり取りする橋渡し役もので、よく魔族とも世間話をするから、その時に“要の竜”の話もぽろっと聞いたと。
思念話を円滑にするために魔術的な修練を積んでいるから感知能力も高く、私のとびぬけた魔力にも気づいてしまったと。
魔族との世間話って、横暴な上司の愚痴を聞かされたとかそういうんじゃないといいなあ。
そこまで聞いた私は、がっくりと頭を抱えながら、言った。
『ええと、みーさん、でいいかな』
『いいえ、美琴、と呼び捨てで構いませぬが、お気遣いありがとうございまする』
美琴ちゃんがどこかほっとしたように、再度頭を下げたことからすると、格上の相手から名前を呼ばれる危険性を理解しているらしい。
やっぱ魔族を相手にしているだけはあるね。
『じゃあ美琴、私は今、人に紛れて生活しているんだ。できれば内緒にしてもらえるかな』
『人界にて、生活をしていらっしゃる、と?』
美琴ちゃんは信じられないとばかりに目を見開いた。驚きを示すように三角の耳はぴんと立っている。
『何か、重要な使命がおありで、下りてきていらっしゃるのですか』
『いいや、そんなたいそうなモノじゃないよ。人界には時々休暇に来ていてね。だけど、こちらの人は私がドラゴンだって知らないんだよ。わかってもらえるかな』
『ですが、この国には「黒火焔竜」という、要の竜が現れたと授業で習いました。街の方も「ドラゴンさん」と、とても親し気にお話しなさいますし、その竜は、人と子をなしたとまで聞きまする。それがこちらの普通なのではないのですか』
『ええと、この国がものすごく特殊というかなんというか』
ごくごくまじめに訊いてきた美琴に、どう説明したらいいか途方にくれた私は悪くないと思う。
誤魔化せば誤魔化そうとするだけなんか、話がややこしくなりそうだ。
『とりあえず、「ドラゴンさん」というのは私のことなのだけど。というか私の子供ってアールのことだったり』
『なんと……、知らぬこととはいえ、ご無礼をいたしました!』
思わず口走ると、美琴ちゃんが真っ青な表情で勢いよく頭を下げた。
ごちんと、額を床にぶつける音が響き、私も慌てる。
ああもう何か出会った頃のネクターを思い出すなあ!
『ちょ、そんないいから!アールだって普通に人の子供として通ってるんだからいつも通り接してあげて!』
『し、しかし……』
やっぱりごちっとしたのは痛かったのだろう、額を赤くはらした美琴ちゃんが涙目で顔を上げるのに、私は気持ちが伝わってくれるよう祈りながらゆっくりと言葉を紡ぐ。
『私は、私たちはこの国ではとても有名なんだ。ばれてしまったら、この国にいられなくなってしまうくらいには。私たちはせめてアールが卒業するまでは、この街で平穏に暮らしたいだけなんだ。だから、私がそうだというのは黙っていてほしい』
『……なぜ、そのようにわたくしを信用してくださるのですか。お会いしたばかり、あなた様のような高位の御方であれば記憶を消すほうも心得ていますでしょう?』
心底不思議そうな声音に、私はちょっぴり苦笑した。
まあ確かにそういう考えも脳裏をよぎったけれどね。
『アールが君のことをとても慕っているんだ。他のエルくんやあのエルフの男の子の名前と同じくらい、毎日聞かない日がないくらい。いつもおやつをくれるとか、尻尾がふさふさできれいだとか』
尻尾の下りは言うつもりはなかったのだが、美琴ちゃんの琴線に触れたらしい。
すごい嬉しそうに頬を染めてその黄金色の尻尾を揺らしていた。
『なんと、尻尾を褒めてくださいますか』
『うん。だからアールの大好きな先輩に、そう言うことはできないかなって。それにアールが好きだっていう子なら、大丈夫かなとも思ってね』
ちょっと微笑みながら言えば、美琴ちゃんぱちぱちとまばたきをした後、桃色に染まった頬のまま、しっかりとうなずいた。
『わかりました。もとよりわたくしは、こちらでは客分の身でございます。そもそも人の身であるわたくしが神々より上位のお方であるあなた様の御心を推し量ることなど、不敬でございました。その秘密、この命に代えましてもお守りいたします』
美琴ちゃんはキリッと表情を引き締めて決意顔だ。うわあ、やっぱり固い、超固い。
でも、一応これで、大丈夫、かな?
息をついた私は、右手を差し出しながら西大陸語に切り替えて言った。
「じゃあ改めまして、クインティプルのハンターをしている、ノクト・ナーセだ。ノクトって呼んでくれ」
「ドラ……」
「それはだめ」
「不敬、ではない?」
「じゃないから」
どうやらこちらの言葉に慣れてないようで、とつとつとした言葉で不安そうに聞いてきた美琴に、私は大きくうなずいた。
「ノクト、様」
……妥協点、かな。
おずおずと重ねられた手を握って立ち上がれば、美琴はすんなり立ち上がってくれた。
「シグノス魔導学園高等部、魔術科1年の 美琴天城、です」
「うん、よろしく」
何とか話し合いがなったことで胸をなでおろした私だったが、一方でアールたちのことが気になりだす。
マルカと言えば、アールと仲がいい女の子でカイルのひ孫だったはず。
そのマルカちゃんがエルヴィーに「お兄ちゃん」と、呼びかけた。ここまでは普通だ。
だけど、あのマルカを見た時のエルヴィーの表情は、ただ事じゃなかった。
まるで、会いたいけど会いたくなかったとでも言わんばかりの。
こちらも切羽詰まっていたとはいえ、向こうはどんな状況になっているのだろうか、と少し不安になったのだった。