第10話 ドラゴンさん、メンタルばかすか削られる そのいち
シグノス学園には、一般開放されている施設もあるらしい。
約束の当日、エルヴィーとの待ち合わせ時刻よりもずっと早めに学園にたどり着いた私は、校内案内板の中に展示室というのを見つけて、寄ってみることにした。
展示室と書かれていたが、ぶっちゃけちょっとした博物館並みの規模だった。
どうやら、生徒たちの発表の場にもなっているようで、魔術科や機械科の研究成果の展示を行っていたり、魔術発展の経緯を年表にしたりして、なかなか面白かった。
さらに展示室の奥には初代学園長の、つまり晩年のカイルの肖像画と共に、ゆかりの深い物品の展示が行われていたりして笑ったが。
「あれ、一時展示中止?」
初代学園長の杖、と題されたプレートのつけられたガラスケースの中は空っぽだった。
カイルは一線から離れても、自分の杖をちょくちょくカスタマイズしていて、晩年には昔あげた私の鱗を使ってもいいか、と聞かれたので、良いよーと答えていた。
久しぶりの対面だから、ちょっと楽しみにしていたのだけど、研究だったら仕方ないかなあ。
ちょっぴり残念に思いつつ私が展示室を出ると、授業が終わったのか、ちらほらと黒い制服姿の子供たちの姿があった。
にしてもやっぱり目立つみたいだな。さっきからすれ違う女の子とかの視線が痛い。
そりゃあ、一般開放されている区域とはいえ、10代ばかりの学生の中に、20代の男が混じっていたら当然だよな。
あれ、なんだか遠くの方に先生っぽい大人の姿が。
……急ごう、通報される前に待ち合わせ場所へ!!
内心ダダ焦りしながらも、あくまで普通の移動速度で、指定された正門前にたどり着いて、少々気が遠くなった。
そこにはまさかの黒火焔竜の石像が、ででーんと広場の中央にそびえていた。
さすがに等身大ではないが、それなりの大きさの真っ黒な石にはご丁寧に鱗の一枚までしっかりと彫り込まれていて、目には金? あれ金使ってたりするの?
‥‥‥正面から学園に来るのは今日が初めてで、さっきは別の門からはいって来たから全然知らなかったけれども。
カイル、一体なに作ってくれてんだああああああ!
嫌がらせかい?これは私への嫌がらせなのかい?!
生きてたら絶対文句言ってやるのにいいいいいいいいい!
今すぐその場に悶絶したいのをこらえて、それでも台座に手をついて震えていると、背後から声をかけられた。
「ノクトさん、どうしたんですか」
「ああ、いや、何でもないよ。少年。ちょっとね、昔の古傷が痛んでいたんだ」
「はあ」
むしろ心が痛い。
台座に刻み付けられた黒火焔竜についての美辞麗句を並べ立てた概略文に更にダメージを食らいつつ、私は、困惑しているエルヴィーを振り返った。
「やあ、久しぶり。元気そうだね」
「ええと、お久しぶりですノクトさん。来ていただけてありがとうございます」
「こちらこそ、お招きいただきありがとう」
「ノクトさん、さっそくじゃあこっちです。すいません、かなり歩きます」
「かまわないよ」
さっと挨拶を切り上げて歩き始めたエルヴィーの隣に並び立って構内を歩き始めた。
だが、なんだか、エルヴィーは落ち着かなげにあたりを気にしている。
「どうかしたかい?」
「いえ、その、ノクトさんが目立つ人っていうのを忘れて、あんな場所で落ち合ったのは自分の失敗だったなと」
まあ確かに、ちょっと目立ってるなあとは思う。いや、かなり思う。
「こっそり来た方が良かったかい?」
「いや、特に問題はないんです。明日がちょっと怖いかなというだけなんで、気にしないでください」
その割にエルヴィーは何だか妙に死んだ目をしているが。
そうこうしているうちに、“かなり”の言葉通り、遠くにあった森が間近に近づいたころになって建物が見えてきた。
「ここが俺たちの部室のある旧部室棟です……どうかしましたか?」
ツタが絡まっている古びたレンガ造りの建物ではなく、その背後に広がる森を眺めている私に、エルヴィーが不思議そうな顔をする。
「……あ、いやなんでもない」
「そうですか?」
否定した私に、エルヴィーはそれ以上追求しなかった。
まあ、私もつっこまれても答えられないから、助かる。
何となく、森の魔力の流れに違和感があるなあって思っただけだし。
今ちょっぴり感覚を飛ばしてみても、特段魔力が多いわけじゃないみたいだし、気のせいだろう。
ここからは少々遠いけど、今は先輩ドラゴンの守護範囲内だし、異変があれば先輩が気づかないわけがないんだし、大丈夫。
それにしても無意識に魔力の流れが気になるなんて最早職業病だ。
休暇に来てるんだから切り替えよう。
むん、と改めて決意した私はエルヴィーについて、建物の中に入る。
いくつめかの部屋の扉をエルヴィーが開けると、もとは教室だったと見える広い部屋にいたアールがにっこりと笑って出迎えてくれた。
「こんにちは、かあ…ノクトさん!」
……アール、今かあさまって言おうとしたね。微妙に危なかった。
「や、アール、数時間ぶりだ。今日は楽しみにしてたよ」
「ぼくも来てくれて嬉しい!」
にこにこと笑いあう私たちに、エルヴィーは唖然の表情だった。
「やっぱり知り合いなんですね。ノクトさん」
「そうだよ。アールとは生まれるころからの付き合いだ。この間は言わずにごめんな。いきなり言われても戸惑うだけかと思ってさ」
「言ってくれた方が警戒しなかったと思います」
あはは、そりゃ失敗したな。
真顔で言うエルヴィーに苦笑いを浮かべた私は、部屋の真ん中で、緊張気味に立っているエルフの少年に視線を向けると、ぼうっとしていた少年はばね仕掛けのおもちゃみたいにばっと頭を下げた。
「はじめまして! 高等部魔術科2年のイエーオリ・エイセルですっ! 最高位のハンターにお会いできて光栄ですっ!」
「ああ、初めまして、ノクト・ナーセだ」
あわい髪色の少年は目をキラキラさせながら、私の差し出した手をぎゅっと握った。
その耳は細く長くとがっている。
エルフは、森人の名の通り、大森林地帯に居を構える種族だ。
種族的に魔術適性に恵まれているほかにも、芸術面に優れていて、歌い手、弾き手、踊り手として、他の種族の土地を回る者も居るが、気まぐれで移ろいやすい気質の人が多く、美術品のほかに、物作りに興味を示さないと一般的には思われているが。
どうやらこの少年は、自分の情熱を一身に魔術機械に注いでいるらしいと、職人らしく厚みのある手の感じで理解した。
「君が、エルの銃を作ったのかい?」
「っはい! 部品から、術式彫刻まで手掛けてます!」
私が聞くと、イエーオリ君はとがった耳まで真っ赤に染めて大きくなずいた。
「イオ先輩はほかにも、色んな部活動の魔道具とか魔術機械をなおしてまわってるんですよ!」
「よせやい。物のついでだぜ?」
アールが我が言のように誇らしげに言うのに、イエーオリ君は照れ臭げに笑いながらアールの頭をなでる。
その手つき乱暴そうだがやさしくみえて、とてもかわいがられているのがわかった。
「すいません、あともう一人いるんですけど、まだ来ないみたいです。先に、銃を見ますか」
「そうかい?」
エルヴィーの言葉にアールが私の手を引いて、奥へ促していく。
低い間仕切りの裏には、複数の机と椅子が並べられ、その机の上や周辺には雑然としてはいるものの、様々な資材や、道具がおかれている。
そして、エルヴィーの机らしい丁寧に片づけられた机には、広げられた布の上に一丁の銃がおかれていた。
大きさは大体私の手の先から肘あたりまであるそれは、金属製の銃身から木製の台尻にまで、びっしりと魔術式が彫り込まれ、武骨ながらも優美な美術品のようだった。
「おおう」
思わず見入っていると、脇からエルヴィーとイエーオリ君が説明をしてくれた。
「一応、シリンダーっていうんですけど、この円筒状の部品に弾丸を入れられるようになっていて、最大六発まで連射が可能です。その後も弾を込め直すことによって利用できますが、正直、魔力量が持たないと思います」
「銃身は最近出回り始めたリボルバー式というのをベースにしてます。未彫刻の部品を手に入れて、俺が一から術式彫刻しました。エルヴィーの要求はめちゃくちゃ高いんで苦労しましたよ」
「そうだね……この銃身?だっけか。よくここまで彫り込んだねえ」
「わかってくれますか、この技術のむちゃぶりを!」
「うん、それに、この情報量の術式をよくこの大きさのものに収めたね。普通に彫ろうとしたってこうはいかないよ」
この術式を彫り込んだのもそうだがこの術式の設計も、限界ぎりぎりまでそぎ落として詰め込んだ設計技術もすごい。
最近の学生はすごいなあ。なんて感心していると、エルヴィーが傍らの小箱から、先の丸くとがった円筒形のものを差し出してきた。
「これが、俺たちで作った刻印弾丸です。ちなみにこの術式設計は、アールにも手伝ってもらいました」
「へえ、そうなのかい?」
「えと、エル先輩にこうしたらいいんじゃないかなって言っただけだよ」
その弾丸を受け取って表面に記されている術式を読み取れば、確かにアールの癖らしきものも見て取れる。
知り合いが来ているから大げさに言っているというわけでもないらしい。
「すごいな、アール、よくできてるじゃないか」
「えへへ」
てれてれとはにかむアールに笑みを浮かべて、他の弾丸も眺めていくと、エルヴィーが声をかけてきた。
「それで、その銃の試射に行くんですけど、見ていかれませんか。現場の方に意見を聞かせてもらいたいので」
「お、いいのかい? ぜひ見学させてもらうよ」
「じゃあ、場所を借りているんで、移動します」
そうして、エルヴィーとイエーオリが準備をはじめていると、部活動室の外に人の気配がした。
何気なく振り返った私は、扉が開けたその狐耳の女の子と目が合い、その黒々とした瞳が大きく見開かれたことに、なんだかとても嫌な予感がした。
その黄金色の狐耳と、腰から覗く同色の尻尾をぶわりとふくらませて全身で驚きを示す少女が立ち尽くしているのを、訝しそうに見たエルヴィーが声をかける。
「どうかしたか、ミコト」
「あ……お……」
言葉にならない声を上げる、そのミコトというらしい少女の脇から、ひょいと小さな人影が顔をのぞかせた。
「あの、ここにアールくんがいるって聞いて、案内を――」
麦穂色の髪をしたアールと同じくらいの背格好の女の子は辺りを見回して、アールの姿を見つけてほっとしたように笑み崩れたのだが。
ふと視線を上げた先にエルヴィーを見つけて、信じられないと言わんばかりに緑の目を見開いた。
「お兄ちゃん!」
「マル、カ……」
エルヴィーの表情が見る見るうちに動揺し、わけのわからない緊張が一気に高まった途端。
狐耳の少女が、ものすごい勢いで私に駆け寄ってきてスライディング土下座をしてきたことで事態は混迷を極めた。
『お目にかかれて恐悦至極にございます竜じ――』
早口の東和国語で紡がれたそれに反射的にその少女の口をふさいだ私は、素早くアールに視線を送りつつ思念話を飛ばす。
≪アールこの子と何かあったかい!?≫
≪ううん!ぼくは何も言われなかった!!≫
自分でもマジ狼狽えな思念だったが、アールもこの行動は予想外だったらしい。
とするとつまり、私の何かがばれた!?
即座に腕の中で硬直している少女の口をふさいだまま抱え上げると、呆気にとられている彼らと女の子に全力で笑顔を浮かべて言った。
「空いている教室は?」
「えと、その隣がうちの倉庫になってます」
「ちょっと借りるよ」
ぼうっと私を見つめたまま教えてくれたイエーオリ君に礼を言って、速やかに部活動室を脱出したのだった。